「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

巨大ウイルスが拓く生物学のパラダイムシフト―『巨大ウイルスと第4のドメイン』

2015年07月28日 | Science
☆『巨大ウイルスと第4のドメイン』(武村政春・著、講談社ブルーバックス)☆

  ウイルスといえば、インフルエンザウイルスに代表されるように病原体であり、光学顕微鏡では見えない微小な存在である。かつて「ろ過性病原体」と呼ばれたのは、細菌を捕獲するセラミック製のろ過器を透過したからである。ところが、病原体であるにもかかわらず、細菌とは異なり、ウイルスは「生物」ではないとされている。1935年にタバコモザイクウイルスが結晶化された。結晶化されたタバコモザイクウイルスの細長いかたちの電子顕微鏡写真を、教科書などで目にした人は少なくないだろう。「生物」ならば結晶化されることなどあり得ないため、ウイルスが「生物」ではなく、むしろ「物質」であることの証拠とされた。後年、分子生物学の研究が進み、「生物」はすべてDNAの複製・転写・翻訳というしくみ(「セントラルドグマ」と呼ばれる)によって、タンパク質を合成していることが明らかになった。ところがウイルスは「セントラルドグマ」のしくみを完全には備えていないため、細胞(生物)に感染し、細胞内のしくみを利用することでしか増殖できない。すなわちウイルスは自己増殖できず、これもまた「生物」ではないことの証拠とされている。ウイルスは感染することでしか増殖できないということは、ウイルスは病原体であることによって逆に「生物」ではないことを示しているともいえそうだ。
  ところが近年、物理的にもゲノムサイズにおいても、かつてのウイルスを超える「巨大ウイルス」が発見され、ウイルスの概念そのものが大きく揺らぎはじめているようだ。かつて生物の分類といえば「動物」と「植物」に二分されていたが、その後「菌」・「原生生物」・「原核生物」の3つを加えた「五界説」が提唱され、かなり一般化した生物分類法となっていた。ところが、さらに研究が進み「真核生物」・「古細菌(アーキア)」・「細菌(バクテリア)」の3つに分ける「3ドメイン説」が提唱されるに至っている。ちなみに、手許にある高校生物の参考書(『理解しやすい生物』文英堂)にも「3ドメイン説」による分類が大きく紹介されている。著者はここに「巨大ウイルス」を「第4のドメイン」として位置付けたいと考えている。それはすなわち「巨大ウイルス」を「生物」として認知することを意味している。これは「生物」や「生きていること」の再定義も迫られることになり、生物学の革命へとつながる可能性も秘めているように思われる。サブタイトルに「生命進化論のパラダイムシフト」とあるが、著者の意気込みの表れといえそうだ。
  著者は自らの「第4のドメイン」説などを仮説度が高いと認めている。科学に関する内容の本だからといって、100%信じるというスタンスを排除してほしいとも書いている。科学の分野に限らないが、自説や自らの信念を確定的であるかのように喧伝することの多いなかで、著者の姿勢には実にすがすがしいものを感じる。著者の仮説が今後検証され、新たな生物学の開拓へとつながっていくことを期待したい。本書はやさしい語り口ながら、生物学の素養がない人にとっては、けっしてやさしい内容ではない。それでも、「生物」とは何か、「生きている」とは何かについて興味があれば、その意味や意義を、著者の研究に対する情熱とともに読み取ることができるだろう。とくに第3章、第4章はおもしろい。
  著者はひょんなことからこの研究に入ったのだという。実はこの本との出会いもひょんなことからだった。ある畏友が家を新築し、そこへ遊びに伺った折、雑談中に「巨大ウイルスって知ってます?」といわれ、紹介されたのが本書だった。自分のなかで「巨大」と「ウイルス」が結びつかず、何となく興味をもった。さらに著者の武村政春さんのお名前もどこかで聞いたおぼえがあった。著者略歴を見て思い出したのだが、ある知人の元指導教員であった(武村さんにお会いしたことはないが)。その数日後、時間待ちのため、たまたまブックオフへ入った。売るにしても買うにしてもブックオフにはめったに行かない。ところが、たまたま入ったブックオフで本書が目にとまった。手に取ってみると、ほぼ新品同様で値段は半額以下。これは買えという啓示(笑)かもしれないと思い、即買った次第。畏友は生物学とは別の分野の研究者だが、生物学にも関心が深い。今度会ったときの雑談のネタがふくらみそうで嬉しく思っている。
  さらにもう一つ、個人的に懐かしく思ったことがあった。本書のイラストを描かれていたのが永美ハルオさんであったことだ。永美さんのイラストには、初めてブルーバックスを買ったころから親しんできた。とくに都築卓司さん(『マクスウェルの悪魔』などで知られる元横浜市立大学教授で故人)とはセットのような感じだった。あの独特のタッチは見ればすぐわかる。もうかなりのお歳のはずだが、いまでも現役で描かれていると思うとこちらも嬉しくなってくるし、敬意を表したくなる。

  

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