たわいもない話

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

臨死体験?

2015年12月07日 17時20分17秒 | 雲雀のさえずり

私は、どういう訳か、昔の勤務先、今は新社屋に建て替えられているのだが。
今はなき旧社屋の二階で、私は配電系統盤にむかって仕事をしている。
そこへ、先輩のN氏が、小学生からのプレゼントが届いたよ、と言って、手のひら大の四角い箱を持ってきた。
学校名も名前もない。
私には、プレゼントを受け取る相手に、まったく心当たりがない。
どこの小学生だろう。
不思議に思いながらも受け取り、そのまま机の引き出しにしまった。
同僚たちも退社し、一人になった私は、小学生から届いたプレゼントを引き出しからだして、掌にのせてながめた。
「メッセージカードでも、添えてあるだろうか?」
期待しながら箱をあける。
中には、メッセージなどはなく、丸い物がセロハンに包まれて入っているだけ。
包みの、セロハンを剥ぎ取ろうとするが、セロハンと中身がくっついてしまったのか、容易に剥がすことができない。
四苦八苦しながら、やっとのことで包装を剥す。
包まれていたのは、飴玉が一つ。
私は、なんの躊躇もなく、それを口に入れた。
甘苦い味がした。
「んん・・・・・・」
私は、そのまま意識を失ってしまったらしい。
わいわい、がやがや、私を囲んで、話をする人の声がする。
目を明けて、あたりを見ようとするが、目が明かない。
目を明けようともがく。
どういう訳か、閉じた眼を開けることができない。
どうしたんだろう。
必死にもがく。
その内、なぜか、小水をもよおした。
私は、ふらふら立ち上がって便所に向かう。
便所のドアは閉まっている。
私は、ドアすり抜け、用を足したところで、また、意識を失う。
気が付くと、多くの人たちの声がする。
どうも、私の葬儀をしているらしい。
参列者の、ひそひそ話が聴こえる。
「○○君は、誰かに恨まれていたのだろうか?」
「いや、仕事熱心で、頑固なところもあったが、恨まれるような人ではなかったと思うよ」
「後輩を、熱心に指導して育成し、会社にも社会にも貢献した人だ!」
噂話、ひそひそ話、いいこと、悪いこと、集まった人たちは、好き勝手に言いたい放題。
私は、怒ったり、喜んだり、泣いたり、笑ったり、面白くなって聞き耳を立てる。
「私って、こんな評価をされていたんだ」
ところが、参列者はすでに亡くなった人ばかり。
私は、どうしても参列者の顔が見たくてたまらなくなった。
そのとき、一人の参列者の声が耳に入った。
今回のような事件で亡くなった人は、全国で、○○君が三人目だ、と話している。
私は、本当に死んでしまったのか?
「私は、まだまだ生きたい!」
懸命に目を明けようとする。
閉じた眼は、どうしても明かない。
どうしたことか?
不安が、ますますつのる。

いつしか、霞のかかった脳みそで、灰色の天井をぼんやり眺めている自分に気づく。
生きているのか、死んでいるのか、現実の世界か、黄泉の世界か、夢うつつ。

これが、臨死体験というものか?
人間の死とは、肉体的な死であって、魂は永遠に生き続けるものなのか????
魂が、永遠のものなら、死も、また、楽し、かも?。


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