うさこさんと映画

映画のノートです。
目標の五百本に到達、少し休憩。
ありがとうございました。
筋や結末を記していることがあります。

0441. 塀の中のジュリアス・シーザー (2012)

2014年12月30日 | ベルリン映画祭金熊賞

塀の中のシェイクスピア / パウロ・タヴィアーニ、ヴィットリオ・タヴィアーニ
76 min Italy

Cesare deve morire (2012)
Written and directed by Paolo Taviani and Vittorio Taviani. Cinematography by Simone Zampagni. Film Editing by Roberto Perpignani. Music by Giuliano Taviani and Carmelo Travia. Performed by Cosimo Rega (Cassio), Salvatore Striano (Bruto), Giovanni Arcuri (Cesare).


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イタリアのレビビア刑務所の重犯罪者棟で服役している人びとが所内のオーディションで選ばれて、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』を演じる。ひとつの舞台を仕上げていくこのプロセスが、フィクションをともなう映像として構成されている。この刑務所では毎年じっさいに劇を上演して所外の人びとに公開しているのだそうで、タヴィアーニはそれを一種の劇中劇として演出していった。編集は教科書のように堅実になされている。2012年ベルリン映画祭金熊賞。審査委員長はマイク・リー。

撮影は刑務所内でおこなわれた。独房の室内、廊下、建物の屋上などが稽古場として映されていて、これを許可した刑務所側の柔軟さにも驚く。徹頭徹尾きまじめな作品で、社会的意義からみてもベルリンに出品したのは適切な判断だったろう。

たんなるドキュメンタリーではない。服役者たちが役に入っていくさまは明確な演出のもとに進められ、内面の独白も加えられていく。シーザーを暗殺する場面の稽古では窓からはやしたてる服役者たちが映されるが、かれらは劇中劇におけるローマの群集の役割をになう。濃い目の陰影をつけたモノクロの映像が、全体を引き締めていた。

スリリングな作品ではけっしてない。道徳的なまでに地味だけれど、できばえが悪いために退屈なのではない。腰をすえた反クライマックス指向なのである。だからこの作品を評価するには、タヴィアーニが「なにをしたか」ではなく、「なにをしなかったか」を考えるほうがいい。彼らは、それぞれの服役者の過去をえがき込んだりしない。上演時の舞台衣装も素人演劇そのままの簡素なものである。特別に予算を投じて迫真の舞台に仕上げれば多少はドラマティックになっただろうに、それをしない。そもそも冒頭ですでに本番の上演風景――アマチュアたちの素朴な到達点――をみせてしまう。この題材のいたるところに潜在する劇的因子を、周到にしりぞけて通っている。つまり登場しているのはふつうの人びとなのだ。服役者を利用してヒューマンドラマに仕立てることをしなかったその姿勢に気づくとき、鋼のように強靭な精神が伝わる。陰でさんざん演出をつけておきながら「感動のドキュメンタリー」と称してしまう弱さとは対極かもしれない。『グッドモーニング・バビロン!』の作り手はいまも、底鳴りするような静かな強さをもっている。



メモリータグ■独房のなかでもちゃんとエスプレッソを淹れられる。さすがはイタリアの刑務所(笑)。テーブルがあり、ベッドがあり、まともなスペースがある。「刑務所の居住水準」は、人の尊厳を考えるうえで重要な尺度におもえる。






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