熟年ドラキチ  さぁ人生はこれからだぁ^^ 

ドラキチ歴50年、 熟年・「オレ竜」の今日の”脳ミソの中身”

WBC ドミニカがまさかの一次敗退。 だから野球は面白い。

2009-03-11 | 野球

オランダ、またもドミニカ下す 白熱の延長戦を制し2次Rへ-スポーツナビ 
(記事引用)
ワールドベースボールクラシック(WBC)1次ラウンドD組・オランダvs.ドミニカ共和国が11日(日本時間)、プエルトリコのサンフアンにあるヒラム・ビソーン・スタジアムで行われ、オランダが白熱の延長戦を制し、2次ラウンド進出を決めた。

 延長11回に守りのミスで1点を許したオランダは、その裏にキングサールがライトへタイムリーを放ち、同点に追い付く。けん制悪送球も絡み、キングサールが三塁に進むと、デカステルのファーストへの強い当たりがエラーを誘い、2-1でサヨナラ勝ちした。

 ドミニカ共和国は毎回のように走者を出したが、あと1本が出なかった。無得点のまま延長へ突入すると、11回に先制点を奪ったが、最後はミスで自滅した。優勝候補の一角と目されたドミニカ共和国が、まさかの1次ラウンドで敗退した。
 
スター揃えるも敗退 ドミニカ-共同通信社 
(記事引用)
米大リーグのスターをそろえたドミニカ共和国は格下とみられたオランダに連敗し、1次ラウンドで姿を消した。
 「うちが2度負けるということだけでなく、オランダが(プエルトリコ戦も含め)素晴らしい試合を3度するとは想像できなかった」。ドミニカ共和国のアルー監督は油断があったことを認めた。
 「自分たちが若いころはオランダとやれば、いつも大勝だった。それだけ野球が国際的になったということ」。アルー監督は、大会にとって大きな意味があったことは認める。一方で「うちが2勝するはずだった」と最後まで悔しさが消えないようでもあった。(サンフアン共同)


オランダ監督は涙で言葉詰まらせる/WBC  - SANSPO. COM
(記事引用)
奇跡ではない。これが力だ。現役大リーガーのいないオランダが、大リーガーだけで組織したドミニカ共和国に連勝した。まさかの2次ラウンド進出を決め、オレンジ色の帽子が全力でダッグアウトから飛び出した。 ( 中 略 )

この日もオランダに勝利をもたらしたのは粘り強い投球と堅い守備だった。八回以外毎回走者を背負いながら、5人の継投で0-0のまま、延長戦に突入する。五輪出場4度のコルデマンスやレッドソックスとマイナー契約している19歳のノイマンなどベテラン、若手が一体となって勝利への望みをつないだ  ( 中 略 )

テネシー大を18年率いた大学球界の名将オランダのデルモニコ監督は「素晴らしい若者たち」と言って涙で言葉を詰まらせた。そしてしばらく間を空けてから言葉をしぼり出した。「このチームで監督ができたことを誇りに思う」。(共同)


【熟年ドラキチ】
メジャーリーガーがいないオランダが、メジャーリーガーを揃えたドミニカに勝つ。
だから野球は面白い!
勝負は下駄を履くまで解らない!

このニュースを見るまで、私も完全にドミニカが勝つものと思っていた一人。

上のニュースの記事にはドミニカ選手の試合後の表情の写真もあるが、
さすがにドミニカの選手も大きなショックを受けていたようだ。
松坂大輔が所属するレッドソックスの4番打者のオルティスも
このドミニカ代表。
彼の写真もあった。 
メジャーリーガー達で固めたドミニカチームの選手は、やはりプライドも
傷つく敗戦、1時敗退となってしまった。

ドミニカの監督は素直に、「我々には油断があった。」と。

一方の勝ったオランダの監督は、涙で言葉を詰まらせるほど感動していた。

ともに勝負の結果には、素直にコメントしている。

もうアメリカについて練習を始めてる我がサムライジャパンの選手も
このドミニカ敗退のニュースには驚いていると思う。

勝負に油断は大敵
勝負は下駄を履くまで解らない

この点をよく胸に刻んで、油断することなく、また、強敵にも臆することなく
堂々と戦って欲しい。
2次ラウンドの日本の対戦相手は多分強敵キューバになると思うが、
たとえキューバであろうが、日本が自分たちの野球をすれば勝てる!
との意を強くして頑張れ~~~~ サムライジャパン!


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フィリピン人アランさん一家の件に思うこと。 

2009-03-11 | 世の中のこと アレコレ
比一家、入管に出頭の夫収容…妻は仮放免期間を延長(読売新聞) - goo ニュース 
(記事引用)
不法入国で強制退去処分が確定した埼玉県蕨市のフィリピン人、カルデロン・アラン・クルズさん(36)一家が法務省に在留特別許可を求めていた問題で、東京入国管理局は、拘束を猶予される仮放免の期限となる9日、出頭したアランさんを入管施設に収容した。

 妻のサラさん(38)は仮放免期間を16日まで延長されたが、中学1年の長女、のり子さん(13)と打ち合わせをした後、再び出頭することになる予定。のり子さんの今後について方針が決まった後、夫妻は強制送還されるとみられる。

 一家は2006年、強制退去を命じられたが、のり子さんが日本語しか話せないことなどを理由に在留特別許可を求めてきた。

 同省側は、のり子さんには許可を認めてもよいことを伝え、埼玉県内などにいる 親戚の協力を得るなどしてのり子さんのみを残すか、一家で帰国するかを決めるよう求めていた。森法相は、のり子さんが残る場合、本来、5年間再入国できない夫妻にも上陸特別許可を与え、帰国後1年前後から会いに来ることはできるようにする意向を示していた。

 だが、アランさん夫妻は、強制送還になる場合、在留を希望しているのり子さんのみを残す方針は決めていたものの、この日東京入管では「あくまで3人で残りたい」と要望したため、入管側はアランさんの収容に踏み切ったとみられる。




【速報2!3.9東京入管前】桜井誠に何も反論できないマスコミ取材陣


【熟年ドラキチ】
最近テレビのニュース等でも頻繁に報道されている、このフィリピン人家族の
子供だけ日本に滞在許可は下りて、両親は国外退去という処分。
テレビのニュースをみているだけだと、

「日本の入国管理事務所は、なんという惨い処分をするのだろう?」
「中学1年生の”のり子”さんだけ日本在留はOKで、その両親は
 日本に滞在してはいけなく、国外退去とは。
 国(日本)は親と子を引き離すと言う事を、平気でしちゃうの?」

と、どうしてもこの国の処分・処置というのは、理不尽だ!という論調に
成り易い。
私も子供を持つ親の身、このアランさん夫妻の気持ちが解らないでもない。

しかし、私はこのニュースの報道を見て、
「だから国(日本)は、このアランさん夫妻と子供の”のり子”さんの日本滞留を
 このまま認めるべきだ。」
という考えには、どうも私は何かしらの抵抗感がある。

こんな事を言うと、”のり子”さんへの日本での就学支援・生活支援をと
努力されている人々もおられるみたいだから、
「お前(私)は何と言うことを言うのだ!」 と お叱りを受けるかもしれない。

私も以前、海外で仕事をする為に、その赴任地の労働ビザを取るために
2ヶ月ほど日本で待った経験が今から20年前くらいに経験した。
自分の国から出国して、他の外国の国で働く場合は、まず100%といっていいくらい
自国を出国する前に、その渡航する国の労働ビザ等を取得してその国に入国
するのがルールである。
日本から外国に出て行っている人も、日本に働きに入国している全ての外国人は
このルールに則り、皆そのようにしている。

これをしていないと、日本人でも外国で「不法入国・不法滞在」となり、
国外退去・強制送還という処置を取られている。
日本でも、今までこの規則を犯した人は同じように「国外退去・強制送還」という
処置が行われている。

私からすれば、何故、今回のケースだけこれだけ大々的にマスコミに
取り上げられるのだろうか? という疑問が。
今回のケースは、不法入国でそのまま不法滞在で、その間に出来た子供が
日本で生まれ育ったので日本語しか出来ない。
両親の母国フィリピンに一緒に帰っても、言葉の問題もある。
この点であろう。他の外国人の国外退去の処分のケースと状況が異なるのは。

親子を離すのは可哀相だ~との情だけが、どうも強調されすぎている感がある。
確かに親子を離すのが良いかどうか?という質問をされれば、
普通の人は皆、それは可哀相だ というであろう。
もちろん私もその中のうちの一人である。

だからといって、不法入国・不法滞在をして日本に入国や滞在をしてもいいのか
どうか?
これが今回の問題では一番大事なポイントであると思う。

もし、今回のアランさん夫妻のケースで、マスコミの「情に流された偏った報道」に
より、国(日本)がアランさん夫妻の日本滞留を認めたら、
今まで同じようなケースで国外退去した外国人や、今後もまだ続くと思われる
不法入国・不法滞在の外国人に対しても、同じように日本滞留を認めなくちゃ
いけなくなってしまう。

そうなると、日本だけは不法入国・不法滞在も認められる、世界でもちょっと
変わった国になる可能性もある。

このように、私はマスコミのこの件に対しての報道の仕方にも
ちょっと納得いかないものを感じている。
「情だけに流されすぎている報道ではないですか? マスコミの皆さん」
この件だけでなく、マスコミの報道姿勢には疑問を感じる事が多いのだが。

10数年前に不法入国して、今まで日本に何故滞在できているのか?
それも私の疑問であるが。
こんなに子供が大きくなる前に、もっと早く不法入国・不法滞在についての
処理を行っていれば、これほど大きな問題になっていなかったのでは?
出入国管理事務所も何をしていたのだろうか?

こんな感想を私が持っていたのだが、同じような考えを持った人が
出入国管理事務所の前で、派手にアジテーションをしている人が。
その人の名前は桜井誠。
私はこの人の属する団体になんら関係するものではない。
ちょっと桜井誠という人を調べてみたが、いったいこの人はこんな派手な事を
しているが、どうやって生活の糧である給料や資金を何処から得ているのだろうか?

たまたま今回の件では、この桜井誠という人と似たような考えを私もしたが、
彼の思想的傾向や活動は、私自身とは大いに違う。
マスコミの報道姿勢に疑問 という点だけが一致しているだけである。
念のため。


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お正月に日本を出航してアメリカに無事到着! 間寛平アースマラソン

2009-03-11 | 人間ウォッチング
世界一周挑戦の間寛平さん、ヨットで太平洋横断に成功(読売新聞) - goo ニュース 
(記事引用)
【ロサンゼルス=飯田達人】マラソンとヨットで世界一周に挑戦しているタレントの間寛平さん(59)が10日午後(日本時間11日午前)、ヨットでの太平洋横断に成功し、ロサンゼルス近郊のロングビーチ港に到着した。

 元日に元マネジャーと共に千葉県の港を出航してから2か月余り。一番つらかったのは、「波がなくて、ヨットが動かなかった時」だったという。船が割れそうなほど強い波の時もあったが、「意外に(ヨットは)こけないものですね」。真っ黒に日焼けした間さんは、足取りもしっかりし、持ち前のギャグも飛び出すほど舌も滑らかだった。

 3日間ほど休んだ後、次は約4か月半かけて米国を横断。さらに、ヨットで大西洋を渡った後、1年以上かけてユーラシア大陸を横断し、2011年春ごろに日本に戻る計画だ。



【熟年ドラキチ】
お正月そうそうに千葉県から出航したと思ったら、間寛平が挑戦する世界一周
アースマラソンのヨットが、無事にアメリカ・ロス郊外のロングビーチ港に
入港・到着したみたいだ。
へ~~ もうアメリカに着いたの? という多少の驚きとともに、
私がブログでこのアースマラソンの事を書いたお正月から、
もう2ヶ月強も経ってしまったのかという時間が経つ速さにも
改めて認識する事に。

本当に年齢を重ねるとともに、時間が経過する速さも速くなってきている気がする。
(汗)

小さなヨットで大きな太平洋を横断。
それも59歳と言う年齢で。
体力気力ともに相当大変なチャレンジ。

間寛平 アースマラソン公式ブログ には、
アメリカ・ロングビーチ港に到着して、
「お風呂にしますか? それとも食事・焼肉にしますか?」との問いに、
お風呂でなく、即、焼肉屋へと答えたところに、
やっぱり洋上での2ヶ月のヨット生活での食生活は
かなり禁欲的なものを強いられたのだなぁ~~~と。 私は思った。

私は先月、インドの禁欲的な8日間だけで、インドを出国するや否や、
到着したシンガポールではやはり一番にしたかった事は、
食べたいものを食べるだった。(苦笑)

まして、間寛平は私と違って期間も長く2ヶ月、そしてその2ヶ月間は
何処にもいけない狭いヨットの中だけの生活だった。

それにしても恐るべき間寛平の精神力と体力。

一緒についていっているマネージャーも大したものだ。

公式ブログに出航48日目のYouTubeの映像があったので、見てみると、
ちょうど日付け変更線をヨットで通過する瞬間のところだった。

KANPEI EARTH Marathon 48days report

ヨットの周りの海の波を見ると、やはり大海の波。
湾の中の波とは違って、うねりも大きい。
そんな中を毎日小さなヨットでの船上生活の間寛平。
映像を見ると、さすがに顔の頬もこけている。

アメリカをマラソンして、その後はまたヨットで大西洋を横断。
そして陸続きをマラソンで横断し、日本に帰ってくるのは、なんと2011年春。

これを見て、私はふと思った。
間寛平が日本に帰ってくる2011年春まで、私のブログが続いているだろうか?
困難度でいえば段違いで私の方が簡単。
間寛平のチャレンジの困難度は、誰でも乗り越えれるものではない。

私も少なくとも、間寛平が日本に帰ってくるまでは、
ブログ位続けられるようにしなくては。(苦笑)


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