大阪・桜宮高校バスケットボール部の主将が部顧問の暴力を苦に命を絶ったという事件が発生した。
早速、橋下市長は「全面的に行政の責任だ」と若干ヒステリックにコメントしていた。その行政の一番の責任者が自分だというのに他人のようなコメントだったが・・・
それはともかく、いかに優秀な運動部指導者としても当然に部顧問の責任は免れず刑事罰の対象にすべきだし、学校、教育委員会も一定の責任は免れない。
ただ、そうとはいえ、「暴力としての行為」と「熱意に基づく行為」とをしっかりと見極めなければならない。
これをもって、100%「熱意ある行動」まで否定するのであれば、学校教育は体をなさなくなるし、教育の本質をも否定してしまうことになりかねない。
一方で、教育者・指導者は「熱意」の発露としての言動を発するにあたり、極めて慎重に、かつ用心深く行動に移さなければならない。
客体(生徒)の潜在している性質までもをしっかり日常から観察し、行動のレベル、行動に移すシチュエーションなどを熟慮して行うべきで・・・
おそらくは、部顧問は日常的な流れの中で、その判断・行動を見誤ったわけで、その責任はとらなければならない。
先日、山本五十六の「教育の真髄」の話をしたが、あれとて決して普遍的なものでなく万能でもない。少し役に立つくらいのレベルだ。
それほどに、人を動機づけすることは難しい。
教育心理学のテストを100点とったからといってできるわけもない。
この事件は多くの問題を提起している。