pride and vainglory -澪標のpostmortem(ブリッジ用語です)-

初歩の文書分析と論理学モドキ(メモ)

空の翳り CODA 彼岸❶

2021-03-01 08:02:20 | Λαβύρινθος
 “羯帝羯帝波羅羯帝 波羅僧羯帝 菩提 僧莎訶” 官能的なまでに退屈な音の調べが繰り返していく。
 時にはすこし違った音で、/ ga te/ ga te/ pa ra ga te/ pa ra sam ga te/ bodhi sv'a h'a/
 そしてまたすこし違った音で、ga te ga te paa ra ga te paa ra sam ga te boo dhi sva haa
 繰り返されていくマントラ、幾つものいみと物のいみが載せられ涌き出て行く言葉。
 多分この繰り返される言葉を、音として出しているのはぼく自身。より正確に言えばぼくの意識(今この言葉を紡いでいるという限りにおいての事だが)の制御を離れたぼくの肉体から出されている音。
 しかしその肉体が何処にありどのような状態にあるのか、皆目分らない。ぼくの意識(勿論先ほどと同じ制約条件つき)に映るこの薄明の世界には、はっきりとした形象など存在してはいない。
 第一今ぼくが見ていると思っているのが視神経への刺激によるものか、それとも大脳そのものへの刺激によるものかすら分らない。
 クスリともう一つのぼくの意識が笑う。
 「だって肉体の感触を消失してしまっているのに、視神経や大脳やと言った肉体の部品に拘るなんてナンセンス極まりないだろう。とうに肉体など滅びてしまってサレコウベも朽ち果てた後も成仏できぬ残留思念かもしれない。でもひょっとしたらお前さんが心の底で望んでいた世界との一体化を成し遂げた結果なのかも知れない。いずれにせよちょとした火遊びの積りがお前さん、いやぼくかな分裂しかかっているとは言えおれとぼく(お前さん)は元々同一のものなのだから。」

 “羯帝羯帝波羅羯帝 波羅僧羯帝 菩提 僧莎訶”
 “第五の秘蔵真言分に、五有り。
    初めのギャテイは、声聞の行果を顕わし、
    二のギャテイは、縁覚の行果を挙げ、
    三のハラギャテイは、諸大乗最勝の行果を指し、
    四のハラソウギャテイは、真言曼荼羅具足輪円の行果を明かし、
    五のボウジソワカは、上の諸乗究竟菩提証入の義を説く。
    句義、是の如し。
    もし字相義等に約して之を釈せば、
    無量の人法等の義有り、
    劫を歴ても尽し難し
    もし要問の者は、法に依って更に問え。

  頌に曰く、
    真言は不思議なり
    観誦すれば無明を除く
    一字に千理を含み
    即身に法如を証す

    行行として円寂に至り
    去去として原初に入る
    三界は客舎の如し
    一心はこれ本居なり”
   (般若心教秘鍵 秘蔵真言分)
 空海の奇怪極まりない解説が二重写しに幻えてくる。
 豪華絢爛・博覧強記でも強引。それが空海の入門書とでも言うべき秘蔵宝鑰で、空海の文書に始めて接した時のぼくの観想だった。
 ぼくの片割れである「俺」なら専門家だから、個々の出典に当たる事も可能だろうが、ぼくにはその見当すらつかない。
 高校生の頃、始めて山口昌男の著作を手にした時と同じ。只空海の文書を始めて目にした時はもう少し大人になっていたから、本当に全部読んでるのかしら、このおっさん。と思いながらだったが。
 それにちらりとひょっとしたら「黒死館」ではあるまいな、と言う思いもその時頭の片隅を過った。
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