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只今、粉砕中

2011-07-10 21:00:00 | 日記風
 去年ハンドミキサーを購入した。1年で2つ壊した。
 1つは最初から説明書が入っていなかったから私のせいじゃない。

 にしても1年に1こ壊れてる計算になる。


 多すぎやしませんか。


 1つハンドを壊してからハンドじゃないのを購入したんだけど、これがどうも細かいものは粉砕しないタイプなのだ。

 オルチャ―タ―(米のジュース)を作るのですが、どうも米粒が小さすぎて丸々残ってしまう。

 意味ないじゃん、と思ったけど、これ以上ミキサー購入してどうする?という感じで、我慢してた。
 でも明らかに私はジュースを作るためにミキサーを使っていて、お気に入りがオルチャーターなのだ。

 これが、米が粉砕されずに丸々出てくるというのはやはり問題ではないかと、ちょっと高めの離乳食が作れるやつを再度ネットで購入した。

 まあ、潰れるわよ。

 なんたって、離乳食だと繊維を切らなきゃならないから、潰す、混ぜる、そういうわざ必要じゃない。

 これを器用にやってくれる。

 お陰で米が粉砕できるようになった。

 お―これがオルチャーターであったか、再び正しいものに巡り合った気分なのだ。


 しばらく暑いですし、食欲失せたら野菜ジュースライフを楽しみたいと思います。

静かな休日

2011-07-10 18:00:00 | 日記風
 今日はダメですね。
 今日は何をしても魂が抜けちゃったみたい。

 せめて優しい気持ちで過ごしたいのです。


 あんまり明るいニュースを載せるのもどうかと思うけど、去年の「広島に原爆を落とす日」の公演の時もつかこうへい祭りで…って感じだったしね。

 暗くなるべきじゃないんだろうな。


 ないだろうが、なんかダメ。


 せめて静かな休日として心穏やかに過ごしたいと思うのだが…。


 如何になるか?

ドガの小さな踊り子

2011-07-10 15:00:00 | ドラマ/映画/ドキュメンタリー
 テレビで中継って言うの、録画って言うの、放送してた。

 パリのオペラ座でした公演だそうです。
 前回行った時、ぜひオペラ座で公演が観たかったんですけどね。上手く日程が合わなかったのね。

 やってれば程度だったから、別にいいんだけど。


 それとは別に、午前中かなマチネ公演のない日はオペラ座内見学ができるそうです。
 ガイドが連れて歩いてくれるのかもしれないけど、うーん、フランス語だろうな。

 それでも感じが掴めるだけ、いいかもしれませんね。


 バレエです。
 画家ドガの踊り子の絵の感じね。


 あれは好きです。バレエが好きって言うのと、ドガのあの雰囲気が、好き。

 バレエの善し悪しは判りませんが、基礎がキチンとなってる踊りだなと思います。さすがだなと思います。
 パリ・オペラ座バレエ団の公演のようです。

 そこに残るのも並大抵のことじゃないんだろうな。

 

 しかし驚いたのが、胸ポロがあったこと。
 BSとはいえ、NHK、よく放送したなと思う。
 と言っても一瞬ですけどね。たいがいああいうのって一瞬だけど。

 たいがいは下にファンディーションという、ダンス専用の下着をつけてたりするもんですけどね。

 それごとずれたのか、着るのが嫌いな人もいるっていうし。


 と、くだらないことに紙面を割いている。

 ビスチェだから肩からひもで吊ってない衣装なんですよね。それだけ身体を自由に使ってるって証拠にはなるんだな。


 やはり奥深い。(どういう会話の流れだろう、でも気にしてないみたいですよ、ダンサーは)

 オペラ座の舞台や客席の装飾がみられたのも嬉しかったな。

 私も早く、身体を使ってまた踊れるようになりたいもんだ。

ほっかり穴のうさぎちゃん

2011-07-10 10:00:00 | 日記風
 あれから1年が経つのですね。
 予想もしない突然の出来事でした。

 でも時は善くも悪しくも過ぎゆくもの。


 しかし、イマイチ、心の整理ができない。


 ということで、今日はぽっかり過ごしたいと思います。
 偲びながらというのでもなく、いつものように、でもどこか郷愁に暮れて。


 1番つらいのはご家族ですから。それ以外の外野はそっとしております。


 私も本当にいろいろありました。プライベート含めですが。
 Nばんばのこと、…今日は止めましょうね。穢れます。


 でも本当になんにがなんだかぎっしりのここ、2年くらい、特につらい、ここ1年でした。


 それだけ精神は鍛えられたと信じています。


 私もただ作品を作ることに集中していく。
 今日を機にそれをまた改めて思います。

遺伝子が望むものと人の業の深さの関係

2011-07-10 01:45:43 | 日記風
 個人的な意見ですが、芸を売る、作品を売る、ともに業が深い生まれだと思う。

 じゃなきゃ、なんでダンサーなんて、1日もかかさずストレッチを続けるの。現役である限りはやり続ける。そしてレッスンだけでも7,8時間は当たり前のことだ。
 ピアニストなんかもそうだ。

 それくらいの時間はレッスンにさく。

 これが業が深くなくてなんだというのだろうか。


 作品を書くなんて、本当に業が深いなと思うことだ。

 どこかの会社が、書かなければならない人がいると、HPに堂々と書いて、結局私と今揉めているけど(だから大嘘なのね。要は金の問題なのよ)



 まあ、それはおいておいて。


 どうしてそう生まれついたのかと言えば、判らない。

 たまたまかもしれないし、それこそ、それを生む業の何かが存在していたのかもしれない。


 でもある頃からこう思う。

 血族である以上、その血は脈々と受け継がれているんだよね。
 だから親の仕事を子が継ぐということが起きるわけだ。

 それで、遺伝子がある程度、結婚、子孫を残すことに影響を与えているのなら、その脈々と受け継がれてる才能やら、性格やらを強固にすべく、してくれる相手を選ぶと思う。
 その血族には足らない何かを補ったものを持ってる血族の相手を選ばせるんだと思う。

 これは半ば強制的で、それを恋と人は勘違いしてしまうほど強力なものだと思う。

 それが1つのその血族の進化の形なのではないかと思う。


 私は進化した1つの形だろうか。

 まだまだ進化を続けたいと願う血族の1つのコマでしかないのだろうか。



 まだ答えが出ない所が、なんだかきつい…と感じるが。

 遅咲きの花もあるさということでもう少し様子を見て行こう。

 人生の幕が下がるまで運命に用意されたプレゼントの全貌は判らないものさ。