こちらに来てから三回目のスラック・キー・フェスティバルは記念すべき第30回ということで、日本から見えた友人のおがわさんと一緒に6時間ものあいだたっぷりと楽しみました。
おがわさんはテナー・ウクレレを会場に持参されましたが、ミュージシャンたちと共演するためではなくミュージシャンたちのサインをこの楽器に書いてもらうためでして、フェスティバルの最後にはこの楽器(サイン帖2号)も書き込まれたサインでかなり埋まっていました。
あ、トップの写真は会場であるバンドスタンドを支えている柱の上部にデザインされているもので、この会場には毎年数回出かけているにもかかわらず、今回初めて気づきました。なお左側に鳩が見えますが、これは彫刻ではなくホンモノのハトなのです。実はこのハトの行き先に目をやったところ、このデザインに気づいたという次第です(汗)。
予告によると今年のフェスティバルには山内雄喜さん(アラニさん)も出演するとのことでしたので楽しみにしてでかけたところ、事情は不明ですが出演されませんでした。
会場に近づくと、ウクレレフェスティバルのときにも改装中だったバンドスタンドは相変わらず改装中の板囲いが施されていました。そして数多くのテントが並び、食べ物や衣装、アクセサリー、さらにはギター、ウクレレの出展もありました。
例年ですとプログラムが配布されるのですが、今回はナシとのことでしたので、主催者のテントにあった時間割を撮影させてもらいました。
これによると、アラニさんとポール・トギオカが不参加で、その代わりウォルター・ケアレとドゥワイト・カナエが参加するという予定のようでした。
ステージ正面方向に置かれたテーブルに置かれた2台のビデオカメラを使って昨年同様、ネットによる世界同時中継があり、主宰者のミルトン・ラウが率先してコントロールしていました。
一方、息子のクリス・ラウはPAを外部に頼まず自ら調整卓の前でそれぞれのマイクや楽器のレベルコントロールする傍ら、たくさんのグループのサポートとしてベースを担当するという活躍ぶりでした。
MC担当は昨年と同じテリトリアル・ウェーブという放送番組を長年続けていて、レコードのライナーノーツでも活躍しているハリーBソリアJrでした。彼はわざとらしいジョークやギャグで会場を沸かせていましたが「もうひとつジョークを言おうか?」と言うと会場から「ノー!」と返ってくるという和気藹々の司会でした。残念ながらほとんどのジョークが私には理解不能で、わかったジョークほこれだけでした。いわく・・・「ホノルル警察の発表によると、昨日ワイキキ海岸で左半身を全部失った男がいました。でもHe's all right」というもの(笑)。
フェスティバルのトップバッターはカリフォルニアから今年も参加したパトリック・ランデザで、
昨年は生徒さんを5人引き連れての参加でしたが、今年は一人だけ出演させ、彼にもソロを取らせていました。
ベースをクリスがサポートしての演奏です。
演奏が終わるとさっそくおがわさんがサイン帖2号を手に駆けつけ最初のサインをゲット。
続いての出演は彼の特徴であるダブルネックのギターを抱えたジョージ・クオで、伝統的なスタイルのスラックキー演奏を披露しました。
次はウォルター・ケアレのグループです。彼は毎年出ているようですが昨年はウクレレだけを弾き、スラックキーは昨年の出演者の一人ドナルド・カウリアが担当しました。そして今年は同じく今年の出演者のひとりLTスムーズがスラックキーを弾きました。
そして自作のマンドレレを駆使しての演奏をするビル・グリフィンとクリスのベースも加わっています。
今年のウォルトは最後の曲以外はすべてギターを弾いていましたが、スラックキーではなくリズムギターでした。
スラックキー奏者ではないウォルトが毎年参加しているのはスポンサーの関係かもしれませんがよく分かりません。
ビルが自作のマンドレレとフラットマンドリンを持ち替えていたのも印象的でした。
ここでホノルル郡市長のピーター・カーライルが登場して、ミルトン・ラウのファウンデーションに1万ドルの寄付をする、というセレモニーがありました。
思い起こせば彼の前任者のムフィ・ハネマンが2009年のウクレレ・フェスティバルにやってきて5000ドルの寄付をしたことがありました。そしてその3日後に彼は突然辞職し、米国会の下院議員へ立候補するための予備選挙に名乗りを挙げたのですが、その寄付の効果も及ばず彼は敗退しました。さらに彼は今年の8月11日に行われた予備選挙でもふたたび敗退いたしました。よほど人気が無かったのですね。
ウクレレフェスティバルのロイ・サクマもミルトン・ラウ同様個人でありながら大きな催しを続けている功労者ですので、二人に対してホノルル郡・市から寄付をいただけるのは大変ありがたいことではありますが、トップとしての権限で寄付するとは言え、間近に控えている選挙の事前運動ともとれる動きにはちょっとしらけてしまいます。
ピーターもこの11月に郡・市長の改選を控えており、ライバルとして元のハワイ州知事ベンジャミン・カエタノが出馬するのでおちおちできないのでしょう、セレモニー終了後には客席を回って握手するというミエミエの行動までしていました。
今回の出演者で唯一の女性奏者オワナ・サラザーの登場です。
ステキな歌声を交えての演奏は女性ならではのソフトな雰囲気を持っていました。
そして将来はこのオワナ同様に女性奏者として活躍するであろう18歳の女性アマチュア奏者エイジャが飛び入りで一曲演奏をしました。
つぎはホオケナです。
スラックキーのグレン・スミス、ギターのホレス・ドゥードゥワそしてベースのクリス・カマカの三名の出演で、先日のウクレレ・フェスティバル・ガラパーティーに続いてマヌ・ボイドの姿がありませんでした。どうなっているのでしょうか????
ここまでわずか6組の演奏にもかかわらず、「マキー・アイラナ」を3組が演奏するというのはちょっと異常な感じがいたします。(この後にも演奏されました。)
たとえ曲が同じでもアレンジが異なるからOKなのかも知れませんが、みなさんプロなのですからほかのレパートリーに切り替えてもよさそうなものを、と思ってしまいます。
さて、われらがおがわさんですが、演奏の合間を縫って主宰者のミルトン・ラウにもアタックしてサインを無事ゲットした模様です。
ハリーいわく「スラックキー界のダイナソー」ドワイト・カナエの登場です。
彼はピータームーン・バンドのころから活躍しているとのこと。
演奏が終わるとさっそくアタック!サイン獲得にはもうひとりライバルがいたようなので「大変だったのでは?」と訊くと「いやぁ、その逆で、ボクにも!と言えば済むので楽でした!」とのこと。
さて、いよいよ大御所のひとりレッドワード・カアパナの登場です。ギターをかなり水平に近く抱えたスタイルで多彩なテクニックを聴かせてもらえました。
ピーター・ムーンと同じ誕生日である8月25日生まれとのことですが、もしかするとネッドワードの誕生日も同じ日の可能性がありますね。双子ですから(笑)。
これまたテクニシャンのカムエラ・キモケオのギターを中心にしたヒイクアの登場です。
ハナ・ホウに応えてのカムエラの「ジャス・プレス」は自分の歯を使っての演奏やマイクスタンドをスライドバーに見立てての演奏など見ごたえのあるステージでした。
youtubeではこの曲をウクレレでも演奏していて、マイクスタンドに加えて自分の靴や肘でも弾いていますが、歯を使って演奏するときに見えるウクレレの裏側に「Aloha」と刻まれているのは、この曲だけを弾く目的でカニレアのアラスター・マクニール氏に特注したものだそうです。
さて、カムエラと話をしていたおがわさんが手ぶらで戻ってきたのでサインを貰えなかったのかと心配したのですが、前日に貰ってあったとのことでした。
トニー・コンジュゲイションの兄弟でシブリン・コンジュゲイションと言うよりはブラザー・ノーランドとして知られているブラザーの登場です。
昨年は4人で出演しましたが今年はソロでの演奏です。
おがわさんは早速彼にもアタックしました。
先ほど出演したウォルト・ケアレとスラックキーのカヴィカ・カヒアポを中心としたカウカヒが豪快なコーラスを聴かせてくれました。
二代目のハパを卒業?したネイザン・アヴェアウはスラックキーというよりはギターソロ入りのボーカルで登場しました。
彼はドン・ホーのバック・バンドとして有名だったジ・アリイスのベーシストを17年間も担当していたとのことで、7弦のエレキベースに持ち替えてドン・ホーの真似をしたのちに派手なジャズベース演奏を繰り広げました。
タヒチの奇才LTスムーズが彼のオリジナルを中心に演奏。
先ほどのビル・グリフィンのマンドレレとクリス・ラウのエレキ・ベースがバックを担当しました。
ボビー・モデロウのスラックキーを中心としたマウナルアの出演です。
なんと今回は全員が着席!というスタイルで、しかもボビーはビンテージの12弦ギターを弾くという趣向。
昨年のようなステージを動き回るボビーを見たかった気もしますが・・・・
「時間割」ではこの次がスティーブン・イングリスなのですが、時間の関係からでしょうか彼のソロは無しでそのままトリのデニス・カマカヒに移りました。
デニス・カマカヒはいつものようにスラックキー・ギターのほかハーモニカと歌も担当、スラックキーのスチーブン・イングリスとウクレレで息子のデイヴィッド・カマカヒそしてスチールギターのボビー・インガノを加えた演奏で、途中からクリス・ラウもアップライト・ベースで加わりました。
定刻6時に全ての演奏が終わり、デニスのグループをバックに会場全体が「ハワイ・アロハ」を歌ってお開きとなりました。
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そしてこの日一日かけてのおがわさんの「サイン帖2号」のサイン獲得状況です。
その後もいろいろなミュージシャンにアタックした結果ハワイ滞在中にほぼ満杯になったようです。
初めてマウナルアを見た時から10年。
あの躍動的な身体の動かし方が好きでした。
せめて、おがわさんのように躍動的でなくては・・・・。
マカナが出なかったのですね。
彼が、トリだった年は、ハイナホーの連続でした。
本当にすごい演奏でした。
私の見た三回ともトリはデニスでした。
会の運営段取りに慣れてきて、「時間割」よりも少しずつ前倒しに進行したため、そのつど「ハナ・ホウ」で調整していたようですので、トリの際の「ハナ・ホウ」はすべて1曲だけでした。
おそらくマカナのときはこの調整が行われなかったためにトリで大幅な余り時間が生じたのでしょう。
普通でしたら客席からいくら「ハナ・ホウ」の声が掛かっても終了時間になれば打ち切りますので・・・
懐かしいです。
彼が例会にお見えになられた時、おそらく初めて聞かれたであろう焼酎いいちこの曲を、マンドレレで合わせて弾かれてしまうのです、流石と思いました。
初のスラックキー・フェスティバルでしたが楽しかったです。でも6時間は聴きごたえがありましたねっ。
ビルさんにもサインをもらいました。
「覚えているか?」というと「もちろん」と答えてくれましたが、本当かなぁ?
MATTさん、本当にお世話になりました!
「いいちこの曲」ですか?私も知りません。うまくできたら褒めてやってくださいね。
真っ赤に日焼けした脚は収まりましたか?
首の日焼けも片側だけで変な感じです。
首は左側だけ焼けたのですね。それじゃ右側はAll Rightじゃないですか!
ビルの答え「もちろん」のうしろに「覚えているはずないだろ?」とつきませんでしたか?
音が絵から聞こえるようです。ブログを開くたびに先輩の
音と風と・・・うらやましいかぎりです。
昨日25日アラン・アカカさんのライブ参加
ギャリー・アイコさんの甘い声、カィボ・アシングさんの美しい
裏声、そしてアランさんのオールドスタイルの演奏と楽しい1日
でした。沖縄のオヂサンは台風と現在戦ってイラッシャイます。
それでは又
これによってブリッジの上に掌を載せながらミューティング音を出す彼独特の演奏が実現できるようですね。
彼のデビュー当時のフイ・オハナ、そしてその次のイコナのいずれのアルバムでもこの独特の音を聴くことができます。
ところでオヂサンはよりによって台風銀座の中心地に引っ越したことで苦労されていますね。
いっそのことハワイに移住されたらどうでしょう?
年間20回も通えばポイントで1回はタダ旅行ができるかも知れませんし・・・