衣裏珠の八葉蓮華 ≪創価学会 仏壇≫

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貿易自由化のルールづくり・・・  産経抄 八葉蓮華

2008-07-31 | 産経抄(コラム)
貿易自由化のルールづくり・・・  産経抄 八葉蓮華
オスカーのゴミだらけの部屋に、ポーカー仲間が集まっている。そこに、仲間の一人、フィリックスが現れた。妻から離婚を突きつけられたショックから、自殺しかねない様子だ。 ▼見かねたオスカーと一緒に暮らすことになったフィリックスは、きれい好きで料理が得意。正反対の男2人の生活がうまくいくはずもなく…。ニール・サイモンといえば、人生の機微をとらえたせりふ、軽妙なユーモアで知られた米国の喜劇作家だ。 ▼その代表作「おかしな二人」は、ブロードウェーで大ヒットし、映画にもなった。「ハヤカワ演劇文庫」に収められた酒井洋子さんの訳を読みながら、こんな夢想をしてみた。スイスのジュネーブで行われていた世界貿易機関(WTO)の新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)の決裂を、サイモンなら、どんな喜劇に仕立てるだろう。 ▼2001年に始まった貿易自由化のルールづくりの交渉は合意目前で、米国とインド・中国が激しくやり合った。主役の3カ国に比べて、影が薄かった日本は端役しか振られそうにない。世界第2位の経済力は、貿易の拡大によって成し遂げられたというのに。国内農業の保護にかまけて、競争力強化のための改革が進まないと、存在感を示すことはますます難しくなる。 ▼「おかしな二人」は、けんか別れした2人が、少しずつ自分を変えていくところが見どころだ。あの無頓着だったオスカーが、部屋の吸いがらを拾うところで幕になる。 ▼酒井さんは、「サイモンの基本はいつだって言葉の格闘技を真剣に戦い、新たな地に降り立って和解する二人なのである」という。それに比べて、ドーハ・ラウンドは和解どころか、今度いつ幕が開くのかさえ、定かではない。

産経抄 産経新聞 7/31

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海や山、そして川・・・  産経抄 八葉蓮華

2008-07-30 | 産経抄(コラム)
海や山、そして川・・・  産経抄 八葉蓮華
「灘も、六甲も、大石川も、皆水、水、水。…わたしの旦那さん、ぺータア、ローゼマリー、皆どうしましたか」。谷崎潤一郎は「細雪」で、70年前の7月に神戸を襲った阪神大水害を詳しく描いた。この台詞(せりふ)は、主人公一家の隣人であるシュトルツ夫人が夫や子供が水害に巻き込まれたのでは、と心配する場面だ。 ▼大石川とは、川遊びをしていた子供らが鉄砲水に流された都賀(とが)川の俗称である。シュトルツ夫人の家族は、ほどなく家にたどりついたが、子が戻らなかった親と、手を握っていた友を濁流に流された少女の心痛はいかばかりだろう。慰めの言葉も見当たらない。 ▼六甲山系を水源とする全長たった1・8キロの都賀川は、戦中から戦後にかけベストセラーとなった純愛小説「天の夕顔」(中河与一著)の舞台にもなった都会では珍しい清流だ。だが、高度成長期は今と違う顔をみせていた。 ▼小欄が知る昭和40年代後半の都賀川は、ゴミやヘドロが川底にたまり、夏ともなると悪臭が漂うドブ川だった。それを再生させたのは、「川遊びができる川に」を合言葉に、清掃活動やアユの稚魚を放流するなど30年以上も地道な努力を続けてきた地元住民の力だ。だからこそより痛ましい。 ▼子供たちにとって夏休みは、海や山、そして川でのびのびと遊ぶ絶好の機会だ。外に出ると危ないからといってクーラーの効いた部屋で携帯やゲーム漬けにしていいはずがない。では、どうすればいいのか。 ▼ここは親はもちろん、政治の出番でもある。昔のように子供たちが近所で安心して遊べる環境づくりなどやるべきことはいくらでもある。にわかに雲行きの怪しくなった福田政権だが、政局の濁流にのまれたくなかったら政策の実行あるのみだ。

産経抄 産経新聞 7/30

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日本のお天気が凶暴になってきた・・・  産経抄 八葉蓮華

2008-07-29 | 産経抄(コラム)
日本のお天気が凶暴になってきた・・・  産経抄 八葉蓮華
「望雲の情」という言葉がある。中国・唐の時代の政治家である狄仁傑が故郷と離れた任地で山に登り、空の雲を見てはしばし、父母を懐かしんだ。その故事にちなみ、遠く離れている父母のことを思う気持ちを言う。 ▼狄仁傑が見た雲がどんな雲だったのかよくわからない。だがこの季節になると入道雲つまり積乱雲であるような気がする。モクモクと盛り上がるさまを見ていると、故郷や昔が懐かしくなるという人は多い。関西の「丹波太郎」のように、人間と同じような名前をもらっている入道雲もある。 ▼ところが今、そんな懐かしさにひたってばかりいられなくなった。この積乱雲が関東や北陸などで激しい雷雨を招き、大きな被害をもたらしている。それだけではない。福井県で大型テントが飛ばされ、10人の死傷者を出した突風の事故も、入道雲が元凶らしいからだ。 ▼ダウンバーストという現象だそうだ。積乱雲の発達で冷えて重たくなった気流がほぼ垂直に地上に吹き下ろす。それが突風となった可能性が強いという。テントには300キロのコンクリート製重しがいくつも付けられていたのに軽々と吹き飛ばす激しい風だった。 ▼このダウンバーストといい竜巻といい、日本ではこれまであまり見られなかった現象である。日本中で地表の気温が上がり、積乱雲をつくる上昇気流がずっと激しくなってきたのだろうか。台風や豪雪だけでなく日本のお天気が凶暴になってきたような気がする。 ▼夏休みのキャンプや釣りなどもそうだが、空港などでもダウンバーストや竜巻への警戒が必要だという。「望雲の情」どころか、入道雲を見たら豪雨や突風のことも「クワバラ、クワバラ」と恐れなければならない。何とも厳しい現実である。

産経抄 産経新聞 7/29

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夏の暑さをしのいできた・・・  産経抄 八葉蓮華

2008-07-28 | 産経抄(コラム)
夏の暑さをしのいできた・・・  産経抄 八葉蓮華
雪がしんしんと降る。静寂そのものの世界を、歌舞伎では、太鼓を打つ音で表現する。ドンドンドン…。作家の竹田真砂子さんによると、雪音と呼ばれるこの奏法が、初めて舞台に登場したのは、真夏のことだった(『歌舞伎ます』)。 ▼寛政元(1789)年7月、中村座の出し物は「平家評判記」だった。奇抜を好む作者の桜田治助が、大詰めの喜界ケ島の場に、音をつけて、雪を降らせることを思いついた。客の入りの悪い夏芝居には、怪談物や水狂言など目先を変えた演目がかかることが多い。雪音もまた、冷房のない芝居小屋で、観客にひんやり気分を味わってもらう工夫のひとつだったのだろう。 ▼土曜の夜は、浴衣姿のカップルや家族連れに交じって、隅田川花火大会を見物した。隅田川の川開きにあわせて、江戸両国に花火が上がるようになったのは、享保18(1733)年から。当時の花火は、豪華絢爛(けんらん)の今の花火に比べれば、地味で玉も小さかったが、川涼みに来る人のにぎわいは大変なものだったらしい。 ▼日中は、銭湯の2階で居眠りをしたり、庭にたらいを出して、行水をしたりする。夕方になれば、路地に縁台を出して、将棋に興じる。江戸の人々は、さまざまな方法で、夏の暑さをしのいできた。 ▼なかでも最近、見直されているのが、朝夕、家の前の通りや庭に水をまく、打ち水の習慣だ。実際に2度ほど気温を下げることもわかっている。みんなで一斉にやれば、電力エネルギーの節約にも、ヒートアイランド対策にもなる。 ▼「打ち水大作戦」なる官民あげての運動も、今年で6回目を迎えた。ただし水道水を使うのはご法度。風呂の残り湯などを使いたい。「水うてば夕立くさき庭木かな」(芝柏)

産経抄 産経新聞 7/28

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「緊張の中の緩和」夏祭りの季節がやってくる・・・  産経抄 八葉蓮華

2008-07-27 | 産経抄(コラム)
「緊張の中の緩和」夏祭りの季節がやってくる・・・  産経抄 八葉蓮華
何年か前の冬、桂米朝さんの東北公演を取材したことがある。山形では大雪の中での落語会となった。そこへ米朝さんの弟子の故桂枝雀さんが話しかけてきた。「外がこないな非常時やいうとき、落語でも聞きましょう、なんてよろしいですなあ。緊張の中の緩和で…」 ▼その東北地方に今年も、夏祭りの季節がやってくる。秋田の竿燈(かんとう)、青森のねぶた、仙台の七夕、どうしてどれもあんなに色彩豊かなのだろうと考えるとき、枝雀さんのあのニコニコ顔が目に浮かぶ。持論だった「緊張と緩和」論を思い出すのだ。 ▼東北は山岳や森林が多いうえ、雪に閉ざされる期間も長い。恐らく関東や東海などの平野部に比べ、より強い緊張感で暮らしていかなければならない。だからこそ祭りになると、大きな緩和や解放感を求めてきたのだろう。それがあの明るさの源であるような気がする。 ▼しかし今年の祭りは新たな緊張感の中で迎える。言うまでもなく、立て続けに襲った地震の余波である。祭りを行うことには支障はなさそうだ。それでも、地震でケガをしたり復旧作業や後かたづけに忙しかったりで、まだその気分になれない人もいるだろう。 ▼それより地元の人たちが気にしているのは、東京などからの見物客のことだ。東北-地震のイメージが強くなり宿泊のキャンセルなども出ているらしい。足が遠のくことになっては、祭り気分が冷めるだけではなく、地震の被害にも追い打ちをかけてしまう。 ▼むろん、イザというときへの備えは忘れてはならない。だがそれはこの地震列島全部にいえることで、東北だけ特別ではない。それより、祭りを大いに盛りあげて被災地の人たちを励ましたい。枝雀さんではないが「緊張の中の緩和」である。

産経抄 産経新聞 7/27

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「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争・・・」  産経抄 八葉蓮華

2008-07-26 | 産経抄(コラム)
「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争・・・」  産経抄 八葉蓮華
だいぶ前、日本でも感動を呼んだ「汚れなき悪戯」というスペイン映画があった。捨て子となったマルセリーノが村の修道院で育てられる。腕白少年とこれに手を焼きながら愛情をそそぐ修道僧たちとのやりとりが、何とも心地よかった記憶がある。 ▼映画でもわかるように、キリスト教の修道院といえば、文字通り「聖なる世界」だった。仏教でもそうだが、世俗を捨てた修道僧たちは常に敬愛される存在だった。だが中には、そんな修道院や修道僧を隠れ家や隠れ蓑(みの)にしようという悪い人間もいるものだ。 ▼ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で悪名をはせたカラジッチ被告がそうだったようだ。被告というのは旧ユーゴ戦犯法廷から民族虐殺などの罪で起訴されているからだが、ようやくセルビア政府によって拘束された。それにともない公表されたこの大物戦犯の写真に目を奪われた。 ▼白いヒゲを伸ばし眼鏡をかけ、黒っぽい服を着ている。まるで映画に出てきた柔和な修道僧のようにも見える。実際に潜伏中は修道院などに身を隠し、修道僧の格好で外出していたのだという。背広姿で強気な表情の十数年前と比べると、みごとなまでの変装である。 ▼拘束されたのはセルビアの首都、ベオグラード市内だった。この変装のためわからなかったのだろうか。被告の拘束はセルビアが加盟を希望するEUがその条件として強く求めていた。しかし前政権はそれに消極的だったというから微妙な問題だ。 ▼カラジッチ被告への国際社会の視線は厳しい。だがセルビアの急進的民族主義者たちはいまだ英雄視している。ベオグラードに不穏な空気も漂っているという。拘束とはいえ大物が再び表に出てきたことが「パンドラの箱」にならなければよいが。

産経抄 産経新聞 7/26

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「米国を頼みにしない「脅威」?・・・」  産経抄 八葉蓮華

2008-07-25 | 産経抄(コラム)
「米国を頼みにしない「脅威」?・・・」  産経抄 八葉蓮華
拉致問題の再調査という約束を、北朝鮮はいっこうに果たそうとしない。そのことを、本気で心配してくれているのか、それとも、とぼけているだけなのか。 ▼シンガポールで会談した高村正彦外相と、米国のライス国務長官との間で、こんなやりとりがあったという。「日朝で全く何も起こっていないのか?」(ライス氏)。「何も起こっていない」(高村氏)。 ▼北朝鮮が申告した核計画の検証作業も進まないまま、ブッシュ米政権による、北朝鮮のテロ支援国家指定解除が、8月11日に迫っている。きのうの「正論」で、西尾幹二氏が、「米国による道義的な裏切り」に対して、「ただ呆然(ぼうぜん)として、沈黙するのみである」日本政府の異常さにあきれ果てていた。 ▼外交問題に疎(うと)い小欄も、6カ国協議のなかで、日本が苦境に立たされていることはわかる。果たして打開策があるのか。元外交官で、北朝鮮問題を担当していた原田武夫氏は、日清戦争から三国干渉へ向かう時代にヒントがあるという。当時の中国の権益をめぐる列強のせめぎ合いが、いまの北朝鮮情勢に似ているからだ。 ▼伊藤博文の命を受けた側近の伊東巳代治は、所有する東京日日新聞を使って世論を誘導し、ロイター通信を内閣の機密費で買収して、対外宣伝工作を仕掛けていく(『「日本叩き」を封殺せよ』)。結局、三国干渉をはねのけることはできなかったが、原田氏は、「脅威としての日本」のイメージを十二分に利用して、列強を振り回した伊藤の手腕を高く評価する。 ▼なるほど、伊藤・伊東コンビのメディア戦略に倣って、北朝鮮に対する融和政策の誤りを、米国の世論に訴えていく必要がある。何より、米国を頼みにしない「脅威」を取り戻さなくては。

産経抄 産経新聞 7/25

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「掌中の珠・・・」  産経抄 八葉蓮華

2008-07-24 | 産経抄(コラム)
「掌中の珠・・・」  産経抄 八葉蓮華
詩人の中村稔さんによると、「愛」という言葉を使い、「愛」を主題にした詩を書いた、わが国における最初の詩人は、石川啄木だという(『人間に関する断章』)。 ▼たとえば、明治38(1905)年、20歳の啄木が出した処女詩集『あこがれ』に収められた「人に捧(ささ)ぐ」は、こんなふうに結ばれる。「峻(こご)しき生命の坂路も、君が愛の/炬火(たいまつ)心にたよれば、黯(くら)き空に/雲間も星行く如くぞ安らかなる。」。 ▼けわしい人生の坂道を登るときも、あなたの愛を松明(たいまつ)にして、心のたよりにすれば、暗い空の雲の間に星を見るように、心が安らかだ、というのだ。この詩を捧げた、妻の節子との愛の結末が、悲惨なものになるのは周知の通りだ。 ▼それでも「愛」は、小説や詩、流行歌などで盛んに使われるようになり、日本人にとってなくてはならない言葉となっていく。最近では、子供、特に女の子の名前につけられることが多い。東京都八王子市の駅ビルの書店で、アルバイトをしていて、凶刃(きょうじん)に倒れた中央大学文学部4年生の斉木さん(22)の名前も愛だった。 ▼「仕事がうまくいかない」「誰でもよかった」。33歳の容疑者の男の身勝手な言い分には、耳をふさぎたくなる。「社会にも問題がある」式の報道で、通り魔を甘やかしているかぎり、同様の事件は続くのではないか。 ▼斉木さんの名前は、「あい」ではなく、「まな」と読ませる。『大辞林』によれば、かわいい子、いとしい女のこと。娘や弟子など、人を表す名詞につくと、特別にかわいがっているという意味になる。ご両親にとって、掌中(しょうちゅう)の珠(たま)だったのだろう。就職も決まり、これからさまざまな愛に出会うはずだった。その機会を奪われる理由など何ひとつなかったのに。

産経抄 産経新聞 7/24

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「安くてうまいものが・・・」  産経抄 八葉蓮華

2008-07-23 | 産経抄(コラム)
「安くてうまいものが・・・」  産経抄 八葉蓮華
明日は土用の丑(うし)の日。丑の日だから「牛肉の日」でもよさそうなものだが、やっぱり夏はウナギに限る。丑の日がウナギ受難日となったのは、江戸時代の才人、平賀源内が流行(はや)らない鰻(うなぎ)屋に「本日丑の日」の張り紙を店先に出すよう勧めたのが始まりとか。昔も今も江戸っ子は有名人と宣伝に弱い。 ▼源内さんは「丑の日に『う』のつくものを食べると夏負けしない」という当時の俗説をウナギの消費拡大にうまく利用したようだ。時移って現代の商売人は、「国産」ものを食べると安全だという俗説をあこぎに利用している。 ▼輸入ウナギに「愛知県三河一色産うなぎ」のシールをつけてぼろ儲(もう)けしようとした業者が摘発されたが、どうやら氷山の一角らしい。国内で“本当に”養殖されているウナギは消費量の2割にすぎないはずなのに、近所のスーパーでも「国産」モノが陳列ケースの大半を占拠しているのはどうしたことか。 ▼それもこれも昨年、中国産ウナギから発がん性物質が検出され、「中国産」への強い拒否反応があるからだろう。加えて毒餃子(ギョーザ)事件が明るみに出た今となっては、安くてうまいものが大好きな小欄とて手が出ない。 ▼読者のみなさんには「危険なのは中国産のごく一部です」と声を大にして言いたいところだが、残念ながら証拠を持ち合わせていない。第一、発覚後半年がたとうとするのに毒餃子事件の真相は何一つ解明されていない。 ▼昆明で起きたバス爆破を中国当局は、重大なテロ事件として扱い、雲南省内外で厳戒態勢をとって犯人逮捕に全力をあげている。毒餃子事件も重大な食品テロのはずなのに、捜査の動きは実に鈍い。このままうやむやになれば、中国ブランドは地に落ちたままになるというのに。

産経抄 産経新聞 7/23

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「秘密を墓場までもっていく・・・」  産経抄 八葉蓮華

2008-07-22 | 産経抄(コラム)
「秘密を墓場までもっていく・・・」  産経抄 八葉蓮華
評論家の山本七平は、アメリカの本当の強さの秘密を知るために、昭和50年、渡米した。訪問先のひとつに選んだのが、ワシントンにある国立公文書館だ。 ▼政府の文書はここに集積され、機密指定をはずされたものは、すべて公開される。アメリカ人はどうして、「恥部」といえる部分も遠慮なく、白日のもとにさらすことができるのか、知りたかったからだ。一方の日本人はどうだろう。 ▼年金記録の紛失で大騒ぎになったと思ったら、厚生労働省の地下倉庫には、血液製剤によるC型肝炎患者のリストが放置されていた。インド洋で給油活動をしていた海上自衛隊の補給艦の航海日誌が廃棄されていた問題も、国会で追及された。 ▼大分県の教員採用試験をめぐる汚職事件では、不正があったとされる時期の試験の答案用紙や面接結果についての資料が、規定に反して捨てられていた。残っていたら、本来合格するはずだった受験生の救済に役立ったはずなのに。そもそも、敗戦直後に政府や旧日本軍が、膨大な書類を組織的に焼却したことはよく知られている。 ▼「われわれは、罪を意識して秘(ひそ)かにじーっとしていれば…それ以上追及しないのは武士の情けなのである」と山本はいう。「四辻(よつつじ)に立って『私は罪をおかしました』と大声でその内容を『うそ偽りなく』懺悔(ざんげ)すれば、それ以上追及されない」アメリカ人との文化の違いは大きい。(『日本人とアメリカ人』) ▼日本の国立公文書館の職員はわずか42人、米国の2500人に比べればあまりに貧弱だ。福田康夫首相は、公文書館の整備拡充を最重要施策のひとつと位置づけている。もっとも、秘密を墓場までもっていくことを美徳とする、日本人の意識を変えることは、なかなか難しい。

産経抄 産経新聞 7/22

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「最長片道切符の旅・・・」  産経抄 八葉蓮華

2008-07-21 | 産経抄(コラム)
「最長片道切符の旅・・・」  産経抄 八葉蓮華
『時刻表2万キロ』などの鉄道エッセーで知られた宮脇俊三さんの業績を回顧する展覧会が、東京都世田谷区の世田谷文学館で開かれている。51歳で作家生活に入るまでは、中央公論社の名編集者だった。 ▼「マブゼ共和国」を自宅に“建国”した北杜夫さんから贈られた「コロンブス賞」の賞状が目にとまる。宮脇さんに勧められて北さんは、隣に引っ越してきた。つまり“国土”を発見した栄誉をたたえている。 ▼宮脇さんが毎年、手作りしてきた年賀状にも、ほおがゆるむ。2人の娘さんがまだ小さいころ、誰からも年賀状が来ないのはかわいそうだ、と別に専用のはがきを作っていた。そんなひとつひとつの展示品に人柄があらわれている。もちろん圧巻は、鉄道関係の資料だ。 ▼宮脇さんは会社を退職してまもなく、北海道・広尾駅から鹿児島県・枕崎駅までの『最長片道切符の旅』に出かけた。その手描きのルート図や、途中下車印がびっしり捺(お)された切符、車内での会話、風景を細かく記した取材ノートなど、鉄道ファンにはたまらないだろう。 ▼今年の夏休みの行楽は、原油価格の高騰の影響で、海外よりも国内、移動手段も車より鉄道を選ぶ傾向が強まっている。「やがて、シベリアの大森林を擁するソ連や、密林の東南アジア諸国から酸素の供給料を請求されるかもしれない」。地方の自然破壊を嘆いて、宮脇さんが二十数年前に書いたエッセー「登山鉄道をつくろう」の一節だ。 ▼環境問題が深刻化すれば、鉄道は復権する。そのことを見通していたばかりか、二酸化炭素の「排出量取引」まで、予言している。没後5年たって、復刊が相次いでいるのも、ユーモアあふれる筆致からにじみ出る、深い洞察力ゆえのことだろう。

産経抄 産経新聞 7/21

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「宿題をいっぱい抱えた首相・・・」  産経抄 八葉蓮華

2008-07-20 | 産経抄(コラム)
「宿題をいっぱい抱えた首相・・・」  産経抄 八葉蓮華
今年もエンジュが花を散らし始めた。最近、街路樹としておなじみになった高木である。歩道に落ちた淡黄色の小さな花に足元が気になりだすともう真夏の到来だ。関東地方でも梅雨が明けた。この連休から夏休みという学校も多いことだろう。 ▼日本人が大人も子供も夏休みをとるようになったのは明治の初め、欧米の風習に倣ったのだという。日本の夏の方がはるかに暑い。だが米づくりにとって真夏は田の草取りなど大事な季節である。だからこの季節、長期に休むという発想はそれまでなかったらしい。 ▼そんなDNAを受け継いでいるせいか、今でも割り切って長い休みをとろうという日本人は少ない。妙な罪悪感すら持つ人もいる。72歳になったばかりの福田康夫首相もそうなのだろうか。今の短い休みの後はほぼ「不休」でこの夏を乗り切るおつもりのようだ。 ▼今月末には内閣を改造する予定だという。その後五輪の開会式で北京を訪問、8月の20日過ぎには早々と臨時国会を召集したい意向だ。大臣の交代に備えたり法案の準備をしたりという官僚のみなさんも、ほとんど夏休みはとれないということになりそうである。 ▼もっとも、原油高対策や新テロ対策特措法の延長など宿題をいっぱい抱えた首相だから、仕方ないかもしれない。毎日汗水たらしている国民からは「当然」の声も聞こえるだろう。ただ気になるのは肝心の与党に首相の「やる気」に対し冷たい空気が漂っていることだ。 ▼8月の国会召集に対し公明党が「9月でいい」なんて言いだした。自民党の実力者たちの会合でも「急がなくても」という声が出たという。支持率低迷の内閣を見限り始めたのか。夏は選挙区回りが忙しいからというのではないと思いたいが。

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「オリンピックに「ロマン」を求める・・・」  産経抄 八葉蓮華

2008-07-19 | 産経抄(コラム)
「オリンピックに「ロマン」を求める・・・」  産経抄 八葉蓮華
師・太宰治の墓前で自ら命を絶った田中英光に『オリンポスの果実』という作品がある。ボートの選手として参加した昭和7年のロサンゼルス五輪での体験をもとにした青春小説だ。かつて胸をときめかせて読んだという方も多いだろう。 ▼ロスまではむろん太平洋の船旅だった。途中でハワイにも寄港している。その船上やオリンピックの会場で主人公は走り高跳びの女子選手に恋をし、外国の選手たちからさまざまな刺激を受ける。そんな話が、まるで潮の香りを感じさせるように叙情的に描かれている。 ▼昭和7年は五・一五事件が起きた年である。前年には満州事変が勃発(ぼっぱつ)している。日本全体に、きな臭く重苦しい空気も漂っていたはずだ。だが選手たちは思いのほか、五輪への旅や異国情緒を楽しんでいたことがわかる。ちなみにこの大会での日本の金メダルは7個だった。 ▼開幕まで3週間足らずとなった北京五輪の日本の代表もほぼ出そろった。今や北京まで飛行機で4時間足らずである。選手たちも旅や異国を楽しむ気分にはなれないだろう。それどころか、自分の競技が始まる直前まで日本にとどまり、調整する選手も多いという。 ▼欧米などの国にも日本で合宿をしてから大会に乗り込むというチームがある。北京の大気汚染や食への不安かららしい。日本からの観戦ツアーも「東京五輪の感激をもう一度」という団塊の世代はともかく、期待されたほどの盛り上がりはなさそうである。 ▼交通や情報の発達でこれだけ世界が狭くなれば、オリンピックに「ロマン」を求めることなど無理かもしれない。ましてチベット騒乱など政治の渦中にある北京となればなおさらだ。なんとか選手たちにはノビノビと力を発揮してほしいのだが。

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「14歳といえば・・・」  産経抄 八葉蓮華

2008-07-18 | 産経抄(コラム)
「14歳といえば・・・」  産経抄 八葉蓮華
14歳の君へ。新聞の社会面の見出しに「14歳」とあると、大人はドキッとしてしまう。11年前、「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った14歳の少年が、神戸で次々に小学生を殺傷してからだ。だからけが人が1人も出なくてほっとした。 ▼とはいえ、運転手の首にナイフを突きつけてバスを乗っ取るなんて、きわめて悪質な犯罪だ。解放されるまで、乗客は生きた心地がしなかったろう。報道によると、中学2年の君は学級委員を務め、勉強やクラブ活動にもがんばっているそうだ。 ▼その君が警察の取り調べに対して、「親にしかられ、嫌がらせのためにやった」などと話している。好きな女の子と交際するために、友人からお金を借りようとして、親に注意されたそうだね。もしそれが犯行の動機だとすれば、甘ったれるのもいいかげんにしてほしい。 ▼14歳といえば、大人への入り口にさしかかっている年齢だ。昔なら、もうすぐ元服、ほんの数十年前までは、中学を出たらすぐ社会に出て、仕事に就くことも珍しくなかった。君の周りを見回してごらん。学校生活だけでは飽き足りず、文学に目覚め、あるいは環境問題など、社会に目を向け始めた友達がいるはずだ。 ▼書店に行けば、「14歳の」と銘打った哲学、政治、心理学の本が並んでいるよ。女の子にかまけて、何も見えなくなっている君には、『恋愛なんかやめておけ』(松田道雄著)という本のなかの、一節を贈りたい。 ▼「好きな人は胸のなかに、そっとだいじにしておくんだ。それは二十年たち、三十年たつと、たくわえた古酒のようになる。たかい香りで、少年の日、少女の日の記憶をつつみこんでくれるだろう」。君の今やるべきことは、世間を騒がすことなんかじゃないんだよ。

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「平凡な人生を送るな・・・」  産経抄 八葉蓮華

2008-07-17 | 産経抄(コラム)
「平凡な人生を送るな・・・」  産経抄 八葉蓮華
芥川賞と直木賞の発表が、これほど大きなニュースになったのは、久しぶりではないか。芥川賞の受賞者が中国籍で、第1言語が日本語ではない外国人であることは、ともに史上初めてだという。 ▼小欄は、楊逸(ヤンイー)さん(44)が前回の芥川賞候補になったとき、その表現の妙味に感心してこう書いた。「母国語と日本語のはざまで格闘してきた外国人作家が芥川賞の歴史を変えるのも時間の問題だろう」。 ▼だから今回は、直木賞に決まった井上荒野(あれの)さん(47)を取り上げる。父の故井上光晴さんは、「全身小説家」といわれた。全国各地に「文学伝習所」と呼ばれる文学を学ぶ場を設けたことでも知られる。井上さんは大学時代から、父がノートに書いた作品を、原稿用紙に清書するアルバイトをしていた。 ▼それが同時に作家修業になった。井上さんによれば、初期の作品では父とそっくりだった文体が、書き続けるうちに自分のものになっていった。受賞作『切羽(きりは)へ』では、父が少年時代を過ごし、小説で描いたこともある、長崎県の島を舞台に選んだ。「父には書けないものを書いた」という自信の表れだろう。 ▼刊行日が父の命日だったことも因縁めく。井上さんの小説が、ある雑誌の新人賞を取ったとき、「トランプ占い師」でもあった父に、占ってもらったことがある。井上さんが切ったカードを3枚ずつ3列に並べると、どの列も足すと9になった。 ▼「こんなのはめったに出ない。よほど幸先がいい」。驚いてみせた父が、実はペテンの名手であったことも、家族はみんな知っていた。「荒野」という名に、「平凡な人生を送るな」との願いを込めた父は、どこかでうそぶいているに違いない。おれの言ったとおりだろう、と。

産経抄 産経新聞 7/17

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