たわいもない話

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

からす天狗の恩返し (15)

2011年12月20日 17時08分12秒 | カラス天狗の恩返し

次の日も朝から青空が広がり、初夏を思わせるような強い日差しが降り注ぐ中を、村人は観音様が祀られている小さなお堂の前に集まった。

 

義助は村人の不安そうな表情に戸惑いながらも、ひとり一人の顔を確かめると、意を決したように話しはじめた。

 

「みんな、今年は梅雨に入っても一滴の水も降らず、今もって田植えが出来ない状況が続いている。このまま日照りが続けば、秋になっても一粒のコメも収穫できなくなり、村は大飢饉に陥りかねない。そこで、村の主だった者に昨日の夜に集まってもらい、どうしたらこの干ばつを乗り切ることができるか話し合った。

 

しかし、これといった妙案も浮かばず、苦渋の選択として大野池から水を引いてはどうかという事になった。みんなは大野池から水を引くことに抵抗や不安心配もあると思うが、これ以外に村の窮状を救う方策は見出せなかった。わしは村主として命を賭してでもこの工事をやり遂げたいと思う、みんなの意見を聞かせてもらいたい」

 

この義助の提案に、村人は首を垂れて黙り込み、誰一人として物を言う者もなく長い沈黙が続いて重い空気につつまれた。

 

誠輝はこの様子を後ろの方から見ている内に、いてもたっても居られない気持ちに駆りたてられ、蛮勇を奮いたたせて沈黙を打ち破った。

 

「村主さん、僕たち兄妹は幼い頃から村の人々に助けられここまで育てていただきました。僕たちが村のお役に立てる事があるなら、どんなに苦しくて危険な仕事でも命がけでやります」

 

この誠輝の言葉に勇気づけられたかのように、村人は一人また一人と首をもたげはじめると、一人の若者が意を決したように義助の傍に歩みより村人に向かって言った。

 

「みなさん、先哲たちも成しえなかったこの困難な仕事、我々で成就させようではありませんか」

 

そして、村人を鼓舞するように拳を天に突き上げ賛同を求めると、若者に触発されるように村人の顔にはみるみる精気が蘇えり

 

「私も・僕も・俺も・・・」

 

と、同調する者がしだいに多くなり大勢が決しようとしかかった、その時、一人の男が遠慮がちに手を上げた。

 

「村主さん、田植えの時期は過ぎようとしています。今頃になって工事をはじめて田植えが出来ると思いますか」と冷ややかに言った。

 

この一言にそれまでの熱気は、冷や水でも浴びせかけられたように一瞬にして覚めて静まりかえってしまった。

 

すると義助はそんなことは百も承知していると言わんばかりに、その男に向かって言った。

 

「たしかにお前の言うように間に合わないかもしれん。しかし、今、この苦境を避けていては永遠に村を救う手立てを失い、村は崩壊してしまうだろう。何もせずに村の崩壊を待つより、先哲たちの意を継いで工事を完成させれば奇跡が起こらないとも限らない。

 

この工事に村の存亡がかかっているのだ。これを成し遂げることがわしらの子々孫々に対しての天命なのだ。わしは一人になってもやり遂げる覚悟じゃ!」

 

義助の形相は鬼のように険しく、一身を投げだしてでもやり遂げようとする並々ならぬ心情は、村人の心に楔のように突き刺さり固い絆はさらに深まっていった。

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からす天狗の恩返し (14)

2011年12月06日 16時12分05秒 | カラス天狗の恩返し

勇翔が山に去った日を境にして厳しかった寒さは峠を越し、三寒四温を繰り返しながら春に近づき、田畑をおおっていた深い雪もしだいに融けて黒土が顔を見せ始めた。

 

ひと冬を雪の中に埋もれた白菜やキャベツなどの野菜は、冬の寒さで一段と甘みを増し、豪雪に耐え抜いた村人に遅い春の訪れを告げる。

 

大野池の土手には山桜が清楚な花を咲かせ、村人は素朴で淡い香りを漂わせる山桜の下で花見を楽しみ、山つつじが薄いピンクの花を咲かせる頃になると、鉦や太鼓を打ち鳴らし村人総出の田植えが始まり、短い夏が過ぎ、赤とんぼが野山を飛び交う頃になると、稲穂が黄金色に輝き収穫の時期を迎える。

 

そして、稲の収穫が終わると小さな村のささやかな秋祭りを行って、自然の恵みに感謝し厳しい冬の到来に備える。

 

そんな慎ましいながらも平穏な暮らしの中で、村人はお互いを気遣い助け合いながら幸な日々を過ごしている内に、いつしかカラス天狗を助けた出来事は村の人の記憶から薄れ話題にも上らなくなっていった。

 

そんなある年のこと、その年は珍しく雪が少なく梅雨に入ってもまとまった雨が降らず、田植えの時期が過ぎようとするのに、村の田んぼに水を取り込む溜池には水が殆んどなく村人は困ってしまった。

 

このまま日照りが続けば、一粒のコメさえ収穫することが出来なくなる、村の存亡に関わる重大な事態に直面し各家の家長たちは義助の家に集まり、この危機を乗り切る方策について真剣に話し合いを続けた。

 

「コメの代わりに、あわ・ひえ・そば、を植えたらいいじゃあないか」一人の男が言う

 

「そんなことでは、村人みんなの口は賄えまい」向かいに座った男が反論する。

 

「芋を植えたらどうだ」別の男が言う

 

「芋だけを食べて一年を過ごすのは無理だろう」間髪いれずに異論が出る。

 

「それなら、イモとソバを半々に植えたら」

 

「他国に出稼ぎし、その金で村を支えたら」

 

「そんなことをしたら、村は働き手を失い崩壊してしまう」

 

いつまでたっても話は堂々巡り、妙案が浮かばないまま時間だけが無情に過ぎ、それまでみんなの話を黙って聞いていた義助がポッリと呟いた。

 

「大野池の水さへ田に引くことができたら、こんなに苦悩することもないものを」

 

この、ため息とも嘆きともわからぬ義助の呟きに、男たちは一瞬凍りついたように口を閉ざし俯いてしまった。

 

大野池は大山の伏流水が豊富に湧きだし、どんなに干ばつの年でも水を満々と湛えており、村の先哲たちはこの水を田畑に引き入れようと何度も試みた。

 

しかし、工事に取りかかろうとして、大野池と村の間に立ちはだかる大岩に手を加えようとすると、その度に岩から転落して大怪我をする者が出たり、村に原因不明の病気が流行って死人が出るなどの不幸が続いて工事は中断され、いつしか村の人々の間では、あの池には竜神さまが住んでいると真しやかに信じられ崇められるようになっていた。

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