蜘蛛網飛行日誌

夢中説夢。夢の中で夢を説く。夢が空で空が現実ならばただ現実の中で現実を語っているだけ。

深夜勞働

2005年06月26日 06時59分19秒 | 彷徉
人は夜には睡眠をとるものであり、昼間には起きて活動するものである。そんなわけで、この本来熟睡している時間に目覚めているこということは、これは尋常ではない。その尋常ではないことが日常的におこなわれている職業分野がある。以前は徹夜といえばマスコミ業界の十八番だったが、今では情報処理業界のほうが有名だ。この業界も御多分に漏れず低賃金長時間労働を甘受する若年労働者によって支えられている。インターネットだろうがATMだろうがすべては孫受け玄孫受けの零細企業から派遣された彼ら二十代の子供のようなエンジニア(と呼ぶことさえ痴がましいような連中)に負っているのだから、IT社会なんていってもこれほど脆弱なものはない。業務システムの開発なんぞといえば聞こえは良いが、要するに学校のクラブ活動の乗りで仕事をしている連中に皆さんの財産や、ときには生命までもが握られていることを思うと薄ら寒いものを感じる。そんな連中にまじって仕事をしたときの話。
都内某所、はっきりと所番地やビル名まで書きたいところなのだけれども、この手の話の慣習としてここでは伏せておくことにする。そのときはわたし一人で徹夜作業するはめになった。なぜそんなことになったかは今取り上げようとしている話題には直接関係ないことなので省略するけれども、とんでもなく理不尽な理由だったとだけ書いておく。
午前二時を過ぎた頃、同じフロア―で作業をしていた若者が「おさきに失礼します」といって帰ってしまい、とうとうわたし一人になった。腹が減ってきたので夜食でも摂ろうかと思ったが、セキュリティの関係でコンビニに買出しにいくこともできず、仕方がないのでそのまま作業を続けることにした。この日は恐れていた睡魔に襲われることもなく、作業を淡々と進めることができた。午後三時を少し回った頃、向かっていた端末から目をそらしてすぐ右側の壁のほうを眺めた。どこにでもある事務所つくりのフロア―の安っぽい白壁。そのときわたしは音が聞こえていることに気づいた。
はじめは空調の音かと思っていたが、どうもそれだけではないようなのだ。一人や二人ではない、十人以上の人々がお互い好き勝手にしゃべり合っている。満席になった居酒屋の店内みたような騒がしさとともに、音楽もきこえてきた。何に一番似ているかといったら、沖縄民謡のなかでも派手なもの、そうあのカチャーシーのリズムと三線の音。人々の話し声は延々と続いているが内容は聞き分けることができない。空調の騒音とは明らかに異なるものだったけれども、わたしはそれを不思議ともまた怖いとも感じなかった。このときの気分を言い表すとすれば「ああ、聞こえているなあ」というほどのものである。かさねていうけれども、このときわたしは眠気を催してはいなかった。まして夢、幻を見ているのでは絶対になかった。ただほんの少しだけ感覚が鋭くなっていたようには思う。
やがて話し声や三線のリズムは四時半頃には聞こえなくなり、空調の単調な騒音だけになっていた。