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うさこさんと映画

映画のノートです。
目標の五百本に到達、少し休憩。
ありがとうございました。
筋や結末を記していることがあります。

0449. 断崖 (1941)

2016年11月20日 | 1940s

断崖/アルフレッド・ヒッチコック
1h 39min | USA

Suspicion (1941)
Directed by Alfred Hitchcock. Written by Samson Raphaelson, Joan Harrison and Alma Reville based on a novel by Francis Iles. Music by Franz Waxman. Cinematography by Harry Stradling. Film editing by William Hamilton. Performed by Cary Grand (Johnnie), Joan Fontaine (Lina), Nigel Bruce (Beaky). Academy Awards, USA 1942 Won Oscar Best Actress in a Leading Role: Joan Fontaine.
    

http://www.joylesscreatures.com/reviews/suspicion


淀川さんの声:はい、今日は『断崖』です。ヒッチコックのこわーいこわーい名作ですね。このヒロイン、『レベッカ』でさんざんいじめられた、あのジョーン・フォンテーンです。今度もさんざんいじめられる、かわいそうなかわいそうな、またそのフォンテーンが、ほんとうにきれいなんです。まあいかにもヒッチコックごのみの、それはそれは清楚で品のいい女優さん、ヒッチコックがどんなにお気に入りだったか、それはもう、舌なめずりするようないじめかたでよくわかりますね。でもフォンテーン、この映画でアカデミー主演女優賞、取りました。がんばったかい、あったんですね。

このお話、大きなお屋敷で育った箱入り娘が、ハンサムな男性と知り合って、まあ、たちまち好きになって駆け落ちしてしまうんです。この男をケーリー・グラントが、いかにもまあ、洒脱に演じるんですね。ところがいざ結婚してみると、この男が、まあ仕事もない、財産もない。うそばっかりつくんですね。豪華な新婚旅行、楽しかったと思ったら、ぜんぶ借金だった。そういうのをグラント、ほんとうにじょうずにやるんです。なにを考えてるんだか、わからない。でもそれを演じて下品にならないんですね。そしてまた、そこへのらりくらりとよくわからない友達が転がり込んできたりして、どんどんあやしくなる。でもほんとのところはどうなのか、そこはわからないんですね。もう、目が離せませんね。

そしてジョーン・フォンテーン、このあやしい夫から保険金めあてで殺されるんじゃないか、だんだん、だんだん、ほんとうに怖くなっていく。ここ、有名な場面、出てきます。広い広い、がらーんとした暗い夜のお屋敷で、ケーリー・グラントが奥さんにミルクを持っていく。ミルクのグラスをお盆にのせたのを持って、静かに階段を上がっていく。このミルク、それがきらきら、きらきら、白く輝いている。どうみても毒入ってるんじゃないか、モノクロの画面でそこだけが真っ白、もう、ぞくぞくするほどこわいですね。これ、ミルクのなかにランプをいれて光らせたんです。ヒッチコック、もう、ほんとうに凝っていますね、名場面です。

そしてきれいな奥さん、もう怖くてたまらなくて、最後はとうとう実家へ逃げ出そうとします。そうすると、このだんなさん、それなら車で送るから、いうんですね。夜の道を運転していって、途中で、断崖絶壁、出てきます。どんどん迫ってきます。ああどうしよう、そこで車のドア、ばーんと開くんです。ああ落ちる落ちる、突き落とされる。クライマックスですね。そしてどうなるか。はい、いつもだったら、ここからさきは言いません。でも今日は特別サービス、結末こっそりお教えします。このだんなさん、それはそれは口がうまいんですね、そんなことは思いすごしだよ、というんです。そうなると奥さん、そこはもともと箱入り娘ですから、まあそうだったのね、ごめんなさい。すなおにだんなさんと、もと来た道を引き返していくんです。映画、そこで終わってます。そのあとどうなったのか、これはもう、みなさん一人ずつ、想像して楽しんでください。

はい、いかがでしたか。こわかったですねえ。でもこの結末、ヒッチコック、ほんとうはちがうふうにしたかったんです。あの毒のミルクの場面、もっと最後のところで使いたかったんですね。ほんとうのクライマックス。そして奥さん、毒だとわかっていて飲むんです。わたしは夫を愛してる、でもどんな人だかわかっている、わたし、もうどこにも行き場がありません。それをお母さんにだけは伝える手紙を書いて、なんにも知らないふりをして飲むんです。まあ、かなしいかなしい愛情。そしてだんなさん、そのお母さんあての手紙、なに書いてあるかは知りません、それ鼻歌まじりにポストに投函する。それでおしまい。これ、ほんとうにすばらしくなったでしょう。でも当時のケーリー・グラント、奥さんを殺す犯人にするにはあんまり人気がありすぎました。それでヒッチコック、結末変えたんですね。残念です。でもこの映画のこわさ、それでもちゃんと伝わりますね。それではさよなら、さよなら、さよなら。




メモリータグ■冒頭、この令嬢が眼鏡をかけて、列車のなかで読んでいる本が『児童心理学』。それで両親がひそかに、うちの娘、インテリすぎて結婚できないんじゃないかと話しあう。ううむ、時代が出ています。




0448. バルカン超特急 (1938)

2016年11月06日 | 1930s

『バルカン超特急』/アルフレッド・ヒッチコック
1h 36min | UK

The Lady Vanishes (1938)
Directed by Alfred Hitchcock. Written by Sidney Gilliat and Frank Launder based on the story "The Wheel Spins" by Lina White. Performed by Margaret Lockwood, Michael Redgrave, Paul Lukas, Dame May Whitty.

http://www.imdb.com/name/nm0714878/mediaviewer/rm1807273472


ヒッチコックのイギリス時代の代表作ということしか知らずにみた。1938年に公開された長篇で、1899年生まれのヒッチコックが三十代後半で撮った作品ということになる。イギリス時代の最後の作品でもある。国際的な大ヒットだったそう。

老婦人が列車のなかで行方不明になる。彼女は架空の国バンドリカに潜入していたイギリスのスパイだったことがやがて観客に伝えられる。最後のほうでバンドリカ軍部が追跡してくる場面の衣装や演出をみると、おそらくこの架空の国は暗にドイツなのだろうかと思う。当時の観客は映画の冒頭からわかったのだろうか。現実の世界ではナチが政権をとってから5年ほどたっている。二次大戦の気配が濃くなってきたころですね。

原題は「消えた婦人」という感じなので、『バルカン超特急』という訳題は華やかだった。消失するこの婦人、ミス・フロイ Miss Froy は宝探しのプロットでいう「宝」にあたる。じっさいの主人公は若い女性で、列車で知り合いになった音楽教師ミス・フロイが旅の途中でこつぜんと消えてしまったのに、そのことを誰に訴えても信じてもらえない。若い音楽学者の男性だけが彼女に協力して、二人はミス・フロイを探し始める。長距離列車の内部という設定が二十世紀らしい密室ミステリーになっていて、とても新鮮だったにちがいない。舞台演劇に近い饒舌さも少しはあるかもしれないけれど、いまみても作品として生きている。

ヒッチコックの演出で決め手になっている要素のひとつは、やはり心理描写だと思う。とくに、特定の条件のもとで人はどう反応するかという「状況の心理」が基本になっていると感じる。たとえばこの作品のように、閉鎖空間で誰かが消えてしまったら多くのひとは不審に思うだろう。ついさっき会ったはずの相手から「会っていませんよ」といわれたら困惑するだろうし、あるいは腹をたてるかもしれない。でもあなたのみていたのは現実ではなく幻想にちがいない、と何人もから言われたら、なんだか自信がなくなってくる。

そんな気持ちがつみかさねられて、こまやかな起伏になっていく。このメカニズムがヒッチコックの作品の命を長くしている。いっぽうで主役たちの美しい姿や表情が、観る者の情感にうったえてくる。論理と感情の両方が、きちんと備わっていることに気づく。ちいさなきっかけをとらえて増幅していく感覚の力、それをささえる絵の才能が、あの映像表現の精度をささえていたのにちがいない。

なによりの核は、多くの作品で人間の暗い部分としての「影」が現れてくること、そして影に出会ったときの心の動揺が、寄せてきて引いていく波のようにくり返しえがかれていくこと、その二つだと思う。不気味なものの出現、あるいは影との対決であるともいえそう。さざ波もくるし、大波もくる。変幻する波で人の心の鍵を開けていく、たぐいまれな作り手でした。



メモリータグ■いなくなったのはミス・フロイですと主人公が告げると、ほらほら、あなたはきっと「フロイト」から連想して、心のなかで人間を創り出してしまったのでしょう、と笑われる場面がある。アンナとフロイトがロンドンに亡命するのがちょうど1938年、映画が公開された年にあたる。おそらく英国学派の活動といったものとはまたべつに、撮影当時のイギリスで、フロイトの名は冗談の種になるほど社会に浸透していたという小さな記録になっている。