イマカガミ

こころにうつりゆくよしなしごとを・・・

本日のぴょん様。

2005-12-11 23:58:54 | うさぎ
某デオドラントシートはふちが特殊で、
おしっこが漏れ出さないことが売りのようです。

ところがそんなシートも麗しのすぬさまの手にかかると立つ瀬がありません。
彼女はシートの端まで歩いていき、
シートの上に立ったまま、シートの外に用を足すのであります。

当初彼女のトイレは私の部屋にあるケージの中にありました。
ところが、家全体が自分の巣穴だと認識してからは
台所の近くと、2階の洗面所の近くをトイレと決めたようです。
両方とも水が近いのは何か関係あるのですかね。
特に台所の方は料理をしているときに大変邪魔なのであります。

誰もいないときに行けばいいのに、
不可解なことに誰かが近くにいないと行かないのだ。

しかも、トイレに行きたいのにデオドラントシートが汚れていると、
誰かが片付けるのを近くでじっと、ひたすらじっと待っています。
そして誰かが片付けると一回足をプルッと大きく振ってから、
前回とは微妙に違う場所に入ります。

うさぎとは誠に侮りがたし。

サイモン・ウィンチェスター著

2005-12-11 21:24:42 | OED
「博士と狂人」を読む。amazonの該当ページ
いえ、別に「博士が狂人」でも、「博士兼狂人」でもありません。
確かに、狂人にあこがれる健全な博士というのはありがちですけどね。
狂人のことを知っているとおごっている博士とか。

この本はそういう話題ではなくて、かのオックスフォード英語大辞典の編纂の話。
OEDとは、11世紀以降の全ての英単語を、
初出の文献を突き止め例文を示し、
時代とともに変化する語義を追跡している辞書です。

めくってみると分かりますが、廃語が満載です。
廃語については文献に残る最後の用例を載せています。
(最近の調査では6割の単語について、
初出の年代に関して50年ほど誤差があるそうですが。)
もちろんこれは編纂者だけでどうにかなる問題ではありません。
文学作品、新聞記事など全てを調査するわけだから。
そこでボランティアを募り、調査協力をしてもらいました。
(常識ですか?)
ここまでは私も知っていたのですが、
そのボランティアの中に、殺人を犯したものの、
精神病のゆえに刑事罰を問われず、しかし収容所に拘留されていた
アメリカ人がいたそうです。
しかも編纂において最大の貢献をしていたそうな。


引き続き

2005-12-11 18:16:53 | 
ヘレン・フィールディング著「ブリジット・ジョーンズの日記」を読む。amazonの該当ページ
図書館でこの本を見たとき、
何年か前知り合いの女性陣に人気だったことを思い出したので。
とりあえず、私が"Bridget Jonesy"でないということが分かりました。
このほかに、「キューティーブロンド」も流行っていた予感がしますが、
こちらは先日偶然にテレビで映画を見たのでよしとしましょう。

ところで、文章には文脈があり、自然な文脈というのは
言語やそれが下敷きにしている文化に依存する。
たいていは文脈は滑らかなベクトル場のようなものであり、
変な特異点や不連続点はないものだ。
そして翻訳とはそのベクトル場を写像することを言う。
ところが、踏まえている文化や思考回路が違うから、
単純な写像ではベクトル場が引きつっていたり、調子外れのベクトルが現れる。
それをいかに咀嚼して自然なベクトル場にresmoothing するのかというのが
翻訳家の仕事であり、腕の見せ所だと思う。
双方の文化に通暁し誤訳しないのが理想的だけれど、
少なくとも、ベクトル場の流れに目を凝らし、
かすかな不協和音を感知する力量が望まれる。

あなたも、
「そんなことが起こったら私は帽子を食べてしまうでしょう」なんて
文章を見たことありませんか?
私なら「へそで茶を沸かす」と訳しますけどね。

この本については、途中で何度か見返しに書かれている
訳者の本職と経歴を確認しましたよ。