高齢者の暮らし、あれこれ

親の介護が一段落し、介護予備軍の夫との日々

かかあ天下と指示待ち夫

2018-06-20 06:36:24 | 日記
我が家は、
どちらかというと、“かかあ天下” である。

夫は、“怒りん坊” だが、
亭主関白ではない。

私は、
そんな夫に気を使いつつも、
我が家の決定権は、ガッチリ握っている。

夫と結婚を決めた時、
義姉からかけられた言葉がある。
この子(夫)はおっとりしているから、
ハムモフさんがしっかり手綱を握ってね。



で、
母子家庭で、
“しっかり者” に育った私は、
新婚家庭を仕切り始めた。

『あなた任せの男』と『しっかり者の女』が、
『指示待ち夫』と『口うるさい妻』になるのは、
当然のこと。

別の言い方だと、
『割れ鍋に綴じ蓋』
とも言う?


夫は、この頃、
物忘れ、勘違い、上の空、反応が遅い等々、
加齢による不具合が、目立ってきた。

それに伴い、
私の文句 指示が増えてきた。

気がつくと、
夫に対して、いつもきつい調子で話している。


どちらが “怒りん坊” なのか分からない。
そんな私を怒りもせず、“指示” に従う 、夫。

これぞ、まさに『割れ鍋に綴じ蓋』










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ワ〜〜イ ❣️

2018-06-19 06:18:56 | 日記
耳が聞こえづらくなり、 👂
耳鼻科へ行った。

2週間で良くならず、
飲みづらい薬を出された。 💊
クソまずいやつ 🤮

でも、
そのおかげか、
耳が元に戻ってきた



先生が仰るには、
新しい薬が効いたのか?
時間が経って良くなったのか?
わからない。

はい? 😳

そこで、
しばらく、クソまずい薬は飲まないことに。

ビタミン剤だけで、様子をみましょう。
また、
耳が塞がったようになったら、
すぐに来てくださいね。


★.。:・・.。:*・★.。:・・.。:*・★.。:・・.。:*・★.。:・・.。:*・★

今読んでいる本は、
曽野綾子の『敬老録』 📔
その中に、
『聴力などの不自由に対しては、
一刻も早く手入れすること。』
と書いてある。

『聞くことはしゃべる以上に大切である。
聞く能力を失うことは、大いに用心しなければならない。』

聞こえなくなると、
人との会話が出来なくなり、
話すことも少なくなる。

母が、
そうだった・・・・

母と、
おしゃべりが続かなかった。

私は、
必要な “伝達事項” だけを伝えたり、
(時には筆談で)
母の一方的なおしゃべりを聞くだけだった。

いつのまにか、
母との会話を避けていた。

ちょっぴり、後悔。 ☹️

★.。:・・.。:*・★.。:・・.。:*・★.。:・・.。:*・★.。:・・.。:*・★

やだ!
耳が良くなった話から、
しんみり母を思い出しちゃった。








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いつも心に留め置きたいこと

2018-06-18 07:19:15 | 日記
テレビで、
ADHAの主婦のことをやっていた。

彼女は、
片付けが出来ない。

部屋のあちこちに、衣類の山。
食卓テーブルは、
物が邪魔でこの何年、食事ができないらしい。

小さい頃から言われ続けてたんです。
「なんで人と同じ事が出来ないの?」ってね。


彼女は、
“普通の人” が出来る事が、
自分はどうしても出来ないことに、心を痛めている。

ナレーターが言う。
『できない本人が一番困っている』

その言葉を聞いた時、
母と孫ちゃんを思った。

今までできていた “普通のこと” が出来なくなった、母と、
“普通の子” が出来る登校が出来なくなった、孫ちゃんと。

大多数の人が出来ることを、
全ての人が “やれて当然” と思ってしまう気持ち。
自分が出来ることを、
相手も “出来て当然” とおごってしまう気持ち。

何で出来ないの?
なんで・・・?
なんで・・・・?
なんで・・・・・・・




親の介護の私と、
子育ての娘。 🤱🏻
期せずして同じジレンマに苦しんでいた。

イライラを抑えつつ、励ましあった。
「『なんで出来ないの』は禁句だね。」
「本人が一番困っているんだから。」


私のストレスが体にで始めた時、
母は静かに逝った。

娘の “見守り” が功を成してか、
孫ちゃんは、頑張って通学している。

母が、
孫ちゃんを見守ってくれているのだと、思う。
😇








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寒い中での “暑気払い”

2018-06-17 07:17:15 | 日記
ストーブの薪を置くために、
農家の納屋を借りている。 🔥

その地主さんを、
年一回、“ご接待” していた。

私の “単身赴任” で、
この3年間、お声かけをしなかった。

今年になり、家に戻ってきて、
また、夫と一緒に薪割に通った。

地主さんは、
待ってましたとばかり、
今度、暑気払いでもしましょううね。🍺

それは、
梅雨入り前の、暑い日だった。 💦

早速、駅前の居酒屋に予約を入れる。
クーラーを入れたくなるほど、
暑い日だった。 💦

当日は、
しかも、
最高気温が、20度に届かない。

まぁ、
ビアガーデンではなかったので、いいのだが、
地主さんと私は、
熱燗をお願〜い。🍶

2時間ほど歓談し、
お開きに。

次回は、忘年会だね。
地主さんに喜んでもらえ、
今年前半のご接待、終了。









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『決意』を促す

2018-06-16 09:40:28 | 日記
私がこのブログを書く前に、
母の介護の愚痴を書いていた。 ✏️

ふと、読み返してみた。
『母とのバトル記』だが、
そこでジタバタしている “わたし” は、
なんか、おかしかった。

泣き笑いの介護生活だったが、
久しぶり読み返してみると、
苦笑だけの思い出だった。

たくさんの応援コメントも読み返した。
その中に、
『別居介護真っ最中』
という方がいた。 👩🏻

コメントは、続いた。
『このブログを読んで、
「いざというときには単身赴任しよう。」
と決意をさせてくれました。』

そのように言ってくれた方がいた。
わたしのブログが、
誰かの心を動かしたなら、
嬉しいことである。

実は、
わたしが “単身赴任介護” をできたのは、
ある方の行動があったからだった。

テレビのドキュメントで紹介された女性は、
北海道から、実家の鹿児島に戻り、
ご両親の介護を始めた。 😳

しかも、単身赴任。
家には、ご主人と中学生の息子を残し。

私には衝撃だった!

その頃は、
一人暮らしの母を、どこで介護しよう・・・・
母にとっては、私が実家へ行くのがいいのだろうが・・・


夫は、
定年までの13年間、
単身赴任だった。

夫が戻ってきたら、
今度は私が実家に “単身赴任” して、
家と実家を行き来しよう。


そんな風に考えていたが、
それは “絵空事” “絵に描いた餅”
のように思っていた。

それが、
“あの衝撃” が私の背を押した。 🖐

母のSOSに、
その時が来た!
迷わず実家に駆けつけることができた。

そして、
私のその行動が、次の背を押す。
👐

それを気づかせてくれて、
感謝!







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