衣裏珠の八葉蓮華 ≪創価学会 仏壇≫

衣裏珠の譬え 産経抄 産経新聞 創価学会 地球市民 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

欧州で過去最高の賞金額の当たりくじ1億4780万ユーロ(約200億円)・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-30 | 産経抄(コラム)

 宝くじに当たった知り合いのふところに、大金がころがり込んだとする。平静を装っても、人間の心に潜むねたみを抑えることは難しい。そのとき脳はどんな反応を示すのか。  

 半年ほど前、放射線医学総合研究所などのチームが、米科学誌サイエンスに発表した研究で、明らかにした。人が他人にねたみを感じるとき、肉体的な痛みを感じる部位と同じ、前頭葉の「前部帯状回」の活動が活発になるという。  

 イタリア中部の町バニョーネで、約2000人の住民の脳ものぞいてみたいものだ。なにしろ、欧州で過去最高の賞金額の当たりくじが、この町から出た。たった2ユーロ(約270円)で買ったくじで、1億4780万ユーロ(約200億円)を手にした当せん者探しで、町は大騒ぎだという。  

 もっとも、宝くじの高額賞金が、幸せをもたらすとは限らない。落語の「水屋の富」では、富くじで千両を当てた水屋が、金を奪われるのが怖くて夜も寝られなくなる。作家の佐藤正午さんは、最新作『身の上話』(光文社)で、宝くじに当たったばかりに、とんでもない運命に翻弄(ほんろう)されることになる23歳のヒロインを描いた。  

 実際、宝くじで2億円を当てた42歳の女性が、平成17年に殺される事件も起きている。40代後半の独身男性とうわさされているイタリアの宝くじ長者も、正体が明らかになれば、もはや平穏な人生に戻るすべはあるまい。持ち慣れない大金が転がり込むと、ろくなことはない。  

 「他人の不幸」を喜ぶような気持ちになったとき、今度は脳の「線条体」という部位が活性化するそうだ。もちろん、人によって反応の強さは違う。自分はどちらだろう。ジャンボ宝くじのはずれ券をデスクの引き出しから取り出して、思う。

産経抄 産経新聞 8/27
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


古きよき時代「オリエント急行」126年の歴史に幕を下ろす・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-30 | 産経抄(コラム)

 日本でも人気の高いオリエント急行が、今年12月に運行をやめ、126年の歴史に幕を下ろす。英国紙の報道を聞いて、エッセイスト、須賀敦子の『オリエント・エクスプレス』という作品を思いだした。  

 長く暮らすイタリアから、たまに帰国するたびに持参するおみやげを、須賀の父親は喜んだことがない。ところが、シを間近に控えたころになって、オリエント・エクスプレスのコーヒーカップを買って帰ってほしい、といってきた。須賀の父親は戦前の1年間、ヨーロッパで暮らしたことがある。  

 パリを出発、シンプロン峠を越え、ミラノ、ヴェネツィア、トリエステを経由して、イスタンブールに向かう。若き日の旅の思い出を、子供たちに何度も語ってきた。「父はこの列車の名を、彼だけが神様にその在りかを教えてもらった宝物のように、大切に発音した」という。  

 食堂車のテーブルには、純白のテーブルクロスがかけられ、銀食器のセットが、シャンデリアの光を反射して輝いた。客室のソファは、夜にはベッドに早変わりし、調度はマホガニー製で、床にはトルコ絨毯(じゅうたん)がしかれた。  

 文字通りの超豪華列車は、王侯貴族から外国人留学生まで、多くの人々を魅了してきた。アガサ・クリスティもその一人だ。離婚で傷ついた心を、この列車で旅することで癒やし、やがて『オリエント急行の殺人』に結実する。  

 須賀は、ミラノ駅に停車するオリエント・エクスプレスの車掌長に直接、交渉することにした。恰幅(かっぷく)のいい車掌長が、白いリネンのナプキンにくるんだ包みを須賀に渡す場面は、まるで古きよき時代の名画を見るようだ。そんなヨーロッパ文化の奥深さを教えてくれた須賀が、この世を去ってから、もう11年になる。

産経抄 産経新聞 8/25
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


数値化して比べる「声」も「笑い」も社会を診断する貴重なデータ・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-24 | 産経抄(コラム)

 産経新聞には毎週1回、「紙面批評」という欄が掲載される。外部の識者に依頼して、弊紙の内容について、他紙と比較しながら客観的評価をしてもらうのである。昨年4月に社会学者、木村洋二さんの批評が初めて載ったとき、その斬新さに驚かされた。  

 1カ月ほど前に起きたチベット暴動に関するものだった。木村さんは大阪発行全国紙の記事の見出しに出てくる「チベット」という文字の回数を数えた。さらにその文字の面積まで測ってみた。すると回数、面積ともに産経新聞がトップだったという。  

 木村さんは「見出しの大きさは、人間の声の大きさに近い働きをしている」と言う。だから「チベット暴動にいちばん大きな声を出したのは産経である」と評していただいた。常々チベット問題を重視し、報道に当たっている弊紙としては核心をついてもらった気がした。  

 新聞を数値化して比べるというのは、何ともユニークである。もっとも数値化と言っても、コンピューターを使ってというわけではない。研究室の学生といっしょに物差しで測って調べたのだという。ヒゲ面で知られる木村さんのそんな姿を想像しただけで楽しかった。  

 その木村さんが61歳で亡くなった。最近では「笑い」の数値化をめざし、測定する装置まで「発明」した。そのことを聞くと「アホな機械でしょ」と笑い飛ばした。木村さんにとって「声」も「笑い」も社会を診断する貴重なデータだったのだろう。  

 学生時代を知る人は、学者になって見違えるほど明るくなったという。それだけに、訃報(ふほう)に悲しんでばかりいては「よしてくれよ」と言われそうだ。しかし、あの明快な紙面批評はもう読めない。豪快な笑いも聞けないと思うと、限りなくさびしい。

産経抄 産経新聞 8/22
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


温度と湿度の低い、人にとって心地のよい環境が、ウイルスを活発化・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-23 | 産経抄(コラム)

 私事で恐縮だが、長年、水虫に悩まされてきた。梅雨時から今ごろにかけて、汗をかく季節が、とりわけつらい。帰宅すると、取る物も取りあえず革靴と靴下を脱ぎ捨て、足の指の間に風を通すのが、毎日の習慣だ。  

 欧米人はベッドを出ると、ほとんど靴を履きっぱなしだ。それでも水虫を嘆く声を、ほとんど聞いたことがない。常々疑問に思っていたが、眞嶋亜有(まじま・あゆ)さんの水虫についての論考(『逆欠如の日本生活文化』に所収)で、氷解した。  

 日本人に水虫が広がったのは、靴と靴下を着用する西洋文化が定着してからだ。眞嶋さんによれば、同時に「土足文化」を受け入れなかったことが問題だった。家の中で素足になって、畳や絨毯(じゅうたん)を共用する日本人独特の生活様式が、水虫に猛威をふるう力を与えてしまった、というのだ。  

 水虫と違って夏には縁が薄いはずの、新型インフルエンザの流行が本格化している。プロ野球や高校野球の選手からも感染者が出た。衆院選の現場でも、有権者に感染させては一大事と、不安の声が上がっている。重症となった子供を含めて、1医療機関あたりの患者数が、全国で突出しているのが、沖縄県だ。  

 暑さから逃れるために、冷房の効いた施設に人が集まる傾向が強いことが、原因とみられる。畳や絨毯が水虫の温床となっているように、温度と湿度の低い人にとって心地のよい環境が、ウイルスを活発化させているというわけだ。  

 9月に学校が始まると、流行がさらに拡大する可能性が強い。ワクチンの供給が間に合うのか気にかかる。厚労省が呼びかけている、手洗いとうがいの励行は当然だ。ウイルスの増殖に手を貸すような行動を取っていないか、もう一度、普段の生活を見直したい。

産経抄 産経新聞 8/21
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


韓国の民主化、日本文化の開放、太陽政策の失敗・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-23 | 産経抄(コラム)

 昭和48(1973)年8月11日、北朝鮮の外務省スポークスマンが、日本を強く非難する声明を発表した。3日前に東京で起きた「南朝鮮民主人士」を対象にした事件は、「日本が無法の地である」ことを示している、というのだ。  

 事件とは、「金大中氏誘拐事件」を指す。「拉致」という言葉は、まだ一般的ではなかった。「“スパイ映画”地でいく」。韓国の野党指導者が白昼、何者かに連れ去られるという前代未聞の事件を、小紙はこんな見出しで報じている。  

 後になって、韓国情報機関、中央情報部(KCIA)による犯行だったことが、明らかになった。わがもの顔で活動していたのは、北朝鮮の工作員も同じだ。彼らは4年後、横田めぐみさんを拉致する。日本はまさしくスパイ天国だった。  

 18日に85歳の生涯を終えた金大中氏は、韓国の民主化を主導した政治家として、歴史に残るだろう。日本文化を開放した功績もある。何度もシの危険にさらされ、6年を獄中で過ごし、4度目の挑戦で大統領の座をつかんだ不屈の人生にも敬意を表したい。一方でその罪にも、触れないわけにはいかない。  

 南北首脳会談の実現と引き換えに、北朝鮮に渡った巨額の資金は、間違いなく核開発に使われた。「太陽政策」の失敗も、最後まで認めなかった。拉致被害者の家族が、今も無念と怒りを抑えきれないのは、大統領の在任中に、韓国で服役していた日本人拉致犯の北朝鮮工作員、辛光洙(シン・ガンス)容疑者を、北朝鮮に送り返したことだ。  

 めぐみさんらに朝鮮語を教え、思想教育をするなど、事件のカギを握る人物だった。拉致事件の被害者でもあった氏が、北朝鮮の人権蹂躙(じゅうりん)、国家犯罪には、なぜか“寛容”だった。現代史の謎のひとつといえる。

産経抄 産経新聞 8/20
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


自分のやるべきことはやり遂げた…この一言を残して世を去りたい・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-20 | 産経抄(コラム)

 「私の好きなジョン・スチュワート・ミルの言葉に“My work is done.”というのがあります。シに近くなって、自分のやるべきことはやり遂げた…この一言を残して世を去りたい…皆さんには、格段にそうあって欲しいと思います」。  

 平成10年、自民党内の勉強会に招かれた城山三郎さんは、こう呼びかけた。講演原稿を読み直すと、きょう、衆院選の公示を迎える自民党の立候補者、とりわけ麻生太郎首相にもう一度聞いてもらいたい、と思わずにはいられない。  

 城山さんは、代表作のひとつ『男子の本懐』の主人公で、ともに非業のシを遂げる、浜口雄幸と井上準之助を取り上げて、政治家の原点とは何か、と問いかける。2人は、軍部の反発を買い、国民から怨嗟(えんさ)の声が上がるのを承知の上で、強力な緊縮財政をしき、金解禁を断行した。  

 浜口は、事を成すにあたって、「信念が兎の毛ほども揺らいではいけない」と言い、その通りに生きた。井上は「遠図」あるいは「世語は欣(よろこ)ばず。楽在正論」と書き残した。政治家は遠くを見ていなければならない。世間の評判は、気にしない。自分の楽しみは正論にしかない、というのだ。  

 子ども手当や高速道路の無料化は、ばらまき政策だ。成長戦略がない。民主党の公約への批判をいくら繰り返しても、「政権交代」という、自民党への大逆風は、一向に収まりそうもない。とすれば、麻生首相にできることは、たったひとつだ。  

 「政治家の原点」に戻って、投開票日まで、安全保障、消費税、そして憲法改正と、日本のあるべき姿を愚直に語り続けてほしい。やるべきことをやり遂げたら、敗れても本望ではないか。自民党らしさを取り戻せば、再生もそれだけ早くなる。

産経抄 産経新聞 8/18
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


テレビ時代「チャンバラ映画」オレは白馬童子だったんだぞ・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-18 | 産経抄(コラム)

 戦争に負けるとはこういうことかと、日本人が思い知らされたひとつにチャンバラ映画の禁止があった。戦後すぐ、GHQから「刀を振り回す時代劇はダメ」と通告されたのだ。バカバカしい話なのだが、危険な日本人を育てると思ったようだ。  

 しかしそれも昭和25年ごろから復活、29年の「笛吹童子」の大ヒットで全盛期を迎える。30年代前半は映画の中でも人気は群を抜き、まさに「娯楽の王様」だった。「笛吹童子」で共演した中村錦之助、東千代之介をはじめ、数多くのスターを生んでいった。  

 亡くなった山城新伍さんが映画界の門をくぐったのは、そんな時代劇全盛のころだった。東映の「ニューフェース」としてである。だが皮肉にも、その1、2年後から、映画が衰退の道をたどる。理由はむろんテレビの普及だが、山城さんの運命もそれに左右されていく。  

 時代を見越した東映は劇場用映画は任侠(にんきょう)路線に切り替え、テレビ時代劇の制作に乗り出した。いち早くヒットしたのが山城さんを起用した「風小僧」や「白馬童子」だった。そうして見ると山城さんこそ、テレビ時代の到来が生んだ大スターだと言っていいだろう。  

 その後、任侠映画などにも数多く出演したが、後半生はバラエティー番組で活躍していた印象が強い。その一方で東映同期の花園ひろみさんと2度の結婚、離婚をくり返し、話題となった。それもまた、テレビ時代のスターだったせいであるように思えるのだ。  

 ただ以前、テレビで冗談まじりに「オレは白馬童子だったんだぞ」と言っていたのを覚えている。最後まで時代劇やチャンバラ映画への思いが深かったのかもしれない。かつての時代劇スターもテレビの時代劇も、めっきり少なくなってしまった。

産経抄 産経新聞 8/16
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


「終戦の日」過去について沈黙したのは、つらい生活を忘れたかったのかもしれない・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-16 | 産経抄(コラム)

 「亡き父のセピアの写真夏深し」。宮崎県出身の深江方次さん(70)が、この夏詠んだ句である。深江さんは昭和20年2月、レイテの戦いで父親を失った。早く出征したため、顔はまったく覚えていない。戦地から送ってきた写真があるだけだ。  

 深江さんたちの世代には、父親が戦死した人がクラスに何人もいた。少し下がって「団塊の世代」となると、幸いにも戦場から帰還した父を持つ人が増える。ところがそんな世代に、父がどこでどんな戦いをしていたのか尋ねても、知らないというケースが意外なほど多い。  

 62歳のA氏の父は軍属として満州に渡っていた。だが30年以上も前に病死したため、詳しく聞いたことはなかった。最近、色あせた父のアルバムを調べ、遠くソ連との国境近くまで出かけ、兵舎などを造っていたことがわかった。胸が詰まる思いだったという。  

 61歳で愛媛県出身のB氏は、父親が戦争中、隣の高知の部隊にいたと聞かされていた。ところが数年前に亡くなった後、やはり満州のソ満国境の部隊に長く所属していたと知り、ショックを受けた。父がなぜそのことを話さなかったのか、今でも考え込むことがある。  

 父親たちの多くが過去について沈黙したのは、軍隊でのつらい生活を忘れたかったのかもしれない。戦シした同世代に申し訳ないという思いもあったのだろうか。だが、軍隊にいたことすら悪とするような戦後の風潮で、語るに語れなかったというのも事実に違いない。  

 その団塊の世代も定年を過ぎ、セピア色の父の時代を見つめ直したいという人たちが多い。ぜひとも自虐的見方を離れ、国のため家族のため戦おうとし、あるいは戦シした父たちのことを堂々と語ってほしい。終戦の日の願いである。

産経抄 産経新聞 8/15
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


「人道支援の受け入れ」経済発展への自信がついたら、もう用はない・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-15 | 産経抄(コラム)

 王位と母親を奪うために、叔父が父王を毒殺したことを知ったハムレットは、悩みに悩む。「生か、シか」、あるいは「生きるべきかシぬべきか」などと、さまざまに訳されてきた有名なせりふの後に、こんなくだりがある。  

 「権力者の迫害や尊大な傲慢(ごうまん)無礼、報われない恋の苦しみ、裁判の遅れ、威張りちらす役人、優れた人物が堪え忍ぶくずどもの蔑(さげす)み」(松岡和子訳)。人々の悩みは、シェークスピアの時代も今も変わらない。まして、国際社会の道義や、国民の苦境から目をそむけ、国家のメンツばかりを重んじる政治のもとではなおさらだ。  

 ロシア政府が、日本の北方四島に対する人道支援の受け入れを拒否すると聞いて、あらためて思う。返還交渉に臨む日本政府の腰のふらつきを見透かして、領土問題自体の幕引きを図ろうとしているのは明らかだ。  

 返還反対に大きく傾いた、ロシア国内の世論も背景にある。ソ連崩壊後の混乱期には、日本の支援をあてにしながら、石油や天然ガスなど資源の力で経済発展への自信がついたら、もう用はない、と言わんばかり。もっともそんな政府の方針に、四島の住民がもろ手を挙げて賛成しているわけではなさそうだ。  

 先月、ビザなし交流団に同行して、択捉、国後島を取材した内藤泰朗記者によると、住民の不安は、「生か、シか」の問題に尽きる。医療水準が低いため、急病人は北海道に空輸して、手術するしか手だてはない。現地紙も、日本のおかげでこれまで98人の子供の命が救われたことを報じている。  

 ロシア政府も、その点は承知していて、「人命や健康にかかわる緊急時」は、例外として引き続き支援を求めてきそうだ。なんと「尊大な傲慢無礼」であることか。

産経抄 産経新聞 8/14
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


地震多発地域である日本列島に暮らす「耐震対策」緊張感を持ち続けるしかない・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-14 | 産経抄(コラム)

 「大小の黒い鳥が羽ばたきながら、ゆっくりと放物線を描いて落下していくのを呆然(ぼうぜん)と眺めていた。大きな鳥は遠くへ、小さな鳥は近くへと飛翔(ひしょう)している」。作家の藤本義一さんが、阪神大震災での奇妙な体験を、「夕刊フジ」に寄稿している。  

 「鳥」とは、本のことだ。書斎のベッドで金縛り状態になった藤本さんの頭の上を、書棚から飛び出した本が左右から飛び交っていた。本の表紙が開いてパタパタ音を立て、翼のように見えたという。  

 静岡市内のマンションで窒息死した会社員の女性(43)が、11日早朝に駿河湾で発生した強い地震の、初めての死者と認定された。女性は数百冊の本に埋もれた状態で発見されている。室内には天井に届くほど、本や雑誌が平積みにされていた。  

 人ごとではないと、震える思いで記事を読んだ蔵書家も少なくないだろう。地震が起こると、本は生き物となって、時に人に襲いかかる。テレビや食器棚、タンスだって凶器になる。藤本さんの鼻先には、書棚のガラス板が落ちてきた。「もう十センチ左にいたなら断頭台ということになる」と書いている。  

 「阪神大震災主婦115人の証言」(サンケイリビング新聞)には、「テレビを金具で固定すべきだった」「食器棚の観音開きは鍵をかけた方がいい」「寝室に大きな家具を置くな」といった反省の声が載っている。常に東海地震を意識せざるを得ない静岡県民にとって、当たり前のことばかりかもしれない。  

 それでも今回、家具の転倒などでけがをした人が相次いだ。耐震対策は、車の安全ベルトのようなものだ。世界でも有数の地震多発地域である日本列島に暮らす以上、1日24時間、車の運転をしているのと同じ緊張感を持ち続けるしかない。

産経抄 産経新聞 8/13
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


売家と唐様で書く三代目「何の御利益もない」もっと静かに・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-13 | 産経抄(コラム)

 朝寝坊で鈍感力だけが自慢の小欄もさすがに跳び起きた。ラジオのスイッチを入れると震源地が駿河湾というではないか。すわ、東海地震かと身構えたが、大惨事が起きなかったのは不幸中の幸いだった。  

 マグニチュードは6・5と、想定される東海地震の100分の1以下の規模だそうだが、それでも多数のケガ人が病院に運ばれ、3千棟以上の家屋が損壊した。地震だけではない。西日本を襲った集中豪雨禍も半端ではなかった。被害に遭われた方やご家族に心からお見舞い申し上げたい。  

 自然の猛威は、政治家の浅知恵をもあざ笑っているかのようだ。地震で東名高速道路の路肩の一部が崩れ落ち、通行止めになった。折あしく、13日からETC搭載の普通車料金は、お盆割引で千円になる。東京から名古屋以西に向かうには、中央高速を使うしかなくなり、大渋滞になりかねない。  

 もともと高速道の無料化は民主党が言い出したバラマキ政策のひとつだが、政府・与党は対抗策として「土日千円」を先行実施した。地域振興に一部役立っている面もあるが、車を持っていない人には何の御利益もない。民主党の尻馬に乗って渋滞と二酸化炭素(CO2)をばらまいているだけだ。  

 靖国問題でも麻生太郎首相は、参拝否定派が主導権を握っている民主党の尻馬に乗っているようだ。首相は「政治やマスコミの騒ぎから遠くに置かれてしかるべきだ。もっと静かに祈る場所だ」と述べた。  

 一見、もっともらしい言い訳だが、参拝しないという事実においては、靖国否定派の人々とまったく変わらない。首相が尊敬する祖父・吉田茂元首相は、在任中5回参拝している。30日の投票日に「売家と唐様で書く三代目」となるのも仕方ないか。

産経抄 産経新聞 8/12
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


覚せい剤取締法違反(所持)容疑で、家族愛の「解散」を宣言・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-12 | 産経抄(コラム)

 10歳のとき、母親をがんで失った。続いて父親もがんで入院し、闘病生活を送るうちに会社をリストラされてしまう。中学2年1学期の終業式を済ませて帰ると、自宅は差し押さえられていた。まもなく姿を現した父親は、子供たちに、家族の「解散」を宣言する。  

 兄、姉と別れた僕の夏休みは、公園の滑り台の中で始まった。お笑いコンビ「麒麟」の田村裕さんが2年前に書いた『ホームレス中学生』(ワニブックス)は、大きな反響を呼んだ。何より驚いたのは、段ボールをかじったり、雨のシャワーを浴びたりしながら、たった1人で1カ月も暮らしたことだ。  

 しかし、もっと過酷な夏休みを送っているかもしれない10歳の少年がいる。覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕された女優の酒井法子容疑者(38)の長男だ。当初は行方をくらましていた酒井容疑者に同行していると思われていたが、都内の知人に預けられていたことがわかり、保護された。  

 本来なら、海や山で真っ黒になって遊び、思い出をいっぱい作っている年ごろだ。一方で10歳といえば、子供と大人の境界に当たるともいわれる。両親が犯した罪について、ある程度は理解しているはずだ。事件の一番の被害者といえる。  

 田村さんは、本の最終章で、母親への思いの丈をぶちまける。10歳の少年にとって、母親の存在はとてつもなく大きい。酒井容疑者は4歳で母親とシ別し、父親も18歳のときに交通事故で失ったという。つらい経験をしている分家族愛が強い、と事務所の社長が語っていた。  

 警察に出頭する前、知人宅に「子供の声を聞かせて」と電話をかけたこともわかっている。芸能人であるより、まず母親であることを肝に銘じて、一日も早く立ち直ってほしい。

産経抄 産経新聞 8/11
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


威厳と権威「漢字の簡略化」節を曲げることはできない・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-11 | 産経抄(コラム)

 3日付のコラムで、台湾でいまも使われている漢字の「正体字」が、中国で見直されつつある、と書いた。そんな動きに日本だけが無縁である、とも。すると先日、「産経◎抄擔當(たんとう)者●様■」あてに、手紙が届いた。  

 小紙に掲載されるせめて1本のエッセーでも「正漢▲字正假名」にならないか、というのだ。差出人は、福島県会津若松市の眼科医、米山高仁さん(56)だった。「談話室」の常連執筆者の一人だから、名前に覚えがある。  

 米山さんが、歴史的仮名遣いや正漢字を使うようになったきっかけは、50歳ごろから始めた俳句や短歌だった。生まれ育った祖父の代からの医院には、戦前に出版された雑誌や本が多数残っていた。子供のころから、それらに親しんできたから、違和感はなかったものの、正しく使うのは難しい。  

 米山さんは『旧★(きゅう)漢字』(萩野貞樹著、文春新書)を教科書にして、毎日1ページずつ書き写し、巻末の「正漢字表」を切り取っていつも見ているそうだ。「正漢字の練習は、脳の老化予防にもなると思います。画数が多いから、視細胞が刺激されるし、指の運動も多くなる」と話す。  

 最近では紹介状など仕事の文書も、正漢字で通している。ただ、所属していた短歌誌は旧漢字を認めなかった。「なよ竹の風にまかする身ながらもたわまぬ節

 のありとこそきけ」。戊辰戦争で自刃(じじん)した西郷千重子(家老、頼母(たのも)の妻)の辞世をここで思い浮かべるのが、いかにも会津っぽらしい。  

 節を曲げることはできない、と短歌会を辞したのはいうまでもない。「戦前の『醫學(いがく)』には威厳と権威がありました」ともいう。なるほど、モンスターペイシェントといわれる患者の出現も、漢字の簡略化と関係があるのかもしれない。

産経抄 産経新聞 8/10
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


夏目漱石「理数系」文学者になった後も、自然科学への関心を失わず・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-10 | 産経抄(コラム)

 小山慶太氏の『漱石が見た物理学』(中公新書)によれば、夏目漱石の東京大学予備門予科生時代の成績表が残っている。17歳で今の高校生ぐらいだ。一番良いのは幾何学の八六・五で、次いで代数学の七八・九である。体操や修身の成績も良い。  

 これに対し得意のはずの英文解釈は六六と低く、和漢文にいたっては六○にも満たない。明らかに「理数系」だったことがわかる。漱石自身が建築家志望だったことを認めていたという。理系に進んでいたら、歴史に名を残すような科学者になっていたかもしれない。  

 文学者になった後も、自然科学への関心を失わず、小説にもよく物理学者らを登場させている。漱石に限らず、時代をさかのぼれば「理系」と「文系」の区別はつきにくくなる。アリストテレスをはじめ、自然科学や哲学、文学などあらゆる部門に通じた学者が多かった。  

 しかし今の日本では、中高生のころから「理系」と「文系」とに色分けされるうえ、「理数離れ」が指摘されている。理科や数学が高度化してついていけない者が増えた。それに「理系の人間は融通がきかない」という社会の誤った見方も影響しているらしい。  

 そんな時代に朗報がある。小紙報道によれば世界の高校生が数学、物理、生物学などの「実力」を競う「国際科学五輪」で今年は10個もの金メダルを獲得したという。国内予選への参加者が増えた、つまり底辺が広くなったことが躍進の要因のようだ。  

 昨年のノーベル賞につぎ数学や理科に興味を示す者が多くなるきっかけになればいい。むろん国語や歴史も大切で、みんな科学者を目指せというのではない。漱石のように「科学に強い」文学者や人文学者が増えることは、心強い気がするのである。

産経抄 産経新聞 8/9
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge


「日本人の心」お盆や帰省の風習があまり変わらない・・・ 産経抄 八葉蓮華

2009-08-09 | 産経抄(コラム)

 古い傷跡に触れるようで恐縮だが、大原麗子さんと森進一さんが離婚したとき森さんの方の記者会見を聞いた。理由を聞かれ「私は家庭に恵まれていなかったので」と切り出した。「仕事から帰れば電灯がついているような家庭がほしかったのです…」と。  

 同世代人としては分かる気もした。だがそう言うと、同僚の女性記者から「男の身勝手でしょう」と一蹴(いっしゅう)された。大原さんも記者会見で「家庭は安らぎと分かっていても、仕事が入ると忘れてしまう」と語った。森さんの望みには応えられないということだった。  

 その大原さんが亡くなっていたと聞いて、悲痛な思いにとらわれた。シ後約2週間がたち、弟が警察官とともに合カギで部屋に入るまで、誰にも気づかれなかったという。手足に力が入らない難病を患い、闘病生活の末のひとりぼっちの死だったらしい。  

 一時は母親の介護もしていたが、森さんとの離婚後はほぼ1人で「仕事が生き甲斐(がい)」という生き方を貫いてきた。それが「麗子ファン」には、魅力のひとつだったようだ。それでも時には「家庭」に甘えたくなったのではないのか。勝手ながらそう思うと何とも切ない。  

 折しも来週後半からは、一部の地域を除き月遅れのお盆である。亡くなった先祖の霊を「家」に迎え、食事などでもてなしながら一家水入らずの時を過ごす。そのために奉公に出た若者が一時帰宅を許される藪(やぶ)入りの風習が生まれ、現代の「帰省」につながっている。  

 時代がいくら激しく動いても、このお盆や帰省の風習があまり変わらないのは不思議である。日本人が心のどこかでまだ「家」や「家庭」の温かさを求めているからなのかもしれない。年に1度か2度でもいい。そのことを考えてみたい。

産経抄 産経新聞 8/8
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge