西條加奈さん(56歳)は、今年の直木賞に見事選ばれた。
文庫本化された作品のほとんど読んできたファンにとって、受賞はうれしい限りだ。
時代小説の旗手としてますます元気に、これからもよい作品を紡いでいってほしい。
受賞作「心淋し川(うらさびしがわ)」は単行本なので、文庫本になるまでもうしばらく
待たなければならないが、江戸の片隅の長屋で静かに暮らす人たちを描いたという作品、
楽しみにしている。
直木賞受賞で思い出されるのは宇江佐真理さん(写真下)。
函館出身の主婦作家として「台所が仕事場」が口癖で、大工の亭主と育ち盛りの息子とと
もに暮らし「車も家も高価な服も宝石もいらない。私は作家である前に主婦なのだ」と言
ってはばからない愛すべき「おばちゃん作家」(私の勝手な命名)。
時代小説を多数書き残したが、2015(平成27)年11月、惜しくも66歳で死去、
乳がんだった。
作家としては晩熟(おくて)だったこともあり執筆期間はわずか20年、その間に時代小説を
60編以上も世に送り出している。
そのほとんど読んだが、江戸の市井の人たちの生活に注がれている優しい眼差しに魅了された
ファンが多い。
その宇江佐さんは、何と直木賞候補に6回もノミネートされている。
幻の声(1995年)、桜花を見た(1998年)、紫紺のつばめ(1999年)、雷桜
(2000年)、斬られ権佐(2002年)、神田通の八つ下がり(2003年)の6作。
オール読物新人賞、吉川英治文学新人賞、中山義秀文学賞などは受賞しているが、直木賞はわ
ずか8年間の間に、ほぼ毎年チャンスがあったのに恵まれなかった。
いずれの作品もレベルは高かった証拠だが、今一歩のところで他の人に(賞を)さらわれたの
だろう。
4回目の2000年に受賞候補に上がった「雷桜」(角川文庫)は将軍家に生まれた男と山奥
の娘の悲恋物語で、ロミオとジュリエット時代劇版ともいわれ映画化され、自由奔放な山娘役
の蒼井優さんの熱演が印象に残っている。
小説家ならだれもが喉から手が出るほど欲しいのは、直木賞と芥川賞だという。
宇江佐さんご本人は、オール読物新人賞には「性懲りもなく応募した」が、直木賞にはあまり
執着しなかったようで「お前はほしくないとのかと問われれば、ほしくないとはとても言えな
い。いらないと言ったら馬鹿だと思われるだろう」と、エッセー「ウエザ・リポート 笑顔千
両」(文春文庫)で書いているが、賞に執着しないどこか冷めた心境が垣間見える。
ちなみにこの「笑顔千両」は名エッセーである。
直木賞に1回もノミネートされたことがない作家がほとんどなのに、6回も候補に選ばれたこと
はすごいことだが、宇江佐ワールドを愛するものとして、ぜひとも取らせてやりたかったなあ。