経済協力開発機構(OECD)主催2015年「学習到達度調査(PISA)」(72カ国・地域15歳(日本高校1年生)約54万人参加)の際に行った47カ国・地域回答の「生活満足度調査」が2017年4月19日に発表され、日本の高校1年生の生活満足度の平均値は43位、OECD平均7.3より低い6.8だとマスコミが報じた。
トップが平均値8.5のドミニカ共和国。続いてメキシコ、コスタリカ、コロンビアと中南米諸国が上位を占めていた。GDP(国内総生産)が日本よりもかなり低い国が生活満足度で日本を上回っているということはどういうことなのだろうか。
世界の15歳、日本の場合は高校1年生は一般的には自身では収入を得ていないだろうが、親の収入が生活満足度にかなりの影響を与えるはずだが、親の収入とは別の要因が理由となっている生活満足度の低さなのだろうか。
詳しく知りたいと思ってネットで調べたところ、国立教育政策研究所がOECDの「生活満足度調査」を公表していた。
マスコミと同様、ここでも「生活満足度」という表現を使っているが、実際には『生徒のwell-being(「健やかさ・幸福度」)』についての調査となっている。
次のように解説している。
〈(注)”well-being”について
OECD の国際報告書では,”well-being”を「生徒が幸福で充実した人生を送るために必要な,心理的,認知的,社会的,身体的な働き(functioning)と潜在能力(capabilities)である」と定義している。
“well-being”は,心身の「良好な状態」や「健やかさ」「幸福度」という言葉で翻訳されることが多いが,それらの言葉が意味するところ(定義)や解釈は人や立場,文脈によって異なる。”well-being”の日本語訳については,慎重に検討する必要があり,本報告書のタイトルでは,”well-being”を「健やかさ・幸福度」として仮訳をあてている。〉
その結果、「十分に満足〔9~10〕」、「満足〔7~8〕」、「まあ満足(5~6)」、「満足していない(0~4)」の4の段階に分けた”well-being”(「健やかさ・幸福度」)の日本の高校1年生の調査値は以下となっている。
「十分に満足」23.8%
「満足」37.3%
「まあ満足」22.9%
「満足していない」16.1%――
0ECD平均値7.3と比べ僅かに0.5低い平均値6.8であるが、47カ国・地域の順位では43位、最下位から5番目となっている。
この結果について国立教育政策研究所が解説を加えている。
〈日本の生活満足度は世界的に低いという単純な解釈は事実を正確に捉えられているとは言い難いように思われる。特に生活満足度の低い10か国の中に,東アジアの6か国(香港,マカ才,台湾,韓国,日本,北京・上海・江蘇・広東))が含まれていることを考えると,社会文化的要因を考慮しデータを解釈する必要かおる。
この点については,0ECDの国際報告書においても,今回PISA2015年調査で測っている主観的な生活満足度の国際比較は「難しい(challenging)」とし,その理由として,何に価値観を置き,幸せや満足を感じるかは,文化によって異なることや,白己呈示(Self-presentalion)の仕方も文化による適いが大きいことを挙げている。〉――
比較は難しいとしても、経済や教育の発達、生活の向上に反して日本の高校1年生は自身の生活を「十分に満足」が4分の1弱なのに対して「満足」と「まあ満足」を合わせて、いわゆる“十分に満足していない”が60%もあり、さらに満足とは程遠い「不満足」が6分の1も存在するということであろう。
“十分に満足していない”とは社会文化的要因の影響を受けて、“十分な満足”にまでは到達していないということを意味するはずだ。
社会文化的要因とは、人間が社会の生きものとしてその社会に於ける政治や経済、教育、生活、人間関係等々、ありとあらゆる環境の影響を受け、会得することになった理性や感性が逆に社会を判断し、評価することになる、その素地を言うはずである。
日本の高校1年生が所属する社会は基本的には家庭社会を核とし、次いで学校社会、そして友人社会であろう。
先ず家庭社会に於ける生活満足度を見てみたいが、この調査には家庭に対する生活満足度を直接問うことをしていない。但し朝食と夕食をどの程度摂るか尋ねている。
〈生徒の朝食,夕食について比較すると,0ECD平均では,78.0%の生徒が朝食を食べ,93.7%の生徒が夕食を食べたと回答している。日本について見ると,92.5%の生徒が朝食を食べ,98.7%の生徒が夕食を食べたと回答している。日本の朝食を食べた生徒の割合は,北京・上海・江蘇・広東,ポルトガルに次いで3番目に多く,夕食を食べた生徒の割合は,オランダ,アイルランドに次いで3番目に多い。
男子と女子それぞれについて,登校前に朝食を食べた生徒と食べなかった生徒の科学的リテラシーの得点差を示したものである。 OECD平均では,朝食を食べた男子の方が4点高く,朝食を食べた女子の方が9点高い。
日本について見ると,朝食を食べた男子の方が31点高く、朝食を食べた女子の方が24点高い。なお,これらの得点差は全て有意である。〉
この朝食・夕食をどこで摂ったかの場所の明示はない。中には親からカネを渡されてコンビニで買って食べる場合もあるが、一般的には家庭で摂るはずだから、コンビニ弁当は無視していいはずだ。
日本の高校1年生は92.5%の生徒が朝食を食べ、98.7%の生徒が夕食を食べていて、食べている生徒の方が科学的リテラシーの成績が男子で31点高く、女子で24点も高いということは、家庭社会に於ける生活満足度は一般的にはそれなりに高いと見ていいはずだ。
問題はどこにあるのだろうか。低い値が出ているのは「生徒の学校への所属感」である。文飾は当方。
〈PISA2015年調査では,生徒の学校への所属感を明らかにするために,生徒質問調査の六つの質問項目から成る「生徒の学校への所属感」指標1を作成している。この指標は,0ECD加盟国の平均値が0.0,標準偏差が1.0となるように標準化されており,値が正で大きいほど,生徒の学校への所属感が強いことを意味している。
なあ,結果の解釈に当たっては,日本の生徒は高校に入学して3か月後にPISA調査を受けているが,国によっては,高校入学前や所属する学年の年度末に調査を受けている場合がある点に留意する必要かおる。
日本の「生徒の学校への所属感」指標平均値は-0.03であり,OECD平均( 0.02)と比較して,統計的に有意に低い。
またこの質間は2003年調査及び2012年調査との終年比較が可能である。OECD平均では,六つの項目全てにおいて2015年調査で最も害合が小さく,「他の生徒たちは私をよく思ってくれている」以外の五つの項目において2003年調査で最も割合が大きい。すなわち,OECD加盟国の全体的な傾向として,生徒の学校への所属感はこの12年で低下していると言える。〉
表から平均値を書き出してみる。
2015年調査
「学校ではよそ者だ(またはのけ者にされている)と感じる。
日本 88.1
OECD平均 82.8
「学校ではすぐに友だちができる」
日本 68.8
OECD平均 77.7
「学校の一員だと感じている」
日本 81.9
OECD平均 73.0
「学校では気後れがして居心地が悪い」
日本 80.5
OECD平均 80.9
「他の生徒たちは私をよく思ってくれている」
日本 73.8
OECD平均 82.1
「学校にいるとさみしい」
日本 88.5
OECD平均 85.2――
より良い状況にある項目もあるが、全体としては学校社会に於ける生活満足度は悪い状況にある。
「日本の生徒は高校に入学して3か月後にPISA調査を受けている」として、高校生活に慣れていないことを挙げているが、高校社会は中学校社会の延長社会である。例えクラスメートの顔触れが変わっていても、中学校社会で各調査項目に於ける友人関係に関わる生活満足度が高ければ、一般的にはその成功体験によって高校入学3カ月も経過すれば、友人関係を積極的にか、少なくとも当たり前の振舞いで開拓できるはずである。
要するに日本の高校1年生のこの「学校への所属感」の低さは中学校社会での「学校への所属感」の低さの延長と見るべきだろう。
と言うことは、主として学校社会が影響している日本の高校1年生の生活満足度の他の国と比較した場合の低さではないだろうか。
日本は「学習到達度調査(PISA)」での勉強の成績は一応は上位につけている。日本の学校社会は勉強の成績とは繋がらない生活満足度を阻害する環境にあるということになる。
このことを裏返すと、学校は勉強だけの社会となっていることを示唆しているはずだ。
安倍晋三は主として日本の安全保障面から、「国民の命と幸せな暮らしを守り抜く」と宣言している。だが、安全保障面だけではなく、アベノミクスの政策全般に「国民の命と幸せな暮らしを守り抜く」役目を持たせているはずだし、持たせていなければ、政治を主導する資格が無いことになる。。
そしてこのことは深く国民の生活満足度に関係する。
いわば安倍晋三の教育政策をも含めたアベノミクスの全てが中高生にも社会文化的要因となってそれぞれの生活満足度に深く影響を与える。
2016年11月8日、首相官邸安倍晋三出席の元「子供の未来応援国民運動 一周年の集い」を開催。安倍晋三から次のメッセージが発表された。
〈こども食堂でともにテーブルを囲んでくれるおじさん、おばさん。
学校で分からなかった勉強を助けてくれるお兄さん、お姉さん。
あなたが助けを求めて一歩ふみだせば、そばで支え、その手を導いてくれる人が必ずいます。
あなたの未来を決めるのはあなた自身です。
あなたが興味をもったこと、好きなことに思い切りチャレンジしてください。
あなたが夢をかなえ、活躍することを、応援しています。
平成28年11月8日 内閣総理大臣 安倍晋三〉
このメッセージに現れている自身の教育政策に関わる自己満足度は日本の子どもの相対的貧困率の高さから言っても、相当に高い。高いから、こういった屈託のない、楽観的なメッセージを送ることができる。
だが、中学校社会を受け継いだ高校社会に於ける日本の高校1年生の生活満足度とは裏腹の自己満足度の高さとなっている。その生活満足度の実態を知っていたなら、こういった屈託のない、楽観的なメッセージは送ることはできないはずだ。
要するに日本の高校1年生の生活満足度は安倍晋三のアベノミクス自己満足度とは途轍もなく乖離していると同時に安倍晋三がアベノミクスの成果として誇る各経済指標が高校1年生の学校社会に於ける生活満足度につながっていない状況にある。
いや、高校1年生の生活満足度だけではなく、アベノミクスの第一番の成果が格差社会の拡大であって、そのことが日本の大人に対しても生活満足度を阻害する要因となっている。