土木技師 青山士の心の柱
青山士は、内村鑑三の影響を受けている。
多感な青年時代に、内村鑑三から直に師事を受けている。
その内容は、『後世への最大の遺物:内村鑑三著』としてまとめられている。
・人生は限られているが、何を後世に残せばいいのか?
「わが愛する友よ、我々が死ぬときは、我々が生れた時より世の中を少しなりとも良くして往こうではないか」
・後世に残せるものとして、まずお金をあげている。
「お金を残すことは卑しいとと考える人もいるが、そのような人はやはり金に卑しい。財産を残しその大半を慈善事業に寄付しているアメリカ人の富豪を例に挙げている。お金を貯めて清きことに用いることは、アメリカを盛大にした要因である」
・お金を残せないものは、どうするか。事業を残して逝くべきである。
「どういう事業が一番誰にでも分るかというと、土木的事業である。一つの土木事業を残すことは、我々にとって快楽であるし、また永遠の喜びと富を後世に残すことになる」
・事業を残せないものはどうするか。思想を残せ、という。
「著述するか、学生を指導する教師の道を選ぶか」
「先生になるということは、学問を青年に伝えることができることである」
・金も残せず、事業もできず、文学者・教師にもなれない者はどうするか。
「後世への最大の遺物は、勇ましい高尚な生涯である」
以上:技師青山士:高橋哲郎著:鹿島出版
物心がつき、多感な青春時代に、このような言葉に触れたらどうであろうか?
10代の青年は、どのように考えるだろうか?
時は、明治時代である。
明治維新から20数年経過している。
当時の若き獅子たちは何を考え、何を求めていただろうか?
考えただけでも、ゾクゾクする。
10代の若者たちは、今も昔も悩んで成長する。
今は便利になり何でもある。
今の若者は、スマホや携帯等で何時間も時間を費やしている。
人生の大切な時、ゲームをやっているのである。
人生について考える時間があるのだろうか?
「いざ、社会へ」といったとき、心を支えるものがあるのだろうか?
明治時代は、「ゲーム」は無いが、考える時間、一緒に悩む仲間はいる。
その時、内村鑑三著の『後世への最大の遺物』を読んだ者は、感銘し涙を流したのではないだろうか?
さらに、内村鑑三から直接師事を受けたならば、どのような心の変化があっただろうか?
その一人の青年が、青山士である。
青山士は、もう一人の人生の師である廣井勇の影響を受け、海外で土木事業を経験するようになる。
その結果が、パナマ運河建設に参加したただ一人の日本人土木技師ということになる。