玄文講

日記

営業マンへの道2

2005-04-08 23:39:13 | バカな話
(私が無能であることについての補足説明)
昨日、私は「他人の顔を覚えない」と書いたが、正確には「区別ができない」のである。

アカの他人が同一人物に見えたり、同一人物を記憶の中で2人の人間として扱ったりしている。
私の認識能力はひどくずさんなのである。

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良い商品を売る機会に恵まれた営業マンは幸福である。
自信をもって誠心誠意、話しさえすればいいのだから。

売るべき物を持たない営業マンは幸福である。
無から有を生むことはたやすいのだから。
初めから口だけに頼る人間の説得力は凄まじい。

平凡な商品とサービスを売る営業マンは悲しい。
自信はなく、信用は得られず、言葉を持たず、さまようだけが仕事である。

当社は印刷屋である。

当社のサービスは堅実である。他の大企業と比べても遜色はない。
そもそも印刷技術にそんな大きな差が出たりはしない。
ただし大企業の強みは幅広い種類のサービスができることである。私たちにはそこまで手を広げる余裕はない。

当社の値段は普通である。しかし大日本や電通は安い。
多く買うものが安く仕入れるので仕方のないことである。他にも安さに秘密があるのかもしれないが私は知らない。

つまりは当社が扱うのは平凡な商品とサービスである。
私は悲しい。

良い商品やサービスを作ればいいのだが、それは私の仕事ではない。
そして誰かがそれを作ってくれることも期待してはいない。
私は会社の売上予定に宝くじの当選金額を記入するようなマネはしない。

それに御客様からは良い商品よりも安い商品を求められる場合も多い。
そうなると現在の当社では負けてしまう。利幅をさらに下げるしかないし、そうする予定である。
社員のクビを二つ切る予定である。これで五百万円プラス。彼らの生産性百万円マイナス。計四百万円プラスである。
そして私の給料は下がるばかりである。もはや削れる出費はそこだけなのだから。

うむ、死んでしまえと誰かが言っている。
だが死ぬのは私だけではないので、そうもいかないのである。

紙代、製版代、印刷代をおさえる手もある。
しかし、私は思う。リストラ、給料削減、材料費をおさえなくては経営できない状況は不健全である。
私は給料を増やし、出費を増やせば、消費も増えて、売上も増えると教わった。
今やっていることはその逆だ。
今の食事のために明日の種もみを食べているようなものだ。

仕事の量を増やすのが健全な経営であり、私はそうなるようにすべきである

誰かが死んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ、と私にささやく。
うるさい世界である。

今日は新入生の歓迎会で酒を飲みすぎた。
続きは明日。