「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

未来を変えるピンクの世界 女児向け玩具のSTEM化事情―『女の子は本当にピンクが好きなのか』

2024年02月26日 | Gender
☆『女の子は本当にピンクが好きなのか』(堀越英美・著、河出文庫、2019年)☆

  今年もひな祭りを迎える時期になった。ひな祭りは言うまでもなく女の子の健やかな成長を願う祝いごとである。ところで、ひな祭りと聞いて思い浮かべる色は何色だろうか。日本人ならばピンク(桃色)をイメージする人が多いように思う。ひな祭りは「桃の節句」とも言われるように、桃が薄桃色の花をつける季節と近いこともあるのだろうが、それ以上に「女の子=ピンク」という強固な等式ができあがってしまっているのではないだろうか。
  ところが、女の子ならばピンクが好きにちがいないという思い(思い込み)は、必ずしも大人社会がつくり出したものであるとは限らないという。洋の東西を問わず、多くの女児は3~4歳になるとピンクに執着しはじめ、ピンクに囲まれた生活を送るようになるというのだ。もし本当にそうならば、女の子のピンク好きは脳の性差や遺伝によるものであって、生得説を強く示唆している。しかし、本当に本当なのか? 生得説で決着をつけてしまうとモヤモヤした気持ちになる人も少なくないだろう。逆に経験説を支持することに躊躇する人もいるにちがいない。
  著者の堀越英美さんは女児を育て上げた母親ライター兼翻訳家である。ジェンダー論や社会学などの専門家ではない。ピンクに興味を持ったきっかけは、女の子を育てながら感じたピンクに関する「生得説vs経験説」のモヤモヤ感だったようだ。学術書ではないとはいえ、子育てをしながら多くの論文や記事(ほとんどが英文)などを読み込み、われわれが思う以上に広い領域にわたる「ピンクの世界」に分け入った労作である。抽象化に傾きがちな研究者とは異なり、母親の視点から書かれているので、文章は具体的でわかりやすい。
  本書はアメリカなど欧米のピンクの歴史と日本特有のピンク(桃色)の歴史の対比からはじまり、ファッションやポップカルチャー、アニメなど多くのアイテムについて触れられている。そんな中でもっとも特徴的なのは、ファッションドールや女児向け玩具の「リケジョ化」「STEM化」についてかなり詳細に書かれていることだ。STEMとは「Science、Technology、Engineering、Mathematicsの頭文字で、科学、技術、工学、数学といった、いわゆる理系領域を総称する言葉」である。もちろん教育や政治経済とも無縁ではない(『文系と理系はなぜ分かれたのか』および『なぜ理系に女性が少ないのか』も参照ください)。
  バービー人形などとジェンダーとの関わり(ジェンダーレス化)については、ときおり耳にすることはあったが、これほどまでに進歩しているとは驚くしかなかった。子育てはおろか結婚の経験もないわたしのような男性にとっては、ファッションドールや子どもの玩具について疎いのはやむを得ないかもしれない。しかし、本書のタイトルから「STEM化」などを読み取ることはできず、本を開いて目次を見なければわからないのは残念としか言いようがない。せめてサブタイトルを付ければ良かったのではないかと思ってしまう。
  女の子のピンク好きについて「生得説vs経験説」に決着をつけるのが本書の主眼ではない。女の子が、わたしはピンクが好きと言うと「やっぱり女の子なんだね」といった固定観念で見られる(これを「ダサピンク」と呼ぶ)のではなく、主体的にピンクを選び取ること(こちらは「イケピンク」と呼ばれる)ができる世界になってほしいという著者の願いが本書には込められているように思う。それはピンクが好きな男の子に関わる一種の抑圧感の解放にも向けられている。女の子であれ男の子であれ、選択肢の一つとしてピンクを主体的に選び取ることが可能な世界の先にはきっと明るく開けた未来が待っているように思う。ピンクは未来を変える試金石ならぬ「試金色」なのかもしれない。
  本書は2016年に刊行された同じタイトルの単行本を文庫化したもの。文庫化にあたって、上に記した論文や記事などを参考文献として掲載し、文庫版特典として「女の子と男の子のジェンダーをめぐる話をもう少し」が15ページほど加筆されている。とくにその中の「女の子が文学部に入るべきでない5つの理由」はおもしろい。高校時代数学が得意だったにもかかわらず「女の子ならば文学部」というステレオタイプに押されて文学部に入ってしまった著者の経験を回顧したユーモラスな文章だが、いまだに「女の子ならば文学部」と思っている女子受験生や親がいるならば、是非とも読んでほしい。

  


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