たわいもない話

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

からす天狗の恩返し(20)

2012年03月28日 18時23分01秒 | カラス天狗の恩返し

皐月から水無月へと月も移り、とっくに梅雨の時期を迎えたというのに、この日も朝から真っ青な空が広がり、初夏を感じさせるような強い日差しが日も降り注いでいた。

二羽のカラス天狗は、村人の待つ広場にようやくたどり着くと、人々の強い期待と視線を肌で感じながらお堂の前に立った。

広場に集まった村人の中に緊張が走り、カラス天狗に寄せる期待と不安で、急に静まりみんなは息を殺すように天狗を見つめた。

「みなさん、わしが大雪の年に命を助けていただいたカラス天狗の仁翔と申します。となりの若い天狗が村でお世話になった勇翔です。あの年助けていただいたご恩は、今でも決して忘れることはできません。本当にお世話になりました」

と言って、仁翔は村人に深々と頭を下げた。

すると、傍らに立ってこの話を聞いていた義助が、日焼けして茶褐色になった手を差し出すと、仁翔はその手を固く握りしめ抱擁を交わした。

「こんな形でカラス天狗さんにお会いすることになろうとは夢にも思っていませんでした。急な頼みにも関わらず、こんなに早く駆けつけていただいて本当にありがとうございます」

義助は仁翔と勇翔に丁寧にお礼を言うと、多少こわばった表情で村の窮状を話しはじめた。

「この村は、これまで盆地の山裾の溜池に雨水を溜めて、その水を田んぼに引いて稲を作って来たのだが、今年は梅雨の時期に入っても雨が全く降らず、溜池は干からび、植えつけの時期を過ぎたというのに、雨の降る気配が全くなく困り果てて、村人総出で大野池から水を引くことにしたのですが、工事の最中に怪我人が出るなどの不幸が続き、どうしても水路を完成することができません。どうかカラス天狗さんの霊力、神通力を持って村をお救いください」

その義助の話を瞬きもせず、真剣な面持ちで聞いた仁翔は勇翔に向かって言った。

「勇翔、村の溜池の様子を見に行ってくれないか」

「仁翔さん、それでは村の若者に案内させます」

と言って、誠輝に勇翔を溜池に案内するように言いつけた。

誠輝と勇翔が溜池に着いて池を見ると、池はまるで砂漠のようにカラカラに干からび、灰色に乾いた表面には大きな割れ目が無数に走っていた。

「これはひどい、これでは少々の雨では田畑を潤すことは到底出来やぁしない」

勇翔は広場に取って返し、この惨状を仁翔に説明すると、仁翔は暫く腕組みをしながら考え込んでいたが

「義助さん、大野池の大岩に案内してくれないか」と言った。

義助が仁翔を案内して、狭い畦道を通り雑木林を抜けて大岩に向かうと、その後に誠輝と勇翔そして村人たちも続いた。

大岩に着いた義助は、険しく突き出した岩肌を指さしながら仁翔に言った。

「仁翔さん、村の若者が転落したのはあの辺りからです」

すると仁翔は、若者が転落した岩のあたりに向かって手を合わせてしばらく瞑想していたが、大岩の下まで進むと静かな足取りで頂に向かって登りはじめた。

仁翔が頂に立つと、太陽の光が背後から注ぎ、その仁翔の姿は、まるで天から神様が舞い降りたかのように、眩しくそして神々しくさえ村人の目には映つた。

仁翔は大岩の頂から、村の周囲の山々や田畑、大野池の湖面などの様子を目を細めるようにして見つめていたが、しばらくすると勇翔に向かって

「おお~ぃ勇翔、 お前もここに登ってきなさ~い!」と叫んだ。

すると勇翔はカモシカのるような身軽さで大岩を登り、頂に着いた勇翔は仁翔と何事かを真剣に話し合っていたが、突然、、大岩の下に集まっていた村人に向かって

「村の皆さ~ん、今から三日三晩の間は、どんなことが起こっても絶対にこの大岩に近づかないでくださ~い」と大声で叫んだ。

勇翔の言葉に、村人はカラス天狗の真意がつかめず戸惑いの様子を見せたが、この場に及んではカラス天狗の言葉に従うより他に方策もなく、みんなは勇翔の言葉に従ってすごすごと村に帰って行った。

村人の姿が見えなくなったのを見届けた仁翔と勇翔は、強い日差しが突き刺さすように降り注ぐ大岩の頂で、鏡のように穏やかな大野池の湖面に向かって座禅を組むと、竜神さまにでも語りかけるかのように、四書五経の一つである易経を静かに唱え始めた。

 

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からす天狗の恩返し (19)

2012年03月12日 14時40分10秒 | カラス天狗の恩返し

大山の北壁の峰々が、薄いオレンジ色にかすかに染まりはじめた時、賽の河原から南光河原の谷底を這うようにつむじ風が巻き起こり、誠輝は吹き飛ばされそうになって身をすくめた。

つむじ風が過ぎ去り、再び鹿笛を吹こうと誠輝が首をもたげ、しののめの薄明かりに照らされた金門の頂に目をやると、小さな白い雲が風にたなびいているように見えた。

その雲は、険しく突き出した金門の岩肌を、まるで、ムササビが滑降でもするかのように岩から岩へ飛び移り“あっ”という間に降下して、南光河原の誠輝の前に立った。

「鹿笛を吹いたのはあなたですか? 私は昔、大雪の中で村の皆さんに命を助けていただいたカラス天狗の勇翔です」と言った。

その勇姿には、昔の痩せてやつれたカラス天狗の面影など微塵もなく、たくましく成長した身体からは力がみなぎり、凛々しく神々しくさえ見えて、誠輝は言葉を失い呆然として立ち竦んでしまった。

「いったい、村で何が起きたのですか」

勇翔の優しい問いかけに、ようやく気を取り直した誠輝は、今年に入ってからの異常気象で村が水不足の窮地に追い込まれている窮状を訴えて助けを求めた。

勇翔はこの話を黙って聞いていたが

「誠輝さん、昔の約束をよく思い出してくれました。これから祠に帰って、仁翔という爺さんと二人で直ぐに村に向かいます。誠輝さんは先に帰って、この事を村の人に伝えてください」

勇翔は誠輝にそう言うと、まだうす暗い河原を北壁の谷底へ飛ぶように姿を消して行った。

「天狗さんが来てくれれば、礼香も村も助かるかもしれない。早く帰って村主さんに伝えなくては」

誠輝の心にようやく光明が差し込み、賽の河原から北壁の谷底に姿を消した勇翔を見送ると、薄明かりに照らされながら河原を下り、林を抜け、雑木林を通って村に向かって一目散に走り続けた。

太陽は山の峰から少しずつ顔をのぞかせると、誠輝の後を追いかけるように高く登り、村に着く頃にはすっかり明るくなっていた。

誠輝が村に入ると、お堂の前の広場に義助を囲んで村人たちが集まっているのが見え、誠輝はその輪の中に息絶え絶えに走り込みながら叫んだ。

「カラス天狗さんに、会えました!」

「それで、天狗は何と言った!」

いつもは沈着冷静な義助も、この時ばかりは平常心を失い、叫ぶとも怒鳴るともつかぬ大声で誠輝の次の言葉を迫った。

「直ぐ! 村に来てくれるそうです」

「そうか、これで村も助かるかもしれん」

この話を聞いて、義助や村人が安堵の表情を浮かべたのを確かめて、誠輝がその場に座り込んでしまった。

この様子を傍らから見ていた礼香が、竹筒に入った水を誠輝に渡すと、その水を美味しそうに“グイ、グイ”と一気に飲み干して誠輝は話を続けた。

「村主さん、この鹿笛のお陰でカラス天狗さんに会うことが出来ました。天狗さんは鹿笛の事も、昔の事もよく覚えていてくれました」

誠輝がさらに天狗との出会いのを詳しく話そうとしていると、村人の一人が大きな声で叫んだ。

「あ!あれは、カラス天狗ではないか!」

みんなは一斉に、その村人の指差す方向を見つめた。

干からびた田圃の先に見える雑木林から、白い二羽のカラスが地上すれすれを滑空するように、“ぐんぐん”村に近づいて来るではないか。

 

 

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