たわいもない話

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

早春の香り

2015年02月06日 17時25分40秒 | 雲雀のさえずり

今日はこの時期としては珍しく穏やかな朝だった。

「おい! 海に波はあるか?」

私は、窓を開けている妻に尋ねた。

「波は、ないみたいだよ!」

私の家は、海から三百メートルほど離れた、日本海が一望できる高台にある。

「ほんなら、モンバ(二月から三月にかけて海岸の石や岩に着く、岩ノリ、ヒラメ、カヤモなどの海藻の一種)を採りに行ってく―けん!」

私は素早く服に着替え、胴長を車に積んで、心を弾ませながら海岸に向かった。

昔は、モンバを専門に採る人もいて、それを買って食べることもできた。

しかし、この頃はこのような人は殆どいなく、食べようと思えば、自分で採りに行く以外に方法はなくなってしまった。

海岸に着くと、遠目には穏やかそうに見えた海だが、一メートルくらいの波が立っていた。

波をかぶりそうだったので、モンバ採りをやめようかとも思ったが、せっかく来たのだからと考え直し、胴長をはいて海に入った。

岩にはモンバがついていたが、腰をかがめながら深みに入って行くと、時より押し寄せる大きな波が胴長に入りそうになる。

「こりゃー だめだ!」

しかたなく、水際の石についたモンバを少し採った。

私が家に帰ると、妻は台所で洗い物をしていた。

「今日は波があって、だめだったわぁー」

と、流し台に、ビニル袋に入れたモンバを置いた。

「これだとれりゃー 十分だがん」

妻はモンバを洗いはじめた。

「おとうさん、今日のモンバは砂がいっぱいまざっちょうなー」

と、ぶつぶつ言いながら洗っていた。

夕食になって、私がテーブルに着くと、ささやかな食卓に、さっそくモンバも並んでいた。

「どんなー 食べられ―かいな?」

「まだ、私は食べちょらんけんわからんわ」

私は醤油づけしたモンバにはしをつけた。

「やっぱり、初物は美味いなー」

妻もモンバにはしをつけた。

「うまい。熱いご飯にのせて食べーと、何杯でもご飯が進むよなー」

と、ニコニコしながら言った。

やはり、自分で苦労して採った初物のモンバは、何ものにも代えがたい早春の香りであった。

コメント
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