採集生活

お菓子作り、ジャム作り、料理などについての記録

シャーナーメ:12.ロスタムの七つの試練(下)

2023-07-11 | +シャー・ナーメあらすじ(挿絵付き)

ロスタムのマザンダランでの試練の続きです。
前回、苦戦の末に白鬼を倒したのですが、その血でシャーたちの盲目を直すことができました。
で、みんなで楽しく故郷に帰る・・・のではなく、なんかオトナの展開があります。
児童文学育ちの私には、目からウロコといいますか。
当時の読者は当然イラン側に純粋に肩入れして楽しく読んでいたのだと思いますが、現代感覚では、むしろ引いてしまいます(繰り返される歴史に即しているといえばそうなのですが)。
(タイムリーな意味で)戦争ってこういう風にこじれて、そして誰にも止められなくなっていくんだなと勉強になります。
いや、今回は書いていてつらかった・・。


次は、久々に女性登場! 悪女だけど、戦争よりマシのはず。

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12.ロスタムの七つの試練(下)
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■登場人物
ロスタム:白髪のザールの息子。
ラクシュ:ロスタムの愛馬。黄色地に斑点模様。

マザンダラン(地名):人間とともにディヴ(鬼)や魔術師が住む国。架空の土地で、現在のマザンダラン地方(カスピ海南岸)とは無関係。
ウラド:マザンダランの辺境地の領主。Ūlādウーラード/Owlad/Olad
マザンダランの王: 魔法が使える。

 

■概要(あらすじはホントに身もふたもないですが、親書のやりとりとか、読むと結構興味深いのでよかったら本文も読んで下さい)
(前回までのあらすじ:傲慢なイランのシャー、カイ・カヴスは思いつきで軍を率いマザンダランに侵攻したのですが、大敗を喫します。シャーと主要な武将は、白鬼の魔術により盲目にされ、囚われていました。
彼らは助けを求める手紙をザールに送り、ロスタムひとり、幾つもの試練を乗り越えて、彼らのもとにやってきました。)

ロスタムは退治した白鬼の肝臓をもってシャーたちのもとに戻り、その血で彼らの盲目を癒すことが出来ました。
目が治った彼らは、まず囚われていた街やその周辺都市を略奪・殺戮して回り、復讐心を満足させます。
そして、マザンダラン王に、イランに臣従するように親書を送ります。
マザンダラン王は全くとりあわなかったため、より苛烈な2通目の親書を持って、ロスタムが遣わされます。
ロスタムが威力を見せつけたことで、王に非戦・服従を勧めた武将もいましたが、やはりマザンダラン王は受け入れません。

マザンダランとイランは戦争することになりました。
(イラン側はシャーほか少数の側近がマザンダランで囚われていた状態なので、そんなに沢山の兵士はいなかったはずですが、本国から軍団を呼び寄せたということか?)
七日間の長く激しい戦いの末、ロスタムはとうとうマザンダラン王に迫り、彼を長槍で突いたのですが、その瞬間王は魔法で石に姿を変えました。
カヴスの玉座の前で、石になった王を脅したところ、王は再び人間の姿に戻りましたが、カヴスによって処刑されます。
ロスタムの願いで、シャーはオラドをマザンダラン王の地位につけてイランに帰還します。
イランに戻ったロスタムは、シャーから沢山の褒美を貰い、父ザールのいる故郷シスタンに戻ります。

■ものがたり

□8□カヴスの視力が回復する

ロスタム達はカヴスのもとにたどり着き、皆は喜びの声を上げました。
そして、数え切れないほどの感謝と賛辞を込めて、彼のもとに駆け寄りました。
ロスタムは言いました。
「シャーよ、知識の探求者よ!喜んで下さい。汝の敵は倒されました。
私は白鬼の肝臓を切り取りました。マザンダラン王はもはや彼の働きを期待することはできないでしょう。」

カヴスはロスタムを大いに祝福し、肝臓の血を絞って自分と戦士達の目に注がせました。

●ロスタムがカヴスの目を治す(Bayerische Staatsbibliothek, BSB Cod.pers. 10, f. 87v)


すると彼らの目は輝きを増し、世界は彼らにとって薔薇の花園になりました。
象牙の玉座が運ばれ、その上に王冠が吊るされ、王はロスタムや他の戦士たち(トゥース、ファリボルス、グダルズ、ギーヴ、ロハム、ゴルギン、バフラム)に囲まれてマザンダランの支配者としてその場に座りました。こうして、葡萄酒と音楽で一週間が過ぎ、カヴス達は喜びと楽しみを満喫しました。

8日目、王と戦士達は馬に乗り、巨大なメイスを持ち、マザンダランに散っていきました。彼らは王の命令に従って、火が乾いた葦を焼き尽くすように素早く走り、いくつもの都市に火と剣を持ち込んだのです。
彼らの鋭い剣によってディヴたちは血が川となるほどたくさん殺されました。
夜が明けると、戦士たちは皆休息し、カウスは宣言しました。
「罪に対する正当な復讐がなされ、殺戮をやめる時が来た。
今、我々は、マザンダランの君主に働きかけよう。
威厳と威圧感のある人物、状況に応じて即答と時間稼ぎを使い分けられる賢明な使者が必要だ。」

ロスタムや他の諸侯たちは、マザンダラン王にメッセージを送り、その暗愚な魂に光をもたらすという考え方に同意しました。

 

□9□カヴスがマザンダランの王に手紙を送る

熟練した書記が白絹に書いた手紙には、慇懃と苛烈、希望のほのめかしと恫喝が入り交じっていました。まずあらゆる善の源である神への賛美から始まり、こう続きました。

「汝が高潔であり、汝の信仰が純粋であるならば、全ての人が汝を賞賛するだろう、しかし、汝が不誠実で敵対的であるならば、天の呪いが汝に降りかかるだろう。
公正な神は掟を破らない。
神が、犯された罪への罰として、ディヴや魔術師を塵に帰したことを見よ!
もしかれらの運命の知らせが汝に届いたならば、そして心と知恵が汝の監視者であるならば、汝、王位を辞し、マザンダランから,他の臣民と同様に,わが宮廷に来て臣従を誓え。我らが要求する税や貢ぎ物を支払うのだ。
そうすれば汝はルスタムとの闘いを免れ、或いは王座を維持することもできよう。 
しかし、この申し出を拒否するならば、汝もまた白鬼やアルザンの運命を辿るであろう。」

手紙は完成し、シャーは麝香と香料を混ぜた封蝋に印章を押し、ファルハドを呼びました。
「この忠告の手紙を、束縛から逃れたあの男に届けよ 」
と。
彼は大地に接吻し、シャーの手紙を持って、勇敢な騎馬民族ナムルパイの土地にたどり着きました。都を逃れたマザンダランの君主は、いまこの民族と共に住んでいたのです。ファルハドは、人を遣わして王に自分の来訪を告げました。

王は、使者を畏怖させるため、勇壮なディヴの軍勢を出迎えにやりました。
彼らは威圧的な様子で揃い立ちました。そしてディヴの隊長の一人がファルハドに近づくと、彼の手を掴み、強い力で揉みしだき、彼を痛めつけようとしましたが、ファルハドは顔色を変えることなく涼しい顔で耐えました。

王の前に通されたファルハドは挨拶の後、シャーからの親書を渡しました。
王はこれを書記官に渡し、読み上げさせました。
内容を聞いた王は、アルジャンと白鬼の殺害を嘆き、彼の目は血の涙で満たされました。そしてロスタムの強さに密かに畏怖しました。
王は使者を戦士や名士たちの間で3日間もてなし、4日目にこう言いました。

「あの厚顔無恥な青二才のもとに帰りこの回答を伝えよ。
『貴様は葡萄酒と海水の区別もつかないのか。
我輩は貴様に脅されて服従するような存在ではない。
”土地と王座と国を捨て、私の宮廷で臣従を誓え” などとよく言えたものだ。
我が輩の宮廷は貴様のそれよりも格が上であり、私の宮廷には千の千倍もの軍隊があり、魔力を持つ彼らは、小石も香りすらも残さずにどこにでも戦いに赴くことが出来る。
すぐに備えるがいい。
私は獅子のような軍勢を率いて、貴様の頭を甘い眠りから呼び覚ましてやる。
我が輩は1200頭の戦象を持っているが、貴様には何もなかろう。
丘と谷が一つに見えるまで、イランから暗い塵を舞い上がらせてやる。』」

ファルハドは、彼の反感と自尊心、そして傲岸さを察知しました。
返書を受け取るや急いで戻り、見たこと、聞いたことをシャーに話しました。
「王の自尊心は天よりも高く、その目的はそれに劣らず高いようです。
彼は私の話を聞こうとせず、彼の目には世界は何の価値もありません。」


そこでカヴスはロスタムを呼び、ファルハドの報告を繰り返しました。
ロスタムは言いました。
「私は我が国を恥辱から救い出します。
雷雲のような苛烈なメッセージを持って、私自身が使者として彼のもとへ参ります。私の言葉で、川には血が流れるでしょう。」
シャーはこう答えました。
「大使でありかつ戦士でもあるそなたあってこそ、イランの王冠と印章が輝くであろう。」

 

□10□カヴス王がマザンダランの王に二度目の手紙を送る


シャーは書記を呼び、矢尻をペンにしてこう書きとらせました。
「そのような議論は無駄であり、冷静に考えれば愚策である。
もし汝がその傲慢な頭を冷やすことができるならば、奴隷のように命じられたとおりにすべきであろう。
汝は自分の領域を破壊することなく、私に貢物を払い、戦争に煩わされることなく、マザンダランを楽しみ、ロスタムに脅かされることなく命を長らえるだろう。
しかし、王よ。もし汝がこれを拒むなら、私は大軍をもって進軍しよう。そして、汝のお気に入りだった白鬼の魂が、汝の脳をついばませるためにハゲタカを連れてくるだろう。」
王は手紙に封をすると、ロスタムは巨大なメイスを鞍に掛け、マザンダランの王の元へ出発しました。


カヴスがもう一人の使者を遣わしたという知らせが王に届きました。
「豪胆な大男で、六十巻きの投げ縄を持つ男です。」
これを聞いた王は、数人の武将を選び、新しい使者を歓迎するために軍勢を送り出しました。

ロスタムは彼らの姿を見ると、道の傍らに広がる木を見つけ、2本の枝を掴み、力強く木の周りをねじり、木を根こそぎ引き抜いて、槍のようにそれを構えました。そしてすべての軍隊が驚いて見ているなか、その木を投げ飛ばしたのです。
その枝に何人もの騎兵が隠れてしまいました。

●ロスタムが木を引っこ抜いて投げつける(Bayerische Staatsbibliothek, BSB Cod.pers. 10, f. 89v)


騎馬のロスタムは近づいて行き、ディヴの騎士たちとの挨拶は長く続きました。
ひとりのディヴの騎士がロスタムの手を掴んで強く握りしめ、英雄を傷つけようとしました。ロスタムは涼しい顔で微笑んで、彼の手を握り返しました。その持ち主は青ざめ、痛みのために気を失い、馬から地面に倒れ込みました。

そしてまた、コラーヴァルという勇猛な戦士も、ロスタムに優位を示そうと考えていました。
コラーヴァルは威圧するような猛々しい様子でロスタムに手を差し出し、ロスタムの手を、あざができるほどに強く握りしめました。ロスタムは無表情のまま、お返しにコラーヴァルの手を握ると、コラーヴァルの指から爪が木の葉のようにハラハラと落ちたのです。

コラーヴァルは、その手を無為に垂らしたまま、王に報告し、その手を見せながら言いました。
「畏れながら、あの男と戦うのはお止め下さい。彼らの条件を受け入れ、マザンダランを守るためにイランに貢物を納めましょう。大小の税金に分配すればこの重い労苦も軽くできましょう。」

その時ロスタムが宮廷に入ってきました。王は彼を名誉ある席に案内させ、道のりの苦労などを訪ね、そして聞きました。
「そなたがロスタムか?その見事な胸と肩は、かの勇者に相応しい。」
ロスタムは答えました。
「私は奴隷です。勇者ロスタムのがいるところでは、私のようなものは役立たずです。
神が世界を創造して以来、彼ほど強い戦士は現れませんでした。」

そしてシャーからの断固とした書状を渡しました。
王はその手紙を聞いて驚き、怒り、ロスタムに言いました。

「そなたの王にはこう伝えよ。
『貴様の言葉で私を屈服させようとする傲慢な試みは、軽蔑に値する。
お前がイランの君主であるように、吾輩はマザンダランの偉大な王である。
冠を頂く吾輩を呼びつけて服従させようとは、全くもって不条理であり高貴な者の振舞ではない。
よく考えよ。他の王達の王権に野心を抱いてはならない。そのようなことをすれば汝に不名誉が降りかかるだろう。
高慢の次に来るのは転落である。今すぐ引き返せ、イランに帰れ、慣れ親しんだ土地に帰れ。
もし吾輩が軍を率いて出陣すれば、お前は敗北し、追い返されるだろう。
賢明になり、弓を捨てるがよい。もし吾輩がお前と対面すれば、お前は話すことも闘うことも出来ないだろう。』

そして使者殿よ、ロスタムにも伝えてくれ。
『高名な戦士よ! カイ・カウスがそなたに与えるものが何であれ、私はその百倍を与えよう。
そなたを武将たちの長にし、望むままに富ませ、そなたの頭を日月より高くし、私の全軍の指揮をそなたに与えよう』と。」

しかし、ロスタムは、玉座、護衛、宮廷を冷ややかに見渡し、王の演説を意に介しませんでした。そして憤慨してこう答えました。
「浅はかな王よ! おめでたいことだ。
ロスタムという高貴なパラディンが、あなたの財宝や軍隊を欲しがるとでも思うのか。ザールの息子はニムルズの君主であり、並ぶものはいないのです。
だから、あなたの舌を振るのをやめなさい、さもなければ、彼はそれを摘み取るでしょう。」

王は頭に血が上り、激昂して叫びました。
「この使者を捕らえよ!」

即座に衛兵がロスタムに近づき、彼の手首を掴み、その椅子から引きずり降ろそうとしました。
しかし、ロスタムは衛兵の手首をつかみ、逆に引きずり寄せて彼を投げ倒し、片脚を踏みつけて抑えつけました。
そしてもう一方の脚を掴んで、男を引き裂いてしまいました。
ルスタムはこう言い捨てました。
「もし私にシャーからの許しがあれば、いまここであなたの軍と戦い、あなたを哀れな境遇に追い込むのだが。」
彼は血走った目で宮廷から出て行きました。 

王はその言葉と力に震え、衣服、馬、金の贈り物を用意してルスタムに差し出しましたが、彼は何も受け取りませんでした。


彼は闘争心に燃えてシャーのもとに戻り、マザンダラン王とその宮廷のことを報告して言いました。
「少しも心配することはありません。勇気を示し、ディヴと戦う準備をしましょう。
私は彼らを一粒の塵とも思いません。このメイスが彼らの悩みの種にして見せます。」

 


□11□マザンダランの王はカヴスやペルシャ人と戦争を起こす

ロスタムが去ると、魔術師たちの王は戦争の準備を始めました。彼は全軍を率いて平原に導いていきました。象と兵士達が巻き上げた塵は太陽を覆い隠し、海も山も平原も見えなくなる程でした。
悪魔の軍勢が近づいてきたと聞いたカヴス王もまた戦いの準備を命じました。彼らはマザンダランの砂漠に宿営地を構えました。

マザンダランには、ジュヤという名高い戦士がいました。
勇猛でメイスの扱いがうまく、朗々たる声、手甲は燦然と輝き、剣の火花が地面を焼く、威風堂々たる騎士でした。
彼はペルシャ軍の前に現れ、山や平原に響き渡る声で呼ばわりました。
「誰が私と戦うものはいないか?」

イランの戦士たちは静まり返り、まるで全軍がジュヤの姿を見て枯れてしまったかのようでした。そのときロスタムは手綱を引き、槍を振りかざして王のもとに駆け寄って言いました。
「陛下、わたくしにこの悪魔との対決を命じて下さい。」
カヴスは答ました。
「お前に任せよう。創造主がお前をお助け下さるように。」

ロスタムは長槍を握りしめ、ラクシュを前に促しました。彼は戦場に駆け出て、手綱を引き、鬨の声を上げると、平原全体が震え、砂煙が空に舞い上がりました。彼はジュヤに呼びかけました。
「お前の運命は今決まった。お前を産んだ女はお前のために泣くだろう!」
ジュヤは答えました。
「戦士ジュヤとその冷酷な剣を舐めない方がいい。お前の母胸は張り裂け、涙でお前の鎧と袈裟を洗うだろう!」
ロスタムはこの返事を聞くや、雄叫びをあげて、まっすぐジュヤに向かって突撃していきました。ジュヤは回り込んで避けようとしましたが、ロスタムは素早く追随し、長槍をジュヤの腰に打ち込みました。

ロスタムの槍は鎧を切り裂き、腰帯の留め具をはじけ飛ばし、そしてジュヤの胴体を貫きました。そして彼を鞍から引きずりおろし、地面に投げつけてしまいました。

●ロスタムとマザンダランの戦士ジュヤとの闘い(Staatsbibliothek zu Berlin, Ms. or. fol. 3380, f.80v)

マザンダランの戦士たちはこれを見て青ざめ、戦場にはざわめきが広がりました。
マザンダランの王は全軍に呼びかけました。
「頭を上げよ。我々は豹のように戦うのだ。」

合図の太鼓の音と喇叭の音が左右に鳴り響き、舞い上がる塵で空は暗くなり、緋色、黒色、紫色の旗が空中を埋め尽くしました。
戦士達の叫び声、太鼓の轟音、馬の嘶き、武器の衝突音が固い大地を揺るがし、打ち合わされる剣やメイスの火花は稲妻のようでした。
地上を覆う戦士の波は、うねり、砕け散り、沈み込み、激しい打撃で砕けた盾や鎧兜が降り注いで、秋風に舞い散る葉のようになりました。

戦いは1週間続き、8日目の朝、カヴス王は王冠を頭から外し、泣きながら神に祈りを捧げました。
「偉大なる真実の主、正義と純潔の創造主よ、どうかこの恐るべき悪魔の戦士たちに勝利させて下さい。そして王の王の座を私に与えて下さい。」
そして、兜をかぶり、部隊に合流しました。

この日も日暮れまで激烈な戦闘が繰り広げられました。

日が落ちたとき、ロスタムは手勢を率いてマザンダラン王の陣営に攻め入っていきました。そこは近衛兵と何頭もの象で守りを固められていましたが、ロスタムの怒号とメイスで、象は混乱して逃げ惑い、打ち斃され、兵士達も皆死体の山となったのです。

ロスタムはメイスを長槍に持ち替え、王に突撃していきました。
槍が王の帷子を貫くかと見えた瞬間、皆の目前で、王はその魔術で巨石と化したのです。
ロスタムは驚いて長槍を構え直し、石をみつめました。

●マザンダランの王が魔術で石に姿を変える(Bodleian Library MS. Ouseley Add. 176, fol. 73r)


その時、象と軍鼓を従えたカヴス王とその部下達がやってきました。
彼はロスタムに向かって訪ねました。
「偉大な英雄よ、これほど長い間、じっと見ているのはどうしたことか?」
ロスタムは答えて言いました。
「マザンダラン王の護衛達を倒し、そして王に長槍を打ち込もうとしたのですが、あやつはその瞬間、この花崗岩の岩に姿を変え、槍から逃れたのです。」

イラン陣営の力自慢の者は皆、この岩を持ち上げようとしましたが、その場からずらすことも出来ませんでした。
そこでロスタムは両手を広げ、その重さを確かめることもなく、岩を持ち上げて歩き出しました。
大勢の男たちが彼の後に続いて、彼に祝福の言葉をかけ、金貨や宝石を撒き散らしました。
彼はそれを王の天幕の前の広場に運び、それを投げ捨てました。

彼は岩に向かって言いました。
「汝の黒い魔術で、汝の正しい形を作れ。さもなくばこの鋭い鋼と戦斧で、この岩を打ち砕いてくれよう。」
すると岩は霧のように溶け、兜と手甲をつけた王が現れました。

ルスタムは王を縛り上げ、シャーの前に連れて行きました。
「あの岩の破片をお目にかけます。私の斧を恐れ闘いを諦めたようです。」

●シャーの前に出たロスタム(f127v)


シャーが改めてマザンダラン王の顔を見ると、彼は短躯猪首で醜い容貌であり、王冠に似つかわしい人物には思えませんでした。
彼は今までの苦しみを思い出し、心は憎しみで満たされ、処刑人にこの男を切り刻むようにと命じました。

 

●マザンダラン王、処刑される(f127v)

シャーは部下を敵陣に遣わして、そこにある銭、玉座、冠、帯、馬、鎧、金などの富は何でも分捕ってくるように命じました。そして兵士達を集め、各人に相応の褒美を与え、最も苦労した者に最も多く褒美を与えました。
そして、ディヴの残党を全て捕まえ、その首を切り落とし、その死体を道端に撒くよう命じました。

そして、祈りの場所に行き、7日の間そこにとどまり、ひれ伏して祈り、神を賛美しました。
「正義の裁判官よ! あなたは私の願いを満たさないままにせず、私に魔術師たちを征服させ、私の輝かしい財産を復活させました!」
8日目には、宝物庫の扉を開いて、不足している者全てに物資を配りました。

そしてこの宵、彼らは竪琴奏者と給仕人を呼び、ルビーで飾ったゴブレットで葡萄酒を飲んで過ごしました。
宴のさなか、シャーはロスタムに言いました。
「英雄の中の英雄よ! そなたは至る所でその腕前を披露してきたが、今、私はそなたから王座を受け取ったのだ。汝の忠誠に報いたい。」
するとロスタムは答えました。
「すべての人にはその役割があります。
私がしたことは、私の忠実な案内人であるウラドのおかげです。
私は彼に、マザンダラン王の地位を約束しました―全てうまくいった場合ですが―。
陛下はマザンダランの君主として、厳粛な契約と印章によって、彼に任命権をお与え下さい。そして次に他のすべての首長が彼に敬意を表するようにさせて下さい。
彼は陛下の忠実な家来となり、陛下に貢ぎ物を送るでしょう」。

シャーは忠臣の望んだ通りにし、そしてパースへの帰路につきました。



□12□カヴスはイランに戻りルスタムの任を解く 

さて、カヴスがイランに入国すると、行軍の塵が空を覆い、彼の帰還を祝う男女の歓声が響きわたりました。国中が彼のために飾られ、至る所で人々は葡萄酒と吟遊詩人を呼んで楽しみました。王が生まれ変わったことで世界は一新され、イランの上に新しい月が昇ったのです。
カヴスは勝利と喜びのうちに王座につくと、古代の宝庫を解き放ち、財宝を貧しい人に分配しました。

象のようなロスタムが王宮に入城すると歓声が上がり、軍のすべての隊長たちが王の前で喜びました。
ロスタムは、シャーの前に跪き、父ザールのもとへ戻ることを許すよう頼みました。

シャーは彼に高価な贈り物をしました。
トルコ石で飾られた雄羊の頭の玉座、宝石をちりばめた王冠、豪華な金襴緞子の衣、見事な首飾りと腕輪、そして黄金の帯を持った月のような顔の100人の少年、麝香の髪をした百人の愛らしい乙女たち、 黄金の馬具をつけた百頭の高貴な馬、 ルーム(ビザンチン)やチン(中国)の最高級の錦織の梱を積んだ、黄金の馬具をつけた百頭の青毛のラバ、金貨でいっぱいの100個の財布、ルビーのゴブレットに入った麝香、トルコ石のゴブレットに満たされた薔薇水、あらゆる香水、装身具・・・・・。。
そして、麝香、葡萄酒、流涎香、アロエのインクで絹に書かれた勅令もあり、その中でロスタムはシスタンの唯一の領主であることが確認されました。
そうしてロスタムは、鐘とクラリオンが鳴り響き、花輪で飾られた街を通って旅立ちました。


「シャーは法律と慣習で世界を照らし、その正義によって地上を文明化し、その正義において豊穣を心に留める」と国民は称えました。
そしてイランのマザンダランへの勝利は異国でも話題になりました。 
忠実な人々は贈り物と供物を持ち、君主の門の前に整列し、世界は楽園のように飾られ、富と正義で満たされました。

 

 

 

■シャー・タフマスプ本の細密画

ずっと知りたいと思っていた画家の情報がわかりました。過去の表にも追記する予定です。

サムネイル ページ番号 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
f127v 127 VERSO  Rustam brings the div king to Kay Kavus for execution  ルスタム、ディヴの王をカイ・カヴスに連れて行き処刑する  MET, 1970.301.19 MET ミール・ムサッヴィール、カシム・イブン・アリのアシスト

 

 

■その他の写本の細密画

タフマスプ本には挿絵は1点でしたが、他の写本も見ていくと、いろいろと見つかりました。

サムネイル 連番 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
BSB-Cod-pers-10 他36 87v -- カイ・カヴスの目に薬を塗る ⑧Bayerische Staatsbibliothek, BSB Cod.pers. 10 1560-1750
BSB-Cod-pers-10 他37 89v -- ロスタムが木を投げつける ⑧Bayerische Staatsbibliothek, BSB Cod.pers. 10 1560-1750
SbBerlin-Ms-or-fol3380 他38 080v Rustam fights the Mazandaran champion Juya ロスタムがマザンダランの戦士ジュヤと闘う ⑮Staatsbibliothek zu Berlin, Ms. or. fol. 3380 15XX、1670 年代
SbBerlin-Ms-or-fol3380 他39 fol. 73r The King of Mazandaran turns himself into a rock マザンダラン王が石に姿を変える ⑰Bodleian Library MS. Ouseley Add. 176 1420–1440    ティムールの孫、シャー・ロクの息子であるエブラヒム・ソルタン (1394 ~ 1435 年) が依頼
SbBerlin-Ms-or-fol3380 他40 081v The King of Mazandaran is executed マザンダラン王の処刑 ⑮Staatsbibliothek zu Berlin, Ms. or. fol. 3380 15XX、1670 年代

 

■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)、メモ

●カイ・カヴスの目に薬を塗る
〇Fujikaメモ:
ロスタムがシャー・カヴスの目を治すシーン。
このあと宴会の日々があって、うんうん、そうだよねー、と読んでいたら、次にみんなで復讐のために略奪と虐殺に出かける、とあって愕然としました。
だってそもそもマザンダランに勝手に攻めて来て、その結果ひどい目にあわされたその復讐のために市民から略奪するなんて・・。


●ロスタムが木を投げつける
〇Fujikaメモ:
大木をねじねじとねじって引っこ抜いて投げつける、というこのシーンは荒唐無稽で面白いです。
これは絶対挿絵が欲しいと思っていましたが、絵がみつかってよかった!


●ロスタムがマザンダランの戦士ジュヤと闘う
〇Fujikaメモ:
ジュヤとの一騎打ちの部分は省略してしまおうかと思ったのですが、折角この挿絵がみつかったので省かないことにしました。前にも一騎打ちのシーンがありました。大合戦の嚆矢として一騎打ちがあるのは、定番なのでしょうか。
この絵は、ジュヤの頭とその下あたりに、切り貼りの痕跡があります。なんででしょう・・。
あと、ジュヤの馬の後ろ足がどこかよく分からないです。


●マザンダラン王が石に姿を変える
〇Fujikaメモ:
マザンダラン王が石に変身するというのは、うんざりする戦争シーンで一番楽しい部分でした。
今回みつかったのはこの絵だけでしたが、通常は単なる大岩が描かれるところ、この絵では馬と人間の形そのままの石になっていて、個性的なのだそう。
ラクシュが石の馬にかじりついているところが、血気盛んなラクシュらしくて可愛いです。

 

●127 VERSO  Rustam brings the div king to Kay Kavus for execution  ロスタム、ディヴの王をカイ・カヴスに連れて行き処刑する 
〇Fujikaメモ:
マザンダラン王は何だか気の毒です。
そもそも意味もなく侵攻されて、白鬼がちょっと痛い目にあわせて捕虜にしておいたら逆襲されて、お前は暗愚だから自分たちに臣従しろ、と理不尽なことを言われ、当然イヤだと言ったら戦争になって、(醜い外見だと蔑まれ)結局殺されてしまって・・・。
特に悪いことはしていないのですが負ければ賊軍、ということでしょうか。
むしろ理不尽な行動をしていたイランのシャーは、結果的に国民そして外国からも賞賛されています。勝てば全ての愚策が許されるということか・・・。
(泣いて神に祈っている間に、皆が離反しちゃったら面白いのに)
いっぱい戦利品を持ち帰ったことで皆が潤う、というのもあるのかな。

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1 コメント

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Unknown (ザラスシュトラ)
2023-10-03 03:56:15
王書を読んでも難解で手が止まっていたので助かりました。わかりやすかったです。
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