わが大地のうた♪

NPOグリーンウッド代表理事:辻英之(だいち)が今、南信州泰阜村から発信する炎のメッセージと…日々雑感!

知人が町長になった! ~北海道中頓別町と信州泰阜村の切っても切れない素敵な縁~

2016年01月27日 | 全国のなかまたち
春のような東京で、北国に住む知人と会えることになった。

急なことだった。

数えると5年ぶりの再会である。



彼は北海道の中頓別という小さな町に住んでいる。

地図で調べてもらうとわかると想うのだが、最北端宗谷岬(稚内市)のやや南部にある。

人口規模は1800人。

合併ではなく自立を選んでいる。

6年前までは山村留学も実施していたとか。

わが泰阜村と共通することが多くある。


彼は当時、町役場の職員。

「小さな地域に存在する教育のチカラを発揮させていこう!」と意気投合し、それ以来、信州と北海道を行き来する仲である。

なんと昨年の選挙で当選して素敵な町長さんになった! 

小林生吉さんという町長だ。




彼も泰阜村に来てくれたが、私も2回ほど講演で中頓別町に行った。

真冬に訪れた北の町は、マイナス20度を軽く超えていた。

「これはかなりしばれてるよ~ 21度は超えてるね~」

夜に講演が終わって外に出ると、町の人が皆口をそろえて言っていたことを想い出す。「マイナス」を使わないのだこの町の人びとは。

その寒さはといえば、肌がそぎとられそうな痛みである。

雪を踏みしめる音まで凍りつきそうだ。

気温が上がれば「お、さっきより緩んでる。20度は超えてないっしょ」。

「でも、25度くらいからは、30度でも35度でもかわらないよ」と言うから、最果ての北国の人びと、おそるべしなのだ。


▼前回講演の後に立ち寄った宗谷岬。うそでしょ?という気温





▼車で小一時間ほど走るとオホーツク海に出る





▼宿泊した温泉。「ピンネシリ」を漢字で書くと「敏音知」




▼中頓別の風景





▼JRの玄関口「音威子府」駅。これで「おといねっぷ」と読む




▼おまけで宗谷岬








課題多き北の町と山の村。

それでも希望を失わずに生き抜くひとびとがいる。

前のブログでも記したが、ひとは傷つけば傷つくほど、ひとに優しくできるのかもしれない。

そしてひとは悲しめば悲しむほど、人を想いやれるのかもしれないとも。

傷つき悲しむ被災した小さな地域と、非効率・不合理の名の下に切り捨てられてきた小さなへき地が、同志としてつながっていく。

小さな地域同志のつながりが、優しさと想いやりを大切にするひとびとを育成していくと強く想っている。

目の前に横たわるマッタナシの課題をどう解決するのか、立場は違うがリアルな話はお互いに刺激的だった。

今回は時間が合わず喫茶店コーヒーを飲みながらだったが、次回は一献傾けながらおおいに夢を語りたい。


▼これが小林さん。彼のFBからいただいた写真




▼今回再会したのは、小春日和の東京である





夢を語る。

その前向きな気持ちが、地域を変え、社会を変えていくのだ。

今後、中頓別町と泰阜村が、「ひとづくり」をキーワードに紡がれるであろう豊かな縁にご期待いただきたい。



代表 辻だいち

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