フォンテーヌの家  わたしのつぶやき

横浜市南区で趣味の会[フォンテーヌの家」 

懐かしい情景の映画

2012-02-18 17:46:35 | 日記
2月18日 土曜日 晴れ

冷たい風が吹き寒かったです。幼友達と映画”三丁目の夕日”を見てきました。
出来れば午前中に映画を見てお昼をゆっくりしましょう、とお互い思って居ましたが、
映画自体の始まりが12時30分からでしたので、ちょっと期待通りには行きませんでした。

友人もわたしも大森で育ちましたから、川崎には当時何度か行った事があるのですが、
その頃の面影は全く残っていません。
JR川崎駅の広いこと。待ち合わせをしても会えないかもしれないほど、人がいっぱいでした。

人の波が流れるように同じ方向へ向かって進んでいます。そのような人の群れがわたしは苦手です。
土曜日と言うこともあってでしょうか、人の出が多かったです。
それに西側の出口を出たところの広場でイベントがあるようで、長い列が出来ていました。

友人が「最後尾」と言う板を持った方に近づいていき何か話していました。
「何を待っている人たちなのですか」と聞きに行ったのだそうです。
「○○のサイン入りポストカードプレゼントを頂くための行列だ」と教えて下さったとか。

わたしはその「○○」というタレントを知りませんでした。
「何をしている方なの?」と聞きましたら、彼女も知らないと言って笑っていました。
そして「まさか、あの人に何をしている人ですか?」なんて聞けないので、お礼を言って帰って来たとか。

確かに風の冷たい外で、なが~い行列を作って居る人たちの前では聞けませんよね。
「この歳だからもう知らなくて良いのよ!」と勝手に納得し合って駅に向かいました。
でも、若いときからそんな情熱を、わたしも彼女も持って居なかったような気がします。

「三丁目の夕日」の映画は、東京オリンピックの頃の東京下町がベースになっています。
人情味のある隣近所のこと、少しオーバーで作り物っぽいのが気になりました。
でも、今の時代とは全く違った近所づきあいをしていたことは確かです。

昭和のあの頃が懐かしくなって、あの頃何をしていたのかしら?と振り返っていました。
確か、オリンピックの頃、わたしは母校の中学で新米先生をしていましたね。
わたしの恩師がまだ居られ、その先生たちが心配そうに廊下からわたしの授業を見ていました。

映画の影響でしょうか、駅で友人と別れてからも当時の思い出に浸りきって居眠りもしませんでした。
なんとしてもあの頃のわたしは若かった・・・。
娘とでは無く同級生と一緒に映画を見たのは正解でしたね。彼女と次に見る映画も決めてきました。
コメント
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