平成24年6月8日 金曜日
「弱者の工夫…2012」
だいぶ以前に、職場で…プロ野球 前楽天監督である野村克也氏の講話がありました。
いつもの野村節のような、つぶやくような語り口でした。
講話のひとつのポイントは、『常に向上心を持つこと』だったように思います。
その中で、一番心に残ったのは、『弱者が強者に勝利するための工夫』というものでした。
これは講話の中で、野村氏が、その年の正月に、バレーボール元日本代表選手の三屋裕子さんと対談したときのお話ということで話されたものです。
その概要を以下に紹介します。
『打者に共通したテーマは、変化球への対応です。
バッターによっては、ねらい球をしぼらなくても…ついていける人もいるけど、
そんなのは、イチローとか松井秀喜とか、10年にひとり。
ほとんどの人間は、不器用に生まれて来ているんです。
だけど、私はねらい球をしぼるという不器用な方が強いと思うのです。
器用なやつは、器用にできてしまうから考えない。
不器用なやつは、人のやらないことを考えたり、ヤマを張ったりしないと対応できない。
長い目で見たら、最後は不器用な方が勝つと信じています。』
…これを聴いただけでは、「不器用な者が努力を継続することが大事だ」という説教めいた理解で終わってしまいそうですが、
野村氏は続けて言われました。
『確かに不器用な人間は弱い…、
しかしながら、不器用な人間が自らの弱点を踏まえて考えること、
すなわち、工夫を行うことを始めると、生まれついて器用な人間、
一般的には「天才」と言われる人に勝利することが可能であるということです。
私は、「戦術」は言わば「弱者の工夫」だと思います。
自らが弱いということを認めた上で、強者への対応を工夫すること。
これが「戦術」の本質だと思うのです。
絶対的な強者は常に、横綱相撲で正攻法です。
この正攻法で、弱者に対応すべきであり、強者のへたな小細工は…
かえって墓穴を掘ることになることを知るべきだと思います。』
…以上が講話の本来の主旨ですが、
さて「弱者の工夫」とは、「戦術」として、スポーツのコーチは、
常に頭に置いておかなければならないことだと思います。
これは、どの戦いの場でも「工夫」を凝らすことが必要だと言っているのでしょう。
「試合は練習どおり」を意識して行いますが、
相手が練習どおりに、させてくれるとは限りません、
特に、相手が自分達のチームスタイルを知っている場合は、
当然、相手は「工夫」してくるはずです。
そして、相手の「工夫」にはまったときに…
コーチが陥る愚かさは、練習どおりにいかないのは、相手の工夫によるのではなく…
選手達の焦りからくる、ミスが原因だと思い込むことです。
だから、「焦るな! 落ち着いて! 練習どおりやればいいんだ!」という「工夫」なき指示をしてしまうのでしょう。
確かに練習でも、相手の「工夫」に対応できるプレーはやってきたはずです。
ですから、我がチームの「工夫」としては、そのプレーを具体的に指示すべきなのです。
そのためにコーチは、なぜ練習どおりにいかないのかを考えることが大切でしょう。
なぜ焦るのか、焦らないで対応するプレーは何なのかを、コーチは落ち着いて指示すべきだと思います。
ちなみに、これに関連した余談ですが…、
我が国の明治以降の歴史を振り返ると、
「坂の上の雲」の舞台ともなっている日露戦争では、
時の指導者達は、我が国がロシアに比べて弱者であることをよく理解し、
外交、軍事作戦の両面においてギリギリの工夫を凝らして…
ギリギリの勝利を手にしました。
その勝利によって、日本が「弱者」であるという意識が薄れたことで、
愚かな軍人達は、自分達が、神がかり的な「強者」であると思い込み、
政治を無視した軍国主義がばっこし、
結局、かつての日本らしさを欠いた…
現代の日本につながっていくのでしょう。
余談でした。
「弱者の工夫…2012」
だいぶ以前に、職場で…プロ野球 前楽天監督である野村克也氏の講話がありました。
いつもの野村節のような、つぶやくような語り口でした。
講話のひとつのポイントは、『常に向上心を持つこと』だったように思います。
その中で、一番心に残ったのは、『弱者が強者に勝利するための工夫』というものでした。
これは講話の中で、野村氏が、その年の正月に、バレーボール元日本代表選手の三屋裕子さんと対談したときのお話ということで話されたものです。
その概要を以下に紹介します。
『打者に共通したテーマは、変化球への対応です。
バッターによっては、ねらい球をしぼらなくても…ついていける人もいるけど、
そんなのは、イチローとか松井秀喜とか、10年にひとり。
ほとんどの人間は、不器用に生まれて来ているんです。
だけど、私はねらい球をしぼるという不器用な方が強いと思うのです。
器用なやつは、器用にできてしまうから考えない。
不器用なやつは、人のやらないことを考えたり、ヤマを張ったりしないと対応できない。
長い目で見たら、最後は不器用な方が勝つと信じています。』
…これを聴いただけでは、「不器用な者が努力を継続することが大事だ」という説教めいた理解で終わってしまいそうですが、
野村氏は続けて言われました。
『確かに不器用な人間は弱い…、
しかしながら、不器用な人間が自らの弱点を踏まえて考えること、
すなわち、工夫を行うことを始めると、生まれついて器用な人間、
一般的には「天才」と言われる人に勝利することが可能であるということです。
私は、「戦術」は言わば「弱者の工夫」だと思います。
自らが弱いということを認めた上で、強者への対応を工夫すること。
これが「戦術」の本質だと思うのです。
絶対的な強者は常に、横綱相撲で正攻法です。
この正攻法で、弱者に対応すべきであり、強者のへたな小細工は…
かえって墓穴を掘ることになることを知るべきだと思います。』
…以上が講話の本来の主旨ですが、
さて「弱者の工夫」とは、「戦術」として、スポーツのコーチは、
常に頭に置いておかなければならないことだと思います。
これは、どの戦いの場でも「工夫」を凝らすことが必要だと言っているのでしょう。
「試合は練習どおり」を意識して行いますが、
相手が練習どおりに、させてくれるとは限りません、
特に、相手が自分達のチームスタイルを知っている場合は、
当然、相手は「工夫」してくるはずです。
そして、相手の「工夫」にはまったときに…
コーチが陥る愚かさは、練習どおりにいかないのは、相手の工夫によるのではなく…
選手達の焦りからくる、ミスが原因だと思い込むことです。
だから、「焦るな! 落ち着いて! 練習どおりやればいいんだ!」という「工夫」なき指示をしてしまうのでしょう。
確かに練習でも、相手の「工夫」に対応できるプレーはやってきたはずです。
ですから、我がチームの「工夫」としては、そのプレーを具体的に指示すべきなのです。
そのためにコーチは、なぜ練習どおりにいかないのかを考えることが大切でしょう。
なぜ焦るのか、焦らないで対応するプレーは何なのかを、コーチは落ち着いて指示すべきだと思います。
ちなみに、これに関連した余談ですが…、
我が国の明治以降の歴史を振り返ると、
「坂の上の雲」の舞台ともなっている日露戦争では、
時の指導者達は、我が国がロシアに比べて弱者であることをよく理解し、
外交、軍事作戦の両面においてギリギリの工夫を凝らして…
ギリギリの勝利を手にしました。
その勝利によって、日本が「弱者」であるという意識が薄れたことで、
愚かな軍人達は、自分達が、神がかり的な「強者」であると思い込み、
政治を無視した軍国主義がばっこし、
結局、かつての日本らしさを欠いた…
現代の日本につながっていくのでしょう。
余談でした。