玄文講

日記

思い出不要

2004-11-29 23:28:33 | 人の話
人間は過去を思い出すとき、脳内で過去の録画映像を見ているわけではない。
脳内で過去を再現している、つまり過去という名の現在を見ているのである。

たとえば何らかの事故で色を認識できなくなった人がいるとする。
彼には世界の全てが白黒に見える。しかしその事故が起きる前の記憶は色があるはずである。だが実際には彼は過去の記憶も色がないものとしてしか思い出せないのだ。

つまり彼は脳内で再構築した「過去とよく似た現在」を見ているのであり、現在を見ている以上はその世界に色が無いのも道理にかなったことなのである。

私たちが思い出と呼んでいるものは思い出すたびに新しく作られている。
その過程で記憶がゆがむのはよくある話である。特に思い出にすがるような人はいくらでも自分に都合のいい記憶を再現させることができる。

つまり思い出を振り返ってもいいことなんかないということである。

ただし私は死んだ人間を思い出すことだけは例外にしている。
彼らは思い出の中にしか存在しない生き物なのだから、無造作に忘却することはしたくないのである。
もちろんこれは優しさからくる行為ではなく、執着からの行為である。