安倍晋三が7月3日の日本記者クラブでの9党党首討論で、現在までのアベノミクスの成果として5月の雇用は前年同月比で60万人増えた、有効求人倍率が0.9になった、これはリーマンショック前の状態だと宣伝していたが、その「60万人」という数字に胡散臭さを抱いて、2013年7月5日、当ブログ記事――《安倍晋三がウソつきだと分かる小沢一郎生活の党代表の党首討論雇用質問に対する答弁 - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》に色々な統計を調べて、次のように書いた。
《労働力調査(基本集計)平成25年(2013年)5月分(速報))》の雇用者(役員を除く)に占める非正規の職員・従業員の割合は36.3%となっているから、「60万人」にしても、その36.3%が非正規雇用ではないか、《労働力調査(詳細集計)(平成25年(2013年)1~3月期平均(速報))》では、正規の職員・従業員は3281万人で、前年同期に比べ53万人の減少、非正規の職員・従業員は1870万人で前年同期に比べ65万人の増加という、正規社員の減少幅を上回る非正規社員の増加傾向から見て、〈60万人が60万人正規社員として採用されたわけではなく、非正規社員としての採用の割合が多ければ、そこに当然、格差が生じていることになる。〉と書き、〈統計の表面的な提示というマジックを使うことで、成果にウソを紛れ込ませていたことになる。〉と批判した。
例え数字は確かに「60万人」であっても、そこに格差社会をそのまま反映させた「60万人」であるなら、単に「60万人」という数字だけを発信するのは明らかに“ウソ”の情報を流していると言うことができる。
だが、この“ウソ”は7月7日日曜日朝7時30分からのフジテレビ「新報道2001」でも臆面もなく用い、さらに同日朝9時からのNHK「日曜討論」でも使っていた。
何よりも問題は「新報道2001」で志位和夫日本共産党委員長がその“ウソ”を指摘したにも関わらず、次に出演しNHK「日曜討論」でも自己宣伝のカードとした臆面の無さである。
では、「新報道2001」での安倍晋三の「60万人」発言から見てみる。
番組は先ずボードで各経済指標が良好化している中で、給与とサラリーマンの平均小遣いが下がっていることを示す。
定期給与
政権交代前(2012年11月)――26万1547円
2013年5月(速報) ――26万158円
サラリーマンの小遣い
2012年――3万9756円
2013年――3万8457円(バブル後最低)
須田哲夫アナウンサー「海江田さん、サラリーマンの給与、上がると思いますか」
海江田民主党代表「それはなかなか難しいと思いますね。それはですね、過去に例があります。2002年から2008年まで、いざなぎ景気を抜く好景気、いざなみ景気などと言われていますが、あのときですね、給料が上がったのかというと、確か、448万円だったのが412万円ということですから。40万円ぐらい減ってるんですよ。
だから、非常に最良の好景気で企業が利益を上げました。ところが、働く人たちに賃金の上昇という形にならなかった。国際的な競争の問題もありますし、雇用の制度を壊してきていますし、私は賃金は上がりにくい、上がらないと思います。
(経済を)拡大するには雇用の制度をしっかりと建て直さなければならないと思います」
安倍晋三「今の海江田さんの話はですね、あの小泉政権の時と今と同じ状況と見ているけれども、二つ程違うんですね。
先ずあの時は大胆な金融政策はやってません。デフレ脱却を明確に目指していなかった。つまりデフレ下にありますから、デフレ下に於いては給料は上がって行きませんし、基本的にはモノの値段が下がっていくんですから、労働分配率が増やせないんです。
で、みなさんの一般の方々も消費も増やさない。あの時はバブル崩壊のあとの厳しい状況の中でですね、企業は溜め込もう。残念ながら、今、企業が溜め込もうという状況は変わらない。
しかし私たちは明確な物価安定目標を示しています。その中でですが、景気が動き始めている中に於いて、雇用は段々創出され始めました。民主党政権下、55万人正規社員が減りました。
しかし政権替わってからですね、求人ではありますが、2万人正社員、求人増えた。そして前年度比で5月60万人、雇用が増えたんですね。
雇用市場がタイトになれば、間違いなく有効求人倍率がリーマンショック前に戻りましたね。段々、段々ですね、え、給料は上がっていきますし、この夏のボーナス、64社、7%のボーナスが上がるんです。
これはですね、バブル期以来の水準になります。となれば、必ず消費増えていきますし、みんなで旅行に行こうと思えば、観光地も潤うようになってくるし、ビヤーガーデンへ行って、一杯のビールを三杯にすれば、段々お金が回っていくということになりますから、その中に於いて我々も産業界にですね、産業界に給料を上げてくださいと。
皆さんが給料を上げることによってですね、好循環、景気の好循環になっていきますよということをお願いしていますから、この夏のボーナス、そして冬のボーナス、さらには来年の賃金、こういう形で賃金が上がっていくような努力をして行きたいと思います」――
旅行に行くとか、ビヤーガーデンへ行って一杯のビールを三杯にするとかは経済政策に於ける末端の話であって、景気底上げの基本の話ではない。
いざなみ景気と言われた「戦後最長景気」時、安倍晋三が言うように基本的にはモノの値段が下がっていくデフレ下にあったとしても、大企業は軒並み戦後最高益を出していた。バブル期よりも高い利益である。だが、その利益を内部留保に回すのみで、賃上げには回さなかった。企業にあったのは国際競争力維持の意志のみで、利益再分配の意志がなかっただけではなかったか。
企業に賃上げの意志がありさえすれば、デフレ下であろうと、給料を上げることはできただろうし、賃上げのうちの幾分かを消費に回すこともできただろうし、消費に回れば当然、モノの値段も上がっていく。
須田哲夫アナウンサー「自民党と対決姿勢を強めている共産党の志位さん、今の発言如何ですか」
志位共産党委員長の発言は《フジ系・新報道2001「党首討論」 志位委員長の発言》(しんぶん「赤旗」/2013年7月8日(月))から採録。
志位和夫共産党委員長「今、総理が昨年比で60万人雇用を増やしたと言ったのですが、中身を分かっておっしゃっていらっしゃるのでしょうか。
60万人と言いますが、増えたのは非正規(雇用)が116万(人)、正社員は47万(人)減っているんですよ。つまり、正社員から非正規への大規模な置き換えが進んでいる。これは、ずっと自民党政権下で、労働法制の規制緩和をやってきた結果なんですね。
それから、今後どうなるかという問題についても、(アベノミクスの)『成長戦略』の目玉に据えているのは、例えば、解雇の自由化、『限定正社員』をつくる。あるいは残業代ゼロの拡大、裁量労働のさらなる拡大。さらに派遣労働については「臨時的・一時的仕事に限る」という制限も取り外して野放図に拡大する。給料が下がる一方の話です。
ですから、ここの転換がいま必要で、労働のルールを立て直す、労働者派遣法の抜本改正をやる、均等待遇のルールをつくる。そして、『働く貧困層』をなくしていくという方向へのチェンジが必要だと思います。・・・・・」――
安倍晋三は顔を赤くしたような感じでじっと聞いていたが、このように“ウソ”を突かれたのでは、最早「60万人」の自慢話は使えないだろうと思った。使うとしたら、飛んでもない破廉恥漢となる。
ところが「新報道2001」が終わった後のNHK「日曜討論」で、安倍晋三は堂々と、自身では信じている名宰相らしく、得々として「60万人」を持ち出した。
この感覚は何を意味するのだろうか。
各党首の冒頭自党政策紹介で自民党に対する批判が続く。司会者が、その批判に対する安倍晋三の発言を求めた。
安倍晋三「今、志位さんからですね、企業の内部留保が大きい。これについてはですね、私たちは実は同じなんです。しかし、その中に於いて、さらに収益性を上げていく。そして今までデフレ下にありました。そしてかつてバブル崩壊の経験からですね、内部留保を崩さない。
そこを私たちは政策的にしっかりとですね、背中を押していく。これから段々モノの値段も普通に上がっていくようになればですね、投資をして、あるいは人材にも投資をして、そういう形でですね、しっかりと労働分配率を上げていく政策を前に進めて行きたいし、さらにですね、雇用に於いても60万人、えー、増えたんですね。前年同月比。えー、増えました。正社員についても2万人、増えた。
段々労働市場がタイトになってくれば、必ず労働条件、えー、賃金も上がっていく。えー、この夏はですね、大手でありますが、7%、あのバブル期以来の伸び率になっていきますから、私は必ず賃金は上がっていくと、このように確信をしております」――
ここでは志位共産党委員長は、「60万人」の内容について発言はしていない。志位委員長の発言の順番が来るまで、野党6党党首の発言が入って、時間が開いたからなのかもしれない。
志位委員長のこのときの発言要旨は賃金の減少はデフレが原因ではなく、労働法制の規制緩和がデフレ経済をつくってきたのであって、にも関わらず、安倍晋三はさらに労働法制の緩和を進めようとしていて、一層所得を奪う方向の政策を採っているとの反論となっていた。
安倍晋三がこの「60万人」の“ウソ”を7月9日の街頭演説でも用いていることをインターネット記事で知った。
アベノミクスの重要な象徴的成果の一つとして“ウソ”の情報拡散を熱心に行うという倒錯を演じていたのである。
そしてテレビ番組表を見ていて、その夜(7月9日)のTBSテレビ「NEWS23」で党首討論のコーナーが設けられていることを知った。
女性司会者が現在の経済状況や高い内閣支持率をどう評価するか、安倍晋三に尋ねた。
安倍晋三「あの、実体経済は確実に良くなっています。有効求人倍率は0.9ですから、これはリーマンショック前に戻りました。去年同月比で雇用も60万人、ま、増えています。
消費も、また生産に於いても、成長に於いても、いわば数値は全部良くなっていますね。さらにこの夏のボーナスが・・・・」
似たり寄ったりの発言だから、以下割愛。海江田民主党代表の発言等が入ってから、志位共産党委員長の発言。
志位委員長「今のですね、経済情勢の認識がですね、安倍さん、良くなった、良くなったと一点張りなんですが、例えば雇用は60万人増えたとおっしゃるけれども、正社員は1年間で47万人減っているんですよ。
つまり、正社員は非正規社員への置き換えが起こってる、こういう状態なんですね。・・・・」
志位委員長の以下の発言は「新報道2001」と同様、労働法制の規制緩和を批判、労働のルールの立て直しの必要性を訴える内容となっている。
志位委員長から「新報道2001」に引き続いて、「NEWS23」でも、数字だけではない、中身が問題であるという批判を受けた。
さらに7月10日夜の朝日テレビ「報道ステーション」が「参院選“最後の党首討論”」と銘打って、党首討論を行っている。
ご苦労なことだが、果たして「60万人」の“ウソ”を再度アベノミクスの成果としてご披露に及ぶのかを知るために録画しておいた。
雇用の中身が肝心であるはずなのに、数字だけの“ウソ”を拡散させる安倍晋三の感覚を知るためにである。
古館伊知郎アナ「(安倍晋三の来年には賃金が上がるとする主張に対して、かち合う形で)消費税を来年上げるとすると、消費が冷え込むという見方が当然出てくるんで、課題が難しいところですね」
安倍晋三「あの、これは非常に難しいところでしてね、あの、ま、実際、あの、雇用も、えー、5月前半、同月比60万人増えて、段々雇用の状態が良くなっていけば、雇用市場、段々タイトになって、賃金が上がっていくという状況も出てくるんですが、来年の4月、消費税3%上げる、この3党で(民主党の海江田代表と公明党の山口代表を示し)決めた。
これは伸びていく社会保障、あるいは大きな借金がありますから、国の信認を保たなければならない。・・・・」――
予期していない質問だったのか、間投詞が重なり、「60万人」が特段の成果の誇示とはなっていない。だとしても、数字だけの雇用の提示であることに何の変化もない。
司会の古館伊知郎アナから、「共産党の志位さんは大企業の260兆円の内部留保を出して、これを再分配するんだと強く訴えていますが」との質問を受けたからだろう、「260兆円の内部留保を賃上げと安定した雇用を増やすために使う。内部留保を1%使っただけで、大体大企業の8割で月額1万円の賃上げができる」といった趣旨の内部留保利用策の発言をしたのみで、安倍晋三の「60万人」の“ウソ”については何ら言及していない。
なぜ安倍晋三は志位共産党委員長から「60万人」の数字だけを言うことによって“ウソ”を孕むことになるといった趣旨の指摘を受けていながら、アベノミクスの成果として単に「60万人」の数字だけを繰返すのだろうか。
「60万人」という数字の中に格差の要素を含んでいることは誰も否定できないはずだ。生活の党の小沢代表が、非正規社員とは賃金格差の存在であるだけではなく、身分格差の存在でもあると発言していたが、世間は非正規社員と言うだけで、社会的地位低い人間と見做す傾向にあるから、まさに身分格差の存在と言える。
結婚の相手として望まれず、結婚を望んでも、賃金が低くて、やっていく自信が持てず、諦める。その結果として非婚に占める非正規社員の率の高さとなって現れている。
安倍晋三がアベノミクスの成果の一つとして「60万人」という数字だけを繰返すことができるのは、数字の中身に存在する格差の要素を無視することができるからだろう。
ということは、アベノミクスが非正規切り捨ての政策ではないと誰が断言できるだろうか。
安倍晋三は「60万人」という数字だけを取り上げることによって、アベノミクスが非正規切り捨ての政策だと明らかにしたの同然のことを行ったのである。
このことは安倍晋三が進めようとしている労働規制の緩和と相互対応する。