pride and vainglory -澪標のpostmortem(ブリッジ用語です)-

初歩の文書分析と論理学モドキ(メモ)

空の翳り エピソードⅣ 冥界田楽歌 ❺

2020-10-23 07:36:22 | Λαβύρινθος
 採集を終えた安心感と、ほとんど眠らなかった性だろうか、中庭のテラスでうとうとしていた倫明の耳に、何かお囃子のようなものが聞こえてきた。
 この町にきて始めて聞く音楽だった。そうこの町の不思議のひとつがまったく音楽が聞こえてくる事がなかった事だ。楽器だけではない。歌声も聞こえてきた事がなかった。
 何らかの祭りなのだろうか。だが去年の今頃にはそのようなものはなかった。 何年に一度かの大祭なのだろうか。それにしても不思議なことだ。薄ぼんやりとそんな事を考えた倫明は音楽が聞こえてくる町外れまで行ってみる気になった。赤い希石の事を考えるのにも飽きたからだった。

 中庭からの細い通路を取って街路に出てみると、祭りにしては聊かおかしな雰囲気漂っていた。
 表通りの店は軒並み片付けを済ませ、中には鎧戸を下ろそうとしている店まである。大通りをの人通りこそ何時もと同じだが、こころなしか急ぎ足の人が多く、遊び足りないとでも言うようにむずかる子供を抱えたり、引きずったりしながら家路へ急ぐ親子の姿がも所々に見えた。
 音楽が聞こえてくるのは、道守の小屋とは反対側の方向。放射路の末端に近い場所にある職人座の長老の家の先からだった。四半刻ほどかけて長老の家の辺りまできた。 
ここまで来ると森も近い。
 砦に近い倫明の家でははっきりしなかった旋律も明確になって来た。森の奥から聞こえてくる音楽は冥界田楽歌だった。

 確かに歌詞そのものは不気味な歌だが、旅回りの雑技団や申楽団の客寄せには付き物の音楽だ。 
 子供のころ、ミイラや骸骨の仮装をして練り歩く雑技団の周りで怖いもの見たさ半分にうろうろした記憶がある。あまり近寄ると雑技団にさらわれてしまう、先年も事情を知らない在の子供が攫われた。いやついせんだっても隣町で。そして翌年は魂を抜き取られ骸骨の仮装をして隊列の中を歩いていた。と言った類の話も散々聞かされたものだ。
 勿論そうした話はすこし調べてみれば、単なる都市伝説、退屈な日常空間から祝祭空間への変成儀礼にすぎなかった 雑技団でもやってくるのだろうか。 それにしてもどうやってこの広大な森を過ってきたのだろう。
 それに祭礼にしてはどこかがおかしい、すれ違って人々の顔にも何か深刻な物が見てとれた。
此処まで来たのだから、無駄かもしれないが今の出来事について聞いてみよう、そう考えると長老の家の扉を叩たいた。

 突然の来訪にも拘らず、直ぐに奥の客間に通された倫明を待っていたのは長老の意外とも当然とも言える言葉だった。
 「来ると思っていた。 祭りの時です。まあそこにお座りください、長い話になりますし。それ以上に長い時になりそうです。」
 テーブルの向かいの椅子に座るよう倫明に言うと、上質の黒茶が出されまず一服するようにすすめられた。
 長老の家を訪れた事はこれまでにもあったが、いつもは体の良い玄関払い。座るように言われたのも、お茶をすすめられたのも始めてだった。
  一服した倫明に長老はゆっくりと話し始めた。
「実は昨夜遅く貴方の家に使者を送ったのです。あなたがいらっしゃらないと聞いてある意味では落胆致しましたが、またある意味ではもしやとの希望を持ちました。」
長老の話しの切り出し方は極めて謎めいていた。
「祭りとおっしゃいましたが、どんな祭りなのですか。」
「今聞こえる音楽が森の奥から聞こえ始めたら祭りの始まりなのです。どのようないわれがあるのか私達は知りません。只、『望月の朔となりたる時彼等は来る』と昔から言われています。

 そう月食の次の日、森の奥からあの音楽がなり始め祭りの開始を告げるのです。2~3年に一度の祭りですが、雑劇団が村はずれに小屋掛けし、屋台がしつらえられ 2日ほどわいわいがやがやの騒ぎが続いて、その翌朝雑劇団は煙のように後を残さず消えてしまう。そのような祭りなのです。」
「それなら何の問題もないでしょう。それにしては聊か町の住人の対応がおかしくはありませんか。まるで引き攣っているような人も見られましたし、店も早仕舞い所が目立ちましたが。」

「その原因の一つには彼らがどうやって現れるのか見当がつかない事にあります。この先の森の奥は鷹山山脈、そして周りの森にも道らしい道などありはしない。それなのに彼等は突然出現してくる。もし彼等が森を越えて来たのなら、出くわす可能性が高い猟師や樵からの遭遇報告など絶えてありません。月食の次の日突然、無から涌いたように現れる。
 町を取り囲む森の深さを知っている我々が不思議に思うと同時に聊か不気味に思っても不思議ではないと思います。
今一つは『刈り取り』の問題です。何十年か何百年かに一度『祭り』は『刈り取り』に変わるといわれている。今聞こえているあの歌の文句と同様の事が起こる。古くから伝わる伝承です。
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