私の育った村には立派な神社がある。
子供たちの遊び場であった。
杜は椎や杉、欅の大木が生い茂り、真夏でもすずしい。
小中学生の夏休みは学校から、早朝はラジオ体操
朝食後は朝学習が課せられ、神社や境内がその会場にあてられていた。
午後は自由でも、何かと杜に集まって遊ぶことが多かった。
そうしていつしか杜は子供たちの拠り所になっていたのである。
大人になって郷里を出た者も帰省すると必ず杜に行くことが多い。
私もそういう青年の一人になっていた。
学生の頃、実家には姪っ子が生まれていた。
帰省するとどこにでもついて来て、一日中一緒にいる子だった。
ある春休みの帰省時、2才か3才の彼女を連れて杜に行った時のことである。
まだ雪が残って大きな塊で山になっていた。
「じゃ、お参りしようね。雪あげようか。」
と言いつつ、おにぎりにして姪に差し出した。
私も一つ作り、一緒に拝殿の階段上に捧げた。
「お参りするよ。手合わせて。」と、
姪っ子も手を合わせた時である。
一陣の風が吹いて、椎のこずえが音を立てるや、
「こわい、こわい・・・・・」と姪っ子は何かを感じているようだった。
「大丈夫、大丈夫・・神様、きたね・・」と言いつつ抱き上げると、
姪っ子はしがみついた。
その姪っ子は、今は2人の青年の母で、
旦那の経営会社のサポーターとして、忙しくしている。
しかしその時のことはよく覚えているそうである。
(KENJI)
子供たちの遊び場であった。
杜は椎や杉、欅の大木が生い茂り、真夏でもすずしい。
小中学生の夏休みは学校から、早朝はラジオ体操
朝食後は朝学習が課せられ、神社や境内がその会場にあてられていた。
午後は自由でも、何かと杜に集まって遊ぶことが多かった。
そうしていつしか杜は子供たちの拠り所になっていたのである。
大人になって郷里を出た者も帰省すると必ず杜に行くことが多い。
私もそういう青年の一人になっていた。
学生の頃、実家には姪っ子が生まれていた。
帰省するとどこにでもついて来て、一日中一緒にいる子だった。
ある春休みの帰省時、2才か3才の彼女を連れて杜に行った時のことである。
まだ雪が残って大きな塊で山になっていた。
「じゃ、お参りしようね。雪あげようか。」
と言いつつ、おにぎりにして姪に差し出した。
私も一つ作り、一緒に拝殿の階段上に捧げた。
「お参りするよ。手合わせて。」と、
姪っ子も手を合わせた時である。
一陣の風が吹いて、椎のこずえが音を立てるや、
「こわい、こわい・・・・・」と姪っ子は何かを感じているようだった。
「大丈夫、大丈夫・・神様、きたね・・」と言いつつ抱き上げると、
姪っ子はしがみついた。
その姪っ子は、今は2人の青年の母で、
旦那の経営会社のサポーターとして、忙しくしている。
しかしその時のことはよく覚えているそうである。
(KENJI)