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FMEN式雑記

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回送だけの路線

2023-02-23 22:22:43 | 秋田市営バス
昨日は中央交通の教育研修車を話題にしたが、今日は20年以上前に市営バスで見た珍路線である。

このバスは高校への通学でよく見た。
主に新国道の秋操駅入口交差点をユーランド方面からでて新国道を北へ。
野村交差点で右折するもの。
反対も見たりしたし、帰る時間がまちまちだがよく見たり。
ちなみに、将軍野線だと市立体育館横からでてきて旧街道→一本松方面に曲がる。

地図にしてみた。

こんな路線、見たこと無いって?
それもそのはず、これは回送線。
すでに堂の沢油田地区や新国道の陸運局入口→高野二区は移管済み。
まだ外旭川新川線がないことや堂の沢県庁があったからこんなルートだろう。
始発はわからないがまず交通局と見ていい。
んで終点は位置からして旭野団地あたりと思われる。
旭野〜交通局は路線があったが、これは保戸野回りで県庁経由。 

回送でしか回らない実在しない路線なのに、なぜか市営バスは好んで移管までこのルートを使っていた。
市営バスもたまに面白い回送があり、前に歩いた手形再開発で今は廃道になった東部線を市営バスがよく利用休憩しているのが電車から見えたり、7号トレース線とも言える臨海→茨島→新屋なんてのは定番。
ちなみに早いバスに乗れば自衛隊入口でそこを始発する神田線がよく休んでいたのも懐かしい。
大昔、中央交通しか乗り入れず入ってくるのは小学校や幼稚園の遠足でしか入らない仁井田の内部区間に市営の回送が何回か入ってきたことがある。
その日は何もないし、何より遠足や大森山研修や社会見学、記録回の日で市営を出すと秋田八丈や羽後交通風ワンロマが定番だが本当に街中で見るおなじみな中型バス。
結婚式や葬式や法事、納骨とかのために○○家として出していたのか、進出を見越してテスト運行をしていたのか今となっては謎。

いろんな人を見てきた…自衛隊前

2023-01-21 21:24:29 | 秋田市営バス
こないだの旅ネタから。
将軍野の自衛隊近くにも、これがある。
もう残り少なくなり、いまだ探してる1981年式旧市営バスバスロケポール。

ここはご丁寧に平成期の建屋とコラボだが、行灯頭の△が無い?
たぶん、昨日の記事でもわかるように当時は
・通町経由秋田駅前ゆき
・県庁経由秋田駅前ゆき
・新国道経由秋田駅前ゆき
の3つあったんだろう。
のちに新国道線が減らされた(今は廃止)あたりで更新されずか。

春は桜がきれいな通り。
桜とともに自衛官や学生などをずっと眺めていたんだろうな。

御所野マイタウン

2022-12-28 23:26:37 | 秋田市営バス
御所野へ。
御所野は河辺雄和へのマイタウンバスエリアなため、中央交通の旧式二面体、バスの行こうポールが。

コレは以前取り上げた御所野県庁線の始発、御所野。
その路線と県立大学行は中央交通側。
市営バスの運行実績は無いが、和田線や岩見三内線時代からあった由緒あるバス停なのだが…

上野入口?
シールがはげたのか、マイタウンはなぜか「上野入口」に。
上野は新幹線のある山手線ではなくうわのと読む四ツ小屋。
県道側は市営バスが東口→新屋行きで先に走っていたから多分これは廃止になった仁井田芝野線側から持ってきたくさい。
赤はマイタウン用に塗り直し、バスで行こうは運行委託者である仁井田の高尾ハイヤーの名前が。
仁井田の会社がやるなら仁井田方面や二ツ屋線あたりもやってくれと。
ちなみに下新城も走らなくなった北部線のバスで行こうにキングタクシーのシールを貼り、バスが走ってなかった東追分笹島地区に使い回している。

続いてはマイタウン始発地であるイオンモール秋田ターミナル。
随分汚いが、何やら別な文字。

新都市交通広場?
実はこれ、1989年に運行開始されたときにまだイオンモールが無くて先にできた回転地の名前。
市営バスが乗り入れていていつの間にか2つ運行になり、移管されたから市営バス命名。
1993年に開店してからも変わらないが気がついたらいまの名前に。

まだ使えるバスで行こうですら交換されたのだが、マイタウンだからそのままにされたみたい。
ちなみに男鹿市は中央交通からマイタウンに移管された路線は一番上に男鹿市と上書きされていて、かつて市営バス→秋田中央交通に差し換えられた逆な感じになっている。

もう一つ市営バスの名残が待合に。
このポストは市営バスが走っていた場所の大量乗降地にあって、コピーしたのがたくさんしまってあった。
他には秋田駅前、秋田駅東口、サンライフ、市立病院、県庁市役所などに。
いまはスマホですぐ撮影できるし移管されたかはなくなった。

ここにもあったのか!
なんか懐かしくなりました。

ところで、新都市交通広場時代の市営バスはどんなポールだったのだろうか?

走らない路線バス

2022-12-21 23:26:18 | 秋田市営バス
前に取材したこともある牛島の話。
ネタカブりごめんなさい。
秋田駅から来たバスは牛島東1丁目バス停に。

この場所にある標識。 
路線バス・軽車両を除く、である。
では右を見てみる。

バイパス方面への狭い道。
反対側は大型車通行禁止が出ている。

しかも、この標識は真新しいのだ。
昔通っていた実績もなく、なぜ入れたのか不明。
通っていたにしても大昔に写真でしか見たことない白青の市営小型バス時代だろう。
秋田市内には仁井田(ここは1990年代まで運行実績あり)、外旭川、寺内(ここは1980年代に初詣バスがあった?)などほかにも走らない道に真新しく路線バスを除くという謎の補助がいくつかある。
エラー標識ではなく明らかに想定している規制。

本当に無頓着だなと。

御野場への道(後編)

2022-10-29 00:58:33 | 秋田市営バス
牛島だけで長くなった御野場団地線の話の続き。

水色=牛島経由
紫=柳原経由
オレンジ=臨海茨島経由
緑=山王新町経由
赤=秋高スクール

☆柳原経由・秋高スクール
牛島のつぎに代表的だったのが、サティ(いまのイオン中央店)から13号線を通る柳原経由。
もう柳原という地名は消えているが、利用者にはいまでも有名。
これ、どうにかならぬか。
サティ買い物客もさることながら、南高校需要狙いもありかつては朝夕に校内発着もあったぐらい。
牛島経由は二ツ屋福島線の管理だったが、ゆき便は1990年代、帰り便は2000年代に廃止でいまは校内便は飯島からのゆき便のみ。
これは市営バスの専売特許便で、一部時代は御所野まで延伸した時代もあるらしい。
もともと、市営バスの移管は競合をなくすためというはずが、2001年2002年の移管は単独便もやられていて今から見れば2000年の移管名目は市民のウソで、廃止ありきだったのではと。
ちなみに移管も合弁でなく羽後交通やタクシー会社や新規でなく随意的な契約であったが、中央交通社長と当時の市長は同郷であったのがなんとやら。
また、かつては6番ホームに「柳原経由仁井田線」と記されていたので歴史はかなり古い。
これがどこかは不明。

派生系統は秋高スクール線。
これは朝夕の通学便で、御野場(のちに御所野まで延伸)→南高校→聖霊高校→和洋高校(いまの令和高校)・明徳館高校・国学館高校→秋大附属小中校→北高校・工業高校→秋大→秋田高校と秋田市内中心の学校を回れる路線。
いまでも現役。もちろん昔は市営バス。
スクールとあるが、大人でも乗れて大町や保戸野に会社がある人には使える系統。
この路線は方向幕がタテであり、始発地と学校名を列記した昔のキハ40や455などの国鉄の「サボ」のような珍幕であったのも特筆。
ちなみに飯島から出るのもあったらしい。

☆茨島経由
これは秋田駅を出るとぐんぐんと県庁方面に向かい、臨海からひたすら13号線(市営バス当時は一部7号線)をすすみ、柳原からは上の路線になるもの。
一回乗ったが、なんと倍近い料金を取られる有様だった。
市営バス時代には児童会館通りを経由する山王新町経由もあった。
市営時代は「県庁茨島 南高校・御野場」だったのだが、中央になってからは路線計画か失敗かわからないが「県庁茨島 南高校・御所野」と表記された。
当然御所野まで行かないのだが、なんと中央は「県庁市役所 御野場団地」。
こんな表示をかましてきた。
一回乗ったのは誤乗。敢えて乗りたかったわけじゃないから、つかれるのなんのって。金もなくなるし。
てっきり県庁から来た路線だとばかり。(市営バス時代は県庁方面のりばに分けられていたが、移管後は仁井田方面に寄せられてたし、たしか横幕も不親切だったはず)
さっさと御所野を消して直せばいいのに、と思ううちにLEDになるドサクサ紛れに廃止になっていた。

どうです。
様々あったでしょう。
一部は大住や仁井田に振り割っても良かったのではと(大住は後に全部が柳原経由にかわったが)思ったりした。
10月改正は秋田駅からの座れない問題が解消されそうだが、減便してるから乗車率はどうなるのか、今後どうなるのか。

いずれにしても、市営バス廃止、失敗だったよね?と。