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「隅田川の新しい六大橋のうちで、清州橋が曲線の美しさだとすれば、言問橋は直線の美しさなのだ。
清州は女だ、言問は男だ」。
川端康成は「浅草紅団」の中で言問橋をこう定義している。
明るいグリーンが青空に映える、すっきりとした橋姿。川端の時代から変わらぬ雄姿を誇っている。
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この橋の名前からすぐに連想されるのが、在原業平の和歌だ。
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「なにしおはば いざ言問わむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」
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業平は京から旅立って江戸まで来た。隅田川の渡しで見かけたのが都鳥。
はるか京都から飛来した鳥ならば、京に残してきた人あのはどうしているのだろうか。彼女の消息を教えてほしい。 そんな心を詠んだ歌だ。
業平が本当に東国に来たのかどうかは疑問視されているが、歌の持つ深い心情と味わいは今も変わることはない。
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ところで、業平が都鳥を見かけた「隅田川の渡し」は、実はもっと上流にある白髭橋付近にあった「橋場の渡し」だったとされる。
まあ、詮索はいったん棚上げにして、言問団子でも食べて一休みしよう。
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ここで、言問橋から千住大橋までの隅田川上流の橋の地図を掲載しておこう。
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言問団子の店は、隅田川上流の桜橋を渡ったすぐ東側にある。
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ちょうど午後1時を過ぎて店が暇になった時間帯だったせいか、和風の座席にゆったりと腰掛けて三色の団子を味わうことが出来た。小豆あん、白あん、味噌あんの3つの団子が特製の皿に盛られて、緑茶と共に供される。
甘すぎずふくよかな香りが、心地よいひと時を提供してくれた。
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そもそも江戸末期に外山佐吉が団子屋を開業、隅田川にゆかりのある在原業平の歌にちなんで命名したのが始まりという。
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歌に登場する「都鳥」はゆりかもめのこと。団子を載せた絵皿には、その都鳥が描かれていた。
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団子の店のとなりに隅田公園野球場というグラウンドがあった。
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入口の門に王選手の打撃フォームそのもののレリーフがあったのでよく見ると、
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「王貞治さんも少年時代この野球場で練習した」との説明が書かれていた。