たわいもない話

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

橋姫物語秘話 (1)

2013年04月24日 17時16分35秒 | 橋姫物語

橋 姫 物 語 秘 話

                                                                                進   紀  恕

 私の故郷は、伯耆富士とも呼ばれている中国地方一の高山、大山の麓の谷合にある。

村は大山道路を挟んで左手が大原千町と呼ばれる田んぼが広がり、右手には竹藪の中から十数本の欅がひときは高く突き出ている。

、村の進入路は、老木の松のかたまりが目印になっていた下の口と、火の見櫓が目印となっていた上の口とが蛇のように細く曲がりくねった道でつながっていた。

下の口の老松の下は微細で灰色の大山砂が敷き詰められた墓地に、数十基の石碑と石灯籠が建てられていた。

私の子供の頃はほとんど土葬だったので、村で死人が出ると火の球が飛ぶと噂されて薄気味がられていたものである。

石碑と石碑の間を抜けて下の口の狭い急な坂を降ると、道の上手の斜面に生えた真竹がトンネルのように覆いかぶさって薄暗くなっており、谷側の斜面を少し降りた僅かな平地に生えた杉の大木の根元に橋姫大明神の幟が立てられている。

その橋姫大明神には悲しい伝説が語り継がれていたのだが、今では村で語り継ぐ者は殆どいなくなり忘れ去られようとしている。

この伝説を残したい。

私はこの物語を書き残そうと何度も挑戦したが、その都度途中で筆が折れ完結することができないでいる。

 お前には神の領域まで侵しかねないこの伝説を語る資格はない、と、宣告されているような気持にさえなって諦めかけていた。

十月二十八日、この日は奇しくも父の命日と私の誕生日が重なるという不思議な因縁の日であった。

「おい、洵子、今日はおやじの命日だ、天気も好いし久しぶりに墓参りに行かないか?」

「いいけど、行くなら何かお供えを持っていかんといけんよ!」

「それなら、お魚センターでイカでも買って行くか」

「お父さん生ものは駄目だよ、それにお魚センターは九時からだからまだ開いてないよ」

「それなら、途中でカステラでも買って行くか!」

私と洵子は、両親の墓参りを兼ねて久々に実家に顔を出すことにした。

空いっぱいに青空が広がり大山の山頂付近には真綿のような雲がぽっかりと浮かび、中腹から山麓は紅葉に染まり、道沿いの櫨や紅葉や山桜もわずかに色づきはじめていた。

父は私が十六歳、母は四十一歳の時に亡くなり、実家には兄夫婦と甥夫婦が同居している。

「こんにちわぁぁ、こんにちわぁぁ、」

白木の玄関の引戸を開けると、白髪が目立ち頭髪も薄くなり始めた兄嫁が腰をかがめながら姿を現した。

「紀恕さん久しぶりですねー、おじいさんもおおなあけん上がってごしなさい」

兄嫁はいつ頃からか兄のことをお爺さんと呼ぶようになっていたのだった。

「おぉぉー紀恕か、久し振りに一杯やらんか!」

私も久しぶりに兄と飲みたい衝動に駆られたが、まだ、朝の十時を少し回ったばかり。

「洵子さんに運転してもらって帰ればいいがん」

久々の出会いに酒好きな兄は、好いカモが来たとばかりにもう飲む気満々である。

「洵子、帰り運転してくれるか?」

私と兄は父の血を引き継いだのか日本酒が大好で、人からはワニだのフカだのと言われているらしかった。

兄は酔いが回ると多弁になり、仕事の話から先祖や家系・昔話などを雄弁に語るのだが、酔いが過ぎてくると同じ話を何度も繰り返す癖があった。

兄の話に熱が入るに従って、反対に私は無口になって聞き役に回るのだが最後には

「もう、その話は何回も聞いた、しつこい、うるさい、もう帰る」

と毒ついて里を後にすることが度々あったので、洵子は私が兄と酒を飲むのをあまり快く思っていなかった。

そんな二人の酒盛り、馬の鼻先にニンジンをぶら下げたようなもの、盃にお猪口などという上品な飲み方では到底間尺に合うわけがない。

常温の一升瓶の酒をお互いのガラスコップにドクドクドクと満たして、キューウーと一杯目を飲みは干すと、一升瓶の口が勢いよく互いのコップを往復したちまち空になってしまった。

「お父さん、もう、それ位で止めたら」

洵子が心配そうに言うと、兄は聞こえない振りをしたのか聞こえなったのか、兄嫁にもう一本持ってくるようにと言った。

兄嫁は、兄の言葉が聞こえなかったのか聞こえない振りをしたのか、気を逸らそうとしたのか、

「お爺さんお茶にしようよ、洵子さんも飲むでしょう」

と言って台所に向かおうとして

「あぁぁ、そうそう、裕美がこのあいだ小学校から頼まれて講演した原稿を紀恕さんに見てもらったら?」と言った。

裕美は兄夫婦の一人娘で、神戸で美容院を営んでいたが、平成七年の阪神淡路大震災で被災して地元に帰ってオニックス美容院を再開していた。

郷土の歴史とか民話に興味を持っていて、休みになると神社仏閣を回るのをライフワークの一つにもしている。

兄嫁が渡してくれた原稿の冒頭には“美容師という職業は、究極の接客業と言われています・・・・・・・・・挨拶はお互いの信頼関係を深める上でとても大切ですよ”と、言うような内容のことが書いてあり、最後に村に伝わる橋姫伝説を紹介していた。

「兄貴、橋姫さんの伝説、裕美がよく知っていたなー」

橋姫さんの伝説?、それは、わしが子供の頃にお袋が話してくれたのを思い出して、はしりの部分だけを書いてやったのだと兄は言った。

「兄貴、橋姫さんの話のほかに他にお袋からどんな話を訊いた」

「ウーン・・・・曾我兄弟や石童丸の話、それに、爺さんが米相場で大損した時に隠岐の黒見権兵に助けてもらったとか、こんな話を何度も聞かされたものだ」

「僕も、同じような話を何度も聞いた記憶はあるけどもう殆んど忘れてしまった」

兄嫁も洵子も、久々に共通の話題で盛り上がっている私たち兄弟の姿に安心したのか、兄嫁は台所から一升瓶を提げてくると、

「おじいさん、私はお母さんからそんな話一度も聞いたことないのよ、私にも訊かせてよ」

と言って兄と私のコップを満たすと、シャム猫とじゃれていた洵子を呼び寄せた。

「今日はなぁー 兄貴、おやじの命日で僕の誕生日、親父やお袋から訊いた話をみんなで語り合えば好い供養にもなるかもしれんなぁぁ」

赤ら顔の兄は一瞬真顔にもどると

「それにしても、みんなでこんな話をするのは初めてかもしれんなぁぁ」

と神妙な顔で言った。

 


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