もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

タンカーの関空衝突と海事用語

2018年09月06日 | 報道

 台風21号から船を守るために関空沖に錨を入れていた小型タンカーが取付道路に衝突して、関空が機能麻痺に陥った。

 一連の報道を見て、かっての海運王国「日本」で海事用語が死語となっている現状を寂しく思った。以下、今回の事案に関連する海事用語と手続等を紹介して、死語延命に寄与できればと思うものである。用語・手続き等は海上自衛隊(海軍用語を継承)と民間船では違いがあると思われるが御容赦を。まず、艦船が台風等の被害を局限すべく避難することは『避泊』と呼び、錨を入れて停泊することを『錨泊』と呼ぶ。今回の事象を端的に表現すれば『タンカーは避泊のために錨泊していた』となる。錨泊した船は、錨の爪で海底に固定されていると思われがちであるが、船を固定しているのは錨と繋っている鎖(『錨鎖(びょうさ)』)の重みであり、錨の爪はあまり機能していない。極論すれば錨鎖の先端には何もつけなくても錨が船を固定する力(『把駐力』)はあまり変わらないといわれている。錨泊した船が風や汐で流される現象を『走錨(そうびょう)』と呼ぶ。船が一旦走錨を始めたら、もはやエンジンを使用して船を立て直すしか方法が無いが、その場合、錨鎖の把駐力が邪魔して操船不能の事態となる危険性が大きい。以上の状況に陥ることを予防するために、避泊中の艦船はエンジンの準備を完成するとともに、艦を航海状態に維持して待機する。また、走錨時の操船を用意とするために、避泊後は短時間の作業で錨鎖を切り離す(『捨錨(しゃびょう)』)ための準備を完成させておく。今回の事象を例にすれば『走錨したタンカーが捨錨の暇なく操船不能の状態となって衝突した』となる。以上、簡単に艦船が行う避泊に伴う一連の作業を述べた。20年前のことであるが、木更津沖で避泊中の夜間に近傍の小型タンカーが走錨を始め、汽笛や投光器照射で注意喚起したにも拘らずブリッジに当直員すら見当たらない事態があった。今回の事象では国際VHFによる保安庁の指示に船長が応答したことから、見張りや機関の準備は為されていたのだろうが、エンジンの力では台風の猛威に抗しきれなかったのかも知れないと思うところである。

 外国映画では、過度の説明を付けることなく軍事用語や海事用語を駆使したものが少なからず存在する。このことは、製作者の意図を観客が理解できており、軍事用語や海事用語が人口に膾炙していることを示していると思われる。海上輸送の縮小に応じて海事用語が死語となる現実を寂しく思うとともに、古を学ぶツールとして残されるべきと思うのだが。


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