「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

不確定性原理の成立と解釈をめぐる物語―『ハイゼンベルクの顕微鏡』

2023年08月24日 | Science
☆『ハイゼンベルクの顕微鏡』(石井茂・著、日経BP社、2006年)☆

  昨夜『ハイゼンベルクの顕微鏡』をようやく読了。他の本と併読していたのと、理解しながら(と言うよりは、ひとまず理解したつもりで)読み進むのは相当難儀だったため、読み終えるまでかなり時間がかかった。以下、的外れな感想になるかもしれないが、読書メモのつもりで書いてみようと思う。
  本書はそのサブタイトル「不確定性原理は超えられるか」からわかるように「不確定性原理」について書かれた物理学の啓蒙書である。現代物理学は相対性理論と量子力学の二本の大きな柱から成り立っていると言われる。不確定性原理は、その一方の量子力学を支える重要原理で「物体の位置と速度(運動量)は同時に知ることはできない」と表現される。不確定性原理は、専門書でなくとも量子力学について書かれた本ならば最大のトピックであり、門外漢でも多くの読者を引きつける魔法のような不思議な原理である。
  もう少し正確に言うと、日常の世界すなわち古典力学の世界では成り立つことが原子などの極微の世界、つまり量子力学の世界では成り立たないことを意味している。本書のタイトル「ハイゼンベルクの顕微鏡」とは、不確定性原理を発見したハイゼンベルク(1901 - 1976)が、それを説明するために考え出した思考実験のことを指している。
  電子にガンマ線を当てて、それを顕微鏡で観察するとどうなるだろうか? ガンマ線が当たったことで電子は位置を変えてしまい、電子から跳ね返ってきたガンマ線を測定しても電子の位置を知ることはできない。日常の世界ならば、飛んでいるボールから反射してきた太陽光を見る(測定する)ことでボールの位置を知ることができる。古典力学の解釈では、太陽光がボールに当たってもボールが位置を変えることがないからである。
  不確定性原理は簡単な不等式で表わされるという。上記の思考実験で、もちろん現実には顕微鏡で電子は「見えない」が、問題は電子(粒子)を測定する不確定性のみならず、粒子そのものに不確定性が備わっているという観点から不等式が導かれることであるという。この部分は数学的な表現と物理学的な解釈が重なり合っていて、理論物理学の典型を見る思いがする。
  このような「観測問題」にはさまざまな解釈があり、いまも完全に決着がついているわけではない。本書は最終的に日本人の小澤正直が導いた「小澤の不等式」にまで至り、従来の不確定性原理を超える可能性にまで言及している。最後の二章(第7章と第8章)が「小澤の不等式」に当てられているが、ここが本書の最大の難所だろう。理解できたのかと問われれば、容易く肯くことはできない。それでも、ようやく山頂にたどりついた達成感を味わうことができた。
  本書は量子力学の難しい理論を紹介するだけの本ではない。不等式などの数式は出てくるが、それほど多くはないし、著者がけっこう丁寧に説明してくれている。ひとまず数式は鑑賞するだけにとどめておいても問題はないだろう(※)。むしろ一般読者にとっては、量子力学や不確定性原理の成立に関わった多くの物理学者たちのエピソードは十分すぎるほど興味深いはずだ。ハイゼンベルクをはじめとして、名の知れた物理学者や数学者がきら星のように現れ、量子力学を作り上げていく物語の群像劇を見る趣がある。
  現代物理学になじみのある読者ならば、アインシュタインの不確定性原理(量子力学)批判の論点や、不確定性原理のもう一人の立役者であるシュレディンガーの「波動力学」とハイゼンベルクの「行列力学」とのちがいについて、少々であっても理解が深まるように思う。余談ながら、シュレディンガーは知る人ぞ知る「女性問題」で有名だが、そのエピソードについて、まさか本書でも読むことになるとは思ってもみなかった。
  ハイゼンベルクの不確定性原理を「行列力学」と呼ぶのは、原理の説明に「行列」を用いたからである。ところが著者によると「現在では大学の教養課程までに習い終える行列も、当時の物理学者たちの多くはまだ知らないのが実情だった」とのこと。いまならば理工系出身で行列を見たことのない人はほとんどいないだろう。もちろん、それを理解できているかどうかは別問題である。わたしも大きなことは言えず、行列を扱う「線形代数」は面倒くさくて大嫌いで、ベクトル解析以上に何も理解できず、単位だけ取って卒業した口である。
  上記の観測問題や解釈について決着がついていないからといって、不確定性原理や量子力学が誤りだということにはならない。現代科学技術の基盤となっている半導体やレーザーなどは量子力学の成果であることは明らかである。そのような実用的な価値とは別に、量子力学のいわば思想的な展開に魅せられる人も数多い。異なる面を併せ持った量子力学は、いまもって不思議な魅力を放つ学問である。その中核である不確定性原理をめぐる物語を、たまにはゆっくりと味わってみるのもよいかもしれない。
  (※)本書の数式を鑑賞するだけにしても、本書には数式などに誤りが散見されるとのことで、その点は注意を要する。詳細は以下の(1)(2)を参照のこと。
  (1)日本物理学会誌 2009年10月号 新著紹介
  (2)『ハイゼンベルクの顕微鏡』正誤メモ

  


コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 牧野富太郎の実像に迫る快作―... | トップ | やっかいな老年を生きるため... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Science」カテゴリの最新記事