防衛相の稲田朋美が6月27日(2017年)夕方、東京都板橋区で行った都議選の自民党公認候補の応援演説で「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」(朝日デジタル)と呼びかけたという。
記事によると、稲田朋美は応援演説後、張り付いていた記者団に発言の不適切さを指摘されたのだろう、「(演説会場は陸上自衛隊)練馬駐屯地も近く、防衛省・自衛隊の活動にあたっては地元に理解、支援をいただいていることに感謝しているということを言った」と釈明。
同日深夜になって改めて記者会見。他の記事によると、場所は国会内となっている。
稲田朋美「(発言を)撤回したい。防衛省・自衛隊に限らず、政府の機関は政治的にも中立で、特定の候補者を応援することはあり得ない。これは当然のことだ。
(発言の意図について)近くに練馬駐屯地もあるので、応援してもらっていることに感謝しているとの趣旨で演説を行った。これからもしっかりと職務を全うしたい」
「これは当然のことだ」と言っているが、防衛大臣である以上、一般的常識として弁えていなければならなかった極くごく「当然のこと」を前以って判断できなかった。「Wikipedia」に防衛大臣とは「他の大臣と同様、日本国憲法第66条の規定により、文民統制の観点から文民が任命される。 行政組織としての防衛省の最高責任者であるとともに、陸海空の三自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣の下で(統合幕僚長を通じて)自衛隊全体を統督する」とある。
閣僚として弁えていなければならなかった一般的常識を前以って判断できないようでは果たして防衛省の最高責任者が務まるだろうか。内閣総理大臣の下で(統合幕僚長を通じて)自衛隊全体を統督することができるだろうか。
今までも資質を疑われる言動が多かった。
記事は、〈防衛相が自身の地位に言及して所属政党の公認候補への支持を呼びかけるのは異例で、自衛隊の政治利用と受け取られかねない。〉と批判し、〈自衛隊法61条は、選挙権の行使以外の自衛隊員の政治的行為を制限しており、特定の政党などを支持する目的で職権を行使できない。稲田氏の発言は、防衛省・自衛隊が組織ぐるみで特定政党の候補を応援しているという印象を与えるうえ、大臣が隊員に対し、自衛隊法に抵触する政治的行為を呼びかけたと受け取られかねない。〉とその資質を危惧しているが、問題はそれだけではない。
稲田朋美が聴衆に対して特定の候補者への投票をお願いするために「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」と発言したことは自身と自民党を除いて防衛省も自衛隊もその特定の候補者を両組織全体で支持していることを装ったことになる。
公職選挙法は「第1章 総則 第1条」で、「この法律は、日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明且つ適正に行われることを確保し、もって民主政治の健全な発達を期することを目的とする」ことを求めている。
いわば防衛省の職員にしても自衛隊員にしても、選挙で誰に投票するかは自由意思に任されていて、そうである以上、本人それぞれの思想及び良心の領域に関係する。日本国憲法「第3章 国民の権利及び義務 第19条」は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と規定している。
この規定は選挙に関して言う場合、投票行動で自らの意思を代表しているのは自身のみであって、如何なる他者でもないことを意味することになる。
いわば個々の投票は自身の意思によってのみ行われ、他者の意思によって行われてはならないことを意味する。
これらの意味関係を破った場合、思想及び良心の自由を踏みにじることになる。
稲田朋美が特定の候補者への投票をお願いするとき、防衛省と自衛隊を加えて、両組織全体が特定の候補者を支持しているかのようにを装ったことは、防衛省の職員と自衛隊員それぞれの自由意思に任せるべき投票行動に於ける彼らの思想及び良心を踏みにじって、不遜にもそれらの思想及び良心を自身の自由裁量下に置いたことになる。
あるいは防衛省の職員と自衛隊員それぞれが自らの意思によって代表されるべき投票行動を他者である稲田朋美が代表したことになる。
個々それぞれの思想及び良心に従って自らの自由意志で決めなければならない投票行動を自身が支配しているかのように自由裁量下に置いた稲田朋美の行為は「その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し」と規定している公職選挙法のみならず、「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と規定している日本国憲法を明らかに侵していることになる。
この公職選挙法と日本国憲法に対する重大な侵害は防衛相としての資格がないことの証明となって辞任に値するばかりか、稲田朋美を防衛相とした安倍晋三の任命責任と適性鑑識眼の欠落を示して、首相としての適性も問われることになる。
尤も安倍晋三はその資質・能力に問題のある閣僚が出現しても、例の如くに任命責任は私にありますと口先だけで逃げて、後は知らん振りするのは分かりきっている。