「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

自負と期待を込めて―『サイエンスコミュニケーションのはじめかた』

2018年01月01日 | Science
☆『サイエンスコミュニケーションのはじめかた』(国立科学博物館・編、丸善出版、2017年)☆

  「サイエンスコミュニケーション」という言葉を初めて(あるいは、意識的に)聞いてから、早いもので干支が一巡りした。いつのまにか「サイエンスコミュニケーション」は自らの立ち位置を支える柱の一つになり、「サイエンスコミュニケーション」やそれに類する本がささやかな蔵書の一角を占めるようになった。この間、関連書や類書をかなり目にしてきた。「サイエンスコミュニケーション」が世間に認知されることは喜ばしいが、新たな本が出ても屋上屋を架すように思われて、だんだん手に取る気も失せてくるものだ。
  ところが、意外にも本書はなかなか興味深く読むことができた。「本書の目的」にもあるように、本書が「サイエンスコミュニケーション」のテキストであり入門書であることに変わりはない。しかし、テキストにありがちな硬質な文章による抽象度の高い論説が続いているわけではなく、むしろ具体的な事例が豊富に紹介されている。そのように思うのは、文章が「ですます」調に統一されていることに助けられているところも大きいだろう。また、紹介されている事例も一つの基盤の上に展開されている印象を受けるため、バラバラではない一種の統一感や安定感がある。
  国立科学博物館は2006年以来10年以上にわたって「国立科学博物館サイエンスコミュニケータ養成実践講座」を開催してきた。本講座は「伝える」ことに特化した「サイエンスコミュニケーション1(SC1)」と「つなぐ」ことに重点をおいた「サイエンスコミュニケーション2(SC2)」に分かれている。本書によれば、2016年度までにSC1修了生は256名、SC1とSC2の両方を修了し「国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ」と認定されたものは119名にのぼる。本書の執筆者は、この講座の講師であったり受講生であったり、あるいは何らかのかたちで関係をもった人たちがほとんどである。すなわち、この講座の立ち上げから現在までに至る、試行錯誤を含めたノウハウに関わってきた当事者といってもよい。その経験が活かされているからこそ、本書の論説や事例にも統一感や安定感が与えられているのではないかと思う。
  本書の執筆者の半数ほどは、僭越ながら顔見知りの方々である。たんに顔を合わせたというだけでなく、かなりの時間を共有して対話や対論を重ねた方もいる。というのは、評者は「国立科学博物館サイエンスコミュニケータ養成実践講座」の第1期生であり、「国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ」に認定された最初の10名の一人であるからだ。科学と社会との関係に興味があったという理由だけで、海のものとも山のものともわからぬこの講座に飛び込んだ。同期の受講生も似たり寄ったりではなかったかと思う。講座を開催する側のスタッフの方々も、失礼ながら手探り状態だったのではないだろうか。もちろんカリキュラムなどは決まっていたが、その運営に当たっては“手作り”感があり、1期生はそこに楽しさとやりがいを感じていたように思う。言ってみれば、重要ポイントだけ書いてある書き込みノートのようなものだ。受講生やスタッフが試行錯誤を重ね、いっしょになってノートにいろいろと書き込み、本当に役立つノートに仕上げていった。
  講座の1期生になったのは偶然だが、1期生であることは誇りに思うし、1期生ならではの得難い経験もさせてもらった。講座の目標(終着駅)は決まっていても、そこに至るレールは必ずしも敷かれていなかった。そもそもレールのことなど忘れて、道草(博物館内外での雑談)も多かったが、肩肘張らない付き合いは受講生同士やスタッフとの絆を深めてくれた。このブログでも折りにふれて「サイエンスコミュニケーション」や「国立科学博物館サイエンスコミュニケータ養成実践講座」のことを書いてきたが、そのほとんどは批判的視点を呈しているはずだ。それは科学技術に対して批判的な立場を取る自分のクセ(科学技術が好きであるが故でもある)と、1期生であったことが多分に起因している。
  われわれが講座を受けていた頃に生まれた赤ん坊は、もう中学生である。いまや受講生には既定のレールが敷かれ、レールの上を走ること自体が目的になっているように思われることもある。いま必要なのは、レールが敷かれてきた経緯や蓄積された経験の重みを忘れることなく、けっして馴れ合いに陥らず、自らが真の目標を定めて進んでいくことだ。これからも「国立科学博物館サイエンスコミュニケータ養成実践講座」から有為なサイエンスコミュニケータが巣立っていくことを願うばかりである。本講座の受講生のみならず、本書を座右におき、自らのノウハウを書き込んでいくことで、本書もまた、さらに有為な「サイエンスコミュニケーション」のテキスト、入門書となっていくにちがいない。
  最後に一つだけ編集上の苦言を呈しておきたい。「引用文献」を章末にまとめているが、節ごと(執筆者ごと)にすべきだろう。「1.1」などと区別はしてあるものの、やはりどの文章の引用文献なのかわかりづらいし、最後の節(執筆者)の引用文献と誤解されかねないと思う。

※内田麻理香さんも本書についての書評を書いていらっしゃいます。

  

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