玄文講

日記

酒見賢一 「後宮小説」

2005-04-12 00:25:20 | 
「後宮小説」は作者の入念な取材と多くの文献調査が生んだ、歴史に名高いあの乾朝の太祖神武帝の母親「銀正妃」の物語である。

奔放快活な少女「銀河」は軽い気持ちで後宮(ハーレム)の宮女になる。
そこで彼女は様々な人物と出会い、物怖じしない態度で彼らと接する。

宮女でもないのに後宮に出入りする正体不明の人物で、異質な美しさを持ったコリューン。
そして同室の宮女である面々。銀河とはケンカばかりしている気位の高い貴族の娘セシャーミン。無口だが頼りになる僻地出身の江葉。コリューンの姉であり、かなり高貴な家柄の人物と思われるタミューン。
房中術を性の哲学として講義する温厚で思慮深い、銀河と仲良くなる角先生。
彼女らとの奇妙で楽しい半年間を過ごした後、銀河はある理由から正室である正妃に選ばれる。

一方、野では「幻影達(イリューダ)」を名乗る博徒達が「暇つぶし」のために反乱を起こしていた。
あらゆる局面に対して博打を楽しむかのごとく臨む、常識を持たない自由気ままな男「渾沌」。
全ては彼の酔狂さが生んだ行動であった。
その無謀な反乱は、宮廷の権力争いの内紛に利用されるという幸運により、利用しようとした人間さえも破滅させる大反乱へと変貌していく。

やがて正規軍が無力化し、イリューダが後宮にせまり来る中、銀河は宮女を集めて軍隊を作る。隊長は江葉、武器は大砲だ。
そして物語は胸のすくような結末へと向かい始める。


おかしいのに物悲しい。重いのに軽い。この物語には歴史的、喜劇的、悲劇的という言葉がしっくりと来る。
たとえその歴史がこの世には存在しないとしても。

この「後宮小説」の第一文は

腹上死であった、と記載されている

である。この小説を語る人の多くがこの台詞について言及する。
この分かってとぼけているようなニクイ台詞が「後宮小説」なる歴史絵巻の性質を象徴しているからだ。

大ほらをつき、人を西へ東へと連れまわし、こちらをハラハラさせた挙句、
だまされたことに気がついて怒鳴り込むと、ひょうひょうとした態度で「でも、いい暇つぶしになったでしょ?」と涼しい顔で返す。

この小説はそんな人を食った小説である。
だまされるのが楽しいとはこのことである。