たわいもない話

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

からす天狗の恩返し (3)

2011年05月05日 16時22分24秒 | カラス天狗の恩返し

囲炉裏の火はすっかり消え、寒々とした洞窟の中に薄明かりが差しこんできた。

 

傍らでは、仁翔が戦いを終えた兵士のように、安らかな寝息をたてながら、死んだように眠っている。

 

勇翔は“そっと”寝床から抜け出だすと、洞窟の奥の窪みに祀られた神棚の前に立って、深々と一礼、続づけて音をたてないよう二拍手すると一礼した。

 

そして、仁翔が大切に神棚に供えていた鹿笛を懐に入れると、仁翔の寝息を確認するように覗き込み、洞窟を後にした。

 

外は鉛色の雪雲が低くたれこみ、一面、深い雪おおわれ、今にも吹雪にでもなりそうな空模様であった。

 

勇翔は食料を求めて、雪に押しつぶされた熊笹や、小木に巻きついた蔓のつるに足を取られ、何度も何度も転びながらも、必死で立ち上がり、足で雪を踏みつけ腰で雪をかき分け歩いた。

 

ようやく元谷を抜け、賽の河原を過ぎて、両壁がおおい被さるようにそびえ立つ、金門の祠に祀られたお地蔵さんの処までたどり着いた。

 

さすがの勇翔もここまで下って、疲労困憊、性も根も尽きはて、もう一歩も前に進むことができず、疲れきった体を祠にほうり込んだ。

 

勇翔が祠の岩に凭れ休んでいると、前夜の寝不足と空腹などが重なり、つい“うとうと”とまどろんでしまった。

 

すると、一人の初老のカラス天狗が、澄み切った青空に、赤々と燃えるナナカマド・モミジ・ハゼ、そして、黄金色に輝くブナ・カエデ・シラカバ、の鮮やかなコントラストに彩られた元谷の紅葉を眺めながら、大山寺から南光河原に向かって歩いている。

 

そして、南光河原を過ぎて金門まで来ると、風景は一変し、初冬の灰色の世界へと変わり、カラス天狗が金門を通り過ぎようとすると、お地蔵さまの祠の中から“オギャ~ァ、オギャ~ァ”赤子の泣き叫ぶ声がする。

 

 

初老カラス天狗は、その赤子を軽々と抱き上げると飛ぶように、賽の河原から元谷の奥へと姿を消してしまった。

 

どのくらい時間が経ったことだろう、勇翔が足元にひややかな感触をおぼえ眼を覚ますと、祠の奥の裂け目から、清水が“ちょろちょろ”湧き出し足を濡らしていた。

 

勇翔がその清水を両手で掬って、一くち飲むと“ほ~ぅと”ため息が漏れ、夢から覚めたように正気を取り戻した。

 

すると、突然、大野池で仁翔に「水伝の術」の秘伝を授かるために訪れた、幸せそうな村が脳裏に浮かんだ。

 

「そうだ、あの村に行ってみよう!」

 

疲労困憊していた勇翔が、僅かな希望をみいだし、気力を取り戻すと、今までの疲が一気に吹っ飛んだように、体が軽くなり力が蘇った。

 

行こう、あの村へ、仁翔の命を守り、恩義に報いるために、勇翔は僅かな望みと、固い信念を抱いて祠を飛び出した。

 


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