風をうけて vol.3

お引越ししてまいりました。
拙いブログですがよろしくお願いします。

死んではいない

2018-04-24 04:05:17 | 日記・エッセイ・コラム
もう、どうしようもない。

自分の親が死んだ日よりもつらい思いをしている。

自分が生んで育ててきた「ふかやらいふ」が死んだのだから。

あの雨のかすみがうらマラソンで感じたとんでもない足の不調と合わせ、今最悪な時間を過ごしている。



「ふかやらいふ」

約3年間、自分には荷が重いと思っていたが、それでも頑張ってきた。

会を主宰し、そして仲間を募り、その結果20名を超える人たちが集まった。

それを、私のせいで、私の決断で、すべてを消してしまった訳だ。

この判断が正しかったのかどうかはわからない。

しかし、それは、”食い止めた”と言うことで、それ以上の起こり得る可能性を防げたのだからそれで納得するしかないのだ。

人の気持ちはとは伝えるのも、理解するのも難しいものだと今になって痛切に感じている。

もっと早く気付けばと、そればかり。

自分を責めて反省し悔やんで涙して。

”女々しい”

嫌な言葉だ。



先が見えない。

偶然にもかすみがうらの会場でこんな写真の多いこと。

きっと雨でカメラの焦点機能に狂いが生じたに違いない。

だけど、この写真がまるで自分の心の中が写ってしまったような気がしてならない。

奇しくもこの焦点機能が狂っているのはまさに自分の目も同じだったのだ。

まるで嵐の様なかすみがうらはこの世間を表していると例えるなら、この町でこの大会で経験したこの事柄がすべて立派な物語になってしまうから不思議なものだ。

”嵐の中、焦点のズレていた自分の目のカメラで写した写真を現像してみたらとんでもないものが写っていた”

現実は自分の知らないところで激動的に動いていた。

それを今更知った自分の愚かさといったら、、、まったくマヌケな話だ。

”泣いても泣ききれない”思い。



だけど、物語はそれで終わりじゃなかった。

風に吹き飛ばされ、すべてを打ち消した。

そう思っていたのは間違いだった。

私はなにひとつ仲間の為にならなかったというのに、今の私をその仲間が救ってくれている。

ふかふかの布団を「ここで休んでいてください」と仲間が差し出してくれている。

私は殆どを失ったと思っていたのは間違いだった。

「休みます。今は休ませていただきます。そして、キズも病も治して必ず再び走り出します」

もっともっと、、、、強い自分になって、、、、そして仲間の為に。

「ふかやらいふ」はまだ死んでいない。













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「申し訳ありませんでした」

2018-04-19 06:08:25 | 日記・エッセイ・コラム
4月になったと思ったらもうそれも半ば。

桜は散り緑も鮮やかな風景を見せてくれている。

真っ青な空、そして爽やかな毎日の日だというのに、曇ったままの自分のこころの中にはとうとうとてつもないない猛烈な嵐で滅茶苦茶に破壊されてしまった。

以前、「ふかやらいふランニングクラブ」の危機と打ち明けたことがあったが、小康状態を保っていたとはただの私の勘違いであった。

ただ私が知らなかっただけの事で、確実にその歩みは進められていのだ。

それを知った私は、もうなんの気力も湧かなかった。

ただ、思ったのは、「終わり」

その一言だけ。

私以外のチーム員は私の解散宣告によほど驚いたようだが、私にはそれ以外の道を選択する気持ちにはなれなかった。

確かに目をつむれば、普通に見逃しても済む話かもしれない。

迷惑を被った方に詫び、やり直せばまだ続けて行けるのかも知れない。

だが、ある者の行為がそこまで進行しているのなら、やがてそれはエスカレートし、もっと重大な事柄に発展しても決しておかしくないと私は考えた。

その伏線はいつの間にか導火線に形を変え、今にも煙をあげカウントダウンを始めようとしていたのだ。

私の再三の注意を無視され、しかも私の知らないところで私がセットしたコミュニケーションの場でそのような行為をされたのでは私がそのまま見逃すわけにはいかないではないか。

私はその者が自らの欲求を満たすために利用されたにすぎないのだ。

当事者には「もう、結構だから」という言葉で何度も突き放そうとしたが、その度に「もうしません」と謝られ、その度に許してしまっていた。

だが、もうその言葉も信じられるわけがない。

私は甘かった。

怒りと悲しさと無力感。

自分の力とはそんなものかと、大の男が涙にくれた。

罪はその者を仲間として引き入れたこの自分にある。

あろうことに、その者をわざわざ他のメンバーさんとのコミュニケーションの場に招待してしまった私はとてつもない大バカ者だ。

その大バカ者がこの先、どうしてこのチームを運営して行けるだろう。

せめてこの会を他の物に任せ、その罪を負って私とその迷惑物がこの会を脱会すればそれで済む。

だが、緊急な事態に備え、この会を任せられる人事も行っていなかった。

まさに自分の慢心が招いた大失敗の結末なのだ。

私はこの「ふかやらいふ」の終わりを決断した。

”統括する力量不足”、”人を見極める度量の無さ”その事実を知らせるための神の仕業を素直に受け入れようと思った。

この数日、私の心の中にはぽっかりと穴が開いている。

この穴は何をすれば埋まるのだろうか。

それよりなにより、多くの人に迷惑をかけ苦しめてしまった。

それを思うともう謝罪の言葉もない。

今まで生きてきたその中で、最大の落ち度を感じている。

”穴があったら入りたい”

今、自分の心にぽっかり空いたその穴の中に自分はいる。



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「再発」

2018-03-30 16:35:44 | 日記・エッセイ・コラム
「この頃、とっても調子がいい」

そんなご報告をしようと思っていたのですが・・・。

何ですか、走っていて腕が攣るって。

指が痛くて走れないって。

これ、もしかしたら再発・・・?。

あの「線維筋痛症」かも。

こわばった指。

熱のある手首。

これって、あの時のあの初期の症状そっくりじゃないか。

この痛みがだんだん広がり、最後にはうずくまるような痛みに変わるんだ。

何故?

もう、あの痛みからは解放された、そう信じていた、なのに・・・。



どうか、どうか酷くなりませんように。

もっともっと走らせてください。

やっと、やっと元の世界に戻れそうな感じだったのに。

また神様は私に試練を与えるのですか。

あの痛みにもう一度耐えろというのですか。

あの痛みが襲ってきたらもう走ることはできないかも。

もう耐えられないかも。



何故?

何故なんだ?

私、何か悪いことした?

悔しくて、悔しくて、こんな腕はもういらない。

今まではお腹空いても我慢だと、体重増加を嫌ってなるべく食べないようにしていた。

だけど今は食べ物を見るとため息が出てしまう。

痛みが出る前までの体重が53kgを少し上回るぐらい。

今は51kgを切ろうとしている。

指もだいぶ細くなった。

まるで握力がない。

重いものを持ち上げることもできない。

こんなからだ、もういらない。



「諦めるな」

そう思って走ってきた。

何があっても走り続けてきた。

でも、またあの痛みに襲われたらもう自信がない。

もう、これで終わりなのか。

桜は咲き、そして散る。

私もこのまま散ってしまうのだろうか。


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やっぱりこれですわ!

2018-03-19 15:13:53 | マラソン
あの「古河はなももマラソン」から一週間。

ほぼ地元大会、「熊谷さくらマラソン」を走ってきました。

この大会、どうも走る気にならない。

と、言うよりもガチで走るのは違うかな、って思っちゃう大会なのです。

何時だったか、10㎞の部を走った時に、あまりの混雑の末相当不満を感じて、それ以来本気では走った記憶がありません。

それならばと、もうこの大会は仮装で走るとその時から決めていたのでした。

そんな仮装ランも今回で何度目でしょうか。

しかしここ暫く仮装ランで走っていないため、急遽新作を作成しなければなりません。

だからと言ってそう簡単にできないのも仮装の衣装や道具。

毎日のようにあちこちに出向き、何か良い材料がないかと探し求めました。

そしてそれらしいものを見つけあて、これならばこんなものが作れるなとイメージが出来上がればあとは製作時間もなんのその。

嫌いな作業ではないので、あとは色々アイディアを持ち込んで作る作る。

そうして集中して作り始めるとどんどんその姿が元の材料のその姿と違うものになっていく面白さは、やってみないと分からないものなのです。

と、なればそのスピードはどんどん加速していくのです。

製作期間、一ヶ月ぐらいでしょうか。

ある程度、形になってきたのは。



それからも暇を見つけては製作に励み、細かい部分にも少しづつ手を入れいていきます。



これを被って、子供たちと遊ぶ。

それはそれは楽しい時間になるのです。

そんな事を思っていると自然に笑顔にになっちゃう。

ひとり、おっさんがにやにやしながらこんなモノを作っている姿は気持ち悪いかな?(笑)

それに、少しはシャレの効いたモノでも背中にと。



しかし、これがレース中にダメ出しをもらっちゃったのには驚きました。

実は10㎞関門通過が危ういチーム員を立ち止まり待っていると、きっと休んでいると勘違いされたのでしょう。

「チャレンジしてないじゃん!」と若い女性の声。

それを笑うように集団で私を抜いていきました。

10㎞関門制限時間ギリギリまで待つという自分的にはかなり危ういチャレンジしていたんですけどね。

その後、チーム員の通過を見届けるのを諦め、そこからほぼ全力疾走。

もちろん、途中で手を振ってくれる子供たちひとりひとりと可愛いハイタッチを交わしながら、子供たちとのふれあいも忘れてはいません。

あの時の「チャレンジしてないじゃん!」の人たちも軽く抜き去ってあげました。

まだまだ、先週の疲れも抜けきってはいない感じでしたが、これも良い練習になります。

しかも子供たちとのふれあいはしっかりと。

「これこそが仮装ラン」とばかりに走り抜いてきました。



ああ、やはり仮装ランは楽しいです。

ひしめき合って、すり抜けていく(接触する)ランナーに腹を立てることもなく、制限時間もクリアできれば関係なし。

そんな走りは笑顔を保てます。

いきり立つ走りは距離以上に疲れますもんね。

皆さんに喜んでもらうこと。

そして、パワーをもらい、自分も楽しみ、喜ぶこと。

それが私にとっての「熊谷さくらマラソン」なのです。



沿道や会場で応援してくれた皆さん、本当に感謝です。

来年もまた皆さんに楽しんでもらえるような、そんな仮装の衣装で参加しますね。

ご一緒に走られた皆さん、お疲れ様でした。

もし不快に思われた方がもしおられたらお詫び申し上げます。

そして関係者の皆さん、お世話になりました。

そしてすべての人に、ありがとうございました。







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”満員電車”のなかで・・・。

2018-03-13 17:19:54 | マラソン
参加しなければよかった。

しかし、仕方ないです。

自分で選んじゃったのですから。

そんな思いでいっぱいです。

「古河はなももマラソン」

会場に着いた途端、待っていたのはベンツの先導車。



こんな豪華な車で先導するのか⁈

他にも国産の高級車が何台か・・・。

なんだ、なんだ、この大会は!

この時から嫌な予感はありました。

まあ、そんな事はどうでもと、体育館で着替えスタートの準備を済ませました。

しかし、その体育館は着替えのみ。

着替え終えたら荷物を持ち外へ、ですって。

この寒空に・・・。

そう、この日は曇り空で気温が低く、、、タイムを狙うのなら絶好の気象条件だったと思います。

でも、寒さに震え外で待つ身にもなってくださいよ。



まあ、それはそれとして、思い起こせば私自身、約3年ぶりのフルマラソン。

なんとかそれらしい練習はこなしてきましたが、ペース感覚やスピードという点では自分がどのくらい走れるのかまったく未知数。

ただ遠い記憶の経験値だけが頼りのそんな大会参加です。

そこで送られてきたゼッケンナンバーは驚きの「J」ブロック5600番台。

参加募集人員からしてちょうど真ん中あたりでしょうか。

ゴール予想タイムを3時間40分と申告してこのスタートブロックって、いったいどんだけ早い人が集まる大会なんだとびっくりしてもいました。

まあ、ある程度は予想はしていたのですが、走り出してその予想はぴったりです。

このブロック周辺から走り出す人たちはキロ6分で走っていても呼吸が荒くなるようなひとも見受けられたりして、どんだけ盛って申告したんだよって感じです。

それだけなら何とも思いませんが、とにかくそのペースから脱出できないくらいの混みよう。

いくら走ってもその混雑が解消されることがないのです。

無理してすり抜けていけば何とかなるかもしれませんが、それはあまりに危険すぎる。

要は道幅に対して人が多すぎるのです。

1万人を越える大会のコースじゃありません。

過去の経験からみてこのコースは途中広い道になる場所もありましたが、全体的には5千人がせいぜいだと思うのですが、他のランナーさんはどう思うのかそれは知りません。



しかし、そんなコースで走ることの怖さを主催者も考えてくれないといつかは事故が起こりかねません。

また、危険な走りをするランナーの多いこと。

いったいどうしたというのでしょう。

フルを走るランナーはモラルと言うことを忘れてしまったのでしょうか

チームの旗やTシャツを高々と掲げた応援者の元へ後方も確認せず斜行し、ハイタッチで奇声をあげるランナーの多いこと。

その後ろを走っていた者がどれだけ危険な目に合っているのか、沿道で見ている応援者なら分かるはず。

そこはいくら同じチーム員だとしても注意を促さなければいけないと思うのは私だけでしょうか。

競馬だって競輪だって斜行すれば失格となるのですよ。

私は目の前を横切られ、その瞬間にスピード落としたところに後ろのランナーにドンと押されてよろけてしまいました。

もしそのまま転倒したなら将棋倒しの大事故になってもおかしくない状況です。

申告タイムもそう。

大会のキャパもそう。

そして、危険な行為もそう。

こんな大会で楽しめ、と言う方がおかしくないでしょうか。

この大会でも、きっと尽力くださる関係者の方の多くは、ランナーの為に頑張っていてくれていると思うのです。

その点に感謝以外の気持ちはありません。

しかし、公園内をまだ走っている人が沢山いるというのに、その目の前をどんどんシャトルバスが走っていくのが見えたら、ここまで頑張って走ってきたランナーさんはどんな気持ちでその風景を見送るのか。

せめて、他の場所にバスの発着所を設けてもらいたかった。



駐車場から荷物預かりまで有料で、決してお安くない参加費なのだからそのくらいの気遣いが主催者にも欲しいと思うのです。

そう、すべてはキャパを超えた参加者募集に無理があるように思えて仕方ないのです。

私は3年ぶりの大会を上手く走れなかった、それが面白くない、と言うことではないのです。

走れなかった時期を思えば、本当に嬉しくってこの日が来るのをとても楽しみにしていたのです。

しかし、ふたを開ければ・・・。



ぎゅうぎゅう詰めの満員電車の大会はもういいです。

”今どきの大会はみんなこうだよ”

もし、そんなマラソン事情ならば練習だけで、もう良いです。

大会も好きですが、根本は走ること。

走ることが好きなのです。

何だかとても辛くかなしい大会でした。

次回のフルマラソンは仮装で走る「熊谷さくらマラソン」を挟んで「かすみがうらマラソン」です。

どうか、今回のようなストレスばかりの大会にならないでくれと願うばかりなのですが、さて、どうなる事でしょう。





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