安倍晋三が谷内(やち)内閣官房参与を中国に派遣したのは6月17日、18日の両日。安倍晋三の方は同じ日程でG8サミット出席のため、英国・北アイルランドのベルファストを訪問。G8サミット閉幕後の6月19日にロンドンを訪れて経済政策に関する講演を行い、講演後の記者会見で中国問題について次のように発言している
記者「経済成長には中国との関係改善が必要ではないか」
安倍晋三「何か問題があったとしても話し合いを続けていけることが大切だ。私は常に対話のドアは開いているし、習近平主席といつでも首脳会談をする用意はある」(NHK NEWS WEB)――
話し合いの継続性を訴えている。谷内訪中の結果は知らされていたはずだから、訪中が成果を得ていたなら、継続性ではなく、「色々と話し合いを進めている」と進行中であることを表現したはずだ。
失敗したからこそ、「私は常に対話のドアは開いているし、習近平主席といつでも首脳会談をする用意はある」と、こちらの姿勢を示す必要があったのだろう。
そして6月22日になって、安倍晋三外交ブレーンの一人である谷口智彦内閣審議官が6月28日から中国を訪問する予定だとマスコミは伝えた。
私自身はこの谷口訪中を谷地訪中の一定程度の成功を受けて詰めの交渉を担わせるためと思わせる偽装訪中ではないかと見ていたが、谷地訪中と同じく、谷口訪中の結果についても、マスコミは何も報道していない。政府の発表が何もないからだ。
飯島訪朝と同じく、結果の報道がないこと自体が成果を怪しくする。
ところが7月3日になって中国が東シナ海のガス田開発を巡り、日中中間線の西側約26キロメートルの地点で新たな採掘施設の建設を進めていることが判明したと、《中国が新たな施設建設 東シナ海の中間線付近 菅長官「重大な懸念」》(MSN産経/2013.7.3 13:18)が伝えた。
7月3日午前中の記者会見。
菅官房長官「中国の大型海上クレーン船が新たな海洋プラットホームの建設と思われる作業を行っていることを確認した。
日本政府として外交ルートを通じて重大な懸念を伝えた。(中国側が)一方的に開発を進めているのであれば、受け入れられない」――
「NHK NEWS WEB」によると、〈今回中国が作業を行っている場所は、2008年に日中両政府が、共同開発に向けて協議を行うことで合意したガス田とは異な〉るが、〈日中中間線付近のその他の海域をどのように取り扱うかについては継続して協議することにしてい〉た海域だという。
もし谷内訪中、続く谷口訪中で話し合いが良好な形で進んでいたなら、継続協議を無視する形の態度を取るはずはない。
中国側の7月3日記者会見での返答。
華春瑩中国外務省報道官「自らの管轄海域で開発しているものであり、争う余地はなく、日本側の抗議は受け入れられない」(「NHK NEWS WEB」)――
それから6日後の7月9に、6月17日、18日の谷地訪中から約20日後のことだが、マスコミは谷内訪中の内容を報道した。
《日本「外交問題」として対処 尖閣、中国の領有権主張妨げず》(47NEWS/2013/07/09 02:00 【共同通信】)
昨年9月の野田内閣による尖閣国有化後、中国側が首脳会談開催の条件として「日本が領土問題の存在を認めること」としてきたことに対する「回答」として、谷内内閣官房参与を訪中させ、「領土問題の存在は認めないが、外交問題として扱い、中国が領有権を主張することは妨げない」との打開案を提示したと伝えている。
記事は、〈日中関係の障害となっている「外交問題」として扱い、事態の沈静化を図るのが狙い。〉だと解説している。
だが、「領土問題の存在は認めないが、外交問題として扱い、中国が領有権を主張することは妨げない」には内容に論理矛盾が存在する。
例え「外交問題」として扱ったとしても、中国が領有権を主張できるということは「領土問題の存在」そのものとなる。
中国は領有権を主張できるが、「日本側は領土問題の存在は認めない」から、日本の領有権に揺らぎがないでは、今度は交渉そのものが成り立たなくなる。
この手の交渉の常識は、領土問題の存在を認めて、日中双方が尖閣の領有権を主張し合い、どちらに帰着させるかであろう。
このような条件をつけて打開を図ろうとすること自体が、安倍晋三が口では勇ましいこと言っていても、対中外交に自信のなさが現れたのではないかと疑った。
但しこの報道を菅義偉官房長官は同じ日の7月9日、午前の記者会見で否定している。《「尖閣外交問題」報道を否定=菅官房長官》(時事ドットコム/2013/07/09-11:15)
菅官房長官「外交当局で意思疎通しているが、日本から指摘の提案をした事実はない。
尖閣諸島はわが国固有の領土であり、現に有効に支配している。解決すべき領有権問題はそもそも存在しない」――
この7月9日の報道の2日前の7月7日に安倍晋三がフジテレビ「親報道2001」に出演、尖閣問題で次のように発言している。
歴史認識と同時に発言しているが、あとで取り上げるTBSテレビ「NEWS23」での発言とほぼ同じだから、前半の歴史認識に関わる発言は省略することにする。
安倍晋三(中国は尖閣で「力による現状変更を試みている」と前置きしてから)「日本と中国のというのは切っても切れない関係ですから、戦略的互恵関係の原点に戻って、問題があるからこそですね、対話を進めるべき、対話のドアは常にオープンにしています。
気に食わない、あるいは条件を呑まないから、と言って、首脳会談をやらないというのは外交の姿勢として私は間違っていると思います」――
前半の歴史認識に関わる発言も自分の都合だけで述べているが、相手国に対して、いくら関係が悪化していたとしても、相手がこちらに対して「条件を呑まない」ことを首脳会談開催拒否の理由としていると見做して批判できたとしても、「気に食わない」という感情的理由からだと表現することは安倍晋三自身にしてもあまりに感情的で、冷静さを失っていることになり、礼を逸する。
尤も、一国のリーダーらしくもなく相当に頭にきているなとは理解できる。
安倍晋三自身が中国から見て「気に食わない」対象を自らの歴史認識に置いていると見ていたとしても、公式的には「あなたの歴史認識は間違っている」という認識と態度を取るはずだから、それを感情的なレベルで「気に食わない」と認識している、態度を取っていると露骨に批判した場合、相手がそのような露骨な批判に優る反発に打って出ざるを得ない機会を与えることになり、信頼関係のなおの悪化、両国関係のなおの悪化を招く危険性を予見しなければならないはずだ。
7月8日付の中国共産党機関紙人民日報が反論の論評を掲載している。《安倍首相の「中国は今、力による現状変更を試みている」発言に中国共産党機関紙が反論》(MSN産経/2013.7.8 19:36)
人民日報「中国は隣国との友好関係を維持する政策を堅持している。安倍氏が釣魚島や南シナ海の問題を持ち出して中国のイメージをおとしめようとしている。
事実を無視し、出任せを言えば事態は悪化するばかりだ。一世代前の両国の指導者のように、国の責任や政治的な知恵、歴史的責務を考慮し、関係を発展させるべきだ」――
人民日報が言っている「歴史的責務」とは、「一世代前の両国の指導者」が「尖閣の難しい問題の解決は次世代の指導者に任せよう」と中国側が日中間で取り決めたとすることに対する「歴史的責務」であって、安倍晋三の歴史認識を言っているわけではない。
また、安倍晋三は7月7日の上記テレビ番組で、中国は尖閣で「力による現状変更を試みている」と批判しているが、実際には領土問題の存在を認めさせて話し合いのテーブルに引き出すための自国公船を使った力の行使であって、直接的には尖閣の領有権を対象とした「力による現状変更」ではない。
もし直接的に尖閣の領有権を対象とした「力による現状変更」であるとしたら、軍事的攻撃の形を取るはずである。中国はアメリカの参戦を誘発する可能性のある軍事的攻撃にまでは進まないはずだ。
日本側が領土問題を認めて、話し合いのテーブルに着けば、中国のメンツを立てることになる。一応は話し合いのテーブルについて、様々な証拠書類を提示して日本の領有権を頑として譲らなければ、「現状変更」は不可能となる。
だが、外交に余程自信がないのか、安倍晋三はこの番組の前半の発言で、「13回、海外に出張した、海の自由を守るために力による支配ではなく、法による支配を訴えた」と中国に対して直接主張するのでなく、中国を遠く眺めた各外国から主張することで中国に対する不満の代償としている。
そして「親報道2001」出演2日後の7月7日に出演したTBSテレビ「NEWS23」で、安倍晋三は一見雄弁に自説を主張しているように見えるが、実際はなお一層冷静さを失い、論理的に支離滅裂の状態を示していた。
司会者が外交と歴史認識との関わりについて尋ねた。
志位共産党委員長「あの、私はですね、安倍総理がですね、『村山談話』の見直し、おっしゃった。特にですね、ここではっきり答えて頂きたいのですが、侵略と植民地支配、これについて頑なに認めようとされないわけですよ。
しかし、これは『村山談話』の一番の核心部分で、これをもし否定するということになりますとね、私は第2次世界大戦後のいわば国際秩序を土台からひっくり返すようなことになる。
ですから、この道に進んだらですね、アジアの諸国とまともな友好関係をつくれませんし、ここはですね、やはりそういう時代逆行はやめるべきだと。
やはり95年に『村山談話』という一つの到達点を築いたわけです。それを閣議決定して決めているわけです。ですから、侵略と植民地支配、これは、あの、きちんと引き継ぐとこの場ではっきり言って頂きたい。如何でしょうか」
安倍晋三「それよりもですね、この設定自体が間違っていて、今、日中、首脳会談、なかなかできません。これはですね、日韓もそうですが、まあ、日中、特にそうなんですが、それは歴史問題ではありません。
はっきりと申し上げて、それは今でも毎日のように日本の領海に中国の公船が領海侵犯をしてますね。それだけではありません。えー、潜水艦もですね、えー、まあ、ウロウロしていると、いう状況が、ま、続いている中に於いて、彼らは何とか尖閣についてですね、いわば、力による支配に於いて、現状を変えようとしております。
ここに問題があるんですね。ここで今、事実上しのぎを削っていると言ってもいいと思います。中国は東シナ海だけではなく、南シナ海に於いても、例えばフィリピンもそうですが、力で以って、現状を変えようとしています。
で、私は間違っている思っています。その中で、アジアの国々を私はずうっと訪問して、えー、来ました。そしてまたヨーロッパにも行って来ましたし、中東にも行ってます。
そういう多くの国々とですね、やはり力による現状変更はダメですよ、ルールによる支配、その中に於いて秩序をつくっていきましょう。そういう志を同じくする国々とですね、えー、そういう方向に向かって行こうということをですね、気持と未来に向けるビジョンを併せて、そういう中に於いて、中国の今の姿勢をですね、変えさせていく必要があるんです。
平和的な回答(解決?)に変えていくということが、まさに外交のキーポイントなんですね。
(志位委員長が自身の問に直接答えていないからだろう、何か口を挟むが、無視して続ける。)
そこはポイントだといいうことをはっきりと申し上げて置かなければなりません」
福島みずほ社民党党首と海江田民主党代表が侵略戦争だと認めるところから出発すべきだと主張。
安倍晋三「その、歴史は歴史家に任せるべきだというのが私の基本的な考え方で、もう、何度も述べてるところです。同時にですね、歴史の問題を、外交ですから、自分の国益をより増やしていくためにですね、様々に活用・利用をするんですね。
えー、その中に於いてですね、我々は外交というものをですね、国益を、えー、しっかり守るために、しのぎを削っているわけ、なんですね。
えー、ですから、例えばですね、民主党政権時代に、尖閣を国有化しました。そしてそれに対して尖閣を国有化した、あのタイミングはおかしいと言って、えー、中国は日本に攻勢をかけましたが、私は野党の党首であったんですが、これは付け入る隙は与えてはいけない。
ですから、野田さんの国有化を支持しました。何の問題もありませんよ、ということで支持をしました。つまりまさに外交というものはですね、あらゆる、いわばテーマをですね、自分たちの利益のために使ってくる、という意味に於いては中国はまさに尖閣に於いて海洋権益を増やすために、今まさにアジアの海に於いて、そういう活動を使っていて、歴史問題に於いても、そういう活用もしているんだということをですね、それはやっぱりちゃんと認識する必要があるんだろうと、思っています」
岸井成格司会者「安倍さんは完全に歴史認識問題と外交問題とは別問題だという認識から始められましたが、どうしても議論で外交交渉をやっている中でも必ず戦争の評価って出てくるんですよね」
安倍晋三「それは、それはいわば活用しているんだと。別問題なんですが、つまり相手はそれを活用します。活用するんです。
その中に於いてですね、尖閣の問題に於いて譲歩させようということが起こり得るという現実があるんだということを今私は申し上げておりますが、我々は一切それに妥協することはないということは申し上げておきたいと思います」――
志位共産党委員長が「村山談話」どおりに侵略と植民地支配を認めるべきだと迫ったのに対して直接答える論理性を失って、ただひたすら中国憎しの感情をコントロールもなく激しく露出させている。
何がこうまでも安倍晋三をして中国憎しの感情に駆り立て、頭にこさせているのだろうか。
要するに中国は尖閣を中国領土とするために「歴史の問題」を「様々に活用・利用」していると非難しているが、既に触れたように、小平が尖閣問題は次の世代の解決に委ねようと、いわば「尖閣棚上げ論」を日中で取り決めたとする歴史の経緯を持ち出し「様々に活用・利用」しているが、安倍晋三の歴史認識を「様々に活用・利用」しているわけではない。
また例え中国が自国国益のために歴史問題であれ、安倍晋三の歴史認識であれ、「様々に活用・利用」しようとも、それと対峙して、尖閣の現状維持だけではなく、中国に対する日本の経済的権益や日本の政治的立場等の自国国益を確保するのが外交の力であるはずである。
本人もそのことを承知していたからだろう、谷内内閣官房参与と谷口智彦内閣審議官を訪中させたが、政府による報告は何もない。
そこでテレビ番組出演で発言の機会を得て、外国を訪問して法の秩序・法の支配を訴えたとか、あるいは冷静さを失って論理性もなく感情的に反発を示すのみで、日中関係の進展に何らのキッカケも作ることができない。
また、街頭演説やテレビ番組で野党から安倍晋三の歴史認識を追及されて、相当に追い詰められているという事情もあるに違いない。
このように日中関係と歴史認識問題でにっちもさっちもいかない状況に立たされて、逆に中国憎しの感情に駆り立てられ、日中関係が進展しないのは中国が安倍晋三の歴史認識を「様々に活用・利用」しているからだと中国に責任転嫁することで、日中関係の膠着状態と安倍晋三自身の歴史認識の双方に同時に逃げ道をつくったといったところではないだろうか。
少なくとも発言に論理性を失い、頭にきていた状態にあったのは、中国に対して堂々と立ち向かう意志を欠いていたからだとは確実に言うことができる。
もし堂々と立ち向かう意志を持していたなら、相手の遣り方を「間違っています」、「間違っています」とだけ言うことはしないはずだ。
だが、「間違っています」、「間違っています」とだけしか言うことができない。