蜘蛛網飛行日誌

夢中説夢。夢の中で夢を説く。夢が空で空が現実ならばただ現実の中で現実を語っているだけ。

羅甸語事始(十)

2005年06月08日 02時19分04秒 | 羅甸語
ラテン語の名詞には格変化のしかたによって五種類に分類される。しかしこれは曲用が五形態だけということではない。このことは追々見ていくことにして、いま「曲用」という言葉を使った。ラテン語は動詞が時制、法、相、数で変化することは何回もいってきた。この動詞の変化を「活用」というのにたいして、名詞、形容詞、分詞などの性、数、格変化を「曲用」という。いままで全て「変化」といってきたけれどもここいらでそろそろ、ちょっと厳密になろうじゃないか、ってんでこれからは動詞の変化を「活用」、性、数、格変化を「曲用」ということにしましょう。ただし「曲用」を「転尾」と書いている教科書もかつてあった。昭和11年に発行された田中英央の『新羅甸文法』から引用すると「XV.まげ(Inflexio,inflection).【54】まげとは或る語が一定の関係を示すために起こす變化をいふ。【55】名詞、形容詞、代名詞のまげをdeclinatio(転尾)といひ、動詞のまげをconjugatio(活用)といふ」(注1)なんだか古典言語の勉強らしくなってきたな。
それでもって名詞の曲用にやっと入ることにする。まず今まで説明しなかったけれども、ここで格の意味について考えてみたい。日本語でも格助詞ってのがあるけれども、この「格」というのはヨーロッパ言語学から拝借したものなので、日本語でいう「格」から類推してもおおきな間違いはないと思う。日本語の主格助詞「が」にあたる意味として機能するのが主格(nominativ)、準体助詞「の」にあたるのが属格(genitiv)、動作の及ぶ範囲を表す格助詞「に」にあたるのが与格(dativ)、動作の対象を表す格助詞「を」にあたるのが対格(accusativ)、原因、理由を表す格助詞「から」にあたるのが奪格(ablativ)と大まかに理解しておけばよいのではないだろうか。しかしこれはあくまで大まかな理解であって、たとえば奪格などは「いつ」「どこで」「~のために」「~を用いて」といろいろな理解の仕方がある。呼格は呼びかけの意味。当然といえば当然なのだけれども決して日本語と一対一対応にはならない。しかし格の意味を理解するのはそれほど難しくはない。ドイツ語の経験でいえば要するに慣れなんですよ。
そこで今回の主題、名詞の曲用について、まず第一変化名詞(Declinatio Prima)単数形から。たいていの教科書はRosa(バラ)をつかって曲用の例としているけれど、ここではagricola(農夫)を使う。なぜかというとこの第一変化名詞には女性名詞が多くRosaも女性名詞なので主格語尾が"a"ならば女性名詞と思い込んでしまう危険があるので、あえて男性名詞のagricolaを使ってみた。その曲用はnominativがagricola、genitivがagricolae、dativがagricolae、 accusativがagricolam、そしてablativがagricora。ただし奪格の最後の"a"は長母音なので"a-"とのばして発音する。
次に第二変化名詞(Declinatio Secunda)単数形。これは主格語尾がusかumで終わる名詞、たとえばDominus(主人)とか、Bellum(戦争)とか。これらの名詞も主格語尾"us"で終わるのが男性名詞、"um"で終わるのが中性名詞と初心者は憶えておけばよい。しかしもちろん例外はあるもので、Aegyptus(エジプト人)は男性名詞ではなくて女性名詞。それじゃエジプト人はみんな女かよ、っていわれても困るのだけれども、とにかくそういう風に決まっているのだからいたし方ありません。とりあえずAegyptusで曲用を示します。第一変化名詞と格の順序は同じ。Aegyptus、Aegypti、Aegypto、Aegyptum、Aegypto、属格、与格、奪格の語尾母音は長母音なのでそれぞれ"i-"、"o-"、"o-"とのばして発音する。ここで注意"us"形の名詞は呼格が"e"で終るのでAegyptusの呼格形はAegypteとなることを覚えておこう。たとえば「嗚呼、御主人様~ぁ」はO,Domineとなる。
ちょっと疲れたので、今回はここまで。

(注1)『新羅甸文法』40頁 田中英央 岩波書店 昭和11年4月5日第4刷