昨日の当ブログ記事――《オスプレーの操縦等の人為的ミスによる事故多発はその安全性が誘発したと考えなければならない - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》で、軽度の人為的ミスが多発していることはオスプレーの機体上の欠陥が誘発していることではないかと書いた。 《オスプレイ:「操縦士ミス」と結論》(沖縄タイムズ/2012年7月28日 09時51分)
記事をアップロードしてから、米側が海兵隊員2人が死亡、2人が重傷を負ったオスプレーモロッコ墜落を米側が人為的ミスによる墜落事故だと公表したとする記事に出会った。
読んでみて、公表内容に疑問を感じたこととブログ記事との整合性を持たせるために取り上げて見ることにした。
新聞記事の都合の良い解釈ではなく、合理性を欠いていない解釈であることを理解頂くために、記事全文を参考引用することにした。
【平安名純代・米国特約記者】米軍当局がモロッコで起きた米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの墜落事故についてまとめた調査報告書で、原因を飛行経験の浅い副操縦士の判断ミスによるものと結論付けていたことが27日までに分かった。内容は近く日本政府に通達される見通し。複数の米軍筋が沖縄タイムスの取材に明らかにした。
同機の操縦歴10年の海兵隊パイロットは、報告書の内容について本紙に対し「これまでの墜落事故で人為的ミスだと結論付けられたケースはたくさんある。再発を防止するには、オスプレイの操縦の複雑さをまず認める必要がある。その上で操縦士らのミスを防ぐ方法を考えなければならない」と述べた。
報告書は、離陸直後にスピードがまだ十分出ていないにもかかわらず、操縦士が垂直飛行から慌てて水平飛行に移ろうとしたため、機体のバランスを崩したと指摘。そうした状態でさらに後方から追い風を受け、飛行経験の少ない副操縦士が体勢の立て直しに失敗したため墜落に至ったなどと説明しているという。
その上で、事故がオスプレイの機体構造に起因するものではないと指摘している。
米軍筋によると、米側は米軍普天間飛行場への同機の配備を前に、日本側に対して再発防止対策として、こうした注意点などを操縦士らの飛行マニュアルなどに反映させ、指導を強化し技術向上を図るなどと説明する見通し。
事故は4月11日、米軍とモロッコ軍との合同訓練中に発生し、米兵2人が死亡、2人が重傷を負った。米側は6月に「機体に問題はなかった」と正式に発表。人為的ミスが原因との見解を日本側に非公式に伝えている。
最初に思い浮かんだ疑問は、〈離陸直後にスピードがまだ十分出ていないにもかかわらず、操縦士が垂直飛行から慌てて水平飛行に移ろうとした〉とき、主操縦士(機長)は何をしていたのだろうかということである。
記事がここで「操縦士」と書いている人物は副操縦士であって、主操縦士ではないはずである。
もし主操縦士であったなら、滑稽なことになる。断るまでもなく、主〈操縦士が垂直飛行から慌てて水平飛行に移ろうとしたため、機体のバランスを崩し〉、〈そうした状態でさらに後方から追い風を受け、飛行経験の少ない副操縦士が体勢の立て直しに失敗したため墜落に至った〉ことになるからだ。
いわば主操縦士の不適切な操縦に対して副操縦士がバックアップするという逆転した構図を取ることになるばかりか、そのバックアップも失敗したということになる。
普通は逆のはずである。副操縦士が操縦不慣れから機体のバランスを崩し、主操縦士が態勢立て直しのバックアップを行うという順序が一般的であろう。
当然、あくまでも飛行経験の浅い副操縦士が操縦不慣れから最後まで適切な操作ができなかったとしなければならない。
但し見えてくるのはすべて副操縦士任せの光景であって、何らかのバックアップを果たすべき主操縦士の姿がどこにも見えてこない。不自然ではないだろうか。
副操縦士の飛行経験が浅いことは主操縦士は常に認識していなければならないはずだ。特に同機の操縦歴10年の海兵隊パイロットが言っているように、「これまでの墜落事故で人為的ミスだと結論付けられたケースはたくさんある」という、人為的ミス誘発の危険性を常態としているオスプレーであるなら、なおさらに飛行経験の浅い副操縦士の操縦には注意を傾けていなければならなかっただろう。
自動車教習所で教習生の隣に座る教習所教師以上にである。あるいは初めて路上教習に出る教習生に対する教習所教師以上の注意傾注を見せていなければならなかったはずだ。
少なくとも記事の情報からでは、主操縦士は副操縦士の操縦失敗に対して何ら役目を果たしていない。隣の席で居眠りしていたというなら理解できる。
モロッコ墜落はモロッコ軍との合同演習中の出来事である。居眠りなどしているはずはない。ところが、操縦を飛行経験の浅い副操縦士任せにしていた。
どう考えても不自然だらけだが、この不自然を無視するとしても、居眠りをしていない以上、主操縦士は機体のスピードをある程度体感していたはずだ。特にヘリコプターとして垂直に離陸し、その垂直飛行から水平飛行に移る大事な瞬間である。上昇方向に向けて十分な揚力を得る速度にまで達しているかどうか、自身が操縦していなくても、主操縦士(機長)の経験から、その速度を身体で感じ取ることができていたはずである。
当然、速度不足を感じたなら、あるいは副操縦士が飛行経験が浅いと言うことなら、そのことも考慮して、速度計に目を遣って確認するのが主操縦士としての役目であるはずだが、記事からは機体の安全に最終責任を有する操縦士の姿が一切見えてこない。
飛行経験の浅い副操縦士の姿のみと、そのことを理由とした不適切な操縦のみを前面に出して、墜落を副操縦士の判断ミスだと結論づけた発表内容となっている。
どう見ても不自然を超えて、墜落は機体の安全性が問題ではなく、飛行経験の浅い副操縦士の判断ミス、イコール人為的ミスだとする意図的情報操作――創作に見えて仕方がない。
勿論、すべては記事情報から感触した疑惑に過ぎない。
だとしても、オスプレーが人為的ミスの多発化を誘発する機体上の特質を有しているという事実に変わりはない。
果たしてオスプレーは単に操縦が難しい機体だと片付けていいのだろうか。例えそれが人為的ミスによる墜落であっても、一般住民の人命に関係することはないという絶対的保証が常にあるならいい。