たわいもない話

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

からす天狗の恩返し (13)

2011年11月24日 17時21分14秒 | カラス天狗の恩返し

勇翔が義助に促されながら戸外に出ると、外は凍てつくような空気がはりつめ、深く積もった雪に太陽の光が鋭く反射していた。

 

頬のあたりを冷たい風が吹き抜けると、勇翔はかすかな痛みを覚え、武者震いでもするかのように“ブルブル”と大きく体を震わせた。

 

義助の家の前には多くの村人が腰のあたりまで雪に埋もれながら、勇翔の元気な姿を一目見ようと集まり、その中に誠輝と礼香の兄妹の姿もあった。

 

勇翔は玄関前に立つと、村人の顔をひとり一人たしかめるように見つめながら深々と頭を下げた。

 

そして、勇翔が道の両側に雪をうず高く積み上げた村の一本道を、義助の後について歩き出すと、村人も一列になってそのあとに続いた。

 

村を囲んだ山々は、松、杉、桧などの針葉樹が陽の光を受け、まるでモノクロ写真のような斑模様を描き、その中に、ひときわ高く聳える大山の山頂は、吸い込まれそうな青空の中に銀板の三角帽子でも被せたように眩しく輝いていた。

 

義助は村の入口の地蔵さんが祀られているお堂の処まで来て、歩みを止め勇翔を振り返った。

 

「勇翔さん、この寒さもあと僅か、春も近い。十分に食べ物は持たせてやれないが、何としてもこの冬を乗り切って、また元気な姿を見せておくれ」

 

そう言いながら、義助は氷のように冷たくなった手を差し出し、勇翔はその手を固く握りしめている内に深い絆が湧きあがるのを感じた。

 

勇翔は義助の手を静かに離すと、懐から子供の吹くオカリナほどの大きさの鹿笛を出して義助の掌にのせながら

 

「この先、村で困ったことが起きたら、この鹿笛を大山の麓の南光河原で吹いてください。すぐに駆けつけ、この恩の万分の一でもお返しさせていただきます」と言った。

 

勇翔は義助が鹿笛を大切に懐にしまうのを見届けると、誠輝と礼香に近寄り寄り、重い叺を背負ったまま、雪の上に両膝ついて二人を代わる代わる抱きしめ別れを惜しんだ。

 

村の人たちは、この三人の様子を、我が子、我が孫を、遠く長い旅にでも送り出す別れの時のように温かく見守った。

 

短い冬の太陽は次第に高くなり、雪原に積もった雪は、銀分でも振りまいたたように蒼白く輝き、いよいよ勇翔と村人との別れの時がやって来た。

 

「この度は、風前の灯火となりかかっていた私の命を助けていたきありがとうございました。これからはもっと厳しい修行に励み、霊力・神通力を会得し、きっと、村のみなさまのお役に立てるように修練します」

 

勇翔の凛々しく颯爽とした姿は、昨夜の命さえ危ぶまれた天狗とはとうてい思えぬほど元気を取り戻し、村人には眩しくさえ見えた。

 

 

勇翔は両手を合わせ、深々と頭を下げて村人に最後の別れを告げると、身をひるがえし、深い雪の中をまるで雲海の上でも走るように森の奥へと消えて行った。

 

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からす天狗の恩返し (12)

2011年11月06日 17時17分32秒 | カラス天狗の恩返し

あくる朝、小窓から差し込むうす明りで勇翔は目を覚ました。

 

家の中には人の気配はなく、囲炉裏に掛けられた茶釜が “シューン、シュ-ン”と寂しそうな音を響かせ、煙草の煙のような湯気を立てていた。

 

「此処はいったいどこだろう。何故、僕はここにいるのだろう・・・・?」

 

勇翔は前夜の出来事をおぼろげに思い出しながら、それが真実だったのか幻想だったのか、夢心地の中にでもいるような気持で呆然と立ちすくんだ。

 

「昨夜の出来事が真実だとすれば、村人はいったい何処へ行ってしまったのだろう」

 

勇翔は狐にでも化かされたような不思議な感覚に襲われ、戸外の様子でも確かめようと土間に降りようとした。

 

その時、“ギィギィギィュー”ときしむような音をたてて玄関の引戸を開けて義助夫婦が顔を覗かせ、その姿に勇翔は“ハッ”と我に返った。

 

「勇翔さん、よく眠っていたが、少しは疲れがとれかね!」

 

義助は勇翔の元気そうな姿を見て、安堵したように優しく話しかけた。

 

「もう大丈夫です、みなさまのおかげで十分に体力を取り戻すことができました。」

 

勇翔は義助に駈け寄ると、手を固く握りしめ“ニッコリ”微笑みながら、昨夜の出来事は夢ではなかったのだと改めて確信した。

 

義助は背負っていた竹籠をゆっくり土間に降ろすと、少し表情を曇らせながら言った。

 

「実は、昨夜の勇翔さんとの約束を果たそうと、朝早くから食糧を集めるために村人の家々を回って来たが、この村も、今年の冬は特に食べ物に事欠き、村人を飢えさせるわけにもならず、これだけ集めるのが精いっぱいだった、これだけで勘弁してくれ」と言って、土間に置いた竹籠を勇翔に見せた。

 

勇翔が竹籠の中をのぞくと、雑穀・芋・干し柿・乾物、そして村人も滅多に口にしないであろう菱餅まで入っていた。

 

「村主さん、こんなにたくさんの食物を恵んでいただきありがとうございます。」

 

勇翔は村人の温かい慈愛に触れ、胸に熱く込み上げる感情が抑えきれず、とめどなく涙が溢れた。

 

「これで、おじいさんを飢えから救うことができる」

 

勇翔は、今まで張りつめていた義精神から解き放たれ、すぐにでも岩谷に飛んで帰りたい思いに駆られたが、ふと村の人たちのことが頭をよぎり心配になった。

 

「村主さん、僕がこんなにたくさんの食物をいただいて、村のみなさまは大丈夫ですか」

 

「わしらのことは心配いらん」

 

と義助は答えただけで多くを語らず、家の外に出ていって叺を抱えて戻って来ると、土間に叺をおいて竹籠の食物を手際よく詰め替えながら、女房に

 

「雪道は腹の空くものだ、勇翔さんに力のつくものを食べさせてやってくれ」言った。

 

義助の女房が、保存食用に蓄えていた丸餅を亀壺から出して、囲炉裏の火で焼き、それに味噌をつけてさらに焼くと、こうばしい香りがあたりに漂った。

 

「今日は久々の雪晴れ、急いで帰らなくても荒れることはないでしょう。しっかり腹ごしらえをしてからお帰りなさい」

 

そう言いながら義助の女房は、美味しそうな香りのする丸餅に沢庵とお茶を添えて勇翔に食べさせた。

 

そして、食事が終わるのをみはからって、白いおにぎりを竹の皮に包んで勇翔に持たせた。

 

勇翔が帰り支度を整えて土間に下りると、義助は勇翔に叺を背負わせて、荒縄で硬く縛ると、静かに玄関の引き戸を開けた。

 

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