「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

古(いにしえ)の星空に想いをはせる―『古天文学の散歩道』

2024年01月30日 | Science
☆『古天文学の散歩道』(斉藤国治・著、恒星社厚生閣、1992年)☆

  斉藤国治さんの『星の古記録』(岩波新書、1982年)を読み、その感想をこの拙いブログに書いてからすでに12年。ちょうど十二支が一巡した今年、その続編とも言える本書『古天文学の散歩道』を読み終えた。前著と同様、さまざまな史料を猟歩し、幅広い古天文学の話題が紹介されている。
  各章のタイトル(目次)を列挙してみると以下のようである。
  第1章 シャーロック・ホームズと天文学
  第2章 柿本人麿が見た「かぎろひ」
  第3章 芭蕉の「天の川」の句
  第4章 『枕の草紙』についての天文考
  第5章 建礼門院右京大夫が見た星空
  第6章 『太平記』の妖霊星
  第7章 日本の古代と近世の天文事情
  第8章 傾国の美女と『詩経』の日食
  第9章 漢詩の中の天文記事
  第10章 先史時代の天文遺跡考-ナスカの地上絵
  第11章 先史時代の天文遺跡考-ストーンヘンジ
  第12章 先史時代の天文遺跡考-益田岩船と酒舟石

         

  見てのとおり、時代は先史時代から近世まで、地域も(日本が多いとはいえ)中国、イギリス、ペルーにまで及んでいる。普段から「古天文学」に関心のある方ならばともかく、ごくふつうの天文ファンにとっては、目次を見ただけでは話題の内容に予想がつかないものも多いかもしれない。
  一昨年頃だったか、ふと清少納言の『枕草子』に興味を持った。あの有名な第一段「春はあけぼの」で描かれた自然観が、とてつもなく素晴らしく思えてきて老齢のこころを打ったのだ。あのような名文を書いた清少納言という女性は、自然に限らず、当時の宮中生活や人間関係、さまざまな事物についてどのようなことを書いているのか知りたくなり、現代語訳を買って読んでみた。
  何を今更と思われるかもしれないが、テンポの良い文章や、ときには辛辣な批評のような“随筆”はとてもおもしろかった。現役の高校時代、古文ほど嫌いで成績の悪い科目はなかった。今になってみれば、もう少し勉強しておけばよかったと思わなくもない。興味を持たせる授業をしなかった教師が悪いと言いたくもなるが、そんな言い訳は潔くないと言うべきだろう。
  閑話休題、本書の第4章では、「あけぼの」を「天文薄明」と捉えて論考を展開している。『枕草子』といえば「星は昴」ではじまるの段も有名だが、もちろん本書でも論考が加えられている。『枕草子』には他にも星について書かれた段があり、興味が尽きない。
  ところで、今年の大河ドラマは偶然にも紫式部が主人公である。清少納言と紫式部は同時代を生きた女性であり、文学的才能を開花させた女性としてライバル関係のように取り上げられることも少なくない。斉藤国治さんは紫式部の『紫式部日記』と清少納言の『枕草子』を天文の観点から比較して、清少納言に軍配を上げている。『紫式部日記』には「月」などごく一般的な天文語句は出てくるが、天文記事といえるようなものはなく対照的であるという。
  もちろん、それで紫式部の才能や作品の価値が否定されるものではない。第4章の最後で、ごく簡単に『蜻蛉日記』『和泉式部日記』『更級日記』との比較もしている。さらに次の第5章では「建礼門院右京大夫が見た星空」について、第6章では『太平記』に書かれている「妖霊星」についても詳述している。
  個人的にはこの第4章から第6章までと『万葉集』の歌に言及している第2章が最も興味深かった。万葉の時代、平安朝、源平合戦の時代(「建礼門院右京大夫が見た星空」)、南北朝の時代(『太平記』)に生きた人たちは、どのような星空を眺め、星々に何を感じたのか、その一端を知ることができる。
  古天文学的な検証は一朝一夕にできるものではない。史料を集め読み込むことも、複雑な計算を行うことも息の長い作業である。ウィキペディアによると、斉藤国治さんは2003年に逝去され、すでに20年以上が経過している。その業績に感謝しながら、ときには古(いにしえ)の人たちが見上げた星空に向けて想像の翼を羽ばたかせるのも良いものだ。ひょっとしたら、未来志向の天文学や現代的な宇宙科学が置き忘れた何かに気づくこともあるかもしれない。

  


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