フォンテーヌの家  わたしのつぶやき

横浜市南区で趣味の会[フォンテーヌの家」 

高価なウクレレをゲット!

2007-01-28 22:58:11 | ウクレレ愛好会
今日ウクレレ愛好会のメンバー(わたしの小中の同級生)が
ウクレレの特訓(?)に来て下さる日でした。
友人はなんとウクレレを3つも抱えて来て下さいました。

あるじのウクレレは一緒に始める友人に貸していましたから
わたしはもっていなかったのです。

それぞれ音色が違うことも驚きましたが、その中の一つはほとんど
使っていない楽器だったそうです。
音が堅く伸びやかではなっかたのですが、わたしがポロンポロンと
一時間ぐらい触っていましたら、だんだん元気になり
驚くほど響きが変わってきたのです。

嬉しかったですね。
元気がない今のわたしに元気を与えてくれたような気がしました。

友人は気に入ったらこの楽器を使って欲しいという意向でした。
亡くなる前夜遅くまで弾いていました、あるじのウクレレは
わたしには一寸辛く、重たすぎていました。

一生物と言っても良いほどの楽器のようです。
今のわたしにはもったいない楽器です。
でも友人は使わないと言うし、ウクレレに詳しい
もう一人の幼なじみが間に入って値段を決めて下さり、
なんとわたしの所有物になりました。

嬉しいです。夜の寂しさが薄れます。
良い音が出せるように少しずつコード練習します。

今日はウクレレの持ち方や手の動かし方など、
丁寧に初歩の指導を受けました。

あっという間に時間が経ち、あわててかき揚げと
お蕎麦で昼食。
相手があるということは食事の支度も張り合いが有ります。
良い日曜日でした。わたしは本当に幸せ者ですね。
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夏物ツーピースが完成!!

2007-01-26 10:36:46 | 洋裁(リホーム・小物作り・その他)
去年6月から夏物のわたしのツーピースをジャワ更紗で縫っていましたが、
先生のご都合もあって夏には間に合わず、放置されていました。

気になりながらも、先生に習っている物はきちんと教えて頂きたいので、
わたし流に出来る物をポチポチ縫っていました。
ツーピースやっと完成しました。

早く写真をブログに載せるようにしたいですね。
見て頂きたいですね。
30年以上前におみやげで頂いていました更紗がよみがえりました。
見て褒めてくれるあるじが居ないのが残念です。

ただ仮縫いから半年以上経っていますし、あるじの急逝などで
わたしが一回り小さくなって居ますから、少し大きめに仕上がりました。
でもこれを着る時期にはちょうど良くなっているのかもしれませんね。

この所の、寒く長い夜はとりわけ寂しいです。
この洋服を着る時期になれば夜も短っているでしょうし、
わたしももう少し元気になっていると思います。
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あるじは富士山の麓に。

2007-01-20 23:46:19 | 雑記
1月20日、納骨しました。
富士山の麓の霊園のお天気や気温を心配していましたが、
お骨を納め、神主さんの祝詞が始まる頃から薄日が差し始め、
背中がぽかぽか暖かくなったのです。

灰色の雲に覆われていました富士山が少しずつ姿を見せ、
祝詞がまさに終わろうとする頃、頂上が顔を見せたそうです。
残念なことにわたしはその瞬間を見ませんでした。

祝詞が終わって、玉串が終わる頃、また冷たい風が吹き始め
太陽も雲に隠れてしまいました。
とても不思議な気がしました。


昨年あるじがボゴタのトレッキングに行くために上った富士山が、
あるじのために顔を見せてくれたような気がします。

自然が大好き、山が大好きなあるじは今日から富士山の麓で
鳥の声を聞き、木々を吹き抜ける風の音を聞きながら
眠るのでしょうね。

帰宅して、お骨の亡くなった祭壇に写真を置き、
改めてわたし一人だけが、とり残されたことを実感させられました。
わたし一人で何が出来るの、どうやって生きていくの、自問自答しています。

わたしに死が迎えに来るまで、ただただ生きるしかないと言う事は、
解っているのですが・・・。辛いですね。
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中華で新年会。

2007-01-19 00:44:39 | 読書会
昨日(17日)、読書会の新年会でした。
この3年、同じ中華屋サンです。

美味しくてお安くて他に行かれない感じです。
でもあいにく雨。
ずっとお天気でしたのに、誰が雨女か?

風邪をひいてしまったり、都合がつかずに欠席者が多かったのですが
6人で楽しく会食。

アルコールに弱いわたしも紹興酒を飲みました。
美味しかったです。
紹興酒も美味しいのであるじと来ようと思いつつ
果たせなかった思いで、意識して飲んでました。

この所、胃が小さくなっていましたのに、結構食べましたね。
何かあるじも一緒に食事しているような気分でした。
少し食べ過ぎると辛かったのですが、それも余り感じなかったのも不思議でした。

良い仲間が近くに居て幸せです。
2月第2水曜日(14日)は井上靖著「わが母の記」を読みます。
3月は澤田ふじ子著「見えない橋」を読む予定です。


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ウクレレ初体験。

2007-01-19 00:26:06 | ウクレレ愛好会
ウクレレ今年、初練習日でした。
朝からそわそわ、わたしもウクレレ愛好会に仲間入りをお願いしています。

今までは評論家でしかなかったのです。
ウクレレの持ち方から、お世話になりました。
ピアノの指は親指から1,2,3,4,5ですが
ウクレレは人差し指から1,2,3,4と言うのに戸惑いです。

楽器を抱くように抱えますから、弦を眺めながら弾いては駄目、
と言われてもこれがなかなか難しい。
軽やかに歌いながらなんて、無理無理・・・。

どうしましょう、やれるかな?
ウクレレ無理ならリコーダーでと思ったのですが、
初見で「白いブランコ」は一寸リズムが乱れて。

40の手習いが60の手習い(それでもサバ呼んでる)ですから、
根気よく頑張ります。
それしかない。

メンバーの皆さんのよろしくお願いしますとお願いしました。
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趣味のお便り 1月 わたしのひとりごと

2007-01-16 17:32:17 | 雑記
昨年はあるじのことでいろんな方にご迷惑をおかけしたり、
沢山の方にお世話を頂きました。
ありがたかったです。
 
あんな大勢の方のお見送りにわたしも驚きました。
ただただ感謝の気持ちで一杯です。
人の大好きだったあるじが元気でしたら、どんなに喜んだことか、
ふとそんなことが頭をよぎりました。


一家のあるじを亡くすと、いろいろな手続きが山ほど発生する事に
驚かされています。
幸い娘婿が資料や用紙を取り寄せ作成し、
娘が奔走してくれましたので、わたしは名前を書き
印鑑を押したりするだけでしたが、それでも大変でした。
 
手続きが終わらないと公共料金を払い込みに行かなくてはなりませんし
年金も入ってきませんから…。
それも何とか目鼻がつきホッとしています。
 

少しずつわたしペースの生活を始めています。
あるじに朝の挨拶、あるじが大事にしていました庭の水まきが朝一番の仕事です。
あるじのスニーカーを履き、たっぷりお水をまきます。
 
水仙が沢山咲いていますが、伸びすぎて折れてしまって居るのも結構有ります。
そんなときはお花を花瓶に挿していました。

柚子が何個も小鳥についばまれています。
こんな時のとても悔しがるあるじの顔がわたしには見えて来るのです。
あるじはまだまだ健在です。
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趣味のお便り 1月 あるじへのつぶやき

2007-01-16 17:21:07 | 雑記
「あるじのつぶやき」の「あるじ」が居なくなって、
このスペースをどうしたらよいか考えましたが、
まだわたしに良い知恵がありません。
それで見つかるまで「あるじへのつぶやき」としてわたしがあるじに書きます。
多分あるじは見ているでしょうから。
 
あるじが居なくなって、今一番困っているのは、
「どうする?どうしたらいい?」と何時も聞いていましたから、
返事が無いことです。

食事の時間も何時頃、どんな物が食べたいか等を、
結構言っていたあるじでしたから、
すべてわたしが考え決めなくてはならないでしょう?
慣れるまで大変です。まだ慣れていない。
 
先日食堂の蛍光灯がチラチラしてとっても不愉快でした。
困った事にわたしは電球を変えたことが全く無かったのです。
もともとあるじは電気工事師の資格を持つ仕事をしていましたから、
プライドを傷つけないように、わたしは全く関与しませんでしたので、
すべてあるじの仕事でした。

お参りにおいで下さった客人も気になり、
チラチラする照明器具を見上げているのですが、
まさかお願いできませんし、
電気を消すことも出来ませんし…、困りました。
 
でも嬉しいですね。次女がやって来て直してくれたのです。
一件落着。ホッとしました。
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二人三脚の相手が居ない・・・。

2007-01-14 00:25:40 | 雑記
文字になって出てくることは、困ったことにあるじのことばかりです。
新年早々、余り書くべきではないのでは、と反省するわたしが居て
なかなか書けずに居ます。
まだあるじの存在がわたしの中に大きくて、何時もあるじを
見ているような気がします。

今日、35年前我が家の設計監理をして下さった方の奥様から、
お葉書を頂きました。ご主人は昨年亡くなられました。
そして奥様はわたしの大学時代の友人の姉上さまです。

思わずお電話をしました。
昨年亡くなったことを知ったとき、連絡せずそっとしていて、と言う
友人の言葉で連絡しませんでしたので。

今は同じ立場で、辛さ、悲しさが解ると思ったのです。
こればかりは、経験して初めて解りました。
今までのわたしの慰めの言葉がどんなにいい加減だったか、
思い知らされています。

お姉様はしばらくは「二人三脚の相手がいなくなって、
どうして良いか解らないで・・」とおっしゃっていました。

確かにそうなんです。何をしていてもあるじならどうする?と
常に考えます。
食事もあるじなら何を食べたいと言うのかしら?と思いますし、
テレビドラマが好きではなかったあるじが、喜んで見ていたドラマを見ると
あるじを思います。

わたしが夜が嫌で、と言いましたらお姉様も同じとおっしゃり、
わたしだけでは無い事をお聞きしホッとしました。

昼間は人が訪ねて下さったり、お庭にやってくる野鳥を眺めたり
結構元気で居られますが、夜は本当に嫌ですね。

学生のころ、友人とお姉様となくなられたご主人との楽しかった
会話を思い出したり、設計の打ち合わせをしながら、あるじと楽しげに
飲んでいたことを思い出しました。
あるじが居たら、きっと懐かしがったでしょうね。
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明日から、平常生活開始です。

2007-01-03 12:08:47 | 雑記
1月3日、今日は我が家の新年会というか、
あるじの初めての月命日なので、
娘たちがやってきます。

中学受験を控えている孫娘は、塾でお正月の特訓授業とか。
でも5時には終わるので、合流するそうです。

穏やかな柔らかい太陽の光が庭を覆い、
黄色く色づいた柚子にヒヨドリやメジロが啄みにやってきています。
甘くなってきているのでしょうね。

静かなお正月も今日で終わります。
明日から、平常の動きが始まるわけですから、
私も片づけを始めようと思っています。

あるじの机の周りは、整理整頓の苦手な主でしたから、
色々山積みになっています。

切り抜く予定の新聞も山積みしてます。
どこを切り抜くつもりだったのか、一つ一つチェックしていたら
何日もかかりそうです。

2階の机と座敷の座り机と両方、ゴチャゴチャです。
しばらくわたしの仕事が尽きて困ると言う心配は無いです。

片づけながら、私の気持ちも少しずつ受け入れていくのでしょうね。




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あるじとわたし

2007-01-01 23:53:13 | 雑記
新年になりました。
どんな風に生きていこうか、こんなに考えたことはありません。
このところずっとそれしか頭に無いのです。

ずっと今まであるじに守られながら生きていたのです。
結婚して食事の後かたづけをしてくれたのはたった一度。
それでもあるじには大変なことだったのです。
あるじにとっては大仕事だったのです。

パン屋の居抜きを買ってあるじは、脱サラ。
20年間、一緒に頑張りましたが、
後継者のいないことを理由に営業を辞め、居抜きで貸すことにしました。
そして2年間、あるじは好きなことをし、思いっきり楽しんでいました。
驚くほど精力的に活動していました。

ある夕方、あるじが近所を歩いてくると言ったまま
夜11時過ぎまで帰ってきませんでした。
家族がいないので電話しなかったと言うのです。
私は何? 家族では無いの?夫婦って家族ではない?

それから、二人で度々話し合いました。
お茶をしながら、ビールを飲みながらよく話したものです。
「別れた方が良いのかな?」という言葉も出ました。
喧嘩をするわけでは無く、学生の時のようによく話し合いました。

結論として、人生の相棒、良き相棒でいようか、と言うことになりました。
夫婦とか、家族なんて言葉はいらないのでは・・・、
お互い良き理解者であることを確認したのです。
こんな結論を出すなんて、私たちの年齢では考えられない事かも知れないわね、と
笑ったものです。そんな夫婦でした。

これからどんな風に生きていくのか。
あるじと話し合いながら少しずつ歩いて行きます。
見ていてくれると信じています。応援してくれると信じています。
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