野田首相の災害復旧事業全額国費負担は動機不純な震災復興ポピュリズムが正体に見えるが?

2011-10-09 11:52:34 | Weblog

 野田首相は10月6日の参院東日本大震災復興特別委員会で佐藤正久自民党議員の質問に答えて、震災の復旧・復興にかかる財政負担は地方負担分も併せて国が全額負担する考えを示したと言う。《野田首相:災害復旧事業は全額国費の方針…参院特別委》毎日jp/2011年10月6日 21時55分)

 野田首相「自治体の財政力が弱いところもある。事実上、地元負担がなくなるよう取り組みたい」

 記事が、〈平野達男復興担当相も、各自治体が地方債を発行して国が後で一定の割合を普通交付税で補填(ほてん)する従来のやり方ではなく、国が特別交付税で全額措置する考えを示した。〉と伝えているから、「一定の割合」を「全額」に振り替えるということなのだろう。

 この野田首相の発言は「NHK NEWS WEB」記事では次のようになっている。

 野田首相「今回は、被害の規模が大きく、自治体の財政力はもともと弱いところがあるため、できるだけ国が負担を担う取り組みを行ってきた。もっと工夫して、事実上、地方負担がなくなるような努力をしたい」

 被災者の集団移転費についても1戸当り1655万円規定の移転費限度額を撤廃、全額国費負担とする方針だという。これは全額国費負担とした災害復旧事業の中に集団移転事業も含めているということなのだろうか。

 《東日本大震災:支援枠組み 固まるも復興には高いハードル》毎日jp/2011年10月8日 1時13分)には次のような解説がある。

 高台移転は「防災集団移転促進事業」の活用によって事業費の94%は国からの補助金や地方交付税で賄われることになっていた。

 但し〈集団移転事業の計画を決めた自治体はまだ一つもない。震災、原発事故で税収減に見舞われる自治体にとって、6%と言えども事業費負担は重く、「現行制度のままでは復興事業でできた借金の返済に数百年かかる」(宮城県南三陸町)〉からで、このような気の遠くなるような重しが足枷となっている進展の停滞だと分かる。

 被災者個人の負担は、〈仙台市の試算では、沿岸部の住民が内陸に移転する場合、移転元の土地評価額が下がるため、移転に伴う被災者の自己負担は約3000万円に達する〉と解説している。

 自治体の財政力が弱いということは弱い分、国の支援を求めているということであり、背中合わせの状況としてある各自治体の姿と言えるはずだ。そこへ持ってきて、個人負担が「約3000万円」。自治体は「借金の返済に数百年かかる」負担。当然の国費全額負担であり、結果としての自治体の負担軽減が被災者各個人の負担軽減という次ぎの結果へと向かうことになる。

 記事題名の「復興には高いハードル」とは、復興計画の実施段階での集団移転への住民の同意や津波で被災した土地をいくらで買い取るかの問題を言っている。

 土地の買取り価格があまりに低いと、その分個人負担が増える。今の場所を離れたくないと言う住人もいるに違いない。

 当然の国費全額負担だと書いたが、高台移転は菅前首相が4月1日(2011年)の首相記者会見で、「復興は従来に戻すという復旧を超えて、素晴らしい東北を、素晴らしい日本をつくっていく。そういう大きな夢を持った復興計画を進めてまいりたいと思っております」と言い、その一例として、「例えばこれからは山を削って高台に住むところを置き、そして海岸沿いに水産業、漁港などまでは通勤する。更には地域で植物、バイオマスを使った地域暖房を完備したエコタウンをつくる。そこで福祉都市としての性格も持たせる。そうした世界で1つのモデルになるような新たな町づくりを是非、目指してまいりたいと思っております」と言い出した高台移転である。

 菅前首相が言及した時点前後から検討が始まっていてもいいはずの全体の復旧・復興と相互関連させた自治体経費負担問題をも含めた高台移転の政策デザインであっていいはずだが、それから半年が経過して決めた全額国費負担である。しかも菅政権から野田政権に代って、やっと国費全額負担を言い出した。

 市町村の財政規模も震災による打撃分(歳入減等)を差引いてどの程度の規模か既知の事実・既知の情報としていたはずだ。今更ながらに分かった「被害の規模が大きく、自治体の財政力はもともと弱いところがある」といった自治体の懐事情と言うわけであるまい。

 今更ながらに理解できた自治体情報だと言うなら、その理解能力・認識能力を疑わざるを得なくなる。

 このあまりに遅い決定が「集団移転事業の計画を決めた自治体はまだ一つもない」という状況を招いていた大きな理由の一つでもあるはずだ。

 野田内閣が発足して1カ月経過。災害復旧事業の全額国費負担は菅前内閣が予定していなかった方針で、それを覆す決定だとしても、1カ月という時間の経過を必要とした遅過ぎる決定であることと、これまでの復旧・復興に関わる野田首相の姿勢から見て、どうしても動機不純な震災復興ポピュリズムが正体ではないかと疑ってしまう。

 自己保身のためのポピュリズム、1日でも野田内閣を延命させる目的のポピュリズムではないかと。

 先ずは騒がれた朝霞公務員宿舎建設問題での迷走。

 先に当ブログ記事に取り上げたことと一部重なるが、2009年11月に行政刷新会議の事業仕分けでムダ削除の対象となって建設凍結が決定した朝霞公務員宿舎が2010年12月に当時の野田財務大臣によって建設凍結を解除、9月1日に(2011年)から建設着工の運びとなった。

 だが、野党が「復興のために巨額の財源が必要な中で新たな公務員宿舎を建設することは税金のムダ遣い」と批判、9月26日の衆院予算委員会で塩崎泰久自民党議員が「G7の先進国で、公務員や国会議員宿舎があるのは日本だけ。いますぐストップし、復興資金に回すべきだ」、「やめるべきじゃないということを、もしそう思うなら、はっきりとおっしゃってください」と追及されると、野田首相は次のように答弁している。

 野田首相「全体的な公務員宿舎の事情とか、含めての判断をしたということでございますので、特段変更するつもりはありません」

 要するにこの答弁を行った時点までは105億の建設費を復興財源にまわして活用するという認識はさらさら持っていなかった。

 このことは既知の事実・既知の情報としていなければならない「被害の規模が大きく、自治体の財政力はもともと弱いところがある」という自治体の懐事情に対する認識と結びつけることができなかったことの反映としてもある公務員宿舎建設続行の認識だったとも言える。

 批判を受けた時点で結びつけることができていたなら、野党の国会での追及を経ずとも自分から建設中止を決定していたはずだ。テレビでは早くから批判が飛び交っていた。

 9月26日時点では朝霞公務員宿舎建設続行の意思を持っていた野田首相は4日後の9月30日首相記者会見で、その意思に変化を見せる。
 
野田首相「朝霞の公務員住宅についてのご指摘は、私としても真摯に受け止め、近々実際に現場に行って、自分なりの考えをまとめた上で、最終的な判断をすることとしたいというふうに考えております」

 10月3日に現地を視察。

 野田首相「去年12月に街づくりにも資するという総合判断で着工を判断したが、3月11日の東日本大震災からの復旧・復興に向けて、今、予算案を作り、財源確保をしようというなかで、いろいろとご批判がある。とにかく、きょうは現場の進捗状況を自分の目で見たいということで来た。

 私なりには、今、説明を聞いて、現場を見て、自分のなかの腹は固めたつもりなので、戻ったら安住財務大臣を呼んで指示したい」

 結果、向こう5年間の建設再凍結となった。

 事業仕分けで一旦凍結した朝霞公務員宿舎建設を決定、着工したものの震災が発生、財源確保が喫緊の課題となり、建設費を復興財源に組み入れることを決定した。

 だが、批判・国会追及という幾段階か経なければ到達できなかった復興財源への転用だった。あるいは最初から機転を利かせてストレートに復興財源に向けることができなかった迷走と言える。

 勿論、この時点で「被害の規模が大きく、自治体の財政力はもともと弱いところがある」という自治体の懐事情を既知の事情・既知の情報として頭に置き、そのような弱い財政力の自治体を全面支援して復旧・復興を加速させるために災害復旧事業全額国費負担を決めていたかどうかは分からない。あるいは考えていたかどうかは分からない。

 但し除染費用負担に関しては9月末の時点で国が全面的に負担する方針を示している。

 尤もこのことも最初からストレートに国負担を決めたわけではない。9月28日、内閣府と環境省が福島市内で開いた福島県内の自治体への説明会で年間被爆線量5ミリシーベルト未満の地域については局所的に線量が高い側溝などを除いて財政支援は行わないとする方針を伝えたものの、自治体からの批判と反対の姿勢を受けて、翌9月29日には方針転換して、5ミリシーベルト未満でも国で負担すること明らかにしている。

 この例も財政力が弱い自治体が多く存在するにも関わらず、あるいは財政力のある自治体であったとしても、被害規模の大きさと対応した負担規模の大きさから財政力を相対的に弱めている自治体も存在するにも関わらず、全面的に国が費用負担するという方向に最初から向かった方針ではなかった。

 高台移転費用の国費全面負担、除染経費の国費全面負担、朝霞公務員宿舎建設凍結による建設費復興財源転用等、批判を受けると巧妙にするりとかわして初めて被災地と被災者、あるいは多くの国民の希望に適う政策を打ち出す。

 こういった野田内閣の復旧・復興に関わる前例・前科を見ると、被災自治体・被災住民のことを直接的に思い遣って最初からこれだと計算し、デザインした政策ではなく、その都度その都度変えていく一貫性のない姿勢であることから、どうしても自己保身、1日でも長く政権を維持するための批判かわしが目的の動機不純な震災復興ポピュリズムに見えてくる。

 尤も動機は不純であっても構わない。「政治は結果責任」。復旧・復興が誰もが満足するような形で成し遂げられることが唯一絶対条件となることは断るまでもない。

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