「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

天文学者からの人生の応援歌―『天文学者は星を観ない』

2024年02月08日 | Science
☆『天文学者は星を観ない』(シム・チェギョン・著、オ・ヨンア・訳、亜紀書房、2022年)☆

  昨年夏頃だったか、たまたまツイッターで知って、アマゾンマーケットプレイスで買った本。天文学者は星を観るのが仕事でしょ、と思っている世間の常識をひっくり返すようなタイトルにひかれた。その後、なぜかツンドク状態だったのだが、こんなにおもしろい本だったとは!
  この本は、帯にも書かれているように「日々の仕事や生活に立ち向かう人たちへ贈る応援歌」だ。それも哲学者や作家、エッセイストなどではなく、天文学者からの人生の応援歌。いやいや、著者のシム・チェギョンさんは天文学者にして立派なエッセイストだ。元はウェブに連載されたエッセイだという。訳者の「あとがき」によると、2021年2月に刊行されるとすぐにベストセラーとなり、宇宙や天文学に関心のある人だけでなく、ワーキングマザーや働く女性たちからも支持され、2022年9月には12刷3万部を突破しているという。
  シム・チェギョンさんは韓国の女性天文学者で、専門は惑星科学。木星、土星、彗星、タイタンなどを研究し、現在は月探査プロジェクトに参加しているとのこと。そういえば、この本をツイートしていた主も日本の若手女性天文学者だった。彼女もまた宇宙に興味を持つ働く女性だったからこそ、なにがしかこころに刺さったのだろうと思う。
  この本に新たな天文学的知識を求めて読んだとしたら、少々ハズレになるかもしれない。もちろん天文学的な話題や知識もいろいろ出てくるが、読者のこころに刺さる理由はそれだけではない。天文学者が研究対象としている宇宙はとんでもなく広大な空間だが、意外とそこには人生のヒントも隠されているように見える。それは著者のように、宇宙を愛でることで育まれ発見できるように思う。もちろん、その「読み」は読者に委ねられているだろうが。
  そして何より、天文学者(とくに女性天文学者)もまた、社会で働く人たちと変わりなく仕事に苦労しながら日々の生活を送っている。多くの女性たちが仕事と子育ての両立に頭を悩ませているように、女性天文学者も頭の片隅にわが子の顔を置きながら(むしろ隠しながら)パソコンのモニターと対峙している。タイトルの「天文学者は星を観ない」には、そんな隠喩も込められているのかもしれない。日本以上に男性社会といわれる韓国では、働く女性たちの苦労は並大抵ではないように思えてくる。加えて著者は、韓国がやはり日本以上の学歴社会であることにも苦言を呈している。
  今更ながら「そうなのだ!」と言ってしまうが、この本が韓国で書かれたものであることも忘れてはならない特徴だろう。これまで天文学関係の翻訳書は何冊も読んできたが、そのほとんどは欧米の著者によるもので、たぶん韓国の天文学者が書いた本は初めてだと思う。韓国はお隣の国だというのに、韓国にも天文学者や宇宙飛行士がいたことを忘れてしまったいるかのようで、そんな自分が恥ずかしくなってくる。
  近年、アジアで天文学だの宇宙開発だのといえば、韓国を飛び越して中国やインドにばかり目が行ってしまっている現状があるが、韓国の天文学や宇宙開発の動静も視野に入れておかないと、いずれ痛いしっぺ返しを受けるかもしれない。韓国は韓流ドラマやBTS、キムチだけの国ではないよ、とあえて付け加えておこう。
  本書の日本語訳はよくこなれていて読みやすい。ただ、訳者も韓国人の方だからなのか、韓国の文化や習慣(?)、制度などについて、今ひとつピンとこない部分もあった(地名や地理については調べればすむことだ)。それは、韓流ドラマの一つも見たことのない自分だからなのかもしれないが。そんな些細なことはさておき、本書の続編が出ることを願っている。それくらい新鮮でおもしろい天文エッセイだった。

  


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