忘れえぬ体験-原体験を教育に生かす

原体験を道徳教育にどのように生かしていくかを探求する。

日本的倫理性 参考文献・あとがき

2019年07月16日 | 居場所

―――――――  参考文献  ―――――――

【図書関係】

・「日本の自然崇拝、西洋のアニミズム-宗教と文明/非西洋的な宗教理解への誘い」保坂幸弘

・「『世間』とは何か』阿部謹也 講談社現代新書

・「日本人の脳に主語はいらない」月本洋 講談社

・「右脳と左脳―その機能と文化の異質性―」角田忠信 小学館

・「思惟の経験より」ハイデッガー 理想社

・「自我の哲学史」酒井潔 講談社現代新書

・「哲学の現場 日本で考えるということ」末木文美士 トランスビュー

・「日本人の<わたし>を求めて 比較文化論のすすめ」新形信和 新曜社

・「騒音とアトム化の世界」M.ピカート みすず書房

・「シリーズ・哲学のエッセンス」山内志朗 NHK出版

・「ソクラテス以前の哲学者」廣川洋一 ・講談社学術文庫

・「物と心」大森正藏 東京大学出版会

・「論理哲学論考」ウィトゲンシュタイン 野谷茂樹訳 岩波文庫

・「メラニー・クライン」ジュリアス・スィガール 祖父江典人訳 誠信書房

・「善の研究 実在と自己」西田幾多郎 香山リカ 哲学書房

・ライプニッツ『モナドロジー』」池田善昭 晃洋書房

・哲学的倫理学叙説―道徳の本姓の自然主義的解明」ギルバート・ハーマン 大庭健、宇佐美公生訳 産業図書

・「倫理学」G.E.ムーア 深谷昭三訳 法政大学出版局

・「ギリシア哲学」ジャン・ポール・デューモン クセジュ文庫 有田潤訳

・「キェルケゴール著作集」s・キェルケゴール 白水杜

・「哲学入門」 講談社学術文庫 田中美知太郎 

・「現実を見つめる道徳哲学」ジェームズ・レイチェルズ 古牧徳生・次田憲和訳 晃洋書房

・「道徳の中心問題」マイケル・スミス 樫則章訳 ナカニシヤ出版

・「功利主義と分析哲学―経験論哲学入門―」 一ノ瀬正樹 日本放送出版協会

・「功利と直観―英米倫理諸壮士入門―」児玉聡 勁草書房

・「日本語と日本思想」浅利誠 藤原書店

・「『やまとごころ』とは何か―日本文化の深層」田中英道 ミネルヴァ書房

・「偶然を生きる思想『日本の情』と『西洋の利』」野内良三 日本放送出版協会

・「八つの日本の美意識」黒川雅之 講談社

・「日本思想という問題―翻訳と主体―」酒井直樹 岩波書店

・「西洋の哲学・東洋の思想」小坂国継 講談社

・「公正としての正義」J・ロールズ 木鐸社

・「真理・論理・言語」A.J.エイヤー

・「カントとハイデガー―近世哲学におけるヘノロジーの役割―」 福谷茂

・「戦前日本におけるジョン・ロック研究―高野長英から白杉庄一郎まで」 山田園子

・「人格知識論の生成―ジョン・ロックの瞬間―」 一ノ瀬正樹 東京大学出版会 1997

・「The Nature of Morality(哲学的倫理学叙説)」ギルバート・ハーマン 大庭 健・宇佐美公生訳 産業図書)

・「世界の中の日本哲学」藤田正勝、ブレッド・デービス編 昭和堂 

・「西田哲学」 高山岩男 岩波文庫

・「形而上学叙説」 ライプニッツ 岩波文庫

・「単子論」 ライプニッツ 岩波文庫

・「人間知性論」 J.ロック 大槻晴彦訳 岩波文庫

・「自然法論」ジョン・ロック 「世界思想全集」河出書房新社、

・「方法序説」 デカルト 谷川多佳子訳 岩波文庫

・「哲学原理」 デカルト 岩波文庫

・「純粋理性批判」 カント 岩波文庫

・「実践理性批判」 カント 岩波文庫

・「判断力批判」 カント 岩波文庫

・「道徳形而上学言論」 カント 岩波文庫

 

【論文関係】

・「絶対矛盾的自己同一」西田幾多郎

・「ベルグソンの純粋持続」西田幾多郎

・「ベルグソンの哲学的方法論」西田幾多郎

・「西田幾多郎『哲学概論』第2篇認識論」西田幾多郎

・「西田幾多郎『哲学概論』第3篇形而上学」西田幾多郎

・「デカルト哲学について」西田幾多郎

・「いかなる倫理が「私」を超えうるのか――公共性と倫理――」「DIALOGICA 第8号2005年」滋賀大学教育学部倫理学・哲学研究室

・「ジョン・ロックにおける世論の位置:ロックに内在する「輿論」と「世論」谷藤悦史

・「ジョン・ロックの『生得論』に関して」奥田寿珠子 学習院大学哲学会哲学会誌第25号

・「ロックの自然法論」小川晃一 北大法学論集=the Hokkaido Law Review,19(3-4)

・「ロックの自然神学」三原就平 京都大学 レポジトリー

・「ライプニッツの認識論と無意識」内井総七 「空間の謎・時間の謎 宇宙の始まりに迫る物理学と哲学」 中公新書 P.160

・「唯一性という概念についての分析」 佐藤邦政 日本大学文理学部人文科学研究所研究紀要(83)

・「記憶と自我の同一性:ライプニッツにおける記憶について」松田孝之 大阪大学待兼論叢・哲学編.35

・「後期西田哲学における日本文化論について」大熊治生 『カリタス15号』収録 美術芸術論研究会

・「西田哲学と宗教哲学」小坂国継 国際哲学研究号 2013 東洋大学国際哲学研究センター

・「絶対無と歴史的世界―中期西田哲学についての一考察―」藤代優子 日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No.7, 225-234 (2006)

・「ベルグソンの読者として西田幾多郎」ミシェル・ダリシエ(同支社大学) 学習院大学講演2007年

・「本質の鏡と神の鏡―西田に見るヘーゲルとライプニッツ―」大西光弘 立命館大学人間科学研究第5号収録

・「大正期におけるベルグソン哲学の受容」宮山昌治 学術雑誌「人文」4号 学習院大学人文科学研究所

・「19世紀フランスにおける共同体論についての考察」杉山直樹(学習院大学) 京都ヘーゲル読書会

・「ベルグソンと西田幾多郎」片柳榮一 京都大学宗教学研究室紀要Vol.4

・「西田幾多郎と近代日本の哲学―「東洋哲学」とは何か―」永井 晋 国際哲学研究3号 東洋大学国際哲学研究センター

・「西田幾多郎の哲学(Ⅴ)―西田のアウグスティヌス論―愛の哲学―」小浜善信 「神戸外大論叢」第59巻3号

・「西田幾多郎の場所論とカントの「物自体」- 西田の『反省的判断の対象界』を手掛かりにして―」木村美子 立命館文学 第618号

・「『行為の哲学』の可能性―1930年代のハイデガーと西田幾多郎の思索を手掛かりに―」相楽勉 国際哲学研究 第2号 東洋大学国際哲学研究センター

・「直観と反省をめぐって―西田とフッサール―」山口一郎 国際哲学研究 第2号 東洋大学国際哲学研究センター

・「西田幾多郎とデカルト、そしてカント―山田弘明・吉田健太郎他訳― 荒井正雄 愛知教育大学学術リポジトリ

・「哲学原理 ルネ・デカルト」から考える私」を読む―」荒井正雄 愛知教育大学学術リポジトリ

・「西田幾多郎の思索―深き奥底―」渡邊二郎 藤田正勝編 知の座標軸所収  晃洋書房

・「純粋経験の「事実」とは何か:西田幾多郎『善の研究』の出発点とその内実」白井雅人 哲学論集 第40号 上智大学哲学会

・「『lifeの研究者』西田幾多郎の哲学的人生」生田邦弘 苫小牧工業高等専門学校紀要第23号

・「西田幾多郎の思索―「日本文化の問題」をめぐって―」藤田正勝 京都大学月曜講義

・「純粋経験の形而上学と主観主義―西田の自己考察を手掛かりとして―」レオナルド・アンドレア 哲学論叢第26号 京都大学哲学論叢刊行会

・「『善の研究』における神」レオナルド・アンドレア 哲学論叢第27号 京都大学哲学論叢刊行会

・「第14章『善の研究』と西田哲学における失われた場所」ジェームズ・ハイジャック 『『善の研究』の百年――世界へ/世界から』京都大学学術出版会

・「第9講 西田とギリシア哲学」日下部吉信 立命館大学人間科学研究所 2000~ 2002年度プロジェクト研究B

・「西田幾多郎における哲学と宗教のかかわり」沼田磁夫 掲載元不明

・「西田幾多『善の研究』を読む―第2編「実在」を中心に―(1)」石上豊 掲載元不明

・「西田幾多郎におけるヘーゲル―昭和6年ごろまでの記述を追って―」石神豊 掲載元不明

・「西田哲学「場所」の論理とカント」井上叢彦 長崎大学総合環境研究 6(1)

・「純粋経験と現象学的経験―場の論理のための一考察―」小嶋洋介 AZUR第10号 成城大学

・「場所倫理と宗教について―西田哲学宗教論の一考察―」花岡永子 宗教倫理学会

・「西田哲学における「絶対無の場所」の論理を巡って」花岡永子 大阪府立大学人文学論集2000

・「精神病理学からみた西田幾多郎の晩年に自我論 Ⅱ―自閉症・分裂症論の基礎づけのために―」山本晃 大阪教育大学紀要 第N部 門 第47巻 第1号1

・「精神病理学からみた西田幾多郎の晩年に自我論 Ⅹ―宗教的立場について―」山本晃 大阪教育大学紀要 第IV部 門 第51巻 第1号

・「精神病理学からみた西田幾多郎の晩年に自我論 Ⅸ―『自覚における直観と反省』と最晩年における自覚概念」山本晃大阪教育大学紀要 第IV部 門 第50巻 第2号

・「西田幾多郎の哲学(Ⅱ-1)―歴史世界の時空構造」小浜善信 掲載元不明

・「西田幾多郎の哲学説」横山れい子 一橋研究, 6(4)

・「ライプニッツと仏教と西田―窓のあるモナドロジー―」大西光弘 立命館文学 第625号

・「西田哲学における具体的一般者:ヘーゲルの具体的普遍と関連して」高坂史郎 一ツ橋研究6(4)

・「フッサールと西田幾多郎の「大正・昭和時代(1912-1945)」森村修  法政大学教養部『紀要』人文科学編通巻104号

・「サルトル曖昧な他者―西田幾多郎との比較」伊藤正博 大阪芸術大学紀要 『藝術28』

・「西田幾多郎の行為的直観―森田療法的アプローチからの分析」大谷孝行 富山国際大学 図書館第3巻

・「宗教経験における語りと沈黙:西田哲学における無の思索」田中裕 上智大学『哲学論集』第42号

・「西田哲学研究―絶対無の場所と個」宇野正三 広島大学応用倫理学プロジェクト研究センター第14回例会

・「自覚と無―西田幾多郎の絶対無の自覚をめぐって」氣田雅子 掲載元不明

・「場所的論理と宗教について―西田哲学宗教論の一考察」海辺忠治 掲載元不明

・「キリスト教と西田哲学:西田哲学における『不可逆』の在処」石井砂母亜 上智哲学誌、(19)

・「西田幾多郎の思想形成―ある家庭事情の深遠―」池田善昭 立命館人間科学研究所 第5号

・「存在の悲哀と無の慈しみ―自覚的経験から見た根本気分―」嶺秀樹 電子ジャーナル ハイデガー・フォーラム収録論文

・「日本的身体論の研究―『京都学派』を中心として」横山太郎 UTCPワークショップ2004-12-11

・「生命の哲学の構築に向けて(1):」基本概念、ベルクソン、ヨーナス」盛岡正博、居水正宏、吉本綾 人間科学2007,3,大阪府立大学)

・「『西田哲学』の心理と論理」西川富雄 立命館人間科学研究第5号

・「西田哲学と華厳思想―純粋経験・場所の論理と華厳の4種法界・三界唯心の比較検討」荒井正雄 哲学と教育(愛知教育大学哲学会)

・「生命の身体性と知識 ―後期西田哲学の新しい哲学体系の試み―」田中潤一 札幌大谷大学紀要第39号

・「西田幾多郎における個物概念の発生」ローラン・ステリン 第35回倫理創生研究会報告

・「自覚の事実とその展開 ──後期西田哲学における自覚の問題──」白井 雅人 国際哲学研究2号 東洋大学国際哲学研究センター

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

この小著は帝京短期大学こども教育通信課程の科目「生活とモラル」のテキストとして作成したものである。これまで使用していたテキストが事情は知らないが絶版になるということで、代わりに適当なものが見つからなかったので急きょ書き上げたものである。

この科目の目的は日本的な生き方を学修するというところにあり、近年その関係の書籍は多く出版されるようになったが、その意図に合う書籍を見つけることはなかなか難しく、止む無くこれまで考えてきたものをまとめることにした。

書き上げてみると果たしてそのニーズにかなうものかどうか不安なところもある。これから検討したい課題が山積みである。しかしながら日本的倫理性として掲げた趣旨は、一応は表現できていると思う。

次にこの小著の狙いは、日本的倫理性についての思考実験である。著者の思考過程を記述したもので、各個人においてはそのプロセスを観察し、自らの倫理性に対比し、それを表現していただきたい。とりわけ第1章から第4章は欧米的考え方と対比するもので思い当る節もあるかと考える。第5章は西田哲学をそれら欧米的思考と対比して、日本的倫理性の特徴を示そうと努めている。

込み入った内容を記述しているところもあるが、大筋を捉えて日本的倫理性について自らの見解をまとめる一助にしていただきたい。

平成27年3月14日

上 憲治


日本的倫理性 9 第7章 ソクラテスに学ぶもの

2019年07月16日 | 日本の原体験

7章 ソクラテスに学ぶもの

 

第1節 古代ギリシャア精神に見る「死」と「不死」

孔子が「未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」(「論語」孔子)と言ったように、「死」は不可解な問題である。しかし、にも関わらず、実際に身近の大切な人を失ったような経験をした人にとっては「死」は驚愕であり、愛しい人を失った衝撃は耐え難く、彼等の悲しみは癒えることがない。失った人を懐かしみ、呼びかけ、ついにはかの世界で生きていると信じ、祭ることで悲しみを癒そうとする。こうして残された者達にとっては、死者は死後もその世界で暮らしているのだと思われてしまうのである。しかし、一方では、自分にもまたそのような「死」が来るということを知る時、それまでの日常的関心事は覆され、人生観は揺れ動いて落ち着かなくなる。しかし私達にはなんとなく一つの期待があり、今までもそれほどに悪い結果で終わったことがなかったのだから、死もまたきっとそれ程悪いものではなく、死後もまだまだ先は続いて生きて行けると思い込んだりしているのである。

 しかし果してそうであろうか。私達は死に対して寛容を要求し、それで安心していないだろうか。死に対面した時の驚愕は死が如何に私達の期待に反したものであるかを暗示しているのではなかろうか。一度私に死のドラマがおきた時には私はもはや何ものでもなくなってしまう。もちろん私であることもないし、霊であることもなく、死者でさえない。もはや私の死後ということにも関わりない。それらはみな残された生者にのみ関わる事でしかない。私の死後というのは残された者にとっての私の死後であり、死者には死後は在り得ようはずがなく、万一在るとするなら、それは別の意味ではまだ生き続けていると考えるしか他ないのである。さらに死のドラマの先は、こうして死について思いを及ぼすことさえも関わりのないことであり、死それ自身さえも問題にならないのである。ただ生きている時にのみ問題になるのである。私達は、死を、死後の世界というものがあって、そこで、継続するわけではない。私達は完全に何ものでもなくなって、ただ土になって、そこらの塵芥に混入して、失せ、もはや土でも塵芥でさえもなくなるのである。

このように人は「死」に到らねばならないのであるが、一方では決して、このような「死」を認め切れなくて、「不死」を期待していたり、求めたり、信じたり、つくり出したりしているのである。一体、「死」と「不死」のどちらなのであろうか。こうした問題に関する対立的な立場を古代ギリシアのイオニア精神とイタリア精神との間にみて以下に推考してみたい。

 タレスをはじめとするイオニア哲学者達にとって、全てのものは生成、変化、消滅を免れ得ないものであった。タレスの「汝自身を知れ」は、人が死すべきものであり、とるにたらぬものでしかない、ということを自覚するように促していると思われる。タレスの水は生成、変化、消滅の主体者を探求するということを提示したものと思われるが、この水は神性を帯びているという意味では、神のみが永遠であるということを示しているのであり、従って一方では、人は、永遠なるものの生成という現象でありながらも、その永遠の中に消滅してしまわなければならない、有限の死すべき身であることを示し、それを受容した生き方をするよう人に説いているように思われる。人の生は水に汎化され、水の生成過程でしかなく、その意味で無きに等しいものでしかない。水だけが有り、人はとるにたらぬものでしかない。こうして人は自然の生成消滅の過程の中で初めて人であり得るのであって、それは自然と同化したものである。そこではまだ自己の自覚は弱いもののように思われる。即ち、人は死すべき身であると言われながらも、人ではない不死なる自然に同化することで、不死なる自然の側のものと思われるのである。その意味で人はまだ自然から独立、分離していないのである。死の意識は人としての自我意識に比例して強まったように思われる。イオニアでは、人は、元は水や空気であり、人である今も水や空気であり、人でなくなっても水や空気であり、その水や空気として生きるのであるから、死すべき、断片でしかない人にこだわらず、人でなくなることに抗いさえしなければ、死への悲嘆もないもののように思われる。ここではこのように不死なるものとの同化が一つの共同意識になっているように思われる。それ故にエレア派からの、有と無との混同に対する抗議に対して、彼等の生成と消滅の説明を、有なる原始の結合と分離という説明に移行し得たのである。そこでは依然として永遠に変化し続ける自然との同化が個々の変化よりも主となっているのである。まだ人は永遠であることや、永遠者を捕まえることも、また永遠者から独立することも望んではいなかった。

 一方、イタリアではピタゴラスやエレアのパルメニデス等によって別の関心が育って来ていた。彼等が掲げた原理は思考の整合性という問題であり、イオニア的共同意識と対抗している。永遠者はイオニア的自然に在るのではなく、「非有では無いもの」という定義によるところにあるのである。かくしてエレアのゼノソはイオニア的永遠者を全て非有なるものとして論駁してしまう。その結果有は論理的整合性に裏付けられたメタフイジカなものとなってしまうのである。そこでは永遠者は自然から消えてしまって、思惟の世界でしか存在し得なくなっているのである。このイタリア的原理の特徴は無矛盾性という、人間思惟の側のもの、人間思惟が関わり理解し立証するという意味で、人間の側ものを優先させているということである。イオニア原理においては最優先されている自然、即ち、死すべき部分に拘泥せず、捨象して、生成、変化、消滅の主体者である自然に同化して、埋没して行こうという態度に対して、イタリアでは思惟という人間行為によって、人間を永遠者へと近付けようとしている態度が窮えるように見受けられる。永遠者は人の思惟によって捉えられ、思惟はまた存在と同一であるのだから、人の思惟に永遠性が期せられているように思われるのである。それは不死への探求の始まりとでも思われる態度である。自己を死すべきものとして、虚しく自然に同化して行こうとするイオニア的方向とは逆に、自然を非有として、自らを不死なるものとしようという方向が、そこでは対立しているように思われる。

 こうした二つの立場に対してソクラテス(B.C.470-B.C.399)が示したことは、イオニアの自然の現象にたいして、エレアの人間の側の概念を近付けて、一致を見ようというものであった。しかしソクラテスにおいてはこの問題は、人間の無知によって、決して一致を見得ないものであった。それが人間の側の無知によっているという意味では、ソクラテスにはイオニア的な姿勢が受け継がれているように思われる。

我々はいったいこのいずれの原理にしたがうべきであろうか。「死」であろうか、「不死」であろうか。現代の我々のこの問題に関する観念はヨーロッパ・ルネッサンスのライン上にあり、それはエレア的人間主義にと遡れるものと思われるが、ここでは我々は理性主義的立場をとる。個々人には理性があり、理性は神の心にも届き、永遠で神性なるものであり、それ故に個々人は尊厳であることになっている。しかし我々はみな理性を所持しているのだろうか。理性に目覚めているだろうか。理性は神に届いているのであろうか。理性を開示することが出来るのであろうか。その方法を確立できているのであろうか。そしてソクラテスの訴えた「無知の知」は現代の我々の態度に対して全く別の方向を示しているように思われる。しかし私達の文化、歴史、生活、真理、外、美、意義、愛等々を省みると、そうした素晴らしい一人一人が虚しいものでしかないということも容易には納得しにくいようにも思われる。

 只、死ということによって私達は私達の頭の中だけの世界から自然というリアルな世界に引きずり出されるのである。死について考えさせられることで、私達は自分の何たるかをかいまみる気がするのである。それ故に私達は自分が尊厳であると思えたり、あるいは逆にそれ故に塵芥に等しいとしか思えなかったりするような問題だと思われる。

 

第2節 ソクラテスの「無知の知」から与えられるもの

マスコミ上、体罰やいじめ、自殺等の教育問題が次々と取り上げられて久しいが、なかなか安堵を得る状況にならないままである。こうした事態の原因のIつとして考えられるのは、熱心に教育改革や指導に取り組まれている部分があるにも拘わらず、一方では今日の教育上の諸問題が問題状況であるとして十分に捉えられていなかったり、あるいは解決のための規準についてなかなか関係者の協力し合える体制にならなかったりするようなところにあるように思える。極端な場合には、そうした問題状況も子供達にとって有効な教育的拭練となるのだから、そんなに危惧することもないという態度かとられたりするわけである。一方全員が協力し合うというような体制へのアレルギーもあったりして、学校だけでなくあらゆる場面で様々な生き方や価値に接し、多様な人間性を理解し、豊かな人格を身につけられるように教育環境を準備するのが望ましい、という考えから、自由に放任し、一致協力等という体制をとらない方が望ましい、という考え方もあるわけである。従って学校と社会、教師と親、夫と妻、教師と教師の間に一致した指導というものが得ることが難しく、曖昧な方針のままでいるうちに子供達だけはどんどん年をとって成長してしまうのである。その上そうした教育目的上の曖昧さそのものさえも、望ましいとまでは言わなくとも、止むを得ない教育環境として容認されたりするのである。即ち問題状況そのものが否定されさえするような、あるいは否定されないまでも、問題解決への意欲や努力に水が差されるような時代性がみられるのである。この状況は長い歴史的経緯を持つもので、正しく一つの時代性ということができると思われる。そしてもしこの指摘が的はずれでないなら、マックス・ピカートの言う「アトム化の時代」はこの時代性をよく説明しているように思われる(「騒音とアトム化の世界」M・ピカート みすず書房 訳佐野利勝)。

 M・ピカートの言うアトム化の状況とは、中心を喪失した、彼の言葉では神が沈黙したところに発生してしまった、社会的・人間的に非連続で分断された状況である。そこには中心を喪失して、無秩序・無法則・無目的に浮遊するアトムが現象するだけである。アトムとは他から分断された個人、時間的に分断された意識等の状況を象徴するものである。我々個々人や我々の人格もそうした非連続で非時間的なアトムと化してしまっているのである。中心が無ければ真理規準はなく、個人の気まぐれによって真理が判定されるしかなく、政治政策も時々の力関係によって移ろう以外に決定手段はなく、道徳も中心の喪失によって善悪の規準を無くしているのだからもはや色褪せてしまい機能せず、教育目的は失われ、目標も個々人により、時によって移ろい、次の瞬間には相反するものに変わっていたりするのである。即ち強者生存と隣人愛が同時に教えられ、何の疑問もなく実行されているのである。以上のピカートの時代分析が正しいなら、我々は今日の教育の問題状況を改革できるどころか、それが問題状況なのだということをキチンと把えるということさえあやぶまれて来るのである。それに対するビカートの指針は「アトム化の世界に絶縁せず、――アトム化の世界の只中に踏止まろうと努め、――孤絶の状況を最大限にわが身に背負わねばならない――。その時我々はあたかも世界の発端に立たされたかの如くである。――その時個々のものから――ふたたび全的なものが生じ得るのである(前掲著 167頁)、

というものである。即ちアトム化されて中心のない粉みじんの世界に単独者として立つということである。当面の我々のテーマに関して、教育問題に一人たりといえども取り組み続け、回避しないということである。さらに我々にとっての教育目的もそうした単独者となるというところに置かれるということになる。従ってここでは中心は復活されてはいなく、その代用品としての単独者が主張されているだけなのである。即ち神の沈黙によって発生したアトム化の状況を単独者として把え直すことで抜け出ようというものなのである。一体この指針はどんな新しい方向を示し得ているのであろうか。神が沈黙した時から人は単独者となるべく運命づけられたのではなく、人が単独者となろうとしたので神は沈黙したのではなかったろうか(前掲著 P.164)。従ってアトム化をもたらした当の原因である単独者となるということが果してアトム化を脱出する方法となるのであろうか。

 こうした単独者への道は中心を喪失した、あるいは否定したことで自己を尺度化しよう としたあのソフィスト達の企てにどこか似ていないであろうか。ここで私がみてみたいのは、こうした意味でアトム化の状況と近似する古代ギリシアの、ソフィスト達が横行した 社会に贈られたソクラテスの訴えたことである。その「無知の知」は我々の時代には有効であろうか、というよく取り上げられる問題である。

 当時のソフィスト達の立場は人間や個人を尺度化しようというものである。その活動は

そうした中心喪失状況に当然現象する対立論争に勝利を占め得るための論争術の教授であった。即ち教えることのできる徳を身につけた市民の育成であった。徳とはより優位な尺度、即ち他人を言い負かす知識を習得することであった。あるいは「状況に最もよく適合する言説を、あるいは公共の利益に最もよく合致すると彼に思われる決定を見つけ出す」技術の習得であった(「ギリシア哲学」ジャン・ポール・デューモン クセジュ文庫 有田潤訳 P.48)。彼らは哲学に相対性のカテゴリーを導入したわけであるが、従ってどうしても一致できないケースが発生することになると思われる。そうした状況にむけてこそソクラテスの訴えがなされたのである(「キェルケゴール著作集21」s・キェルケゴール 白水杜 P.85)。

 彼の「無知の知」は経験的な意昧での無知ではなく、哲学的な意昧での無知であったのであり(上掲著P.31)、「人は何者であり」「何をなすべきか」という間の普遍的な答は人知の及ばぬところであるということを神託によって裏付けられたものであった。従ってソクラテスが言おうとしたことは、中心を喪失した時代状況の中では、単独者となろうとか、自らを尺度化しようとかというものではなく、徹底した人間の限界の認知ということだけであり、それ以外のものではなかったのである。「無知の知」の普遍性の補償さえ人間自らによっては得られず、神託に頼らなければならない、ということも加えられると、人間の無知は二重の意味で主張されていると考えられるのである。それは徹底しており、「無限的かつ絶対的な否定性(前掲著p.295)であり、「すべてを無知の無の中へ突き落す(前掲著P.71」ものであった。従って人間を尺度化しようというソフィスト達や今日のアトム化の中で単独者として生きるということは無知という人間本質からすれば造反していることになるのである。ソクラテスの「無知の知」はそうしたソフィストの状況や今日のアトム化の状況へのイロニーであり、そこで行なわれる尺度化や単独化を一切否定するものであった(前掲著P.99)。それらは、言わば人間の傲慢であって、自らを中心化しようとする、あるいはするしかないと思っているものであり、そこでは多様な主張が同等に自我を主張して譲らない状況となり、従って問題状況そのものが的確に捉えられない状況となるのである。これは今日の我々の人為的で、時には矛盾し会う、多様な教育目標への反省を遣るものであろう。個人の権利の主張、個性の伸張、等々という考え方は多分に単独者的・自己尺度的ソフィスト的に捉えられていないであろうか。そこにはソクラテス的な弱小な人間観はない。人は強い考える葦なのである。人間もしくは個人は偉大化しようとし、あるいは偉大なるものと錯覚したり、その素振をしたりするのは、ソクラテスが試問した賢人達のようである。彼等からは敬虔さや謙虚さは失われ、強者生存の原理が人生観を占め、いじめも罪悪感を伴わない、あるいは打ち消されてしまっているのである。

 しかしソクラテスの「無知の知」の問題点は「無知そのもの、無知の根源などを――無規定のままに放ってあるところにある(前掲著P.126)と言われる如く、その徹底的な否定性はその先に深淵を臨ませるだけで、我々を立ち止まらせるだけであり、「たった一日でもソクラテス的な無知のうちに生きることに耐えられる人が、どんな時代にも一体幾人いるであろうか(前掲著P.126)と言われるように先の見えないところがあるように思われるかもしれない。従って我々の時代にソクラテスの訴えが何処まで有効であろうかという疑問がわくかもしれない。しかしこの疑問は二つの点で弱められるだろうと思う。一つはソクラテス’の「無知の知」が現代に欠けている人間のどうしようもない弱さや無力さをうながしている(「哲学入門」 講談社学術文庫 田中美知太郎 P.286)という意味で我々に反省すべきものを与えているのではなかろうか、という点である。もう一点はこうした弱小な面にこそ人間の積極的な生き方がある、ということを示すものとなるように思えるという点である。即ち彼の「無知の知」は人間の生き方にとって一つの弁証法的な契機となるものではなかろうかということである。それは前述のように二重の意味でも主張されるが故に、神のテコ入れによる転換ではあるが、その故にこそ人間の新しい生き方が止揚されているものと思われるのである。そうした意味では中心を喪失した無知なる人間ソクラテスが、「無知の知」を契機として、以前と同様に無知ではあるが、それ故にこそ、遂に今度は無知を根拠として中心を回復した人間として生まれ変わったのではなかろうか、と思われるのである。それは神への畏敬としてソクラテスの心を占領したのではなかろうか(「キルケゴール全集11」P.143)。

我々に無知という事実があり、その事実は今日も明日もその先もずーっと続くかもしれないが、一方何時か止むかもしれない、という曖昧な無知の認識が、神的な絶対性によって覚悟された時、その事実は新しい生き方を指示したのである。

 しかしこのソクラテスの覚悟は決して単独者や尺度化した自己が要求するような主観的な覚悟とは考えられないのである。というのは、彼は神託やダイモンによってその覚悟に到ったのであり、そこにおいては、主観性は完成されてはおらず(前掲著P. 24)、むしろ客観的精神の陣痛である(前掲著「あとがき 飯島宗享」P.295))と云われる如く、その覚悟さえもが中心に負うて、支えられているからである。それ故にソクラテスは「各個人に彼が持っていたと同じ神的招命を確信させよという神的招命(前掲著P. 37)に従い、「ただひたすらに神に奉仕していっそう偉大な無知を追求する(前掲著P.189)のである。そこにみられる二重のイロニーがこうした事情を明らかに示して呉れる。即ち、第一にはその時代が主体性を建立しょうとしていることに対するイロニーであり、第二には主体性を放棄することで逆に主体性が返えされて来るというイロニーである。このうち後者のイロニーは返えされた主体性がそれ故に再び神の前に捧げられそして返えされるという無限のやり取りが続けられ、最後の死によって返えされるが、ソクラテスにおいては、それは同時に主体性が確立されるということとなっているのである。ここに行なわれた転換は「人は何物で何をなすべきか」という問からダイモン信仰とエロスヘの転換ということではなかろうか(前掲著P.21、P.86)。それらは常に自らの微小さを前提として中心に向けられている畏敬となっているものである。そしてこの畏敬の中で絶えず主体性を返し続けることが人間の主体性を支えてくれるのであり、即ち「全体的な無知のうちにみずからの建徳を求め、みずからの敬虔さを表明する(前掲著P.42)かの如くに思えるのである。そしてこの主体性の獲得こそ単独者が切実に求めるものであるということこそソクラテスから現代に与えられた強列なイロニーであるように思える。

こうしてソクラテスの「無知の知」は積極的な意味で現代の我々にも生きる方向を示そうとしているように思える。それは単独者や尺度化した自己となる方向ではなく、自己や人間の徴小さを認知するところから発生する中心への敬虔であり、より高く美しく善なる完全なるものへのエロスなのである。

 

第3節 「生きる意味」の探究

「共に生きる」ということが今日的主題の1つとして取り上げられる時、そこで目的として追求されている人間の姿はどういうものであろうか。それをおぼろげにでも捉え得るように以下に考察してみたい。

  「共に生きる」ということを考えるに当って思い着くことは「生きる」ということである。「共に生きる」ということが人間の目的としての姿であるならば、それは人が 「生きる」ということとも本質的に繋っているものと思われる。そこで「生きる」ということへの考察を通して「共に生きる」という人間の姿を思い描くこともできるように思われるのである。

 この場合ここで人が「生きる」ということについての考察によって得ようとしている答は「生きる意味」についてのものである。この問題に歴史上最初に取り組んだのは古代ギリシアではソクラテスであったと言われている。当時のアテネでは自然学や形而上学的な傾向が中心であり、ソフィスト達には人間学的な立場が見られた。しかしソフィスト達は「生きる意味」を相対的にしか捉えず、結論的には「生きる意味」を否定することになってしまっていた。

一方同様に人間をテーマとしていたソクラテスは、「汝自身を知れ」という言葉によって、人が「生きる」ことの普遍的な意味を求め続けていた。これは、人は客観対象の意味の決定権を持っているとするソフィスト的立場に対して、ではその決定権を持つ主体者としての汝の意味はどうなるのか、と迫るイロニーであった。ソフィスト的立場では人の「生きる意味」も人が決定するしかないのであり、相対的なものでしかないことになるが、何ものかが有意味であるということは、究極的には普遍的な世界の中で有意味であるということではないだろうか。「私はこの子達にとって必要である」ということは、表面上は私とこの子達という相対関係で成立しているものではあるが、この関係自身が教育なりの普遍的な営みに基づくものであるから、そこで私の「生きる意味」という普遍性が発生するのではないかと思われる。そして「生きる意味」をもたらすこの普遍的な世界こそソクラテスが求め続けていたものと考えられ

ないだろうか。

 その探究の答としてソクラテスが得たものは「無知の知」であった。即ち「人は善美のことについては知ることができない」というものである。これを、人は「生きる意味」については知ることができない、と言い換えることができると思う。というのは善美のこととは価値問題のことであり、即ち、「生きる価値」ということ、「生きる意味」ということに関わることであると思われるからである。これは私達に大変な困惑を与える。というのはこう言われるにも関わらず私達は「生きる意味」を求めることを止めることができないからである。「生きる」ということは必ず意味を求めてのものであり、「よく生きよう」とすることを止めることはできない。その意味で「生きる」ことは何か一つの制御できない意志ででもあるかの如くに思われる。

 しかしソクラテスの「無知の知」は決してこうしたジレンマを残して終わっているものではない。この「無知の自覚」は人知の限界を示すものであり、その意味では人間自身による「生きる意味」の獲得を否定したものではあるが、普遍的な意味での人間の「生きる意味」を否定したものではないと思われる。従って表面上は否定されたかの如くに見える「生きる意味」の問題は別の世界、ソクラテスの回心と言われることによって出現した世界では、弁証法的に新しい世界を展開するように思われる。その契機は当初は二つのことのように見える。即ち、人知の限界によって示されることは、一つにはそれにも関わらず残されている、何か意志の如くでもある、「生きる意味」への渇望という人間の側の事情であり、もう一つは人知の限界を示した神託の主体者=神の存在の認知とそれへの関心の高まりである。

 第一の契機はただそれだけの故にソクラテスが最高の知恵者とされたことである。即ち、「無知の自覚」が字義通りにただ「無知」を「自覚」するということだけなら他の賢者達にもそうした人物がいても不思議はないように思われる。むしろこの自覚は単にこうした事実認識なのではなく、「生きる意味」への熱情的な探究心の自覚という態度発見なのではないだろうか。同じ無知の状態にありながらソクラテスの場合は「生きる意味」への探究心が強く、この一点だけが他の人達と違っていたのではなかろうか。しかし実はこの一点は大変に大きな一点であり、その故に神託はソクラテスを最高の知恵者だと言った一点ではなかろうか。知ることができないにも関わらずなおまだ探究心だけが取り残されているのはどういうことであろうか。実はその探究心が探究しているものが見当違いのものだったのではないだろうか。人間の限界を見たのはこの見当違いを知ったところにあるのではなかろうか。この時「生きる意味」の探究の真に求めるものが現われたのではなかろうか。それはソフィスト的な人工の「生きる意味」の作成ではなく、何か神的なものではなかろうか。即ち「無知の自覚」の根底にあるものは神に向かおうとする強靭な意志であり、それは善や美を求めて倦むことのないエロスであるという意味で、神への諦きらめることを知らないラブコール(愛の運動)ではないだろうか。そしてそうした人間にこそ神は人間としての最高の姿を見るというのがあの神託の意図のようにも思われるのである。

 第二の契機は、既に第一の契機に合流させられて述べられているが、第一の契機の不分明な、方向の定まらない、単なる渇望の自覚に、はっきりとした方向性を与える契機のように思われる。即ち人間の限界の認知によってその後から現出して来るものは、かく言明した神託の主体者である。「生きる意味」の探究についての人知の限界という絶望は、残された渇望を浮き彫りにしたのではないかと言ったが、第二の契機はこの渇望が真に求めているものを指示することになったのではないかと思われる。神のみが善であり美であるという発見は、人間的な力による「生きる意味」の獲得を、神への善美の憧れの中に押し流して解消してしまうのではなかろうか。こうして第一の倦むことのない強靭な愛の運動は第二の神への方向性を得て合流することになるように思われる。

 以上のソクラテスによってみた「生きる」ということを、「共に生きる」ということに受け取り直すと、それを回心後のソクラテスの生き方から知ることができるように思える。人知から神への愛へと説くソクラテスの立場はソフィスト的な相対的意味世界に対してのものであった。ソフィストの立場では各自が意味の主体者であり、それら各自の意味は無連関に飛び出してバラバラであり、「共に生きる」共通のベースが成立しないのである。ソクラテスはそうした共通のベースを提示しようとしていたかのようにも思われる。しかしそのベースは決して盲目的で権力的なものであったとは思われない。ソクラテスはあの神託を一方的に鵜呑にしたわけではなく、疑い、反証を試みているのである。彼は自由人であったのである。神に対しても主体的に対しているところに、ソクラテス的な「生きる」姿がみられるとも思われる。それは意志者であるという意味の主体者ではなかったろうか。愛ということでこそ人間は主体者であり、この意味では神に対しても自由であるということになるのではないだろうか。しかし逆の意味でも、即ち自力で悟ったのではないという意味ででも、ソクラテスは権力的ではなかった。というのは、それは神託によって促えられた境地だからででもある。

 

第4節 ソクラテスから学ぶもの

ソクラテスの無知の知から学ぶものは知によっては道を達成できないというものである。無知の地平の先に求める世界があるということをソクラテスは絶望的に悟ったのである。この絶望ということについてはキルケゴールが示しているところである。この点を以下に述べる

 ソクラテスが「徳は知なり」と言い、「無知の知」に到達したのは人間の生きる道を探求してのものであった。彼にとっての最大の問題は人間存在の有意味性の獲得であったと思われる。また人がその故に優れた存在となりうる徳はその知恵であった。しかしここには一種のジレンマがある。というのは人が人たる優れた特性は知であるといいながら、結果的には人は無知を悟るしかないというというものであれば、人は優れたものにはなれないということになるからである。

 このソクラテスの知は彼が概念哲学の祖であるといわれながらも、一方ではその限界を示しているように思われる。なぜなら彼の問答法は、概念を探求しながらも、結局は問答しあっている者同士がお互いに無知を自覚するための手段でしかないからである。概念は人間の手の届かない神の領域に属するもののようで、人は知の望みを果たすことができないというのである。だから彼によれば、認識はわれわれの魂の空腹をみたしてはくれないというのであろうか。それは認識の本質的な限界を示していると思われるのである。

 無神論者はいかなる神の存在証明をも拒否することができるであろう。なぜなら知は本質的に個人的なものであるからだ。彼にとって目前にいかなる奇跡が起ころうともただの幻覚でしかないし、どんな確信もただの独断以上のものにはならないのである。しかし同様なことが有神論者にも言える。たとえ彼が神を見、神と語り、神に使えても、果たしてそれは自分だけの白昼夢に過ぎないのではなかろうかという疑いは消せないのである。自分の異常な心理現象、あるいは体質の性ではなかろうかと疑われるのである。この彼の迷いを誰もどうしようもないのである。

 知はキルケゴールがヘーゲルに向かって言ったように、人間の存在価値をなんら高めてくれなのである。大いなる神、真理、そして世界について知っても、その後も私たちは少しも変われず、相変わらず愚劣で貧弱であり続けるしかないのである。したがって私たちは単に認識によってはその存在意義を高めることはできないのである。その意味で私たちは知識主義の過ちに陥っているところがあるように思える。「徳は教えうるか」という問題に対してソクラテスが挑んだのは産婆術であったが、それは、結局は知の否定であり、知識主義を超えようとする先駆であったと思われる。

知の克服

ソクラテスの無知の知はこうした地の限界の極限に立とうとするものである。この知の最果ての先は果てしない異世界である。そこでソクラテスが生きたのは完全なる存在への憧れであるエロスとダイモンへの信仰と献身である。いわば知の道から愛の道、信の道へと歩み、自己存在の意味を得たかのように思われる。その意味では彼の「無知の知」は人間の位置づけの基盤を探す手段であったのである。受精卵が子宮の壁に着床して育っていくように、人がその着床場所を探し求めるまでのプロセスのようである。知識主義の過ちとは、この着床に逆行する、知識偏重のことである。

 人がいかに自然と共にあるかということをいくら論理立てて説明して、理解しても、それだけでは決して私たちは自然と共にあることは出来ないのである。それは自然と共にある生き方、すなわち自然に着床することによらねば培われないのである。ソクラテスの求めるところによれば人がその存在の意義を得るのは、神の世界に着床することによるのである。

 知そのものは人間の側のもの、すなわちエゴ的であるように思われる。ハイデガーが言う思惟は神のがわのものであるかもしれないが、それでも人の手に落ちた瞬間からもう神のものとはいえないものである。人の人たる限界はこうしたところに発生するのではなかろうか。


日本的倫理性 8 第6章 「英国直観主義と功利主義」の問題

2019年07月16日 | 日本の原体験

第6章 「英国直観主義と功利主義」の問題

 私は、西田哲学も求道の道だと思っている。それは一人深い渓谷や孤高の尾根道を行くようなものだとイメージしている。その道を私は個人倫理と言っている。そこでの世界を記述し、人に伝えようということは極めて難解である。一つには道を歩み、道を得ること、二つにはそれを表現すること、三つにはそれを伝えること、以上の難しさがある。それらは一人の道である。もちろん彼を産んでくれた人、彼の生活を世話する人、彼に導きを与える人、彼を愛で支える人、等がいるので彼は全く孤独であるとは言えない。しかし求道の道はそうした御蔭に恵まれながらも個人の道なのである。誰もその中に立ち入ることはできない。それを個人倫理と言う。しかしその孤高の世界は欧米個人主義とは違う世界である。

 その道は西田だけが歩んだ道ではない。日本人はみなこの道を志、この道を歩んでいるものと思う。少なくともそれを分かり、その尊さが直観できる人達だと思う。次の第1節冒頭で学習指導要領(道徳)を持ち出しているのはそこにこの個人倫理が日本的倫理性として位置付けられていると思えるからである。

 ところで、私は倫理問題には個人倫理と社会倫理の2面性があると考える。この2つの倫理は相容れないもののように歴史的にお互いにその立場を主張し続けている。その現象は英国では直観主義と功利主義に表れている。ここではこの2者を念頭に置きながら、個人倫理を考えていきたい。と言うのは西田哲学の求道の道は、つまり個人倫理として日本的倫理性を代表するものであり、意義があるかどいうかということではなく、我々の倫理性がそこにあるということは動かしがたいことであり、そのように我々はあり、諍えないところであるからである。

ところがこの自分の求道の道は利己主義でしかないのではないかという問題が出てくる。この問題は以下に論ずる直観主義と功利主義の妙な絡み合いを見せる。直観主義は個人の直観に根拠を置く理想主義である。一方功利主義は社会の幸福を中心に置く社会主義であり(コミュニズムではない)、社会全体の幸福をテーマとし、直観主義の個人主義に対する。しかし功利主義には個人主義の問題もある。功利主義の原理「最大多数の最大幸福」のベースは個人の「幸福」である。そして幸福の追求は個人のエゴイズムの問題でもある。そこで直観主義が個人倫理の問題であり、功利主義は個人倫理ではないとは言えないのである。こうしたことを踏まえて、いろんな意味でエゴイズムを諮問し、我々の倫理性を考えてみたい。

 

第1節 個人倫理と社会倫理

 「日本の学習指導要領 道徳」では内容は次のように4つに大別されている。

1 主として自分自身に関すること

2 主として他の人とのかかわりに関すること

3 主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること

4 主として集団や社会とのかかわりに関すること

その1は自分個人に関することであり、2は他の人とのかかわりに関することである。それぞれの内容については、1には5つの説明があり、2には6つの説明がある。それらの説明からは多くの道徳的価値が見いだせる。しかしこれらの道徳的価値が1に含まれているものは自分自身に関することであり、2に含まれているものは他の人に関するものであるかといえば必ずしもそうとは言えない。例えば1-(1)に掲載されている「望ましい生活習慣」は、それらが個人の行為の現象であるから自分に関することと言われるのであるが、同時に家庭や学校、社会などの場面で展開されているのであるから社会的なものでもあると言える。また例えば2-(2)の「人間愛」は他の人に向けられるものであると同時に自分の気持ちの持ち方であるから自分の問題でもある。

 そこで1と2は自分の領域で捉えるか他の人の領域で捉えるかという捉え方の問題として一応受け止めたものと考えることにしたい。従って自分自身に関することは他の人とは無関係であるということにはならなく、他の人に関することも自分自身には一切関係していないということではない。

 また1の個人倫理の問題は3の「自然や崇高なものとのかかわりに関すること」に、2は4の「集団や社会とのかかわりに関すること」にそれぞれ延長していると言える。

 このように、「学習指導要領 道徳」が自分と他人に関することに着目したことは大変意義深いことである。ただ自分と他人との区分けはタイトル通りにはなっていない点は気になるところである。つまり区分けの原理が不透明な点が気になるところである。この不透明性を検討することは倫理・道徳問題の大きなポイントになると思われる。

個人倫理ということには曖昧な面がある。例えば倫理は、結局は個人が受け止める問題であり、社会的な規則や共通の在り方などということになると倫理とは言えないという受け止めや、逆に倫理とはそもそも社会的なものであり個人に限る倫理ということはあり得ないという主張などがある。そうした不分明が学習指導要領にも表れていると言える。そこでまず個人倫理について私の考えるところを検討しておきたい。

1)個人倫理と利己主義

 志賀大学の安彦一恵氏の、「個人倫理に対して社会倫理や公共倫理が対比される。この対比において倫理とはどういう位置にあるのだろうか。プラトンやソクラテスにおいては魂の利益を求めるのが「倫理」であるが、これは公共倫理の観点からすれば本質的に個人倫理でしかありえない。それは自分自身の魂を良くしようとすることで一種の利己主義だと言うことができる。」(筆者要約)(いかなる倫理が「私」を超えうるのか――公共性と倫理――「DIALOGICA 第8号2005年」滋賀大学教育学部倫理学・哲学研究室)という主張では個人倫理は利己主義と受け止められている。

 しかし私は、個人倫理は利己主義と基本的な領域を分けていると考える。利己主義は他とのかかわりの中で言われる倫理的態度である。個人倫理的姿勢が他とのかかわりの中で利己主義と共通するならその場合は利己主義であると言えるであろうが、それでもカテゴリー的には別領域の概念である。

利己主義問題は公共倫理(社会倫理)の中での他者などとの関係上の心理的現象である。個人倫理は社会倫理とは関係しないで、自己を高めることを目的とする倫理である。この点を見るために利己主義について見てみたい。

2)利己主義

私は先に道徳的価値「望ましい生活習慣」や「人間愛」が自分に関することでもあり人とのかかわり関することでもあるといっているが、この自分に関することとした場合は利己主義と考えられ、人とのかかわりに関することとした場合は公共倫理的であると分断することは難しい。たとえ自分に関することであってもその当該の道徳的価値は同時に他人とのかかわりに貢献するものであれば自分だけを利するものではないからである。

学習指導要領(道徳)の「1 主として自分自身に関すること」の視点は個人倫理を扱うものと思われる。「2 主として他の人とのかかわりに関すること」の視点と影響関係にあるが、論理的には分けられることである。一方、利己主義は視点1が視点2と影響し合う場面で発生する問題である。利己主義と個人倫理は混濁しているのが現状であり、以下の諸問題もこの混乱を免れない。そこでできるだけこの混乱を整理しながら利己主義について述べる。

① ボランティアは利己主義であるか:利己主義は私達においては道徳的なブレーキを招く。ボランティア活動をしている時に「結局は自己満足のための行為である。」と言われることがある。そうするとボランティアに没頭する意欲をそがれるようになる。観世音菩薩が衆生を救うまで悟りの世界に行かないというのも自分の満足のために他ならないということになる。芥川龍之介のカンダタ物語は本来悪人の救済にも囚われない境地にあるお釈迦様がカンダタの救済に気を奪われる短編である。芥川のお釈迦様は人間の救済に心を囚われる物語であるという意味でこれは芥川の限界を物語っているということになる。つまり芥川はお釈迦様に隠れた利己主義の要素を混入したのだということである。

別の理屈では、そもそも慈善行為は作為的で不自然であるからやらないというケースがあるが、その判断は自己利益に従っていると言える。つまり他人を利する行為は嫌いであるということではなく、「心から慈善行為をしようという気持ちがないのに慈善行為をするということは自分に不正直だ」という言い分であるが、要するに自分の心情を大切にしたいというエゴイズムであるということには変わらない。ボランティアを利己主義だと批判する利己主義者の詭弁的言いわけである。

ボランティアを行う利己主義の心理には、ⅰ他人からの賛辞を得たい。 ⅱ他人の救済=他人の不幸に痛める心を直したい。 ⅲ困窮者を見て見ぬふりをする罪悪感から逃れたい。ⅳ他人を救済することからの喜びを得たい。ⅴ自分の行動に一貫性を持ちたい。ⅵ道徳的価値を守りたい。ⅶ正義や善を実践したい。ⅷ教義に沿って生きたい。ⅸ自己利害になることをしたくない。ⅹ他人の利益になることをしたい、等々があり、利己主義から逃れ得ない限界を示しているといえる。

①    死は利己主義を排除するか:利己的でない状況は死を連想させる。死ということはこ

の世への興味を失っていくということである。また死に向かう肉体の衰えへの関心も失っていくということである。つまり自己利害への関心も希薄になっていくということである。しかし逆に我々はそんな死を恐れる。そんな死についての我々の不安と恐怖は実は死にまつわることに関する不安や恐怖である。ここには利己主義の希薄化と濃厚化とがある。

ⅰ先ず、死に先立つ身体の苦痛へのそれがある。身体の苦痛は生者の苦痛である。苦痛を感じていることは生きているということである。死体には苦痛はない。苦痛は自我の中心である自分の身体の苦痛である。そこは逃れえないエゴの世界である。死に臨む身体の苦痛は死への門である。その門は最もエゴから逃れ難い世界である。苦痛を苦痛と感じないことはできない。一方では、死の門を前にして我々は来るであろう苦痛に恐怖する。エゴはピークに達する。ただ苦痛に恐れを感じないということはあり得る。しかし生から解放されているなら。先人たちはそこを解決しようとして「心頭滅却すれば火もまた涼し」(恵林寺住職快川の偈)とした。但し身体の苦痛それ自身は個人倫理の問題であり、それをエゴイズムだとすることはできない。

ⅱ次に、苦痛には心の苦痛がある。

喪失:死に赴くものは生者の世界の一切のものを置いていかなければならない。肉親や財産、富・名誉・地位・名声などを失う。しかし死に行くとはこれらのものへの関心が薄く、弱くなっていくということである。肉体の感覚や認識への力が弱まると共にこれらへの認識は断続的で現実感を失っていく。真に悟りとは、自我を滅するところにあることになる。

死はこうした利己主義性を希薄にしていく過程である。利己主義とは自己意識そのものに由来している。菩薩行も自己利害に端を発しているというのは妥当である。自己意識の発生が利己主義の原点である。自己犠牲でさえ利己主義である。完璧な非利己主義というものは成立しない。その故に貴い善行も利己主義の非難を避けることはできない。

死はそうした利己主義を共に無の世界に連れ去って行く。しかし我々の利己主義は解決したわけではない。解決しないまま解答期限が尽きただけである。そのまま後継者に引き継がれていくのである。しかしここでの利己主義の分離は間違っている。我々はこれを利己主義とは考えない。これは個人倫理の問題である。個人倫理はこうした自我を滅し自己を脱却しようとするのである。

②    利己主義と欲求:我々は欲求を利己主義と混同する。上記①のように利己主義がブレ

ーキになるという受け止めをすることは、欲求に叶うことは利己主義であると受け止めることから来る。この混乱を整理すると、ⅰボランティアは動機的には他を利することを欲求している(他利の欲求)が、ⅱ他を利したいという欲求は、自己満足という自分を利したいという欲求から来ている(他利への自利の欲求)、という2つの欲求が混在しているものである、ということである。すると結局は自分を利することになり、自分を利することはしたくないということになる。

ⅲここには隠れた問題がある。それは欲求そのものの受け止めである。欲求そのものも利己主義(欲求=自利)と見なせば、上記のⅰもⅱも利己主義の範囲を逃れられない。ボランティア精神にはこうしたことが混在しているのである。総じて動機的観点から見ているのである

欲求は動機と言えるであろう。しかし欲求を持つことそのことが利己主義であるということは一種の詭弁である。かといって利己主義観は一掃されないであろう。人は動機(欲求)を持たないでは生きてはいない。我々の身体そのものが生きるという欲求の営みであろう。従って動機的には我々から利己主義感を一掃することは難しい。

しかし、利己主義と思っているのは個人倫理の問題と錯覚しているのである。スリップしているのである。このことに気付く必要がある。スリップの原因は欲求が他の人とのかかわりの場面で影響し合うことが多いからである。もちろん個人倫理の中心の一つはこの欲求の克服である。

③    「欲求しないという欲求」というジレンマ:上記ⅰ~ⅲでは、結局はスリップ状況で

は利己主義を逃れ得ないと受け止めるので、ⅳ欲求そのものを廃する(欲求抹消)ことを望む(欲求抹消の欲求)しかない。そうすると自己を利することを望まないということを望むというジレンマが自己の中で共存することになるのである。ⅴ極端には自己の欲求することをしたくない(欲求非欲求)という欲求へと発展する。これは無限後退になる。ⅵもっと極端には自分の欲求することを妨げたいという欲求(欲求逆欲求)へと発展する。このジレンマを逃れる必要やこの論理が間違っているということを検討する必要が何故あるのかという問題を抜きにはできない。このジレンマを逃れることは、自己の意志によって行為するという環境下では不可能である。これは近代ヒューマニズムの限界と言える。近代ヒューマニズムは自我が中心だからである。さらにこの問題は後述する功利主義の本質的な問題にと展開し英国直観主義での焦点的問題である。

④    自分を利さない結果への欲求

さらにここにはもう一点隠れている問題がある。結果的観点からの欲求の問題である。上記ⅲ以降の問題は動機的観点としてこれと併記される問題である。ⅶ非利己主義者は結果的にであっても自己を利することを好まない。「他利」や「他利への自利」、「欲求=自利」という動機面には関係なく、結果的に自利をもたらす、そしてもたらしたというようなこと(結果的自利)を良しとしない、という姿勢である。

自分を利さない結果への欲求:上記④の動機(動機的自利)に対する問題である。ここでは動機についての如何は問われない。動機には心理的情緒がある。予測ではない。この結果的自利は自覚している場合(自覚的結果的自利)と無自覚な場合(無自覚的結果的自利)がある。動機とはまた別に検討すべきである。つまり予測問題で、予測できるのか予測できないのか。さらに予測すべきであるのかどうか判明なのかどうか等々と極まっていく問題である。これは功利主義の「功利の原理(最大多数の最大幸福)」が政治的・法律的問題から倫理問題にと深まる問題である。また倫理問題が個人倫理から社会倫理へと応用されていく問題である。つまり結果について非利己主義者は結果的自利を拒否するということである。つまり

ⅶ結果が自分を利する結果にならないようにという欲求、である。

⑥ そうすると結果的自利になることを望まないという欲求についての命題が出現してく

る。ここでは欲求するという意味では動機的だが、それが結果的に自分を利することを拒否するということも含んでいるので結果論である。つまり結果に向けての動機である。

ⅷ結果が自分を利するようになることを欲求しないという欲求

である。

ⅶは結果に対する欲求で、ⅷは欲求に対する欲求であり、欲求対象が異なっている。後者は欲求を抱くことそのものを拒否する欲求であるという自己矛盾的な状況である。なぜなら「欲求」はそもそも自己を利することを目的とするからである。

「欲求」が、このジレンマを逃れる対策は自己以外の第三者からの強制による行為に寄れば回避出来ると考えられるかもしれない。例えばa.奴隷制における行為者の意志を無視した、あるいは逆行した強制行為や、b.絶対服従の信仰的行為、c.封建制社会における行為者の意志を排除した忠君の行為、等々がそれである。ここでは自分を利したくないことを他者によって強制されることをOKとする、つまりそれが自分の利となるということである。OKしなければそこには自己利益への欲求が発せられているということである。いずれも自己利益である。我々は自己利益主義から逃れられないことになる。その極限はカントの定言命法に関わる。d.自分の欲求からではなく道徳法則だから実施するというスタンスはこのジレンマから逃れるものであるように思われる。しかし上記いずれも、カントのこの立場でもこのジレンマから完全に逃れているとは言えない。つまり道徳法則に従うということも欲求の一つと言えなくはない。道徳法則の尊重とは一見すると欲求とは異なって見える。しかし尊重もまた好意的気持ちの強いものであり、欲求もまた好意的気持ちを前提としているものと言う意味で同類である。つまり自己利益から発していると言われても反論し難い。

⑦ 利己主義と(我?):上記④のⅰ~ⅶ結果が自分を利する結果にならないようにという

欲求は自分に「害となるとまでは求めないが、利となることがない結果」を求めるものである。しかしこの場合でも行為者はその環境下での行為を欲求するものであるなら、やはり決して利己主義を逃れているものではない。これは自分を「利したくない」ということを利とするという自己矛盾にあることである。つまり自分を利さないことが自分の利であるというのは矛盾である。と言うのは利さないことが自分を利することなのだから、自分を利さないことによって自分を利しているからである。従って利さないことと利することが同時に成り立つので矛盾することになる。

こうした矛盾的な展開は人間の考え方や行動を鈍らせる。これを「矛盾サイクルの幻惑」と言ってもよい。これは個人的にも社会学的にも解消しておかなければならない問題だと考える。この矛盾のトリックは利するものと利される自分との分離観から来る。自他不離の世界では利を受ける私はない。ここにあるのはデカルト的な西欧近代的自我観である。デカルト的「我」は、(我?)によって見直されるべきであることは第1章で述べてある通りである。そこでこうした利己主義観は公共倫理の問題としてではなく個人倫理の世界で克服されていくべきである。

⑧ 欲求するorしない場合:上記④や⑤は欲求するということを巡る問題であるがこれに

対する設定を検討する。欲求しないを欲求するのは行為者の内面現象である。内面の制御によって同じ道徳的テーマが欲求するものであったり欲求しないものであったりという具合に変わる。

たとえば、「私は自分の財産を貧しい人に寄付する」ということについて、ⅰ貧しい人への哀れみを満足させたいとか ⅱ善い評判を得たいとか ⅲ税制上の優遇を得たいとか という動機(欲求)が抱かれることがある。ⅳ更にカントの定言命法に従ってそれが道徳法則を尊重するが故に、ということも言える。尊重とは先に見たように欲求と同類で自己利害に関わるものである。これに反して「私は自分の財産を貧しい人に寄付する」というということについて a.欲求を持たないケースや、b.それに反する気持ちを持っている場合がある。

a.欲求を持たないケースはそれへの関心が全くないということであり、それにまつわる上記ⅰ~ⅳのどれにも関心がないというケースである。これには⑤に関わる内的に重要な問題が考えられたり、他方では単なる無自覚ということも考えられる。

b.「私は貧しい人に寄付する」に反する気持ちとは、ア.貧しい人への哀れみを否定する、あるいは憎む。イ.そうしたことで善い評判を得ることを良いとしない。ウ.税制上の不正とは言えないが正当性のためにその手段を良いとしない。エ.道徳法則を尊重するという欲求を否認する、などが考えられる。

⑨ 欲求しないことは可能か:人は欲求しないということに基づく行為をできるのであろうか? できるとすれば不可能性に基づく原理を堤唱できる。「あなたの善行は、結局はあなたの利害の気持ちから発しておりそれ故結局はエゴイズム以外の何ものでもない。」という詭弁的な善行への否定的ブレーキを解除することが可能である。このブレーキで私たちは結構社会的にマイナスを得てしまっているのであるから。

孔子は「七十にして心の欲するところに従えども矩を踰えず(のりをこえず)」と言い、欲求と道とが一致することを良しとした。これはカントの言い分と同じであるようだが少し違う。カントは道徳法則への敬意が先にあり。道徳法則にかなうことを欲求している。ここにはまず自我が先にある。孔子は欲求が先にあり、それが道に外れないというのは、欲求そのものが道となっているということである。従って欲求と道とは矛盾対立にはなく、西田流に言えば、孔子においては絶対矛盾の自己同一が実現しているのである。

孔子の「心の欲するところに従えども」は「心の欲するところのないところに従えども」と言い換えることができる。実はみずからは欲すところはないが、「欲する」が自らの欲求を先行するのである。「我々が長く孔子を愛するのはこうした境地を理解しているからであり、また目指しているからである。しかしそれが欧米的な自我主義と微妙に接触し、迷いを生じているのが我々の実情であり、それとは峻別して道を歩むことを可能としたいものである。つまり、ここには(我?)が働いているのである。こうした問題は個人倫理の問題であり、利己主義の問題ではない。ここに錯覚があり悲劇を生む原因になっていると言えるのである。

3)利己主義は逃れられるか

① 利己主義の彼岸へ:しかしそれでも私達は生きていく中で少しでも自己を利しようとする気持ちがあるとその行為を道徳的に肯定できないと感じるところがあるが、これはどうしてなのであろうか?その理由を知るため個人倫理と利己主義を峻別する必要がある。以下にその区別を試みながら叙述する。

欲求とは自己の生命やいのちの原点であり、自己存在を促進しようとする(我?)の領域である自己を超えた先験的な作用である。これは自然の働きである。従って欲求の原点は自己を超えた生でありそこから発生しているものであり、これは自己を凌駕しているものである。我々はそれを自己の認識の中で自己意識として受け止め、その行為を自己から発している行為として捉えているのである。利己主義への感覚は自然の生の営みの流れを自己のものとするところに発生する。従って利己主義の問題は認識問題として見直す必要がある。

自然の営みとしての行為を自我の営みとしてしまうのは認識媒体が自己の感覚や意識に置かれていると考えるところから発生する。つまり自分の身体や感覚や意識であるから、などというところに誤解が発生しているのである。

そもそも言語や言葉は身体表現が個人に起こっているので個人的なものと錯覚するのである。こうした自覚によれば自己利害とは無縁のところで行為することが可能である。この境地は自己を離れるという境地であり、自己の利にも害にも頓着することはなく、そもそも自己を離れている。

② 彼岸への欲求:しかしこの場合でもそうした境地がそもそも自己の利害にかなっているから成り立つのではないかという後退が起こり、道徳的な責めを負うことになるのではないか、と考えられる。

私達には純粋に欲求はない、むしろ拒否することを実行することは可能なのであろうか? そもそも人は何故自己を利することを恥としたり良いとしたりしないのであろうか? これは文化的な責任なのであろうか?仏教や儒教によって社会的有機的作用で刷り込まれているものであるだろうか。それとも人間本性に先験的に備わっているものであろうか?

③ 親の愛は利己的か:こどもの幸福を願う親の欲求は自分の幸福ではない。その意味で利己主義とはみなせない。この場合、親は自分の不幸をもってしても子の幸福を求める。しかし子の幸福が己の欲求であるということではやはり己の幸福であるから利己主義であるということは変わらないとも言える。自己犠牲が自分の欲求であるという点では似た見解があったが、その見解とは区別される。

しかし自分の幸せ以上に人の幸せを求めるという点では基本的には同じである。ここでは快楽を基準とするところに先に論じたエゴイズムの論点がぼやける原因があるのであり、欲求を重視するとか好感を持つとかに置き換えて論じるべきである。以上は個人倫理の問題で考えるべきである。

①    利己主義の区分:しかしこの④は利己主義問題で考えられるべきである。ホッブスの

リヴァイアサンの主張は、「人間は自然のままでは利己主義によって行動する。そのために法律が必要である。」という説であり、これは所謂性悪説である。ホッブス説では自然のままでは人間は自滅するしかないので規制が必要とされるのである。

この規制ということは人間の本性を制約するものであり、人間は基本的に自由奔放に生きられないことを意味する。そうでなければ人間は種としての絶滅あるいは争いや憎しみがはびこる不安社会という不幸な運命を背負っている。本能か規制かどちらかを選ぶしかないということになる。

このホッブスの見解に類するのが、人間は利己主義でのみ行為するという主張である。先に見たように、この主張を反論することは難しい。ただし人が利己的に行為するにはどの行為をも一律に考えることは正当ではない。他人を全く顧みない利己的行為と他人の幸福のために自己犠牲的に行為する行為とは、利己主義説から見ると同様に利己的行為であったとしても、区別されるべきであろう。そこでその区別を幾つか試みよう。

⑤気付かない利己主義のズレ:道徳のテーマの一つに、これは対人態度の方法と言えるが、またそれは道徳的主張の根拠ともなることであるが、人は自分の主張と考えていることとは別な原理によって動いているということがある。これは第1節2)③で述べたボランティアにおける(他利の欲求)と(他利への自利の欲求)という2つの欲求のズレなどが該当する。

この場合どちらがその人の道徳原理であろうか? 利己主義原理を主張する場合、自己犠牲は行為者にすれば自己利害とは受け止められない。しかし利己主義説者は自己犠牲も当人の自己犠牲の気持ちを満足させるという当人の自覚していないという利己主義の原理によって行為していると主張する。この葛藤については該当箇所ですでに述べたことであるが、そこでは欲求の抹消等ではこのジレンマは逃れ得ないという中間的結論であった。ここでは別な観点で見てみる。

①    心理と論理のズレ:ここにある原理のズレは、他人の幸福を願っているという心理と

それによる自己満足という自己利害の深層心理であるが、これらは同領域に並べられるものではないので葛藤原理ではない。つまり深層心理的に、実行されている自己犠牲が利己的であるというのは実は心理的問題ではなく論理的な問題であるということであり、自己犠牲の心理の問題とは領域が違っているのである。自己犠牲が結果的に自分の利益になるかどうかは意図的な問題ではなく別の次元の問題である。

確かに、自己犠牲によって額面通りの自己犠牲ではなく、その及ぼす効果を目的とし、しないまでも意識していることはある。その時は我々の行為の目的は自己犠牲の自己利害的な効果にあるのであり、自己犠牲に寄る他人の幸福にあるわけではない。両方であったとしても当面の議論の自己犠牲の自己利害的効果は対象に入っている。

一方、逆説的に自己利害がないと思い込んであるいは装って他者の幸福の実現を目的とするという錯綜した行為も十分にある。こうした場合の行為は純粋に他者の幸福を目的とする行為といえるであろうか。利己主義者の主張ではそれでもその行為者の目的が行為者個人から発生しているものであればそれは自己利害的なものと考えられるということになる。この場合行為者は自己利害を自覚していないであろう。こうした場合の自己利害は心理的に位置けられるより、論理的な帰結と考えられる。論理的な帰結を個人の心理的な責任に追わせることは正当ではない。第1節2)の⑤の問題を論理的に考えてみるというものである。

②     論理的自己利害:しかし論理的にであっても自己に帰するということはなんとなく行

為の純粋性を保てないようで不本意であるかもしれない。論理的帰結を予測してそれを求めるのであれば心理的領域に入ってとしても公共倫理的なので利己主義といえるであろう。第1節2)⑤の結果的自利の問題である。ここでは結果的自利に対する心理的負担は必要かどうかということを問題にしている。

問題として浮かび上がることは、こんなに入り組んだ考えをせず単純に受け止める人の場合である。自分の自己犠牲が純粋に他者に利益を願うという以外に自覚しない行為者の場合、論理的に自己を利することになることに関して、これを自覚できないということには別の問題があるが、論理的に自己を利することになるということを道徳的にどう理解するかという問題が残る。

③    情けは人のためならず:もちろん「情けは人のためにならない。」という誤った解釈

は慮外として、「人に掛けた情けは何時か自分に返ってくる」というものであるが、これは「自己利益を目的としないで慈善事業をする」と「論理的に自分の利益になる」いう意味を含んでいる。論理的に自己利益になるから人に情けをかけなさいという道徳的な経験法則的機能を持っている。論理的と言える。これに対して、利己主義を良いとしない行為者は自己利益を想定して他人に情けをかけることはしたくないから他人に情けをかけるのを良いとしないというケースがある。これは論理的帰結に対しての心理的な反応である。つまり論理的利己的帰結に対して心理的に自責を感じるというものである自責の念は心理現象である。この場合は逆説的に論理主義を良いとしないという心理主義に基づいていると言える。

④    論理的帰結への態度:こうしたケースは多くある。つまり動機説だけでは道徳原理は

充足できないのである。人のために良かれと思ってやった行為がその人たちに思わぬ不幸をもたらすということがある。そうした論理的帰結に対しても我々は責任を受け止めるのである。一方、予期しない幸福を人に与えることができた行為もある。こうした時、人によっては「偶然で自分の功績ではない」と謙遜することがある。これも論理的結果に対する行為者の態度である。不幸に対しては責任を感じ、幸福に対しては功績を感じようとしない、という矛盾した態度がこの時には見られる。

論理的帰結とは現実的帰結ということである。先の学習指導要領では「他の人とのかかわりに関すること」に相当する。現実は人の希望や目的・意図から独立しているケースがある。しかし現実を分析すればそうした帰結になることは論理的に辿れるという意味で論理的と言える。

論理的に結果した不幸な結果については自責の念を感じるのは、何に対して心理的に感じているのかというと、その結果を予測できなかったという自分の論理的能力に対してであり、そのために当該の他人を不幸にしてしまったということである。ここには自分の論理的能力と他人の不幸(心理問題)という2重の自責の念がある。

ところが「塞翁が馬」という諺によれば、他人を不幸した結果の延長上においてその結果が当該の他人に幸福をもたらすということがある。この時、人はそれを自分の功績とは感じない。つまりここでも自分の論理的能力の無さによって自分を責めることになる。

つまり人は先ず第1に論理的能力に対して評価しているのである。決して心理的に自分を責めたり誇ったりしているのではない。ということは道徳原理とは心理的原理だけではなく論理的な原理を含めて成立しているということである。2に論理的帰結によって他人の不幸や幸福が起こればそのことを喜憂する心理的反応をするのである。

以上のことは、人は決して利己主義だけで行為しているのではないということを示している。つまり論理的には自分を利することになっても心理的には必ずしも自己利益を感じているわけではないこともあるという点でそう言えるということである。

⑩    利己主義の心理的自責:更に問題であるのは、こうした論理的問題とは別の問題とし

て以下の点が考えられねばならない。他人の幸福を願うということがそもそも自分の幸福であるという場合である。親が子の幸せを願い行為することには自分の幸福を願う隙間は無いかもしれない。自分の犠牲も喜びであると考えられるのである。しかしそのことが自分の生命の公認するところであり、自分の生命の良いとするところである、と考えられる。この次元では自己と子供の境界は外れているかもしれない。しかしそれでもたとえ宇宙全体の利害と一致したとしても自己利益を追求していることには変わりはない。所詮それは自己利害の範疇のことである。この点でギルバート・ハーマンの「利己主義は人間の唯一の動機ではない」という主張は利己主義者の説を論駁するものではない(「The Nature of Morality」哲学的倫理学叙説)G.Harman 大庭 健・宇佐美公生訳 産業図書 P.265)。

⑪    利害に基づかない行為:自己利益に基づかない行為は心理的には自己存在者であれば

不可能である。我々は自己存在を失わなければ心理的に利己的行為をしないで済むことはない。しかし自己を失った者は、自己行為は不可能であるから、自己存在者である者、つまり全ての人間は利己的行為をしないわけにはいかないということになり、いかにして利己的でない行為ができるかというテーマはその設定が矛盾しているものであるということになる。自己存在者でありながら利己的でない行為は可能であるか?これは矛盾した設定・問いであろうか?

①    利己主義が他を利するということ:他を利するということと自己を利するということ

とはパラレルである。慈善行為が自己の欲求から出ているからといってその行為を中止するということは、パラレルである利己主義ということを混入して惑わされていることであり、慈善行為を中止する必然性はない。心理的には中止することも利己主義であれば、どちらも利己主義であるから論理的に利己主義にならない方(慈善行為は中止しない)に従うべきという結論に至る。利己主義を感じる心理的な面の問題解決と慈善行為という論理的帰結を切り離し、心理的課題は心理的課題として解決に取り組むことは問題がない。問題はこの心理的な課題を如何に解決できるかということである。この課題検討として以下の個人倫理の問題を考えたい。

これは心理主義に立つ直観主義倫理と論理主義に立つ功利主義倫理の論争に角解決方向を示している。功利主義倫理はG.E.ムーアによって自然主義的誤りで退けられたが、それは直観主義倫理という心理主義的な領域での話で、論理主義的倫理では上記慈善行為のように功利主義的倫理は妨げられないのである。皮肉なことにG.E.ムーアの功利主義に対する自然主義的誤りの指摘は功利主義の原理が自然主義的であるいうものであった。しかしG.E.ムーアは倫理学の原理は直観と言う心理的領域に置きながら社会倫理の部分は論理的倫理に従って功利主義に置く功利主義者でもあったのでもある。

 しかし心理的倫理の問題は消えるわけではないし、時には心理主義的倫理問題が論理主義的倫理問題を侵すこともあり。両者は葛藤問題なのである。前者は心理主義的倫理の目的としているところの問題であり、後者は公共倫理との葛藤問題として分けて置くことが良いと思う。

 そこで利己主義は公共倫理の中での心理主義的な受け止め方の問題であり、同じ行為が功利主義的には善とされる矛盾したことが日常茶飯事に起こっていることなのである。しかし個人倫理は論理的にはそうした公共倫理と区別される。個人倫理は公共倫理とは別なところでの問題である。したがって個人倫理が、それが利己主義であるかどうかという問題はあるが、利己主義と個人倫理は違うものである。

4)個人倫理

① 倫理用語の限界:A.J.Ayerによって倫理学の成立が打ち消された時、その倫理学概念は倫理用語の根拠に関わる問題であった。これは欧米の精神性というか、生きることへの態度から発生している問題である。先ず彼らは用語の分析整理を手掛けたのである。その中で倫理学の用語は科学的な事実について述べておらず、学としては成立しないというものである。欧米的精神態度とは用語をベースとしたというところにある。これには問題が残る。用語によって全てが網羅されるわけではないからである。また科学的対象のみで学を完結することは物質に還元できない世界を欠くことになり、ニヒリスティックな現象をもたらすことになる。

倫理用語は、言語文化が欧米や東洋や日本では異なるのであるから、欧米の倫理用語によるだけでは我々の倫理を網羅していることにはならない。日本においては倫理用語の対象はむしろ用語化されない世界にあり、俳句や和歌などは、直接はその対象や境地を示すことができないものをどう示すかという工夫なのである。そこでは用語は欧米的な対象言語ではない。言語より境地が問題なのであり、その境地は示されて捉えられるものではなく、捉えた者だけがそれと分かり、言語によっては対象化されないものである。この言語機能を日本では主とする。言語機能が欧米とでは全く異なるものであり、この点を踏まえて述べる。こうした倫理用語の表現する倫理課題は無意味だということはないと考える。

① 個人倫理と利己主義:基本的には個人倫理は利己主義とは領域を分けている。利己主

義は公共倫理の中で発生するものである。個人倫理は個人の内面的な問題で自分のいのちが盛んになる世界の問題をテーマとする。つまり西田や求道の道であったり、デカルトの自我の確立であったり、カントの道徳の格率論とかロックやライプニッツの自我観の形成などがそのテーマである。そこは個人の純粋直観による納得の世界である。その意味で心理主義である。しかし倫理的結果に対する自責感のように、論理的には関係しない結果についての心理的な反応などのように私たちは対他の問題を無視できない。これは個人倫理の問題ではないが、個人倫理の場である心理の場面で受け止めるので個人倫理の問題として受け止めるのである。例えば精神分析における対象喪失にはこうした事例が多く報告されており、深刻な心的障害をもたらしているということである(「対象喪失―悲しむということ―」小此木圭吾 中公新書)。

こうして西田流の求道の道に自責の念が個人倫理の中に侵入して、何時の間にか中心課題であるかの如く居座っているのである。利己主義問題は個人倫理の入口に立ちはだかって、塞いでいるが個人倫理の問題ではない。この弁別がきちんと区別されていないので病理現象に支配されてしまうのである。私たちは常にこの危険にさらされている。そこで世間から遮断されるように出家やそれに似た手段をとることがあるのは当を得ていると言える。

③ 個人倫理と直観主義:直観主義倫理は人間としての境地を目指すことが第一のテーマである。この場合の疑問点はⅰ人間としての境地の追求の問題は社会的な問題と関わらないのかということ、またⅱそのかかわりはどんなものであるのかということ、またⅲそれがどうして単独者(ケルケゴール)としての受け止めに留まるのかということなどがあげられる。これは功利主義倫理との葛藤の問題である。

直観主義倫理は個人倫理の問題である。個人倫理とは個人の心の問題をテーマとする。個人の心の問題には未整理な様々な問題が山積みされている。それらの分類が先ずは課題である。この分類を見ることでⅰの問題との関わりを検討することができる。

④純粋個人倫理:個人倫理の中でⅰのように社会的な問題が全く関わらない問題はあり

得るであろうか。この問題を純粋個人倫理と称する。職人気質という精神的態度がある。職人に限らないが高い精度の作品を追求する姿勢がある。プラトンによれば物の徳はその物の本性を最もよく生かす性質であるが、ナイフの特性はよく切れるということであり、人の特性はよく知性があるということである。なぜ人が高い精度の作品を追求するのかということについては、金儲けとか利便性とか幾つか理由をいうことができるが、高い芸術と評されるまでに高められる製品はそうした属性を超えた世界にあるものと言える。そうした製品は人の何によって制作されているのであろうか。

こうした他人が直接的には関われない個人の追求する世界は他人とは無関係に進行していく面がある。一方こうした個人の追求が他人に功罪をもたらすこともそれに並行して常に起こっていることである。これは論理的にはパラレルでありながら影響し合いながらうごめいている。それは縄文の縄目のように個人の道は鮮明に自動しながらきっちりと縄なった現象なのである。

⑤求道の世界:弓道でドイツ人のオイゲン・ヘリゲルが体験した世界は、弓の目的である敵を射るということを、計算から離れた境地に到るところで達するというものである。これらの境地によって人は何を求めているのであろうか。物事を追求する鬼の境地から神仙の境地に至ることが日本的な道徳性の特徴の一つであろうか。しかしこうした個人倫理の意義は、日本の精神性への昨今のクールジャパンへの評判に見るように、高い評価があることから日本的特性に留まるものではないと言える。欧米の建築技術や諸製品の技術の高さや弓術でもロビンソン・クルーソの子供の頭に載せたリンゴを射抜いた物語のように、日本人のみではなく人間に共通の志向性だと言える。これらの志向性は何を物語っているのであろうか。

⑥「心理と論理」と「個人倫理と社会倫理」:この心理的な利己主義に関わる領域を個

人倫理とし、論理的な領域を社会倫理とする。これは日本の学習指導要領道徳における1の「自己に関する内容」と2の「他人に関する内容」との分類の不透明性に明晰性を差し向ける案となるのではないかと考えられる。

また倫理学におけるこの心理的な領域と論理的な領域を論ずるために英国における伝統的な倫理学の対立、直観主義と功利主義のやり取りを見ることが有意義である。私はこの心理的な領域が英国直観主義や義務論を中心に追及され、論理的な面が功利主義を中心に論じられていると考えている。

5)社会倫理

人間の存在意義や目的性から顧みて個が優先されるか、社会が優先されるか、という問題がある。近代欧米人間主義の精神では個が中心であり、中世までの欧米では社会が優先され、近世までの日本では家族や村などの世間が優先されていた。しかし欧米での近代以降の個人主義はそれとは逆にコミュニズムや福祉社会という社会形成に取り組む働きが活発である。一方社会を優先とする欧米中世や近世日本では個への行き届いた配慮が見られる。この社会優先の社会状況においては個人の幸福や生活の保障への配慮がなされ、個人は案外と満足できていたかもしれない。

社会倫理の課題は個人に対する影響力をどれほどに持つべきか、あるいは個人からの要求をどれほど受け入れるべきかというところにもある。強制力か受容力かという問題は革命論と自然変化論とで反映される。個人倫理は心理的であり、社会倫理は論理的であると私は先に主張したが、社会心理学では個人心理とは別の集団心理現象があるので社会倫理はその意味での社会心理に関係すると考えられる。

いずれにしても社会倫理は個人倫理に影響をあたえることは否定できないが、それは制度的なものでしかない。個人が集団社会の中で個人としての倫理に従って生きようとすることをサポートする社会を維持するための規則がそれである。社会倫理が個人倫理の深みに関わってくることはできない。しかしたとえばハングリー精神のように社会が個人に働きかけているではないかという反論があると思うが、万人がそうであるかと言うと個人差がある。ということは個人の倫理的向上心によるものであって社会の影響とは分けられるべきものであろう。ここには教育に関する哲学的に重要な問題がある。すなわち道徳は教えられるかという問題に関わる。学校や家庭や地域社会がどこまで生き方についての教育力があるかという問題は今日の深刻な問題である。いじめや残酷な犯罪など少年犯罪は目に余るものがある。その哲学的問題とは正しく本小著のテーマに他ならない。

もし社会倫理が個人の深層にまで深く関わってくることがあり得るとすれば、それは倫理としての関わりというよりは法や制度としての関わりであろう。これには功利主義が多くかかわる問題がある。この点は以下の「第2節 直観主義と功利主義」で述べる。

 

第2節 直観主義と功利主義

ギルバート・ハーマンG.Harmanの「The Nature of Morality(哲学的倫理学叙説 大庭 健・宇佐美公生訳 産業図書)」での「Ⅲ 道徳法則」は「第5章 社会性と超自我、第6章 理性の法則、第7章 個人の原理、第8章 慣習と相対性」で構成されている。

 ハーマンはこのⅢ部でこの論文のテーマである「直観主義と功利主義の問題」の領域内の問題を分析している。

 第5章はダブル・エフェクトの問題から、我々の直観的な道徳的判断と社会的な結果との問題提起をしている。前者の個人が良かれと目指す目的と社会的に及ぼす結果との食い違いが発生し、「道徳性が命ずるものと、社会性が命ずるものとは、必ずしも同じではない。」(P.102)とする。この道徳性はフロイトの超自我のように親や社会によって植え込まれた個人原理であるが、普遍的道徳性となりうるものであるかどうかを問おうとする。

 この問題は我々を奇妙な底なし沼に引きずり込む。直観に発する道徳性はそれが孔子の境地「我が欲するところを為して矩を超えず」とは言っても、それが自我に発すれば決して公的なものではないであろう。それ故に、普遍的なものとは見なされない、ということになる。ここには自己中心主義は良くないという道徳感がある。すると極端な非自己中心主義の原理が求められ、自分のためになることは一切求めないという姿勢が良いとされることになる。食べることやセックスや尊重されることや快楽なども否定される。

功利主義は社会的道徳とされるが、快楽主義という側面では心理的であり、個人道徳である。そこで功利主義と快楽主義は区別されるべきである。ただ万人の幸福を基準とするという意味で社会的である。こうした2面性が功利主義にはある。

功利主義と快楽主義を区別したり、G.E.ムーアが指摘した快楽主義の自然主義的誤りを避けたりして、功利の原理を「最大多数の最大善」=「最も多くの人が最も善である」という原理に変えたりすることで快楽的功利主義と善的功利主義とに分けることが可能である。

一方、直観主義は個人道徳とされるが認識レベルの個人性であり、必ずしも幸福を原理とせず、道徳法則の尊敬への直観という意味で個人的であるともされるのであり、普遍的であろうとする志向性においては個人性と普遍性とが合流するのである。

こうした区別は功利の原理と快楽主義の区別を例として見ることができる。この議論に対する先駆的な主張はヘンリー・シジウィックの利己的快楽主義と普遍的快楽主義の区別に寄る功利主義とホッブス主義との決別に見ることができる。しかしH・シジウィックの区別は功利主義を快楽主義の範疇に置く意味では変わりなく、むしろG.E.ムーアにおける正義と功利主義の議論の方が良い。つまり「正しさ」についてのG.E.ムーアの見解は「正しい行為とは、その状況で最大の善さを生む出す行為」(「倫理学」G.E.ムーア 深谷昭三訳 法政大学出版局)だと定義される。これを帰結主義というがここでは快ではなく善さになっているところが、G.E.ムーアが快楽主義者ではなく功利主義者であるということを示している。H・シジウィックが規則功利主義というところでホッブスの利己的功利主義と闘い、G.E.ムーアは快楽主義と闘っていたと言える(「功利と直観―英米倫理思想史入門―」児玉聡 勁草書房)。

以上の直観主義と功利主義の区別は以下の表のように整理される。

直観と功利

直観主義

功利主義

倫理的視点

道徳法則

個人の直観

幸福・快楽

万人の幸福

個人的

 

 

社会的

 

 

1)直観主義

英国における道徳的直観主義は17世紀半ば、ホッブス主義に対してデカルト的理性的直観主義やロック的道徳感覚主義に基づいて反論したカドワースやシャフツベリーに始まる。スコットランド学派やケンブリッジ・モラリスト達がこの流れを継承し、19世紀には功利の原理を提唱したJ.ベンタムや、それに基づいてJ.ミルやJ・S.ミルが構築した功利主義を批判した。

功利主義の原点は「最大多数の最大幸福」であるが、この原理には2つの大きな問題が混合している。1つは幸福でありもう一つは社会倫理の原理である。功利の原理を2つの要素に分離して捉えると「最大多数の最大利益」とか「最大多数の最大救済」のように幸福のところは変数的に扱える。つまり「最大多数の最大X」となる。

直観主義者たちが功利主義批判で主に問題とするのはこのX(要素Xとする)についてである。このXが幸福であることを前提にしたのはホッブスに由来する。ホッブスは、人間は自然状態では利己的で快楽を追求することを前提とする。そこでそうした野放しの混乱状況には法の適用が必要であると主張したのであり、功利の原理はその法を具現していると言える。

これに対して直観主義者たちはこの要素Xに快楽以外の善意や正義、誠実などの他の倫理的課題を主張したのである。こうした要素Xの根拠を求められた直観主義者達は直観によって認識されると主張したのである。功利主義者たちが、快楽追求が自然状態における本能的な行為現象として自明化していることを疑問視して功利主義と直観主義を仲裁したのがH・シジウィックである。つまり幸福もまた直観に基づくものであるということにおいてである。これに追い打ちをかけて、快楽は自然主義的であり倫理的概念ではないと主張したのがG.E.ムーアであり、これによってH・シジウィックの仲裁は灰燼に帰することになった。G.E.ムーアの破壊活動によって実現したのは功利の原理が社会倫理の分野に限定されるということである。G.E.ムーアが主張した倫理の基本概念は「善」であるが、善は功利の原理から切り離され、社会倫理とはパラレルな位置に置かれることになった。

これ以降、直観主義は認識論的観点と規範的観点に分離し規範的観点からの義務論の様相が濃くなってくる。義務論は功利主義では行為の帰結によって善悪を判定するが、直観主義では行為の性質によるもので、良心や実践理性によって直観されるというものである。

行為の帰結は社会的な場面での評価により、一方良心や実践理性は個人の側のテーマとして問題視される。直観主義の系統が義務論に延長したのは欧米では日本的倫理性である求道の方向性の延長が見られなかったということを意味する。最近のクールジャパンの日本のこの求道の精神への注目にあると言われている。直観主義の復権には日本的倫理性が役割を果たすことができるかもしれない。こうして見ると直観主義理論と功利主義理論は個人倫理と社会倫理の問題に還元できるかと思われる。

一方、認識論的問題はA.J.Ayerの道徳言語の無意味性、C.スティーブンソンの情緒的意味、R.M.ヘアの指令説などによる道徳観念の実在性の否定によって衰退することになる。

この道徳観念に熟慮を経た信念に基づく反省的均衡理論によって一石投じているのがJ・ロールズの整合性の理論である。整合性理論は、功利主義が基礎的感覚に基づくのに対し、他の信念との関係による信念に基づくことで直観主義を補足している。しかし熟慮に寄る信念はやはり相対的である難は逃れてはいない。一方J・ロールズが投げた「功利主義は人格の個別性を尊重しない」という主張は、功利の原理には個人への配慮が欠落しているという指摘であり、功利主義の大きなダメージとなっている。J・ロールズは功利主義が個人倫理を無視していると主張しているのである。(「公正としての正義」J・ロールズ 木鐸社)

そこで常識の位置づけと直観の役割とを巡ってこの論争は続いている。

ロールズの主張は功利主義の不足している事実を明かしているものであるが、功利主義の不足を補うための個人倫理の道を担う直観主義は義務論に座を開けて閉塞してしまっている。私はここに役割を担えるのは日本的倫理性であり、西田幾多郎によってその一つが示されていると考える。

2)功利主義

J・ベンタムによって提唱された功利の原理は社会的原理である。その原理は社会を形成する原理を最大多数に置いたところに帰する。しかし最大多数の内容を幸福(快楽)としたところに直観主義者達からの意義が唱えられたのである。清教徒主義者たちは快楽や幸福より信仰や規律を重視する。安全や平和や清貧や希望や達成感などを重視する人たちも考えられる。しかし幸福概念はそれらの概念を包含するところがあるのであまり疑問がもたれなかったのであろう。

「最大多数の最大X」のXは個人心理の領域の問題である。このXがどんな内容であっても社会的には最大多数であることが社会を形成する原理であるというものである。そこではいかに多くの人たちがこのXを手に入れるかということが課題となるのである。その政策や法設定へと進行していくのである。功利主義はこれによって規則功利主義と行為功利主義に分けられるが、このXの定め方の議論であり、功利性の本来の問題に関わるものではなく、功利主義が直観主義の領域に侵入している議論といえる。直観主義の領域に侵入せざるを得ない事情があると言える。行為功利主義では個々の行為の功利性を常識によって推し量ったところにXをおき、直観を常識感覚に基づかせる直観主義に譲る形になっている。規則功利主義がこのXに関わろうとするのは、功利の原理におけるXが個人的ではなく、集団としての場面で位置付けられることに注目するからである。Xを実現する規則の定立によってXの個人性から集団性に基づいて功利原理を適用しようとすることが課題視されており、こちらの方が社会倫理としての規則に依るという意味で功利主義の役割に近い。

3)外在主義と内在主義

直観主義と功利主義の議論は価値の内在性と外在性を巡っている。道徳原理では内在主義と外在主義は次のように対比される。

①内在主義:情動主義、主観主義に陥りかねない。個人的な決断の単なる反映にすぎない

②外在主義:神授説、客観的道徳法の存在、一定の慣習の持つ社会的な強制力

外在主義は道徳性を客観的な実在に位置付けようとしている。内在主義は価値を主観的に位置づけようとするがそれでは道徳性の普遍性を考えることができない。そうすると道徳問題は個人主観でしかなく、社会的規約の根拠を得ることができないことになる。ところが私たちの社会では個人が個人の価値に従って行為することは混乱を来すし、互いに自分の価値を主張し合えば衝突と争いが起こることになる。個人の価値が例えば社会全体の幸福を願うところにあれば個人の価値と社会の価値とが一致するので問題は回避できるが、個人の価値には個人の幸福をしか考えないものもある。

内在主義の本質は個人の認識によって価値を実感するところにある。直観や情緒などによって個人がその価値に賛同したり公認したり納得したりできるということが原則とされている。これは実は認識の問題であり、価値の問題とは区別されなければならない。内在主義は価値が認識の中にあるという個人の自覚を第一に考えているのである。しかし価値と価値の自覚とは別の次元の問題である。

一方、自覚できないものを行為として実践することは賛成や公認やの自覚に寄らないものであるから困難なことであるというのが近代ヒューマニズムの姿勢である。

理性主義は価値の実在を個人の感情によって所有するという内在的立場から理性の対象として考える。理性が認識の一つの手段であると考えればデカルト的に個人精神活動として感情と同様に内在的なものと考えられる。

感情が内在的であったとしても感情の対象は外在的であると位置付けることもできる。Aという価値は好意の感情が抱かれ、個人の感情に起こっている現象であるから内在的であると考えるのが一般的である。この時好意の感情は生理的現象を引き起こし、笑顔や興奮や叫びや感嘆や抱擁など私たちの個人の身体現象に現れる。この故にAという感情は内在的で主観的で個人的なものであると考えられる。しかし好意の感情はこうした私たち個人の身体現象に直接的でない場合がある。感情のレベルとして深く内面で起伏するものもある。さらに深い内面に現象しているという現象は内面から遊離してほとんど客観的な対象と化するところにやってくる。

さらに道教の道の観念では個人の感情を超えた自然の法に当てはまる。また自らの感情の起伏を空しくして神仏の意志を観察する禅宗や神道の随神(かむながら)の境地では個人の内面に起こる客観的情緒である。ここにおいては、感情は個人的なものであるという境界は取り払われる。感情はエゴを離れて普遍化する。

カントにおいて道徳の外在性が定立されるのは理性による。エゴにおける感情に対して普遍性を理性対象に置き道徳価値や原理をその対象として位置付けている。しかし理性が個人的で内在的でないという保証はどこにあるのだろうか。デカルトにおいては、理性は自我存在の根拠として用いられている。「コギト・エルゴ・スムス」は思うという理性の現象に基づく自我存在を定立したのである。これは理性を内在的に位置づけながら外在的な存在を捉えるという内在性と外在性の和解を意図しているのである。

理性とは客観的な対象を個人的なレベルで捉えて個人化すると期待されて位置付けられている認識機能である。この理性に相当する認識機能が我々に備わっているかどうかをどうやって検証できるであろうか。それには理性で捉えられたとされる対象の普遍性を検証するしかないであろう。例えばカントの格率論「汝の意志の格率がつねに同時に普遍的立法の原理として妥当するように行為せよ」(「実践理性批判」カント 岩波文庫)は個人的な道徳原理と普遍的な道徳原理との一致を理想としているが、この普遍性とは社会的道徳原理を意味している。ここでは個人の理性的道徳原理は個人的な内在的なものであり、社会的普遍性との検証が問われている。しかしカントのこの格率論ではこの2つの格率の一致性の検証法は示されることはなく、ただそれを願うということが重視されている。

ここでは理性は決して外在的のものではなく個人の認識機能として内在的なものである。

こうした感情と理性の内在性と外在性についての区分けは曖昧で相互に入り組みがみられ、明別されているとは言えない。

以上では個人倫理と社会倫理について述べたが、私の主張はこの2つの倫理観に線引きし、双方の役割を重視し、とりわけ個人倫理の重要性を強調しようとするものである。私達は、社会がどのようであろうが個人は個人の目的を持たずにはおれず、それに取り組まずにはおれず、達成していく者が絶えないのである。社会倫理はそうした個人の目的について深く関与はしないが全体としてその社会が良かれと思われる状況を作り維持しようとするところにある。結果的にそうした社会は個人の目的を達成することに貢献することになることが多いかもしれない。逆にそうした好条件は決して個人の目的を成就するためには有効でないかもしれない。この2つの倫理はパラレルでありながら連動しているという奇妙なところにある。私はこの連動を成し遂げているのが人間の能力ではないかと考えている。西田幾多郎が絶対矛盾の自己同一というところの人間の能力であると考えている。

しかしここで検討しなければならないのは、なぜ私たちは利己主義であることを、それが完全には叶わぬにもかかわらず、避けようとするのか、またそれを恥とするのか。ここには西田やソクラテスの示した道が人間の哲学的志向性にあるということがある。私たちは何者かであろうと志向している。あるいは何者かでなかろうと志向しているのかもしれない。ともかく向かっている。それは無の場所であろうかダイモンへのエロスであろうか。この時自我そのものがそこに消えることを志向しているのであり、それに反する自我の志向性は肯定されないのである。ここに私は日本的倫理性を見るのである。

 功利の原理に象徴される社会倫理は個人倫理を踏まえて形成される。個人倫理が目標とするかくあろうとする人間への志向性が社会倫理の内容を満たしていく。個人の内面に培われていなければやがてかくあるべきとその社会が考える目標としての人間を育成しようとする社会倫理は消えていく。社会倫理が弱小化しても個人の倫理性は消えることはない。


日本的倫理性 7 第5章 西田哲学に見る日本的倫理性

2019年07月16日 | 日本の原体験

5章 西田哲学に見る日本的倫理性

 西田幾多郎(1870-1945)は日本を代表する哲学者で、人間の問題テーマとして、禅の行に取り組んで日本の精神性を明確にした。私はそこに日本的倫理性をみる。日本的倫理性というのは私が勝手に使っている用語であって、西田哲学の中に日本的倫理性という用語やそうした命名している研究領域があるわけではない。しかし私は西田哲学こそ最もこの日本的倫理性に相応しいものと思っている。

日本的倫理性で私がイメージするものは、西田哲学が人間の問題を実在的で歴史的であるとし、それに取り組んでいるということで、深く共鳴するものである。その西田哲学の日本的倫理性はデカルトをはじめとする欧米の主語的論理性批判によって浮き彫りにされている。しかしそれは欧米に対比して示されたものであり、いわば日本的倫理性の影のようなものであり、ここでは西田哲学の心の一端に触れられるように試みたいと思う。

その西田哲学について永井晋氏は以下のように述べている。「言わば、矛盾したものを、 一方を他方に還元することなく結びつけること、しかもそれを哲学者として、論理の上で行うことが問題なのである。その問いに対する西田の答えを予め言っておくと、『<東洋>(日本はその一つの現れである) が<自己否定>して<西洋>を<包む>』というものである。」(「西田幾多郎と近代日本の哲学―『東洋哲学』とは何かー」永井晋 国際哲学研究3号 東洋大学国際哲学研究センター)。ここに西田の日本的倫理性の1つ顕著な特徴を見ることができると思う。

 

第1節 西田哲学の問題

こうした近代的自我に対して、明治期に出会った日本の哲学者たちは様々に対応してきた。西田の弟子である下村寅太郎によれば、西周、井上円了、西村茂樹、井上哲次郎らの西洋哲学への関心はその思想的内容よりも思惟の仕方の新鮮さにあったということである。この哲学を受容し欧米と日本との共存を始めたのは井上哲次郎であるが、井上の方法は仏教や儒教を取り入れて日本的に消化したときのように、神仏習合的な伝統的方法であった。日本に哲学なしと言われる時代から、日本での哲学を始めたのは西田幾多郎と言われる。西田の取り組みは西洋哲学を通して東洋哲学を潜在的な状況からロゴス化するものであった(「日本の近代化における哲学について」下村寅太郎(「世界の中の日本の哲学」収録))。

しかし西田は日本の読者に向けてその哲学を書いた。仏教用語や儒教用語ではなく、欧米的表現によって伝統的日本の精神性を積み上げていったことに他ならない。それは欧米的観念が押し寄せ、欧米的な思考との共存に止む無く迫られる状況下で、同じ思考性や観念に基づいて自らの生き方を明確に自覚していかざるを得ない日本人の事情を解決するためのものであろう。またそうした取り組みこそ日本人が歴史的に異質な精神性を受容してきたパターンである。

この西田哲学は「善の研究」において、純粋経験や絶対矛盾の自己同一で明快に述べられるが、第3章の第5節で見た酒井潔氏の批判にあるようにそれで十分なのであろうかという疑問が残る。香山リカ氏はこの点について、西田の純粋経験とフェーダン氏の精神分析の立場からの自我を比較して検討する(「善の研究 実在と自己」香山リカ 哲学書房)。香山リカ氏はフェーダンの自我は「主観的な自我体験を内側から支えるものとして「自我の核」とそれを外部から支える「自我境界」からなる」とし、この「自我境界」は移ろいやすくふとしたことで病理現象に陥る。すると、精神内界の感覚と、外界の知覚、過去の自我状態と現在の状況などの混乱が生じる。この強い実在感を持った「偽りの現実」が、妄想や幻覚となるのである。一方西田の純粋経験においては、「実在の統一作用」が常に働き、決して病理的な自我の状態には発展しない。西田の「自己」は現実感覚の喪失には及ばない。この両者の違いは何に起因するのであろうか?と問う。すなわち

①    西田の宇宙的実在の統一力としての自己とフェーダンの精神病理をもたらす自我観の違いは何であろう?というものである。

 次に香山リカ氏は西田の自己は楽観的であると指摘する。西田においては「「自己」は実在の統一者であり、統一せられるものから離れて別に存在するわけではない(同掲著P.26)」。香山氏は西田のこのスタンスに疑問を投げかける。現実に精神分析的な病理現象が起こっているからである。その責めは楽観的な自己観に基づいているところにあるという感覚を持っているようである。

②西田の「純粋経験」的自己観は精神分析的病理現象を解決しないものであろうか。という疑問である。

香山リカ氏は他にも社会現象での解決点が見えない問題、ネットオカマ、解離性障害、解離反応(過食行動からの解離、万引き行動からの解離)、「ザッピング・ラブ」などをあげ、西田哲学がこれらに無力ではないかと言いたいようである。

しかし私は香山リカ氏のこの問題設定を理解することができない。ここには西田の純粋経験に責を帰せられない現代欧米化的自我観に起因する病理現象がある。正に西田はこうした事態に備えて日本的精神性を明確化しようとしてきたものであると理解する。西田の日本的生き方の哲学樹立は香山氏の指摘するこうした現代の現象が来ることを防げなかったもののようである。それは西田哲学に帰せられるべきものではない。一般大衆世界での政治的、経済的、文化的、マスコミ活動などの群集的な歴史の雑然として雑踏の流れの中では西田哲学の意義はかき消されてしまっているのである。ましてや戦争犯罪的なファシズム思想のような批判では直さらその影響は弱小であった。だから香山氏の記述はそうした事情化での欧米化の勝利宣言のようなものである。

 

第2節 西田哲学の分かりにくさ

1)どこが分かりにくいのか

①西田哲学の前に立って

私は西田哲学に深く納得するところがあるが、一方では酒井潔氏や香山リカ氏が指摘するところも気になっている。それがなんであるのかを見てみたい。

この小著での私の取り組みは、西田哲学に触れ、それによって日本的倫理性を際立たせることができればというところにある。西田哲学は日本的倫理性の結実であり、またその始まりでもある。日本の精神性が有史以来辿ってきた日本人の生き方が、明治期に欧米の近代的自我主義と遭遇し、その欧米の人間観の中で自らを欧米流に現した姿である。またそれがさらに新しい表現を以て現れることを期待すれば始まりであるというのである。特に酒井潔や香山リカ氏の批判は誤解の上でのことのようであるが、その誤解は西田自身の哲学的表現に起因していないとは言えない。

林信弘氏の「無の人間学」は西田幾多郎の哲学を忠実に習おうとする姿勢で書かれている。それゆえその表現は曖昧で、その意味で難解であるが大変インスピレーションに富む叙述である。

戦後東大でアメリカンセミナーというものがあり、日本の学の世界を構築していった若い学徒たちが受講したそうである。彼らはたとえばJ・デューイのプラグマティズムなどは全く分からない思想で、理解するのに大変苦労したそうである。私も八王子セミナーハウスで1週間ぐらい開催されたセミナーに参加し、大森荘蔵氏の「立ち現れ」論のセミナーに加わったが当時は戸惑いの多い学説であったが、私は心のつまりが流されたような気がし、理解に努力した。大森荘藏氏の取り組みも最も日本的な倫理性を樹立したものと思うが、この小著はそこまで及ばない。このように今まで触れたことのない思想や理論に接したときには理解し、慣れるには少し苦労するものである。

②日本的倫理性へのより戻し

今日では私たち日本人には逆に日本的倫理性は馴染みのない、それゆえに理解したり、生活に取り入れたりすることがなかなか困難なものになっているようである。

一方西田の哲学は厳しい禅の修行の賜であれば、たとえ明治以前の日本人でも理解が困難なものだったかもしれない。しかし日本的な馴染のある思考であり、文化的に断絶のある欧米哲学に比べればまだ伝統的な文化を踏まえているので理解し易いだろう。

 基本的に西田哲学は第4章までに上げた欧米的思考とは別なものである。欧米的思考に慣れている私達現代人にはその立ち位置からでは理解し固いものがある。欧米的思考が明治期においてそうであったように、戦後欧米化が進んだ結果、今は逆に自分たちの日本的思考の方が遠くなり、理解し固くなっているのである。その故に政治的、軍事的、功利的な強制力にでもよらなければ、否それでも断固受け入れられなくなり、戦争のトラウマやナウくない面白くないなどの今的社会状況によって見向きもされなくなっているかのようである。しかし戦後は欧米近代的自我観に切り替えられたように日本的倫理性への切り替えも容易に行われるかもしれない。別の見方からすれば欧米近代的自我観はどれほど深く我々に定着したかを振り返ると、むしろ我々には日本的倫理性の方が根深くしっかり命脈を保っているのかもしれない。私たちはそのより戻しに取り組んでいるのである。そこで日本的倫理性は微妙で分かりづらいものである所をどうするかという問題を考えてみることも大切ではないかと考える。

①    西田哲学へのもの足りなさ

たとえば林信弘氏は「それゆえ無の意識においては、いわゆる「自己同一性」が転倒される。一般に「私は私である」として定式化される自己同一性が転倒され、「私は私ではない、ゆえに私は私である」として定式化される。換言すれば、私はいったん私から離脱し、絶対の無に滅しつつ、そこからあらためて私に還ってきて私ということである。我々が何をしていようとも何もしていないのであるがその故に様々を為している」(「無の人間学」林信弘 晃洋書房 P.37)というが、ある意味では大変わかりやすいが、一方では首を傾げたい気もする。西田だけではない。「鈴木大拙の『無心ということ』の中の一節で、「私」と「私ならざる者」、「自」と「他」が「二であって一、一であって二」となる無心の境地を説いたものである。これには筆者は基本的に同意するものである。しかし・・・彼のいう自他不二ということも、それがより具体的にはいったいどのような自他なのかがもうひとつはっきりしない。実感としてわかったようでわからないのである」(「無の人間学」林信弘 晃洋書房 PP.71ー72)。西田幾多郎や鈴木大拙のいうことは我々の共感を得るところ大である。しかし林氏の言うように、それだけで果たして良いのだろうかという疑問が私達にもある。

西田幾多郎や鈴木大拙の言葉は日本的倫理性の代表的なところを表現し、日本人に大きく共感を得ているものであると言えるだろう。そしてその表現は日本人にはまことに理解し安いものであり、みな腑に落ちるものである。それは大変素晴らしいものであると思う。しかし同時に何か腑に落ちない、果たしてこれでいいのだろうかというところがある。これは何であろうか。そしてそれこそ西田や鈴木大拙が言おうとしているところの問題である。

 それは2つの点から検討することができる。1つはⅰ西田や鈴木大拙の哲学が目的としているものがなんであるかということに起因するものであり、もう一つはⅱ西田や鈴木大拙の表現の問題である。②については西田も鈴木大拙も禅をベースにしているが、西田は哲学の用語で禅の世界を考察する功績を上げている。この点は高く評価されるものであるが、一方では考察されているのは禅的人間観・世界観・宇宙観であるから、それが日本的倫理性となるものであるかどうか検討を要するものである。

②  日本的倫理性の分からなさ

西田の世界は主語論理的理解の仕方では理解が難しい。たとえば「無はどこまでも有を裏打ちしている。述語は主語を包んでいる、その極まる処に到って主語面は述語面の中に没入するのである。無は有の中に没し去るのである。この展開の中に範疇的直覚が成立する、カントの意識一般もかかる意味における無の場所である」(「場所」、『西田幾多郎哲学論集Ⅰ』所収、P.122 岩波文庫)我々は2つの理解や表現の仕方を持っている。こうした西田の文に関して、ジェームズ・ハイジャックは「『善の研究』は整合的でない命題のまわりに西洋哲学の諸見解をごたごた並び立てた代物」(『善の研究』と西田哲学における失われた場所」 藤田正勝編『「善の研究の百年――世界へ/世界から』 (京都大学学術出版会、2011年)と嘆いている。この表現は西田の禅の体験から来るものだろうか。これをハイジャック氏はⅰ蒸留された陳述、ⅱ託宣的陳述というが、これはただ西田一人だけのものではない。日本的倫理性は主語論理的理解とは違うこうした表現を取らざるを得ないところにある。分かる時にならないと分かることができないものであり、論理的に、計算を進めて手続きを踏めば誰もが理解できるようにはできていない。不親切でそうしているわけではない。手とり足とりしても分かる時にならなければ分からない世界であると我々は分かっているのである。それは何も日本的倫理性の専売特許だというわけではない。欧米哲学や科学には同様に言えることが多くあるが、しかし欧米では、であるからもっと表現を多くする方法をとる。日本的倫理性の特徴はむしろ逆にそれを言ってはならないとする世界がある。言わないことによらなければ伝わらないとする世界である。言うことによって言われないものとは全く違うものが生まれてくることは、我々はよく知っているからである。そこに日本的倫理性の本質を見るわけだが、西田哲学はその言わざるべきものを言うことによって言われない時のようなものを描き出そうという矛盾葛藤をしているのである。そうした取り組みをしなければならなかったのが明治の日本だったのである。

③  主語論理と述語論理

主語論理と述語論理について小島洋介氏は、親鸞の自然法爾から自分の行為と自然の「おのずから」成る働きとが一体化するという日本的悟りの境地に西田の世界を見、「西田が主語論理と呼ぶ、アリストテレスに由来する西欧的倫理学の命題においては、私と石(石とは自然を象徴した例え)とは、絶対的個の自存性において、合い交わることはない。対して、西田は述語的論理を提唱するが、それは私と石が、それぞれに弁別的にあると思っていることを成立させている地盤、それらが属しているところの、『ある』ところの場所から、この弁別をとらえろということだ。」(「純粋経験と現象学的経験―場の理論のための一考察―」小島洋介 パリ第 12 大学に提出した博士論文(哲学))とし、さらにこの「場」もまた実体的ではなく、仏教の縁起思想によって位置付けられるものとする。

 場所の理論の説明は難しい。その難しさは、1つはⅰその世界は理論的世界ではなく体験的世界(多くの研究者の言う実在である)であるということにある。この世界は西田が若い頃から雪門玄松禅師を師として修行に励んだ禅の悟りの境地である。それを得ること自体が難しいことである。次にⅱこの体験を人にも自分にも自覚したり示したりすることは困難を極める。しかし日本人的直覚は比較的やさしくこの世界を理解する。それを体得することは困難だが、その方向をイメージしそれに向かいながら暮らしているのが日本人の常識である。その工夫が生み出したものが、古来の和歌の道であり、俳句であり、そしてもろもろの道である。我々はそうした道を日常生活として歩み、誰もが西田の言う「場所」であろうとし、「場所」に敬虔であるのである。

 しかし、我々は誰もが西田が「場所」によって言おうとしていることを日常的常識的に理解しているので、どうも馴染まない感じがある。これを「道」と言う方がもっと馴染みやすい。「場所」については第3節(5)で述べる。

2)西田哲学の求めたもの

まず、西田哲学の目的とするところを検討してみよう。

西田哲学の目指すものは世界をどう解釈し、世界の中で生存するためにどう世界を変えるかということではなく、あるべき自分を求め、生きるべき自分を生きることにある。世界の中の自分をどう解釈し、その中でどう位置するのかを自らの心身で知る、ということである。これはいったいどんな意味があるのだろうか。これは神や仏と一体になるというところにある。人間の基本的願望はここにある。「西田は、究極的には「神」を求め、「神」にふれ、「神」を見ることを欲していたともいえるのである。」(「西田幾多郎の思索――深き奥底――」渡邊二郎 放送大学研究年報第十七号)であるが、その「幾千年来我らの祖先のはぐくみきたった東洋文化の基底には、形なきものに形を見、声なきものの声を聞くといったようなものが潜んでひそんでいるのではなかろうか。われわれの心はかくのごときものを求めてやまない、私はかかる要求に哲学的根拠を与えてみたいと思うのである。」(「働くものから見るものへ」西田幾多郎 岩波文庫)という西田の求めるところこそ日本人の求めるところであろう。彼はそれを禅によって到達していったといわれるが、それこそ禅が日本において日本化して日本的倫理性を切り開いたところのものであろう。その日本的倫理性は「カントの『純粋統覚』が自己の外へ超越したのに対して、西田の『絶対無の場所』は自己の内の更なるうちへの超越である。いわゆるコペルニクス的転回の転回である。」(「西田幾多郎の場所論とカントの『物自体』」――西田の『反省的判断の対照会』を手掛かりとして―― 木村美子 立命館文学第618号)ということであり、我々はそれに全く共感する。

こうした日本的志向性には日本人がかくありたいという世界があるのである。これを迂闊に世界ということは誤解を招くもとだが、厳密にいうと、それをあからめたいがために西田が「無」と言わざるを得なかった、そういう世界である。我々はそれを言上げせず、明示せず、しかし誰もが共感できる世界である。西田はそれを明治当時の時代性の中で根拠づけの必要性を強く感じたものであろう。

私は、その世界はそこに住み、それを歩み、それを現し、それを作り、それを生きる世界であると考える。しかし誰もそれを取り出して、目の前に置くことはできない。それとして目の前におかれたものはそれではなく、ただそれを人によってそれからメタファーできるかもしれないだけである。それは私の在り方、生き方であり、それによって世界もまた左右されるものでもある。

強いてそれを形容するなら「いのち」が自ら高まっていく過程である。我々は自らを卑しめることを恥とする。自らを高めないことを恥じる。またそれを指摘されることを恐れ、自ら高まる努力に挫折することを不甲斐なく思う。私たちはそれが何であるかを提示することはできないが、それがそれでない方向を直感するので、それが何であるかということを峻別できるのである。

従ってその方向に反する物や行為を避けようとする。そうした言葉や行動や、そうした言葉や行動の主体者を卑しみ関わることを避ける。私たちは自己主張を得意としない。

 私は神を掴むと理解する。ここに日本人の倫理性がある。主語的倫理が自己理解を外に求め、外に展開するのに対して、つまり法を作り倫理法則を作り社会制度を緻密に体系化するが、我々は心を済まし、心の中に声なき声を聴き、見えないものを見ようとする。自己は心深くに潜水し、自己を無化してそこを自己とする。そういう世界にいて生きようとする。

 

第3節 西田哲学と西洋哲学

1)西田哲学のデカルト批判

 西田幾多郎は若い頃の「善の研究」で、デカルトの方法序説と同様に、自己の意識を起点としてその哲学を開始している。それは「実在形式の過程」と言われるものであるが、そこにおいて西田の立脚点はデカルトのコギトが孕んでいる存在の直観である。本書 「第1章第3節3)日本的コギト」で、「即的直観」と私が言ったものである。デカルトのコギトにはそうした閃きと通じているものがある。この点が西田の哲学と同調できるところであろう。

 デカルト批判については、すでに本書「第1章第3節2)カント認識論への発展?」で述べてあるが、西田のその批判の要は、アリストテレス的論理に基づいて実在を主語的なるものに求めた、というところにあるという。これはカント、スピノザ、へーゲル、フィヒテにも及び、西欧哲学の根本的誤りと考えられているのである。主語的論理と称されるこの西欧的立脚点は、西田においては否定されなければならない論理であった。デカルト以降西欧哲学はカントからフィヒテへの「内」の方向とスピノザは「外」の方向へと真反対の方向に発展していった。両方向とも内的形而上学型と外的形而上学型という反対の方向であるが、本質的には同じ自我主義に違いないところの、その反対型でしかない。

 西田はこれらの発展の過ちをデカルトのコギトが依って立ったところまで戻りなおすことを主張する。というのは、デカルトはその位置から一歩誤った方向に進んだからである。西田とデカルトのちょっとした違いの、しかし西欧科学と日本的倫理性との分水嶺的な位置からの反対方向への一歩で、そういう意味では大きな一歩であった。西田は、その結果が西欧においては「哲学は哲学自身の問題を見失ったかと思われる。」(「デカルト哲学について」西田幾多郎 青空文庫)という事態に陥っているということを指摘しているのである。つまり科学的思考に取り込まれ、歴史的・実在的に問題を抱えた人間の問題を排除していること意味する。西田にとって哲学とは人が生きるということであった。それは古代ギリシアにおいてのソクラテスのそれである。それゆえにこの小著では最後にソクラテスを扱っている。

 そこで西田はデカルトがまだ一歩踏み出す直前に立ち返り、デカルトが直観した自我存在がさらに打ち消されるべき存在であることを認めるべきであるというのである。私はデカルトがこのコギト的直観(即的直観)にいる状態ではまだ主語的なるものからは中間的位置にいると思う。少なくとも論理的にはそう言えると考える。しかしこのデカルト的確信にいる状況から、「我あり」と断定する主語的確信に陥るのである。つまりコギト的幻惑に陥った確信をしてしまうのである。西田は「考えるものが考えられるものであるという主語的実体の矛盾的自己同一的真理を把握したのである。」(「デカルト哲学について」西田幾多郎 青空文庫)ということであると指摘している。つまり矛盾的自己同一から自我存在の確信へというミスリードがおこるのである。これを私はコギトの幻惑と言っている。西田は「私はこれに反しそこから新たなる論理と新たなる実在の概念が出なければならなかったと考える」(「デカルト哲学について」西田幾多郎 青空文庫)というが、その新たなる論理や実在とはいかなるものであろうか?

 私はこの書の「はじめに」で、日本人の脳と欧米人の脳における言語問題を話題にしているが、これに関連して日本語には主語がないという三上文法説があり、西田が西洋の主語的思考姿勢を受け入れないことに関係づけることができる。西田が、アリストテレスは主語を実体とし、デカルトも「アリストテレス的論理学を脱しなかった。実在をどこまでも主語的なるものに求めた。」(「デカルト哲学について」西田幾多郎 青空文庫)という批判に関係する。これから、日本語は主語がないから無の哲学がそこに発生し、西欧では主語があるからデカルトのコギトが生まれたということで結論付けることができるであろうか。

たとえそうだとしても、そうすると我々日本人には欧米的な生き方は合わないということになり、合わせる方に選択肢を取ると、英語を国語化するというようなことが浮上することも考えられる。しかし明治期ならいざ知らず今日では日本語が良いのか英語が良いのかを決めるのは困難である。但し我々が日本語を使い続ける限りは、欧米的主語的論理は我々の倫理性には違和感があるということであり、我々の倫理性について考えられるべきであるということは、西田哲学の評価を高めるものである。

問題がもし言語的であったとしても、デカルトのコギトを起点として、西田は、デカルトは主語的論理に行くべきではなく矛盾的自己同一に行くべきであったと主張するのである。私は、デカルトはコギトの幻惑に陥ったと言っているが、コギトの幻惑に陥らないということはどういうことであろうか。それが西田の言う矛盾的自己同一であり、絶対の否定即自己否定であるということとどう関連するのであろうか。

2)西田の無の世界とは何か?

第1章で私はデカルトの「我」には実は(我?)が隠されていると言った。そしてこの(我?)はデカルトにおいては(我1)の背後にかき消されてしまっていると言った。この点は西田が、デカルトが主語的論理に侵されていると考えていることに関連する。(我?)が西田の世界に通じるものであるとするなら、西田はそこで彼の禅的体験によって自我が滅却する境地からこの(我?)の世界に入るものと思われる。西田の表現によればそこは無の世界である。私が(我?)というのは、「思う」が揺らめくように点滅し、定かではないが鮮明に実在を示すようであるからである。思うに西田がそれを「無」と断言するのもおかしな話である。というのは、無は無と表現するときもはや無ではないはずである。これを無の矛盾ということができる。

その時か? 其処ではか? 私が(我?)と言う時はある種の思考停止にある。私は、その時か? 其処ではか? 「思う」ことが精一杯で内容も伴わず、それさえもついたり消えたりの点滅状態である。私は「思う」ことを自覚したり自覚しなかったりする。意識の世界に入ったり出たりして定まらない。それ以上のことは私にはできない。私は、これは私の意識力の不足かと思い、一心に「思い」を強め、継続し、正体を極める試みを際限なく繰り返してきた。しかし反面そうした揺らめきや不定を、いわば流動を受け入れて生活しているのである。

ここには時間論と空間論が取り払われた世界、西田の「場所」でもある世界がある。

3)西田のカント批判

私は第4章第2節でカントの物自体について考察した。そしてカントの想定する物自体が存在しそうにない危ういものだということを検討した。私の物自体観は、カントの想定するような物自体は存在しないというものである。物自体としての他者についての認識は、私たちが孤立していることはなく他者との融合の中で意識というものは発生して来て、他者の認識はこの融合意識以外にはないというものである。この融合とは他者がそこで発生する現象であり、この現象の中に他者認識が現れるというものである。この現象を西田の物自体観や場所との関連で検討したい。

デカルト的コギトが(我?)という無我の世界を取りこぼさず、その無への我の無化が自他の区別のない意識であればそこには主観から疎外された物自体としての他者は存在しない。しかし我々の意識作用はコギトの幻惑に陥り易く、「我」の現象する場に目を向けそこなう。無窮の宇宙空間にいる時でも私たちはその宇宙空間に虚しくなることを知らず「我」の方向にこだわる。

カントについての検討を西田は重視し、そのコペルニクス転回を評価するなど、西欧を理解し、日本精神の構築に取り組む重要な対象としていると思われる。ここでは西田のカントの物自体に対する批判点を検討する。西田はカントに倣って、認識主観に基づいて認識を組み立てる。そして一方ではこのカント的な認識主観からの脱却を哲学的に思考する。ここには次のようなジレンマがある。主観に基づいている認識がいかにして主観外のものでありうるか、そういうことで定立した物自体を取り込むことができるか、というこのジレンマこそ哲学のテーマであり、西欧自我主義に翻弄される日本がその精神性を見失わないように取り組んだテーマであった。

西田は、アリストテレスが主語を実体とする主語実体論はデカルト、カントに至っても、西欧哲学において継続していると考える。これに反して西田は、「SはPである」という判断において、主語Sを特殊、述語Pを一般とし、一般(述語)が特殊(主語)を包摂する包摂判断から出発する。(「西田哲学の『場所』の論理とカント」井上叢彦 長崎大学総合環境券研究6(1))。主語―述語の包摂関係で主語面をどこまでも主語方向に推し進めると逆対応して述語面をどこまでも述語方向に、より一般的なものへと押しやることになり、一方ではもはや決して述語とはならない主語の個体(極限的主語)が出ると同時に反対の述語面においては他のどのような一般概念にも規定されない述語面(超越的述語面)に到達する。この超越的述語面が、西田が真の実在と考える「無の場所」である(「西田幾多郎の場所論とカントの『物自体』」――西田の『反省的判断の対照会』を手掛かりとして―― 木村美子 立命館文学第618号)

以上を(我?)と関連付けてみると、我を無化した無我の世界では述語面だけの世界になり、その無の述語化が絶対無の場所と考えられる。そしてこの(我?)に至る路程はデカルトにおいては徹底した懐疑による削ぎ落としによる完全に孤立した「我」であるという意味で極限的主語と準えることができる。そこに現象する意識は自他を超え、自他を含み込んで新たに芽吹いてきている個別な意識である。そこでは常に矛盾が自己否定し新に意識となり、ということが繰り返され続けている。

これに比してカントにおいては、主語的方面に実体を置いたデカルトに反して述語的方面に実体を求めたと考えられる。つまりデカルトが(我?)の無我の世界=「疑うも疑うこともできない直証の事実というのは、自己と物との、内と外との矛盾的自己同一ということ」(「デカルト哲学について」西田幾多郎 青空文庫)という世界に入りそびれて主語論理に陥ってしまったが、カントは逆方向の述語的方面での同様な実体化の過ちに陥ったというものである。西田はそのミススリップの過程を次のように示す。

カントはデカルトの「思う」の実体化を独断主義として批判し、思惟や知覚による統覚を以て世界を認識しようとした。しかし西田によればカントのこの統覚(意識一般と同義とされる)には自己の直観がないという。カントの思惑に反して「私は考える」という思惟がそれに該当するということはなく、それゆえにこのカントの統覚我は主語となるものであり、述語的統一とはならない。これを主語となって述語とならない基体が述語化して横たわっているのである、と言われる。(「西田哲学の『場所』の論理とカント」井上叢彦 長崎大学総合環境券研究6(1))。

これを(我?)に照らし合わせると、カントはデカルトが入りそびれた無我の世界を顧みず、西欧的自我の実体化を思惟と知覚に解体した結果、自我をどこかに置いてきぼりにしてしまっているということであろう。そして実はそうやって打ち消したはずのデカルト的近代的自我がこっそりと統覚の影から述語的を装って主語的統一を実行しているのである。そうしないとカントの統覚には自己の直観が失われてしまうからである。実にカントはデカルトが入りそびれた無我(そこから真我に到る)を知らず、一方デカルトが反動で飛び込んだ近代的自我をも受け入れないのだから、自我を喪失した状況なのである

実にカントの自我の喪失は物自体の想定を生み、物自体を取り戻す、つまり自我を取り戻す哲学となるのである。しかしその物自体は自分自身から隔離されたままの存在なのである。それは、コペルニクス的転換によってすべての対象の規定を認識に従って行うことによって起こった事態である。これは認識の権能にはない仕事である。

従ってカントのコペルニクス的転換の範囲外の仕事である。これが知恵の木の実の限界であることかもしれない。欧米主観主義はあまりにも認識にすべてを期待しすぎている。しかしそこにはそれ以外に道はないのだろうか。

けだしカントの物自体はこうしてカント的統覚が立ち上げた反作用的現象なのである。必ずしもそれが実在であったり事実であったりするわけではない。ヒュームやカントの主観に偏重した欧米自我主義は必ずしも疑いのないものではないのである。

4)意識から意志へ

西田幾多郎の場所論を検討するにあたって、意志との関係について木村美子氏が述べている趣旨は次のようである。(「西田幾多郎の場所論とカントの『物自体』―西田の『反省的判断の対象界』を手掛かりにして」立命館大学人文界608号)

西田はカントの物自体を認識以前の直接経験すなわち純粋経験の一部であると考えている。そしてカントの物自体を「絶対意志の自由」として、カント的物自体を改善解釈している。カントは自然の中に有機体的な自然の目的を見、そこに合目的性を見ようとする。西田は自然に因果関係を見るのみで合目的性を見ない。自然には主観的統一作用は認められず、偶然的に連結されているだけであると考える。カントは思惟と知覚による統覚によって世界を認識し、それによって世界の合目的性を見ようとする。しかしその統一は意識一般における統一である。西田の統一はすべての精神現象の統一であり、具体的意識の厳密な統一である。

西田はカントが知覚意識(思惟と知覚の両作用)によって自然界を統一させたのに対し、意志の意識も直接の所与として、形而上学から逃れて、自然を統一しようとする。

 カント的な知覚においては自由ではないが西田的な意志においては完全に自由である。これを「絶対自由の意志」と呼ぶ。そして真の自覚はカントの知的自覚にあるのではなく意志的自覚にある。カント的な知覚による単なる論理構成によっては異なった世界は構成されない。意志の対象は自然界よりもいっそう深い認識主観によって構成される。そしてカント的な自然界以外にもっといろいろな可能世界が考えられる。ここにおいて、物自体としての自然界が主観的自我を離れて存在すると同様な理由で歴史的世界や芸術、道徳、宗教の世界も実在すると要求できるのである。

そして我々が反省することができない、すなわち対象化できない、しかも我々の認識の根底である直接の実在である「絶対自由の意志」の世界をカントの物自体にとって変えているのである。

カントがここに至らなかったのは自己が世界の中で生きている世界ではないからであり世界の外で見ている世界だからである。西田の歴史的世界は我々がその中に生きている世界だからである。ここで残っている認識主観を超えれば直観の世界に入り、真の自覚が現れる。

カントにおいては知覚的意識により主観認識に依るので自然界の認識の背後に物自体が残される。西田においては意志の意識によりカント的自然界以上の歴史的実在的世界にまで到るが、それさえ認識対象界である。我々は叡智界に住むものであり、そこは直観の世界であり、西田が「場所」と言う世界である。この世界は不可知であり物自体の世界である。ここにおいてカントの知的自覚は意志的自覚に深まり、カントの主観は叡智的自己となる。カントの物自体は西田の場所論に包容される。以上である。

 木村美子氏の趣旨は、カントが感覚と理性による主観認識で世界を統一した結果取り残した物自体を西田は意志的自覚によって主観認識から解き放ち、そこに意志の絶対的自由としての物自体を自覚する、というものである。カントの物自体は主観認識では外にいたが絶対自由の意志として所与され、現象している、というものである。第3項において取り戻されはしたが、まだ家の外に待機させられている(というより外に待機していると思い込んでいる)物自体は、この西田の絶対自由の意志によってその幻惑から解放されるのである。そしてこの絶対意志の自由と自我との合一が物自体を認識の呪縛から解き放つのである。

5)西田の場所論

 西田の哲学には実がある。学説が理論的に合理されても実がなければそれは空理である。現実とは無関係である。現実の自分は取り残されたままで意味がない。学説が我々にとって意味があるにはそれが我々の現実に当為するということである。あるいはそれが我々には適合するということである。さて我々はこの当為や適合を何によるのであろうか。これが問題である。

 適合とはその理論が私の実在において私の実在を動かし、可変し、理論によって私の精神的、情緒的、身体的現実が理論と整合性を持つようになることである。理論のもたらした結果が何の可変ももたらさなかったり、理論のもたらすであろうと期待されたものとは異なるものであったりすればその理論は不適合である。そこで哲学がそうした適合性を持つか否かを検証する手段は何であろうか。とりわけ自我論の転回で我々が適合を問題にするのはどう言う想定をしているのであろうか。

 そこで西田の場所の理論は我々の実在にどういう適合を持っているのかがその理論の有効性、つまり人間存在、実在の真理を推し量るものである。適合性の問題は倫理学に検証性のテーマを持ち込むものである。

 通俗的には場所は時間と空間において成立するものである。しかし認識がカント的コペルニクス的転換によって認識が世界を形成するということを前提とする近代哲学では場は意識内の現象ととらえる。西田においても例外ではないといえる。

 それによると「場所」は意識の現象するところと考えるのが順当と思われるかもしれないが、「場所」は意識現象が現れないときには空間であるのかという発想につながり、意識の外の世界を連想することになってしまう。従って逆に意識の現象が「場所」の出現となるということの方が分かり易い。すると無意識の場合、「場所」は出現しないことになる。無意識では存在が消失するのかという問題が起こる。しかしこれは意識を存在根拠とすることによるものであって、無意識が存在を打ち消している根拠にはならない。無意識も意識様態の一つと考えれば無意識を場所と見なすことができる。

西田哲学「善の研究」における純粋経験を起点とし、場所の理論から生命へと広がっていく。純粋経験については語らぬ方が良いかと思われるほど、語るほどに表現の限界を感じる代物である。定説的には主客未分の、というより主客一つの意識を言う。例えると、私の今朝の意識と私の今日の昼の意識は別々であるが同じ私の意識であることは否定されないであろう。同様に私の意識と家族の意識は同じ一つの意識であることが成り立つ。こうして私たちの意識には主客が分離しないというものである。そこに直接経験や純粋経験がある。しかも西田においてはこの純粋意識が実体なのである。

そうすると意識は単なる主観にとどまらない広がりのあるものとなる。つまり無をも含んだ自我を超えた意識に場の根拠を見ることとなる。前項の意志の世界と関わるのである。

6)場所の自覚

以上は西田の場所を認識論的にとらえてみたものであるが、実在論的には、場所は述語論理から来ており、述語的存在者である一般者が主語的存在者である個物を包むことによる現象を場所と言うと理解される。従ってアリストテレスの言う主語的存在は個物として、そうではない一般者が自己限定したものである。そこでは一般者は主語とならないという意味で無化していくのである。言い換えると、一般者は対象としての個物を自己限定し自らは対象とはならない、つまり非対象と言う意味で無である。一般者が無限の自己限定に入り、もはや自己限定する対象がない状況を絶対無と言い、それを西田は神とするが、絶対無の場所である。(「西田哲学研究―絶対無の場所と個―」宇野正三 広島大学応用倫理学プロジェクト研究センター第14回例会)。しかし欧米の神とは異なる。キリスト教的にいえば自己限定する対象は神であるから、非対象は「1」なる神の自己限定になるのである。つまり欧米の「1」の世界にたいして日本的倫理性では「0」の世界なのである。

一般者とは意識の内容であり、意識の現象は個物を別にして現象することはない。一般者を個物と強く峻別すると、この連関に分かり難さを感じることになる。意識(内容)の出現はすでに個物を限定しているノエシス的(意識する)現象であり、個物から見ると限定されているノエマ的(意識される)現象であり、同時的に起こっているのである。そこが場所であると捉えることができる。

一般者は非対象として無であるが、自己限定によって個物が現象する、つまり有となる。述語的存在が無限に拡散し、一般者(意識内容)がもはや自己限定をしない絶対無の状況では、有即無の逆対応の現象が起こる。一般者が無限に拡散し、と言うことは自己限定がない=無限定となるから、限定されなければ現象する対象もなく無化するのである。ここに無限の非対象という意味での有とそれ故に対象が無限に「0」に近くなるという意味での無とが矛盾的に抱き合わさることになり「有即無」ということになるのである。

しかしこれはキリスト教的には対象は無限に減少し「1」(神)に収束することになる。キリスト教では非対象は限りなく「0」に近いところから始まり、無限数へと拡散し、「1」に収束するのである。しかし西田にはこの「1」はない。そこも0なのである。西田は「0」から始まり「0」に収束する。ここに無の哲学の世界がある。

西田のこの「0」の哲学は、その意識体験に追随することができる。欧米的には一般者の無限数のノエシス的限定はどうしても最終的には1者にたどり着くことになる。それは無数の意識の集合隊は1つの宇宙にまとまるので0となることは考えられない。これは論理的整合性によるものである。しかしこの一者を我々は実感し、この手に握り、体現できるであろうか。我々人は一般者の微小な一部としてしか、どんなに霊長類最高の意識を持っていたとしても、宇宙を表象できない。もちろん科学を筆頭にいろいろ試みるが。

しかしここで西田の示していることは、これを覆すものである。一般者の無限数の集まりが個々のセンス・データー的な集合ではなく、次々に対象的(意識的)発展が連続的に進み、その極限においては絶対無を自覚するというものである。西田においてはここには「主」つまりノエマ面、意識される面がなく、無数の一般者、ノエシス面が充満し、意識の背後に滞って、表象しないままである。これは無が無を形成しているというものである。自己限定の対象がなく、主語的存在が消失すると、意識的には限定が消えてしまい、意識内容も同時的に出現しないので無の意識状態になる。この無の意識は自らが無になることによって、すなわち主語的存在を希薄にし、自ら一般者的存在として非対象すなわち無になることによって、宇宙的な無に重なる。私はこれを(我?)と言っているところである。

この実際の意識のない状態と一般者とは、ノエマとして意識される側では意識には上らないものである、ということで存在的位置づけが符合している。

しかし西田の矛盾はこの絶対無を神と言う主語的存在として持ってきているところである。あるいは神と言わないでも「絶対無」と言うところである。しかしこれを言わないでは哲学的には充足感を持てないところであるから、我々は決して存在的に定立するのではなく、便宜的に受け止めるべきと思う。日本的倫理性としてはこれを「見て見ず、見ずして見る」(「東洋的見方」鈴木大拙 岩波書店)と言う半眼的な認識状況により体得するところにあると考える。つまり「見るものなくして見る」(「デカルト哲学」西田幾多郎)ということがそれを示すものと思われ、そこに実際の西田の境地があったと思われる。西田の場所はそうした曖昧さが一瞬時に明確である刹那である。この刹那の持続が禅の行中の透明な意識であろう。

従ってこの絶対無や神や(我?)は、説明用に一時的に使われるだけで、祭司の時の母屋のように終われば速やかに撤去されるもので、滞ってはならない。

7)西田のライプニッツ批判

 西田は自分に一番近い哲学者としてライプニッツとヘーゲルを上げている。そこに西田の倫理性との類似と相違を見ることは日本的倫理性への取り組みに取って有意義である。

①    ライプニッツと近代的自我の対決

ライプニッツのモナド論の狙いはデカルト的二元論の論駁と神の存在証明にあった。この2つは別々の問題ではなく、モナドにおいては一元的問題である。デカルトの2元論は心身の2元であり、人間と世界との二元であり、神と人との2元であり、自我と他我との2元であり、我の中での「我」と「我」の2元である。さらに言葉と意味の2元であり、意識と意志の二元でもある。

ライプニッツはこれらの二元問題を解決するのに直接的に解決したのではなく「モナドには窓はない」ということによっている。この命題は「認識が個人の内で閉じている」という近代的認識論からすれば、「モナドには窓がない」ということは符合している。それは認識が認識以外の何物でもないということと、認識が個人以外の何もののものでもないということによる自我主義との両方と争わない命題である。

ライプニッツがこのように近代的意識論によって意識の外の世界を分断し、モナドには窓がないという設定をしたのは、当時の時代性から抜け出ていたものではなかったからだということである。すべてのことを意識内でのこととして処理することができるかということがそのモナドロジーの問題であった。デカルトが精神と身体の二元論としたのに対して、ライプニッツはモナドの窓をふさいでしまった。そうしてモナドの意識の中にある世界は単独の世界である。その中では宇宙が展開しているが、すべてモナド内のことである。こうしたモナドはモナドの数だけあり、すなわち計り知れなくあるのである。

認識が認識以外のものではないという近代のこのテーゼはどこかおかしいところがあるがなかなか論駁は難しい。と言うよりこれは絶対的真理なのかもしれないと思われる。ライプニッツもこのテーゼに従って、このテーゼから出て来たデカルト的二元論をかわしている。かわしているとはライプニッツはこれを理性的論理的に、すなわち予定調和説によって解決しようとしたからである。

ライプニッツは、認識は認識以外の何物でもなく、認識の外の世界は取り扱うことができないということを「モナドには窓がない」と設定し、そこから始める。そこにライプニッツは表象を持ち込む。意識とは区別される表象は、モナドの内的原理としての変化する欲求からのものである。この表象が明確で記憶を持つような実体を精神という。この表象と欲求は神の知識と意志の模倣である。

このイメージ化は難しいが試験的には、柿田川の地下湧水のように思える。自然の無限のサイクルの中で無限に湧き出てくる富士山の地下湧水は湧き上がって来ては水底に潜り込み、再び湧き出る水とブレンドしながら湧き上がっては繰り返し、やがては柿田川へと川の流れを作っていく。この沸き上がりは神からの意志であり作用であり、それはまた個々のモナドの意志(欲求)として水底に潜り込み、湧き上がる水の模様はその個々のモナドが描き続ける表象となる。

私が分からないのはこの表象や意志がモナドの中の事であり意識の外にある自然世界とは分断されているということである。そして自然世界を反故にしておきながら意識の世界だけで整合的な世界を構築していることであるが、不思議なことにこの意識世界の法則がそのまま意識の外にある世界にと適用するというところにある。我々は意志の外の世界をいったんは外においているが、いつの間にか意識内で起こった法則なりを外の世界に適用している。それ自体が意識内のことであると主張されるかもしれないが、明らかに意識外の世界への適用である。また表象や意志がモナドの中の事であるという、モナドの外の事ではないということであり、つまりモナドの外の世界について言及しているということであり、モナドの認識はモナドの外の世界を認識するということになってしまっているのである。

我々はこうやって意識内の事をいつの間にか意識外の世界に適用しているのである。これをスリップ現象という。我々の意識はこれに気が付くことができない。このスリップは我々の意識よりも巧妙で、我々の最新の注意深さも及ばない。言うなれば我々の生存はこのスリップによって成り立っていると言える。これをスリップできないと我々は分断された生存者になる。意識と実在は分断され、精神と身体は分断され、人と人とは分断される。この点がライプニッツにおいてはどういう展開になるかを見ることが肝心である。

②    ライプニッツのデカルト的二元論の克服

こうした近代自我主義に基づきながらライプニッツがデカルト的二元論を克服したのは次のように、心身二元論の克服と予定調和説による神と人との関係である。しかしその根拠は近代的認識論にもとづく近代的自我主義を脱しているとは言えないだろう。

ⅰ先ず心身二元論について。

意識の外の世界とはなんであるか。精神と身体の関係でみると、我々の日常的理解ではデカルト的二元論的には、身体は意識の外にあるものである。しかしライプニッツ的には「精神も身体も、実体的な「もの」でも現象的な「もの」でもなく、モーメントとしての「こと」でしかありません。」(「ライプニッツ モナドロジー」池田善昭 晃洋書房 P.93)と言われるように、モナドの場で、異なった法則によって作用するモーメントでしかない。つまり精神も身体もモナドの中で説明されるのである。そしてそのモナドはそもそも認識の中に位置するものである。

ⅱ予定調和説

池田善昭氏のモナド論の説明は理解し易いところが大きい。「精神は目的因の法則に従い、欲求、目的そして手段によって働くのであり、身体は作用因の法則或いは運動の法則に従って働く」(79節)からです。「目的因の法則」と「作用因の法則」とは、相互に相容れない関係です。従って、精神と身体とは、本性上別々の存在です。それにもかかわらず、両者が一つに結合しているのは、一体、何故でしょうか。(「ライプニッツ『モナドロジー』」池田善昭 晃洋書房P.92)

ここでは精神や身体がモナドの中に位置付けられる意識的存在であると言いながら運動の法則によって動くという我々の日常的解釈による意識の外の世界の存在であると思われる節がある。そうであるならここにはスリップ現象がある。そうでないなら運動現象というものもモナドの中の壮大な宇宙世界の事と考えてもよい。そうすれば予定調和もモナドの中でのことでしかない。

 しかしこのモナドの中の宇宙は神の意識の中にある(我々にとっては意識の外の世界であるが)ので、池田氏の「包み包まれる」という表現を借りれば、神の中の宇宙意識は我々を「包み」、我々は「包まれるので」それらは予定調和説によって一致しているものと考えられる。そうすれば我々は神の意識に「包まれる」ことによって我々の意識の外の宇宙を我々の意識に捉えることができることになる。こうして我々は意識から取りこぼしている意識の外の世界を、神を模倣することによって与えられているのである。神の知識と意志に包まれて我々は我々の意識の外の知識を得ているのであり、カントの物自体問題からも解放されているのである。

ライプニッツがデカルト主義に対して反論したのは、意識主義というところでは同じだが意志作用だけを以て立ったデカルトの独断主義にあった。そしてその二元論が心身的にも神の存在証明的にも一元化されたということである。いわゆる「包み包まれる」と「包まれ包む」ということによって分離が収拾されているのである。

ライプニッツによるデカルト主義批判は「包まれる」という意識面の作用を取り入れない意志面「包む」ことだけによっているところからくる。我々に起こる神からの意志から来る無数の意識がなければ「包む」だけではそこには自我だけしかない。「包む」だけではなく、「包まれる」作用によって自我は宇宙の意識と混入し合い、自我は宇宙意識を自我とし宇宙意識は自我を宇宙意識として、自我は孤立から逃れることができるのである。

ライプニッツによってその自我は意志や表象ということによって定立された。カントはそこでそうした意識の先験的形式によって自我を客観的に描こうとした。描くということは自我が構成された意識として自我から分離することを意味する。ライプニッツにおいては意志や表象という自我の展開となり、そこでは意識は意志の中に包み込まれて表象の中に生かされていくのである。

③    西田のライプニッツ批判

以上のライプニッツのモナド論は優れた理論で納得できるものである。しかし一つ違和感があるのは、その中での私の有様が見えないというところである。西田はこれを「論理の矛盾的自己同一的原理に着眼していない」とし、池田氏はライプニッツが神と人(諸モナド)との関係を能動と受動の関係と表現しているから無理もないというように理解を示しながらも、西田は晩年には池田氏の「包む包まれる」の理解に到り、ライプニッツの予定調和は矛盾的自己同一的原理が導入されることで現実的原理となると評されている。(ライプニッツ『モナドロジー』」池田善昭 晃洋書房P.128)

そこで、池田氏は「ライプニッツの思惟が、理性の限界内にあくまでも留まろうとしたと言わなければなりません。否、むしろ理性の限界内に留まろうとしたが故に、そのようになったというべきかもしれません。」と西田の批判を認めながらも、しかし「ライプニッツの思考は、もはや矛盾的自己同一にまで到達していると言わざるを得ません。単に自己意識の理性の限界内に留まっていたなどとはいえないことになります。その意味でいえば、「モナドロジー」は、ただ従来の合理論の立場からしてのみ把握され得るものではありません。よく言われるように、モナドに神秘性が認められるのも、まさに理性思考の枠内に留まり得ないところがあるからに他なりませんでした。」(「ライプニッツ『モナドロジー』池田善昭 晃洋書房」(P.24)と言うが、それはライプニッツの内的世界をそのように推察できるということに止まる。実はここに西田とライプニッツの小さいように見えるが根本的で重要な、そして日本的倫理性においても重要な違いが窺えるのである。

これはそこに「私の有様が見えない」いったことに関係すると私には受け止められる。そしてそれは西田の倫理性であり、生きる姿勢であろうと思う。またそれは西田にとどまらず日本的倫理性の根本でもある。西田は予定調和の中に身を置いて、宇宙自然の「包みに包まれ」、西田の「包まれ包む」という、日常の禅定に生きていた。それゆえ西田の表現は「個は個に対することによって個である」というメタファーにより宇宙自然との場所の再現を試みるのである。ライプニッツが構成に取組んだ原理を、我々はおのれの存在をもって宇宙自然の中で日常的に歩もうとし、そこに道を見るのである。実に西田は毎日の自分が世界に生きるそのことを記述し、ライプニッツは世界の有機的構造の解説を行っていたと言える。

従って、西田は川の流れであればその水そのもの、流れそのものとなって流れ、ライプニッツは川の流れの土手にいて見ている川の流れを記述しているのである。もちろん哲学的には西田は流れとなってそれを記述する。そのジレンマが禅坊主ではなく哲学者である宿命である。良寛では歌に依ったところである。

の理論であってもそこで記述の及ぶ内容は異なってくるのである。そして日本的倫理性の特徴はこの流れる水そのものであろうとすることである。それが純粋体験である。そして純粋体験は体験についての描写はできるが体験そのものを伝えることはできない。またそうした体験にいたる幾つかの方法を示すことはできるがそれは純粋体験に到ることを保証するものではない。

8)窓のないモナド批判

 ライプニッツの窓のないモナドへの批判は19世紀フランスでは珍しくないようである。(「人称の周縁―19世紀フランスにおける共同体論についての考察―」杉山直樹 京都ヘーゲル読書会 平成17年7月3日)と言った修正が提起されている。「モナドに窓はない」は近代認識のセンスであるが、西田においてはこのライプニッツ批判への傾向はベルグソン哲学の関心にひかれていくところに見られる。それは前項(7)において結論したライプニッツ批判に共鳴するものである。

①ベルグソンの2つの見方

 西田は以下のようなベルグソンの2つの見方を提示する、

ⅰ 一つは物を外から見るのである、或一つの立脚地から見るのである。物を他との關係上から見るのである、物の外と關係する一方面だけ離して見るのである、即ち分析の方法である。概念的知識とする

ⅱ もう一つの見方は物を内から見るのである、着眼點などというものが少しもない、物自身になって見るのである。すなわち直觀intuitionである。従ってこれを言い現はす符號などいふものはない、所謂絶言の境である。ただ第ⅱの方法のみ、これによって物の絶對的状態に達することができるのである。哲学的直観とし、この直観によって物自身になって見るのである。

 そしてベルグソンの主張は、我々の深層に不断に流れている純粋持続は上記ⅱの直観によりその真相に達することができるというものである(「ベルグソンの哲学的方法論」西田幾多郎)。この2つを言い換えると西田によれば、「我々の知識は行動の手段となるものであつて、外界の成功を目的としたものである。所謂知識はすべて實用的意味を有ったものであり、物を手段として外から見たものにすぎぬ。物そのものを知るにはそのものとなって内から之を知らねばならぬ、是が即ちベルグソンの直觀である。」(「ベルグソンの純粋持続」西田幾多郎)となる。ここでは直観は機械的説明や意匠的説明をも否定する純粋持続である。

②近代的意識論からの脱却

上記に出て来た純粋持続とは連続的創造のことである。この純粋持続には緊張と弛緩があり、緊張によるところが我々の生命であり、自由行為はそこにある。他方、弛緩するところでは自己は拡散し、記憶の並列になり、我々のパーソナリティーは空間世界に陥ってしまう。ここに知識と物質界とが現れる。こうして「ベルグソンに従えば我々の身體は單に行動の器具であって、精神と平行する獨立の存在ではない、ただこの接触面を示すこととなるのである」と言えるのである。つまりライプニッツの意識に閉じられている表象と意識の対比はベルグソンにおいては純粋持続の中での緊張と弛緩によって説明されている。

それは近代認識論における意識内の現象から飛び出している。なぜならベルグソンにおいては精神と物質(心と身)ともに純粋持続から出ており、意識(精神)の中に閉じ込められているわけではないからである。つまりこのベルグソン哲学はカントのコペルニクス転換の批判からも逃れている(「ベルグソンの哲学的方法論」西田幾多郎)。つまり近代的認識論の意識内の限定に封じ込められた呪縛を逃れているのである。

9)西田のベルグソン批判

 しかしこのベルグソンの純粋持続や連続的創造も西田にとっては自分の哲学とは違うものであった。その基本的な違いもライプニッツとの違いと同じところに起因する。片柳氏は西田のベルグソン批判を、ベルグソンの純粋持続には「否定」と「肯定」への真の洞察がないというところでまとめている(「ベルグソンと西田幾多郎」片柳栄一京都大学宗教学研究室紀要Vol.4)。永井晋氏は「否定」に着目し、両者の「否定」の相違を示し、西田哲学に迫っている。(「西田幾多郎と近代日本の哲学―「東洋哲学」とは何か―」永井晋 国際哲学研究3号 東洋大学国際哲学研究センター)

ベルグソンの「否定」は弁証法的な否定による新たな展開を産むという連続的なものである。西田は「否定」を全く違う無の位相においている。否定はその先に連続的につながるための契機なのではなく、一切無の場所であり、その場所でさえも無になり、それ以上の名状は名状の責任のないものである。

一方、因果の関係の全くない平行な現象として肯定があたかも対の縄目のように交差して表出する。これは池田善昭氏が「包まれ包む」と言う原理のように図式化できる。しかし西田哲学の中心はそうした図式化を脇目に置きながらあくまでもその縄目そのものを生きるというところにある。これは禅の三昧を体現することが主であり、でありながらその三昧を見つめる目を研ぎ澄ますところにある。それゆえに西田は西田哲学を語り続けたのである。もし三昧にいるだけならそれは禅の高層でありそこには哲学はなかったであろう。これによって日本は日本的倫理性を自覚する道を歩み始めたのである。それだから日本的倫理性は自らが無の内から「肯定」していく道を生きるものである。

「否定」と「肯定」のこうした違いは目に見えるようになった結果上の相違であり、学としての哲学には重要であるが、この相違は目に見えない、表現できないいわゆる純粋と呼ばれるものにあると思う。西田はこれを場所と言っているようにも思えるが、場所は純粋と呼ばれるものが行き来する時に発生する刹那のもので、持続するものではなく、純粋持続するものである。

永井晋氏は前系の論文でベルグソンと西田が取り上げている「刹那」に着目しているが、この「刹那」の違いにこそ両者の根本的な違いがあると考えられる。ベルグソンにおいては「刹那」は不合理な神秘的体験でしかない。しかし西田にとっては、刹那は純粋経験の様態である(前掲論文 永井晋)。刹那とは無の中から、対象のない、それゆえまだ名状に届かないままの純粋経験が過るふとした間である。そこに「いのち」の様態を窺うことができるのである。

ここにおける、ベルグソンとは一線を画す西田の哲学は、体験の追求とその表現と体験の構造の追求にある。西田にとっては、刹那は純粋経験の時間的な極限点である。それはもはや空間ではない。空間は純粋経験の内容に従って広がるが、それが空間を要しない純粋経験内容であれば空間は存在しない。むしろそこから時間・空間が発現し世界が展開していくのである。

10)ソクラテスの無知の知からエロスヘ

この項は「第7章 ソクラテスに学ぶもの」を踏まえて述べたものである。このまま読んでもよいが、第7章の後で読んでいただきたい。

ソクラテスの「無知の知」には西田と共通した哲学的態度がある。ソクラテスは懐疑から入っている。ソクラテスはダイモンの神託によって自分が最も知恵あるものと言われたことに納得できず、全国の知恵者を尋ねる。その結果人生の問題については誰もが知らないということでは同じだが、彼らは皆それを知っていると思い込んでいるが、自分はそれを知らないということを自覚している。ただその一点でどうやら一番の知恵者であるようだと知るに至る、ということであるが、このソクラテスの状況はそこから先は視覚的には暗闇が続くようなイメージである。それ以上先はないという世界である。しかしソクラテスがそこから先に見たのは、「神のみが知恵者である」ということである。これはデルフォイのアポロン神殿に掲げられている箴言である「汝自身を知れ」から理解される。「人は死すべき無知なるものである」という伝統的ギリシアの姿勢から来ている。ソクラテスのアポロン信仰の根拠となる。ソクラテスの産婆術はここからアテネの青年たちに自分の無知を知らしめるイロニーとダイアローグによるソフィスト(教師)としての活動である。しかし「無知の知」に至ることで人間はいったい如何に生きればよいのであろうか。アポロン信仰(ダイモン信仰)は人間をどのように処しようというのであろうか。

ソクラテスのダイモン信仰はエロスの道である。知ることはできないが知恵者である神に向かう生き方はできる。ソクラテスにおいては、哲学は驚きではなく愛求であった。古代ギリシア哲学は「驚き」に始まるとされるが、ソクラテスの弟子たちの驚きからの愛求とソクラテスの愛とは違和感がある。古代ギリシア自然哲学者たちは自然の神秘やその現象に感動や驚きを感じそこに自然を知りたいという知への欲求を抱いたのである。しかしソクラテスが求めたものは、そうした自然哲学的探求ではなく人間の問題であり、善美の事であった。彼は自然哲学的知恵によって無知ではないとする知恵者たちが無知であるということを自覚していないという神託に覚醒しているのである。従って自然哲学的な驚きと愛知はソクラテスのエロスとは異なっているものである。

その意味ではアリストテレスが哲学を驚きや愛知とした点はソクラテスの道を歩むものでなかったのである。それはプラトンにも言えそうである。エロスの神は古代ギリシアでは富と困窮の間に生まれたが故に、決して困窮し尽くすといことも富み尽くすこともなく、いつも困窮と豊富の中間にあって、美しいもの善いものを求めており、我々人間はそれに重ねられるものである(「饗宴」プラトン 岩波文庫)。それは「完全なるものを求める愛である。」

しかしソクラテスの「無知の知」に基づくエロスは無知なるものが知恵あるものになろうとする愛知ではない。なぜならソクラテスの「無知の知」には無知の知のままでどう生きるかという産婆術の目指すところであるからである。ソクラテスにとって人間の無知は変わらないのである。知を獲得したり知恵あるものになろうとしたりする他の哲学者たちとの違いがここにあるのである。

 プラトンの「饗宴」にはいくつかのエロス論がある。その中で最後にソクラテスが登場し、巫女のディオティマから聞いたという先のエロス論が中心であるが、それに先立ってアリストファネスのエロス論に触れる。アリストファネスのエロスは、人間は、はじめは男女が一体であったが、あまりに横暴であったので、これを神は分けられた。それ以降人は自分の半身を求めて彷徨っているというものである。ここには分離と合一がある。ここではエロスは合一によって自分が止揚的に消えていくのである。ソクラテスのエロスは完全なるものに合流する、つまり無化していくという、西田的哲学と共通するものがあると考えられる。

 しかしソクラテス(プラトン)はエロスとは半身を求めることではなく善そのものを求めることだという。つまり善たろうするということである。しかしその善は知を獲得することによるわけではない。無知者が無知のまま善たろうとする時いったい何によって善であるのだろうか。そこにエロスの働きが生まれる。エロスは完全なるものに向かい、それを知ろうとするのではなく、ただそれに向かう。完全なるものが善であるのか、それとも安全なるものに向かうことが善であるのか、そしてそれ故にエロスが善であるのか、渾然とするところである。善たろうとして善なるものに向かう善なる働きという表現が以上の一連の説明になるであろうか。そしてそれは西田的説明を模しているものとなるだろうか。そうすると私たちはソクラテスに西田的無の倫理、一つの日本的倫理性を見ることができるように思える。そしてそこではもはや善は3重に埋め込み合わされて、自我とエロスと神は互いの分離状況を解消し、西田的にいえば自己否定即自己肯定していると言えるのであろうか。「無知の知」に至った自我とは自己否定による無のこととなり、エロスとはこの無の善への志向であるが、そのことが善であるゆえに、その都度ごとにエロスは満たされ、つまり善は実現されエロスは無化される。しかしそこでは志向対象である善は志向主体者に実現され、対象は主体に同一される。これを矛盾的自己同一とされる。つまり否定即肯定の世界であると考える。


日本的倫理性 6 第4章 カントの物自体論

2019年07月16日 | 日本の原体験

 

第4章 カントの物自体論

 私はすでに第3章第4節第2項でカントの『物自体』についてかなり入り込んで述べたが、この章では改めて手続きを踏みながら述べていきたい。

 

第1節 物自体と認識

1)物自体と超越論的自己意識

カント(1724-1804)はドイツの哲学者で批判哲学により近代欧米自我主義を確立した。デカルトのカント的展開は2つの大きな方向への発展であった。1つは認識論における超越論的自己意識であり、もう一つはその認識が及ばない認識の外にある「物自体」存在である。超越論的自己意識はア・プリオリで、一切の懐疑が及びえないものである。これについてはデカルトのコギトがその幻惑によっているという指摘によってそうした自我の根拠の薄さを見たものである。物自体存在とは、たとえば超越論的自我そのものは認識することはできないように、認識できない存在のことである。

本章でのテーマは一方の「物自体」についての考察である。末木文美士氏は、カントは「それを物自体と名づけた。それは認識されないけれども、何かありそうな、どうにも落ち着きの悪いおかしなものである。ウィトゲンシュタインの「語りえず、示されるもの」は、それをさらに徹底している。それをどう扱ったらいいのであろうか。」(「哲学の現場 日本で考えるということ」末木文美士 トランスビュー P.64)と指摘している。この物自体は超越論的自己意識が及ばない、その外の世界にあるが故に認識できないものである(「自我の哲学史」酒井潔 講談社現代新書 P.54)。こうしてデカルト的近代自我は一層ラディカルに限定され、物自体を除いたすべてが超越論的自己意識の範疇に収められたもの以外のものではなくなる。カントの認識の形式に当て込めて世界は形成され、自我はその形式の絶対基準と化したのである。そしてこの物自体の復権はそのまま放置されたままである。ここに近代的自我意識や理性認識の行き詰まりが始まっていると考える。

2)物自体と他者、それと認識

カント哲学では純粋理性という人間の認識の及ぶ領域を世界とし、それ以外のものは物自体としその領域に含まれない結果になっている。ここには4つの物自体が想定されている。ⅰ自然は意識の外にある物自体であり、ⅱ意識主体である自分自身も物自体であり、さらにⅲ神も物自体から除外されない。神についてはその存在証明も不可能とされる。

末木文美士氏は同前掲著でカントのこの「物自体」を、それを「他者」に置き換えて検討している。それに習って他者存在やその認識について検討してみる。従って第4番目の物自体が想定される。ⅳ他者としての物自体である。この4つの物自体は第2節 2)で検討される。ここではひとまず他者について考察する。

この問題は

①    他者が存在するかどうか、

ということと

②    その他者を認識できるか否か

という2点を考えさせる。ここには存在と認識の関係が横たわっている。

カントは、物自体は存在しないとは言っていない。認識できないといっているのである。しかし、一般的には認識されないものはその存在も証明できないとされる。存在は認識の限界に限定される。従って①の「他者が存在するかどうか」は認識にイニシアティブを握られている。ここで②の「その他者を認識できるか否か」には2つの点から検討しなければならない。1つは②a「私は私を認識している私を認識できるか?」という場合、そうした私があることを推理し、そうした私の存在を察することができるので、そうした私は存在すると言える。これはカントの立場と矛盾することはない。他者が存在しないでは理解できない現象が日常的に我々を取り巻いている。親を認識できるかどうかはさておき自分が存在するということが親の存在を示しているのである。従って①の「他者が存在するかどうか」は物自体存在を保証する。①の「他者が存在するかどうか」についての保証を、居心地の悪い状況でありながらも、与えている。もう1つは、②b「認識は認識であって、それは存在とは別のものであると区別される」。つまり存在については、認識は侵入してはならないということである。そこで他者存在については沈黙するしかないというものである。これはウィトゲンシュタイン的な観点である。

従って私たちはその物自体存在は本当に事実であるかどうかを十分には確信できない。それは単に居心地が悪いだけではなく、例えば自我存在や他者存在や神仏存在にまで我々の曖昧な、不安定な気持ちを解決してくれず、我々の生きることでの不安を解決してくれないのである。

3)物自体の内容の認識

ここで帰結することは②「その他者を認識できるか否か」から出てくる次のような2面性である。

③    存在は認識によって決定される

④    存在は認識とは別物であり認識は存在問題に侵犯してはならない

という2点である。

この③の「存在は認識によって決定される」は上記②aのように間接的に立証できるのであるから解消されたかのようである。しかし③「存在は認識によって決定される」は存在の内容についての問題ででもある。つまり③「存在は認識によって決定される」は認識が存在の内容を決定できるという面を検討することになるのである。これについてはカントが示したように我々は存在を認識することができないとされている。ここに解決したい課題がうかがえる。物自体を、その内容を認識できないということはどういうことなのだろうか?

これに対して④「存在は認識とは別物であり認識は存在問題に侵犯してはならない」は、認識は存在を捉えられないということであり、認識が存在を捉えた瞬間にそれはもはや存在ではない、ということである。ここで前提されていることは、我々の認識形式に存在を落とし込んで、存在を言語などに置き換えてしまうということである。それは存在そのものではなく、加工されたものである。さてこの認識は、カント的には超越論的自己意識によるものであり、当然に感覚や悟性や理性などの認識に分けることができる。これらの認識というものは認識というものの本質として客観的に捉えるという特性によって説明できる。しかしこの認識観は正当であろうか。我々はそうした存在を存在として認められないように哲学的に変化して来たのである。この認識の原理は現代では黄金律化している。

何故我々がそうした変化に至ったのかは大変有意味な問題だと思う。我々はそうした加工したものが真理ではないということを知るようになったのである。我々は加工された後のものではない生の直接的な存在を手に入れたいのである。つまり、③「存在は認識によって決定される」における、物自体の内容の問題に関わることである。物自体の存在が推理されるだけでは十分ではないのである。これは④とは逆で相矛盾する。この④と③の2つは認識と存在にジレンマを持ち込んでいる。

即ち、これは物自体の存在に関わる。先に第3章第4節2)で譲られている問題である。③の命題からは物自体は「②認識対象ではない」から、存在しないことになる。しかし④「存在は認識とは別物であり認識は存在問題に侵犯してはならない」の命題からすれば存在は認識の如何にかかわらず存在することになる。今後これに関わっていく。

先取りして述べると、このジレンマの議論のベースは、存在が固形的で、解剖学的サンプルのように位置づけられているということ、認識がいまだに素朴実在論的状況にあり、固形化した存在を認識対象とする認識とされている状況にあるということである。この観点を踏まえてこのジレンマに取り組むことが今後の課題である。

4)直観認知

そこで

⑤    認識は客観的に捉えるのが特性である。

⑥    認識には客観的に捉える以外の特性がある。

という区分を実験的にしてみたい。

知るということは非常に自己矛盾したもので、知るということによって我々は他者を知る一方、知るということによって他者の本質を失うのである。そこでできるだけ加工しないように他者を直接に知るという直感認知に期待する。ここに⑥「認識には客観的に捉える以外の特性がある。」ということを見ることができる。しかし直感認知は個人に留まるもので共有化できない。共有化=客観化したときには他者の本質は失われる運命にあるのである。直感認知されたものをできるだけ濁さないようにソーッと表現しようとし、さらに学にしようとするのが現象学的試みである。

しかし

⑦    直感を表現することそのことが自己矛盾するものである。

その上

⑧    直感そのことがすでに他者そのものとは言えないものである。

この⑦「直感を表現することそのことが自己矛盾するものである。」とは、直感は他者の直接知であるが、表現は直接知を言葉などに置き換えるという作業であり、その時点で直感内容から引き剥がされることである。直接知を伝えることに高い成功をすることは芸術的、文学的、哲学的な天才に見ることができる。それでも直接知を表現したり伝えたりすることは困難である。(これについては日本的倫理性の立場から言上げせずという日本の伝統的やり方がある。あるいはメタファー的なやり方がある。具体的には善の考案がその典型であるが、善以外にも和歌や俳句、庭園・お茶・お茶・お花・武芸などあらゆる日本文化の奥義にそれが窺がえる。これについては改めて述べる。)

一方、「⑧直感そのことがすでに他者そのものとは言えないものである。」は④「存在は認識とは別物であり認識は存在問題に侵犯してはならない」を言い換えたものである。④は存在と意識との論理的なパラレルを指摘しているものであるが、ここではそれを含めながら主観と他者との垣根を指摘している。この2つは親戚のように絡まっている。ただ「④存在は認識とは別物であり認識は存在問題に侵犯してはならない」では認識には直感という存在に近接した状況を明示していない。しかし直感知であっても存在とは区別される領域であるので「⑧直感そのことがすでに他者そのものとは言えないものである。」と同じことを示しているのである。

 「⑧直感そのことがすでに他者そのものとは言えないものである。」は、苦労して天才的な仕事によって直接知の高い表現や伝達を成し遂げても、それは他者そのものとは言えない。それは直感者の内的な直感知に過ぎないものである。その直感が他者の実態と一致しているものといえるものだろうか。これは単にそうだと力任せに断言することでクリアできることではない。直観に責任がなければならない。

しかし直感がたとえ直感者の内的な直感知であってもそれは単に個人的なものであろうか。それ以上のものを考えられないのであろうか。我々は、直感は個人的なものであることを疑わない。直感とは確かに個人の心理的現象あるいは個人の神経的反応あるいは脳内現象などとみなすことができる。すなわち意識現象は個人的現象であるということが鵜呑みにされているのである。これに疑いはないのだろうか。

5)直観に残された可能性

⑨    直感は個人的のものであるか否か。

 この問題はきわめて重要な問題である。我々は意識や認識は個人的なものであると信じ込んでいる。意識は誰のものであろうか。意識の形成過程では仮想的身体運動によって我々の意識は形成される。メラー・クラインに寄れば母親との育児過程の中で自我と共に発達する。つまりこどもの意識はその自我と共に母親などの環境社会において形成されるものである。意識はその形成場所は個人に所属するが、形成内容は社会的なものであることになる。したがって他者を直感することは、場所は個人に属するが、内容は社会的なものということになる。これは英国常識主義にみるべきものがある主張である。

こうして我々は他者を知る可能性を見ることができるのである。しかしこの場合の知るということは欧米人が期待するような客観的で、誰にでも何時でも何処ででも取り出し示せるものではない。我々は欧米的科学的な知識のみを知識とすることを肯定しない。

 英国において倫理学説は直感主義と功利主義とがある。この2つの立場は長い間反目を続けている。これについては第6章で述べる。直感主義は理想主義と結びつき、例えばG.E.ムーアは倫理学の基本観念である「善」は直感に寄らねば知ることができないと主張した。この直感はおよそ科学的な知識ではない。科学的な知識が優位を占めるのはそれによって物質的な発展が実現されるからである。それに比して直感知は客観的で、誰にでも何時でも何処ででも取り出し示せるものではなく、科学的発展には直接的に寄与するものとは考えられていない。

 一方、私たちは科学の発展だけに満足しているものであろうか。少なくとも日本的倫理性をテーマとする私たちにとっては、私たち日本人の生き方を見直す課題がある。

 

第2節 カントの物自体は存在するか

1)カントの想定するような物自体は存在するか

我々が他者を知ろうとするということは社会的に生きていく生き方を問題とするからである。この他者を、知ることができないものであるとすることは我々の希望や目論見が叶わないということである。ここで前提されていることは他者について知ることができれば我々の目論見が叶うということであるが、その目論見は他者を知るということより、他者とともに社会で生きるということにある。我々は他者を科学的に捕らえるということより他者を直感的に知るということで他者と社会的によく生きることが可能なのである。この直感的な知は科学的な知によって長く阻害されてきているものである。物自体の知はこの直感知によって取得できるものである。それは自分も他者も含めて形成されて、共有されている知において直感される他者である。そこにおいては物自体というものは存在していない。他者は私や諸々の存在を含めた世界の中で生まれて存続する便宜的で可変的な現象である。物自体という発想もまたそうした便宜的で可変的な現象である。つまり我々の認識や存在を超越して永続的に存在するという発想のことである。その発想が1つの現象であればその内容はもちろん同様に現象になる。

 欧米科学は客観的、感覚的、永続的、再生可能的といった対象存在を確固としたものとし、そうして世界を形成しているがそれもまたそういった発想の現象化である。科学の確信しているようなものが普遍的であるわけではない。そうした科学の発想は物以外の世界を希薄化する発想を現象化している。

 そこでカントの想定している物自体のように可変的でない、彫像的な、ミイラ化した、無機的な存在はどこにも存在していない。存在しないものを知ることはもちろんできないということになる。

2)物自体の2面性

「第1節 2)物自体と他者、それと認識」で提示された4つの物自体は認識できないものの幾つかの例として取り上げられている。それらはみな次の⑩に属するものである。

⑩    科学的に認識できないが、認識の根拠として認識の向こう側に形而上学的に、超越的

に存在しているものだという扱いを受けている物自体。

 これまでそのうちの④の他者について見てきたが、他者としてカントが想定しているような超越的存在は存在しないかもしれないと考えられた。すなわち、

⑪    ここでは他者存在の認知としてそこに共有されている現象を想定している。他者とは

この共有現象の中に存在するものであり、それ以外に他者はいない、ということによっている。

カントの物自体観によれば、統覚による認識の範疇にある認識は認識している主観者に属するが、たとえば他者の意識にあることは主観者のものではないし、主観者には認識されないので物自体と定義的に変わることがない、となる。しかし⑪で主張されていることは、意識は個人的なものではなく他者を含めて発生するものであるということである。そしてこの意識はお互いの意識を取り込みながら、混合し、融合しながらとどまることなく変化していく。ここではカントが想定するような他者の固定した意識というものは存在しない。つまりこの意味での物自体は存在しないのである。

ここではカントの想定した物自体とは別な物自体について検討しているが、とはいうものの、では自然的な意味での物自体についてならばカントの物自体は想定されるのではないかという見解がある。しかしそれについても私は確信できない。というのは他者を意識面からではなくその身体面から検討してみると、物理的身体においても私たちはお互いを取り込みながら変化していると言えるのである。意識のような即効的速さはないが、早回しビデオのように観察すれば私たちは急激に変化し、その変化には食物や調理や家族や友人などが多面的に関わっている。それが当然身体的変化に関わり、他者と関わらずにできている全く孤立した身体など存在しないのである。こうして私たちは他者の身体についても他者と共に変化していくものであり、他者の身体についての認識も意識と同様に知りえないということはないのである。

言うなれば現象の中に他者認識が発生するのであり、他者があって現象が発生するのではない。従って他者についての認識は当然、認識が現象の一面であるので認識されるのである。この現象は他者の身体認識で見たように、意識現象だけの現象ではなく、カントが言う自然的世界、物的世界、物自体の世界においても適用できる説明である。西田が言う場の説明に近いが、強いて言えばこの共有現象を場所という。しかし場所という時間空間が超越的にあってそこに現象が起こるのではない。それはそういった素朴実在論的な外的世界を想定することを常識としようという思考の枠づけに起因しているに過ぎない。この点についての考察は第5章第3節 5)で展開する。

第3章第4節2)ではカントの言う認識対象ではないような物自体は存在しないが認識対象となる物自体はこうして現象化することによって物自体の認識となる。

3)物自体は認識の外にあるか?

この唯識論的な発想は一方ではあまりに説得力がないかもしれない。飛行機は操縦を誤れば何百人も死に、私がもしハンドル操作を誤れば事故につながり死傷者が出る。しかしこれもまた世界の現象である。それゆえに高度な操縦技術をマスターし飛行機をオペレーションするし、私は注意深くドライブをする。飛行機も操縦も空気力学も皆世界の現象であり物自体としてどこかに独立して存在するわけではない。それは認識が対象を要するものとする思い込みあるいは前提、そういう発想の枠に縛られているからである。認識には対象のない認識があるという想定にどんな問題があるだろうか。

 感覚も言語も要しない直接に知ることは決して否定されるものではない。対象があってそれを知るのではなく、直接知が起こって、あって対象(内容)が出現するのである。の対象はどこかに永続的に存在するとは限らない。科学が想定しているような対象ではない。

認識は必ず対象を必要とするかという逆転の発想を問いかけている。認識は認識対象しか認識しないが、認識対象が無いとき認識は成立しないのか。すると認識の中に対象化したものが認識対象であるということになる。これは時間的には同時現象としても論理的には認識が先んじているのである。これが逆転すると物自体が存在することになるのである。認識対象は認識なしには現象化できないのである。認識の前に認識対象があることは論理的に成立しない。もし認識の前に認識対象があるならばそれはゾンビである。それこそ認識されない認識対象、否、対象⇒物自体である。

そこで思うに他者を認識できることが問題なのではなく、他者との関係が良好に行くことが大切なのである。

 我々の認識や生き方に転換が起こる。素朴実在論が想定するように対象があるからその対象によって認識が起こるのではなく認識が起こって対象が現象するのである。すると物自体というものも、起こっている認識の中での認識対象でしかないということになる。物自体が認識の外のものだということは論理的に成り立たないのである。カントの問題は物自体を想定したというところにある。それはデカルト的自我に基づきながら、主観だけで世界を構成しようとしたところある。その結果世界は検体を解剖したようなところになり、自我そのものさえ物自体として阻害されることになったのである。

 物自体の認識について例えると、「もし私がニュートリノであるならば、つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)から岐阜県神岡のスーパーカミオカンデに向かって走り、カミオカンデによってのみ感知されるだろう。もしカミオカンデがなければ私は認識されないであろう。私はこの宇宙には存在しているのではあるが、その形跡が分かり質量が分かる。そしてニュートリ自体は暗示されるだけである。ニュートリノは存在するのではない。刹那の出現であるのかもしれない。それは量子力学の世界の現象であって実在的ではないのかもしれない。」 

4)世界の外と認識の外

世界の外の主体と物自体とは違うものと思われる。認識の領域外ということでは同じものと受け止められるが、真反対のものである。認識は二重の認識できない主体と客体を持つことになる。認識は認識できないものの間に挟まれた何ものかである。

世界の外の主体とは①デカルト的自我のさらに背景にあるもの(我3)や、②私がそこでメタファーしている(我?)である。また③ウィトゲンシュタインの形而上学的自我である。さらに④「第1章第4節 3)」の「I」ともいえる。しかしこれら4者はみな異なった自我である。共通点は認識するものであっても認識対象にはならないものである。その意味で「世界の外」にいるものである。

「認識の外」とは世界の中に入るが認識対象とはならないものである。カントの物自体は認識客体の背後に想定されているものであり、世界の中にいるものである。しかしそれは想定内の話で実際は存在しないので認識の外である。この物自体にはいろいろなものが放り込まれており、カントの超越論的統覚のようなものもそれとされているが、これは世界の外に位置するであろう。また神もそうである。

この2つが真反対とは世界の中と外に分けられることによる。その意味は宇宙の内的無限性と外的無限性に関係している。そして認識はこの2つの無限に挟まれて現象する場と言える。

認識はパン焼き機が小麦粉でパンを焼くように、焼かれたパンであるが、パン焼き機や小麦粉ではないということである。とすれば認識は世界の全てではないわけである。

この認識の構造は西欧的主体や客体を想定したことによって成り立つものである。しかしこの構造は認識よりも不確実とされる主体や客体の方を確実視する矛盾を前提とする。所謂、主・客体があるが故の認識ではなく、認識がある故の主・客体であるはずである。

例えば物自体存在の想定は間違いであり、そうした存在は人間、or近代人の見当違いな実体化作用かもしれない、だとしたらなかなかそれを受容することは難しいかもしれない。物自体存在もカントがその概念を提唱した時は理解が難しかったかもしれない。

飛行機に乗る事が苦手な人がいうには、「あの鉄の塊が浮かぶことがどうにも信じられなくて、」ということだが、大地がないことを理解することがなかなか難しいのである。物自体についても我々の認識が外部にその根拠がないと落ち着かないという傾向があり、これを払拭することは難しい。

  自我主義は外在化作用を内在している。つまり自我を発動し、自我を明証しょうとすると自我であらざるものを、それと対比するために発祥するのである。

カントが超越論的自己意識を想定するとき、それ自体が無条件に疑念のない存在であり、それこそ物自体に他ならない。これは統覚が確実な、デカルトのいう「我」という永遠な実体であるから、生まれた物自体も同じものでなければならないのである。

カントの統覚にはデカルトの「我」と同様な過ちがあり、コギトの幻惑に分類される。そして物自体にもまた同様にコギトに付随する幻惑がると言える。これは付随の幻惑といえる。

  仮定的に、統覚が確定された実体でなく、たんに現象にとどまり、しかもそれが意識の閃きのように過る反射のようであるなら、そのように自覚し、認めるなら、物自体もまたその様に点いたり消えたりの点滅する現象であり、実体ではない。

5)コギトから物自体への裏切り

物自体としてカントが想定しているものに神認識を当てはめることができる。カントにとって神は物自体として世界外の存在であり、認識はおろかその存在の証明もできない対象である。この結論付けは人間の孤独をひどく鮮明にする。また認識できる世界だけしかなく、我々はその世界に幽閉されているかのごときである。カントをこのように理解したとき世界は非常に狭く、硬く、つまらないものに思えたことがある。こうした自我は偏屈な自閉的な気がする。欧米の近代的自我はこのように、認識できるもの以外をみな拒否して自我ワールドの中に逼塞しているようなところがある。そこでは神に祈る理由も分からない。神の存在意義も分からない。また自然界という物自体についても同様にその意義や心を通わす理由もない。自分以外の人にも同様なわけだが、ついには自分自身をも物自体化し、自分自身さえもその意味を失う。いったい自分とはどこにいるのだろうか。もっとも自分を確実に存在せしめて出発したコギトの結果は自分をも失う逆の結論に陥ってしまったのである。これはコギトから物自体への裏切り行為である。

カントの物自体は素朴実在論の残影と言うべきであろう。認識の原理で進めながら不徹底であったと言える。さらにそれは西欧的思考の限界とも言える。主語論理は外を置かざるを得ない。主語は他者がなければ成立しない。これが西洋的自我の本性である。カントが物自体を想定したのはカント哲学が自我を確定しようとする哲学であることの証である。