蜘蛛網飛行日誌

夢中説夢。夢の中で夢を説く。夢が空で空が現実ならばただ現実の中で現実を語っているだけ。

賛美歌母親与文藝批評

2005年06月03日 06時44分53秒 | 本屋古本屋
阿佐ヶ谷の古書店。まだわたしが学生だったころ、北口を出て少しはいったところに古本屋があった。棚を見た限りではキリスト教系の書籍が多いように思えた。そのときはわたしの他に友人が一人か二人いたかもしれないが、もうむかしのことなのでよく覚えていない。さほど広くない店内で本を漁っていると、レジに座っていたその店の奥さんと思しき女性がこれまたその店の子供と思しき赤ん坊に歌をうたってあやしていた。歌はすべて賛美歌だった。
当時は本当に金がなくて、昼食をぬいてまで節約して本を買っていた。読みたい本があるなら学校の図書館なり、あるいな国会図書館にでもいけばけっこう間に合ってしまうものを、いま考えてみるとまったくアホみたいなことをしていたものだと思う。神保町はもちろんだけれども、中央線沿線や小田急線沿線の古書店をよくまわっていた。友人たちと連れ立っていくこともあったが、たいていはひとりで回っていた。楽しいことは確かなのだけれども、はいった店が自分の好みの品を揃えているとは限らない、むしろ期待を裏切られることのほうが多かった。これはいまでもあまり変わりない。偶さか目当てのものを棚に見つけたとしても、これがけっこうな値が付けられていたりする。神保町のほうがよほど安かったりするのだから、ほんとうにこの世界は難しいと思った。
友人はおもに文芸書を漁っていた。正直なところ当時のわたしは詩とか小説をあまり読まなかった。だから友人がある小説についてあれこれと批評しても、それを理解できなかった。そりゃあそうだ、原作を読んでいないのだから話についていけるわけがない。しかしそれ以上に不可解だったのは、どうして作家の創作した「おはなし」について真剣に論じられるのかということだった。いくら論じ尽くしたとしてもしょせんはある一個人の作り事である小説や詩について、他人があれこれと真剣に批評する意味があるのだろうか。もし作家自身から君の批評はすべて間違っているといわれて、はたしてそれに反論できるものだろうか。そんなことごとを考えながら友人の文学論を聞いていたものだ。
いまわたしの考えは、当時とあまり変わっていない。それどころか文芸批評そのものをますます胡散臭く思うようになってきている。もちろん新聞の読書欄でみるような提灯持ち的おべんちゃら記事は問題外であるとしても、文芸批評家と称される人たちは職業としての文芸批評をどう捉えているのか、その本音を聞きたいものだ。
それにしても阿佐ヶ谷の賛美歌母さんは歌が上手かった。あのような母親に育てられればまちがっても音痴にはならないだろう。しかしその店の主人はこの母親の歌ほどには商売が上手くなかったのかどうか。その後店はなくなってしまった。